PLAY49 巨大な迷宮 ⑤

 私達の目の前に、私達の行く先を阻んでいたのは――よく見る鉄格子が嵌められたそれだった。


 下水道の地面、そして汚い水の底にもついているので、どんなものもその先には行かせないような姿で私達の前に立ち塞がった。


 はたから見れば牢屋のようなそれで、均等に嵌められた細い幅の隙間しかないその鉄格子を見て私はそっと歩みながら鉄格子に触れる。


 かちりと触れると、鉄特有の冷たさが肌を通して冷たいと脳が信号を出す。


「えっと……」


 私はきょろきょろと辺りを見回す。


 鉄格子を見ながら辺りを見て、そして不意に目に入ったその不自然にできている鉄格子を見た。


 その鉄格子だけ人が通れるような高さになっており、四角く形ができていて、まるでそこだけが鉄格子のドアの様に見えた。


 その取っ手のところにあるのは――鍵をかける場所。


 私はその鉄格子越しにドアの向こうを見た。


「あ」


 私は声を漏らす。


 その鉄格子の向こうには鍵をかけるロックがあった。手動で捻って鍵をかけるあれである。


 それを見た私はもしかしたらと思い、をしようと決意した。


 私はその鉄格子に触れて、幅が狭いその間を見ながら「よし」と私は頷く。


 それを見ていたヘルナイトさんとナヴィちゃんは首を傾げながら私を見ていたけど、私はそれを無視するかのように行動に移した。


 よく聞く話だけど……。


 こういった鉄格子で阻まれた行き止まりを見て、人間が最初の行動すること……。私の見解だけど。それは――。ということである。


 この鉄格子は、横にはない。縦につけられた鉄の棒だけで行き止まりを作っていた。


 その間は私の体が通れるか、もしかしたら通れないかと言う狭さでできているので、もしかしたらの可能性を信じて、私は行動に移したのだ。


 鉄の棒と鉄の棒に体を入れて、捻るようにうねうねと体を動かしながら、抜け出そうと試みる。


「う……、ぐぅ……、えぃ」


 声を上げながら、自分の体の細さを生かして、何とかして鉄格子の向こうに行こうとした。


 ぐいぐいと体を鉄格子の幅に押し込んで、何とかその向こうに行こうと奮起する。と言うか無理矢理でも入ろうとした。


「う、う、う。うううぅぅぅ~」

「は、ハンナ……?」

「きゅきゅ?


 二人が驚きながら私を見ているような雰囲気だけど、私はその声を無視するかのように、体をその鉄格子の間に入れるように、どんどん奥に行こうとする。


 なぜこのようなことをしているのか。それは私にしかわからないことだと思う。


 私はここに来てから、あまりみんなの役に立っていない。


 戦闘もできない。回復しかできない。


 だから、だからこそ、少しでもみんなの役に立とうと思って、この道の先に行けるようにしているのだ。


 ぐぐぐっと体の悲鳴を聞かずに、そのまま奥に行って鍵を開ければいいんだ。そう思いながら、みんなの役に立てるように、何とか自分でできることをしよう。


 そう思ってこんな行動をしている。


 のだけど……。


 私は止めた。ぴたりと。


 体の上半身は向こうに行けたけど、途中でその行動を止めた。


 それを見て、ヘルナイトさんとナヴィちゃんは首を傾げていたけど、私はその二人がいる方向を振り向きながら、申し訳なさそうに顔を赤くして、内心謝りながら私は、小さい声でこう言った……。


「あ、あの……、助けて、ください……。はまりました……」


 止めた理由。それは腰の辺りで突っかかってしまい、身動きが取れなくなってしまっただけ。


 要するに――



 挟まってしまった。ということである。



 結局と言うかなんというか……、あまりに空回りしてしまったことをしてしまい、私は自分が行った行動に恥ずかしさを覚えながら、ヘルナイトさんの手によって何とか救出された。


「ハンナ……。なぜあんなことをしたんだ?」


 ヘルナイトさんの驚いたような疑問に、私は顔を手で隠しながら、最初こそできると思って勢いのまま突っ込んでみたのだけど……、結局できなかったという恥ずかしさでヘルナイトさんの顔を見ないで私は、小さく、小さくこう言った……。


「あ、あの……、行けるかなーって思っていたんです……。すり抜けるかな……と」

「……すり抜ける? それはまさか」

「あ、あの……、これ以上は聞かないでください……。なんだか今更だけど……、やって恥ずかしいと思いました……っ。ううう……。いたたた。挟まって痛い……っ」


 私はヘルナイトさん達に背を向けながら言う。顔を真っ赤にしながら言う……っ。


 改めて今にして思ったんだけど……、ついさっき私がしていたことって、小さな子供がするようなことではないか。


 高校生や大人なら、決してしない行為である。


 絶対にしないことなのに、私は行けると思ってしてしまった……っ。


 あぁ……恥ずかしい。こんなこと、メグちゃんやつーちゃん、みゅんみゅんちゃんでさえしない……っ。穴があったら入りたいとは、このことだ……っ。


 ………しょーちゃんなら、やりそうだけど。


 そう思いながらさっきの光景を思い出してしまい、再度羞恥で (王子の時とは全然違うそれで) 顔を赤く染めて「うぅ~……っ」と唸っていると、ヘルナイトさんはそんな私を見て、黙ってしまっている。


 きっとさっきの奇行 (私からしてみれば) に驚いて固まってしまっているのだろう……。


 うう……、なんであんなことをしてしまったのだろう……。


 私はただ……、みんなの役に立てるように行動しただけなのに、なんでこうなってしまうのだろう……。


 戦いでは何もできなかった。せめて別の方法でみんなの役に立とうとしたのに……。


 あまりに空振りに、私は大きな溜息を吐きながら、真っ赤になって火照ってしまった顔を冷やそうと手でパタパタと仰ぎながら先ほどの光景を脳の記憶から消去しようと試みる。


 一刻も早く、あの時の記憶を脳から追い出すために。


 すると――




「っふ」




 と、ヘルナイトさんは笑った。ん? 今、ヘルナイトさん……、笑った……?


 私はぱちくりと目を見開いて、ヘルナイトさんの声を背後から聞きながら振り向く行為をしないでそのままでいた。


 ヘルナイトさんが笑ったことはあまりない。笑ったことはないけど……、今笑う理由なんて一つしかない。それは私がしていた行動を見て、思い出して笑っていたんだ……。




「~~~~~~~っ」




 そう思うだけで、なんだかさらに恥ずかしくなってきた……っ。うぅ、なんで私はあんなことをしてしまって、墓穴を掘ってしまったんだろう……。こんなことだったらあんなことをしなければ……。


 と思った時、私の背後から誰かが近付く足音が聞こえた。そして私の背後で止まって、そして……。ぽふりと、私の頭の上に大きな手を置いた。


 それを感じた私は、驚いた顔をして顔を隠していた手をどかしながら、私の背後でしゃがんで、私の頭を撫でているヘルナイトさんのことを見ないで、彼に背を向けながら、私はヘルナイトさんの話を聞く。


 ヘルナイトさんは少しだけ穏やかな音色で、私の頭を撫でながら――


「……ハンナの気持ちはわかる。私達のために行動したのだろう。笑ってすまなかった。だがその気持ちだけ、受け取っておこう。ハンナ――ありがとう」


 と、優しく、凛とした音色で言うヘルナイトさん。


 私はそれを聞きながら顔を隠していた手をそっとどかして、そして私の頭を撫でているヘルナイトさんの優しさとぬくもりに甘えるように、黙ってその行動を堪能していた。


 こんな事態に堪能するだなんて、不謹慎だとは思う。


 でも、いつもいつもこの頭の撫で方とぬくもりには勝てない。


 そう認知してしまっている私だ。


 さっきの行動も恥ずかしかったけど、今だって恥ずかしい。


 なにせ……、ヘルナイトさんは私の背後で頭を撫でているのだ。緊張しない方がおかしい。いつもしてもらっているけど……。今回のそれは特に恥ずかしい。さっきのこともあって、今回は恥ずかしさが勝って顔を見ることができない……。


 と、思った瞬間だった。




 ――ザザザザッ! と、またもや頭の中から出てきたノイズの騒音。




 それを頭でダイレクトに受けてしまった私は、激痛に耐えるような唸り声と共に、頭を抱えてしまう。さっきの羞恥など消え去ったかのように、私は頭を抱えて唸ってしまう。


「っ! ハンナッ!?」


 ヘルナイトさんが私の異変に気付いて、私の両肩を掴みながら私の顔を覗き込むように顔を近づけて、慌てているような音色で「ハンナッ。大丈夫かっ? ハンナッ!」と、私の名前を呼ぶ。


 ナヴィちゃんも驚きながら心配そうな声を出して、私の顔を見て慌てている。


 でも私は、突然来た――あの国境の村と同じくらいの激痛と、脳に響くノイズを聞きながら、私は唸ってその激痛に耐えながら自分の頭を押さえる。


 そして、脳に直接響くようなノイズと共に聞こえてくる雑音。


 それはなんだか、言葉のようなそれで……。


 私は唸りながらそのノイズと共に聞こえる雑音を聞き取ろうと、激痛に耐えながらその音を聞く。


 ヘルナイトさんと、ナヴィちゃんが心配そうにしているけど……、本当に申し訳ないと思うけど、これはきっと、思い出さなければいけないことだ。


 そう思って、私は激痛に耐えて、その雑音を聞き取る。



 ザザザザザザッ!



 ザザザうザザッッ!



 ザザザとう。ザザザザな。



 ザりザとう。やザザいな。



 ありザとう。やさザいな。



 ………っ! あと、少し……っ! あと少し……っ!


 私は最後の言葉を聞きとろうと、必死になって痛みに耐えながら、その言葉を聞きとろうとする。聞き取って、忘れていた記憶を、取り戻さないといけない。そう胸に誓いながら、その痛みに耐える。


 でも、なんだろうか……。なんだかこの声、どこかで……。


 と思った瞬間――今までノイズ混じりだったその声が、鮮明に私の脳に響いた。バチンッという音と共に、聞きたかった言葉と声が、私の記憶に呼び戻される。思い出していく。


 その瞬間、今までの激痛が嘘のように消えて、穏やかなそれが私の痛みを癒していった……。





 ――ありがとう。やさしいな。きみは――





「ハンナッ! ハンナッ!」

「きゅきゅきゅ~っ!」


 ヘルナイトさんとナヴィちゃんの声で、私はぼうっとしていた意識を覚醒して、現実に戻って振り向く。そこには心配そうにしているヘルナイトさんと、汚れた体で飛び跳ねているナヴィちゃんがいた。


「ハンナ……、大丈夫か?」

「きゅぅ……」


 ヘルナイトさんとナヴィちゃんは、心配そうな表情をして、声を出しながら私の顔を見る。私は茫然としながら、「っは」と短く息を吐く。なんだか体中がべたべたして気持ち悪い。さっきまでなかったのに……。そう思いながらぐっと、そのべたべたしている感覚が一番残っている首元を腕で拭うと、ほんのりとだけど、汗がこびりついている。


 きっと、思い出そうと痛みに耐えたせいで、汗が出たのだろう。


 それを見て、感じた私は、再度ヘルナイトさんを見上げる。そんな私の茫然とした顔を見て、ヘルナイトさんは首を傾げるように私を見つめながら……。


「ハンナ……? どうした? 私の顔に何かついているか?」

「えっと」


 と、私はヘルナイトさんの質問に答えるため、言葉を選びながら少し考えるそぶりをしてから――私はヘルナイトさんを見てこう言った。


 控えめに微笑みながら――私は。


「――大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけです」


 と、私はの返答をしてしまった。


 それを聞いて、ヘルナイトさんは私の顔を見ながら、少し納得していなうような顔をしていたけど、すぐに「そうか……」と言って、私の頭に手を置きながら、ヘルナイトさんは言う。


「もしまた頭痛がしたら、すぐに言ってくれ。私も何度か頭痛を体験しているが……、そう言った場合はあまり無理はしない方がいい」

「……、はい」


 ヘルナイトさんの言葉に、私はこくりと頷く。


 ヘルナイトさんはそんな私の行動を見て、ほっと安堵の息を吐きながら私の頭を撫でている。でも私はそれとは対照的に、嘘をついてしまったという小さな罪悪感を抱いてしまう。


 罪悪感。それは記憶を思い出したということを隠したこと。


 国境の村では話さなかったけど、いつかは話そうと思っていた。でも――言えない。そう直感して、口を閉ざしてしまったのだ。そのことを告げることを拒んでしまったのだ。


 理由は私にしかわからない。


 私しか知らない記憶だからこそ、話してもだめだ。そう思ってしまったのだ。


 話さない理由――それは……。


 今回思い出された記憶はとある人が小さい私の頭を撫でながら、優しい笑みで言った記憶だけ。


 短くて、心が温まる様な記憶だけだった。


 その人は私の頭を撫でながら――こう言ったのだ。



「ありがとう。優しいな。君は」



 と言った瞬間、記憶は途切れてしまう。それしか思い出せなかったのだけど、私はこの時、重大なことに気付いてしまったのだ。


 その記憶の中で、その人は私に向かって言葉を放ったのだ。その言葉が問題じゃなくて、声が問題だったのだ。


 。声が――




 




 瓜二つの声。それは双子でしかできないような気がする……。姿を似せても、声は似せることなんてできない。むしろ無理だ。でもその人とヘルナイトさんの声は、あまりに似すぎている。酷似と言っても過言ではない同じ声だった。


 私はヘルナイトさんを見上げながら、思い出された記憶と照らし合わせてみる。さっき聞いた声とあの時の声、やっぱり似すぎている……。


 これは一体どういうことなのだろう……。


 そう思いながら、私は自分の記憶に戸惑いながら、ヘルナイトさんを見上げて、黙ることしかできずにいた……。


 すると――




 ――カツン。




「「っ!?」」

「きゃっ!?」


 突然聞こえた足音、それも――私達以外の足音だ。


 驚く私と同時に、ヘルナイトさんはすぐに立ち上がって、私を守るように、座り込んでいる私の前に立って、大剣を手にして引き抜こうとする。ナヴィちゃんは驚いた拍子に、ころりと後ろの転がってしまう……。そしてすぐに体制を戻してから、足音が聞こえた――私達が来た道を見る。


 カツン。からんっ。


 カツン。ころんっ。


 二つの別々の音。その音は靴の音と、何だろう……、サンダルにしては、違うと認知してしまいそうな透き通った音。サンダルではない。草履なんていう音ではない。これは――下駄の音?


 その音を聞きながら、私達が来た道を見据えながら、その奥から突然出てきた小さな篝火を見て、ヘルナイトさんはそっと大剣を引き抜こうとする。


 ナヴィちゃんも威嚇しながら……、汚れた毛を逆立たせる。


 濡れてどろどろのせいか、あまり逆立っていないけど……。それでもナヴィちゃんは威嚇して唸る。


 私はそれを見ながら、少しずつ大きくなってくる足音二つを聞き取りながら、ごくりと生唾を呑む。先ほどの疑念が完全に吹き飛んだわけじゃないけど……、今はその疑念に対して悶々と考えている暇はない。


 こちらに向かって来ている生物が人間か、もしかしたら魔物の可能性が高い。


 それを考えて、ヘルナイトさんとナヴィちゃんは警戒しているんだ。


 私もそっと立ち上がって、手をかざしてから、みんなのサポートに回ろうと行動する。


 今の私にはこれしかできないけど……、それでもできる限りのことをしないと……っ。


 そう思いながら、私も目の前から来るその何かに対して、警戒態勢をとる。体も、心も警戒して、目の前から来る何かに備えて、構える。


「「………………………………」」

「きききぃ~っっ!」


 ――カツン。からん。カツン。ころん。カツン。からん。カツン。ころん。カツン。からん。カツン。ころん。


「………。……?」

「……だ。……けー……って」


 近付くにつれて、篝火がどんどん大きく揺らめきだし、そして小さいけど、声が聞こえてきた。二つとも、男の声だ。


 一人の言葉はよく聞き取れなかったけど、もう一人の声はなんだか陽気そうな声だった。それを聞いた私は、魔物ではなく人だったことに一瞬安堵して、ほっと息をついてしまった。


 すると――


「ハンナ――気を抜くな」

「!」


 ヘルナイトさんの凛とした注意を呼び掛けるような声が聞こえた。


 それを聞いた私はぎょっとしてヘルナイトさんの背中を見ると、ヘルナイトさんは大剣を持ったまま微動だにしないけど、警戒なんて解いていなかった。


 私はその背中を見て、このダンジョンのことをかじりついた程度だけど知って、もう一度気を引き締めながらすぐに手をかざす。今度は警戒を解かないで、集中して……。


 ぎゅうっと唇を噤んで、そして目の前から来る人物に対して威嚇する様に見据える。威嚇なんて、使ったことないけど……。


 今にして思うと、人間だからと言って、その人がいい人なのか悪い人なのかなんて、すぐになんてわからない。というかそんなことが一瞬でもわかったら超能力者だ。超能力者でもない私達は、その人の表裏をすぐに知ることができない。知るために必要なこと――それは交流。


 交流を深めていく内に、その人の裏の顔や本当の顔が見えてくる。なので、初めて出会った人に対して、ここでは警戒を解かない方がいい。


 もしかしたら、敵かもしれないのだから……。


 多分ヘルナイトさんはそう言いたくて、私に注意したんだ。


 私はその優しさに感謝しながら、手をかざした状態でその先を見据える。


 見据えて、どの篝火が松明の炎と化した時……、前を歩いていたのだろうが、一人の男性……。ううんこれは……。


「おおっ? おおっとぉ……っ! 何やら警戒しているようだな……っ。まぁ待て待て。儂はそんな怖い人ではないぞ。警戒を解いてくれ」


 と、老人の声が聞こえた。しかもヘルナイトさんを見て慌てているのか、松明と一緒に手を振りながら、慌てて自分達は敵ではないというアピールをする。


 それを見ていたヘルナイトさんは首を傾げながら大剣を握っている手をほどかないで、そのまま構えた体制のまま彼は老人に向かってこう聞いた。


「……何者だ?」

「何者とは……。警戒を解いてほしいものだ。後ろにいる女子を守ろうとしての行動じゃろうが、儂はどこぞのにも属しておらん。いうなればじゃの」

「……ソロ、一人……。その口ぶりから察するに、お前は冒険者か?」

「うむ。正解じゃ」


 と言いながら、明かりが灯っている場所に近付いて来たのは、キョウヤさんほどの身長で、初老に近いけど、肩まで無造作に伸ばしたくしゃくしゃの紺色の髪に髭、顔のしわの彫が深いところから見ると、かなり年寄りのおじいちゃんに見える。けどよく見るおじいちゃんの様に、腰なんて曲げていない。どころかボロボロの白い着物から覗く傷らだけの体の筋肉が年寄りとは思えない付き具合。簡単に言うとムキムキだ。忍びが着るような黒いズボンに黒い下駄。下駄の音はおじいちゃんからしていたんだ……。そして腕には黒い手甲に右手首には白いバングル。背中にあるのは大きな銀色の盾。腰には黒い鞘に収まっている刀を携えている。筋肉質のおじいちゃんが松明を片手にもっていた。


 ヘルナイトさんはそのおじいちゃんを見て、なおも大剣から手を離さないでいると、ヘルナイトさんは再度おじいちゃんに向かってこう聞く。


「……冒険者ならば……、冒険者免許を見せてほしい。それは冒険者の身分証明書だ。見ればすぐにわかる」

「……ううむ。すぐすぐ信じてもらえんとは……。いやはやどうにも、冒険者と言うものは肩身が狭いのぉ」


 と言いながら、おじいちゃんはズボンのポケットのようなところに手を突っ込み、厚紙でできたそれを取り出す。それは――私達も持っているものと同じ……、ここに閉じ込められた時初めてもらったもの――


 冒険者免許を取り出して、それをヘルナイトさんに手渡す。


 ヘルナイトさんはをそれを手に取って、表の、おじいちゃんのことがわかる面だけを見て、少しの間黙る。大剣を持っている手をほどかないで。


 私はそんなヘルナイトさんの背後からそれを見て、おじいちゃんの冒険者免許を見る。


 おじいちゃんの名前は『虎次郎こじろう』で、どうやら騎士所属の派生――パラディンであるということも分かった。私はそのおじいちゃん――虎次郎さんを見て、虎次郎さんから感じられるもしゃもしゃを見た。


 暗くてよく見えないけど、かすかに不安そうなもしゃもしゃと、困ったようなもしゃもしゃを出している。でもそのもしゃもしゃの中に――殺意のようなそれは一切感じられなかった。


 私はヘルナイトさんのマントをくいくいっと引っ張りながら、ヘルナイトさんに合図を送る。ヘルナイトさんはそれを感じて私がいる背後を振り向き、虎次郎さんも私を見下ろしながら見ていた。


 私はそんな二人を見上げながら、こう言葉を口にした。


「あの……、この人は敵ではないです。私達に対して、全然殺意なんて持っていませんでしたよ……? それに、出会い頭に武器を手に取らなかったんです……。敵意があればきっと武器を取っていたに違いないです。きっと、争う理由なんてない。そう私は思います」


 それを聞いて、ヘルナイトさんは虎次郎さんの冒険者免許を見て虎次郎さん本人を見る。虎次郎さんはにっと、髭から覗く笑みをヘルナイトさんに見せながら笑っている。


 それはある意味敵意がないそれを表しているのだろうけど、ヘルナイトさんはその顔を見て、ふぅっと息を吐いた後……。手に持っていた冒険者免許を、虎次郎さんに返す。


 そして――


「……本物だな。そして、警戒してすまなかった」と、詫びを入れる言葉を投げかけるヘルナイトさん。それを聞いた虎次郎さんは、「はっはっは」と、腰に手を当てて、少し豪快そうに笑いながら――ヘルナイトさんの肩を何の躊躇いもなく、怖がる素振りもないままばんばんっと叩いて――


「よいよい! 若者は経験し、体験し、そして失敗をしてその失敗を糧にして生きてゆく。どんどん失敗して自分の糧とすればいいっ! 『失敗は成功の基』っ! 儂も昔は失敗ばかりのそれじゃった。わっはっは!」


 と、笑いながら言った虎次郎さん。


 それを見て、聞いていたヘルナイトさんは、驚いた顔をして虎次郎さんを見て、私も驚きながら虎次郎さんを見ていた。


 なんだろうか……。今まで見てきた人達とは全然違う雰囲気――もしゃもしゃを出している。虎次郎さんのもしゃもしゃを再度見て見ると、普通に明るいもしゃもしゃが見える。けど……、何だろうか……。


 まるで、……。


 そう思っていると――


「おいおいおい。まさかこんなところに武神様がいるとはねー。オーケーオーケーよ。別に俺達は敵意なんてこれっぽっちもないから」


 と、虎次郎さんの後ろにいたのだろう……。暗闇から出てきたその人は、まるで狐のような顔でニコニコしながら私達を見て、すっと流れるように現れた。


 銀色の髪を黒い髪留めを使ってオールバックにしているように見えるけど、癖毛なのか、髪留めからはみ出てだらしなく見える。と言うか全てに於いてだらしない。顎から出ている無精ひげや口に咥えているたばこ。そして黒いフレームが印象的なメガネのレンズには指紋がこびりついている。ブラウードさんとは大違いのそれだ。着崩れしている白衣の下は白いカットシャツにだぼだぼとした黒いズボン。靴は紺色のブーツだけど、だぼだぼのズボンでそのブーツも靴に見えてしまう……。


 一言で言うと――ガーディさん以上にだらしないような青年が私達の前に現れた。


 その人はがりがりと後頭部を掻きながら (なんだろう……、頭から何かが落ちている……?) 、私達を見てニコニコしながらその人はこう言った。


「あー。ごめんね。俺も結構怪しいってい思ったでしょ? こう見えても俺はこの地で言うところの『魔女』っていう存在で、あんた達――『駐屯医療所』っていうところ知っている? 俺そこで隊長をしていた『ジュウゴ』っていうの。よろしくさん。武神様とその鬼士様に守られているお姫様」


 その青年――ジュウゴさんは狐の顔をした状態でニコニコと微笑みながら私達に向かって自己紹介をした。


 奇しくもだけど、私達が探している魔女の一人がここにいることに、私は目を見開きながら言葉を発することを忘れてジュウゴさんを凝視してしまった。


 なにせ、こんなところで四人目の魔女に出会うなんて、予想だにしなかったから……。

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