PLAY49 巨大な迷宮 ④

 ぴちょん。と――


 下水道の天井から落ちてきた水滴が汚染されて黒く変色してしまった水に落ちて、その水と一体化して水面に円をいくつも描く。


 それを見ていた私は水の汚さをカンテラの光で再度認識してから、足元でぴょんこぴょんこと跳んでしょんぼりしながら汚れた体を動かしているナヴィちゃんを見降ろす。


「きゅきゅ~……」


 どんより。


 そんな効果音が出そうな雰囲気を出しながら、ナヴィちゃんは泣きそうになる顔で飛び跳ねながら進んでいる。


 その際――飛んで着地した瞬間、『べちゃっ』という水分を含んだ音が聞こえて、跳んで着地した場所には黒い楕円形のそれがまるで血が滴り落ちたかのように浮き出ていた。


 それを見て私はナヴィちゃんのことを心配しながら――


「だ、大丈夫……?」と聞くと、ナヴィちゃんはまるで怒られてしょんぼりしている子供の様に、泣きそうな顔をして「きゃ~……」と大きな溜息を吐く。


 それを見た私は不覚にも可愛いと思ってしまった。


 不謹慎だけど、しょんぼりとしているナヴィちゃんを見てそう思ってしまったのだ。


 しょんぼりしながらとぼとぼ歩いている子供のような、そんな雰囲気を出しているから余計に可愛いと思ってしまう……。


 それを見て、くすりと微笑みながら私はヘルナイトさんの手をぎゅっと握り、離れないように歩みを進める。


 この迷路の様なダンジョン――『奈落迷宮』で出口を探しながら……。


 ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。


 カツン。カツン。カツン。カツン。


 べちゃ。べちゃ。べちゃ。べちゃ。


 薄暗く、そして大きな穴から出てくる汚れた水が大きく凹んでいる溝に向かってどんどん流れていき、その溝を流れている水も黒く汚れて、異臭を放ちながら終着点がないどこかへと流れていく。


 見た限り、ここは本当によく見る下水道のような風景が私の視界に移り、そして所々にある横穴と上に続いている鉄の梯子、そしてどころに転がっているボロボロの服を着た骸骨が、ここを普通の下水道と認知させないようにしているように見えた。


 逆に、ここをダンジョンと認知させているようにも見えた。


 ところどころに転がっている骸骨は、どれもこれも何かと戦ったかのような痕跡が残っていて、服が裂けて、胴体に刃こぼれがひどいそれが突き刺さっているものもあった。


 それを見ながら、私はヘルナイトさんに手を引かれながら歩みを進める。ナヴィちゃんも私達の後に続いて飛び跳ねて進む。


 なぜヘルナイトさんが私の手を引いているのか。それは簡単な話……、落ちた時、私は下水道の暗さに怯えてしまって震えてしまったことが原因。


 それを見ていたヘルナイトさんは、ついさっき点けたカンテラを腰に下げて、私に手を伸ばしながら――彼は凛とした音色でこう言ったのだ。


「暗いところが怖いのだろう? ならば私が君の道標になる。君がこれ以上怖がらないように、不安にさせないために。私が君のそばにいる。その方がいいだろう」


 私の近くは明るいからな。


 と言いながら、ヘルナイトさんは腰に下げているカンテラを指さしながら言った。


 それを見た私は、自分の恐怖症を知って戸惑いはしたものの、結局暗いところが苦手。真っ暗闇が苦手な私にとって、この下水道は絶好の暗闇。


 敵が現れたら、衛生士云々なんて関係ない。私はその場で固まって殺されてしまう。


 それがオチだ。


 そんなことになってしまったら、クリアなんてできない状況になってしまう。そんなことにはなりたくない。なってほしくないからこそ、ヘルナイトさんは言ったのだろう。


 自分が手を引くから、大丈夫と。


 その言葉を聞いて、私はヘルナイトさんの優しさを感じながらその手に自分の手を置いて、きゅっと、弱々しく握りながら、控えめに微笑んでこう言った。


「はい……。お願いします」


 それを聞いたヘルナイトさんは、ふっと微笑むような声を出して、私の手を握って優しく引きながら、彼は言う。


「――なら、さっそく出口を探そう。アキ達が心配だ」

「は、はいっ」


 ……ということで、今現在私達は手を繋ぎながら『奈落迷宮』内を探索している。


 出口となる場所を探しながら、迷わないように目印となる剣で切った痕を残しながら歩みを進める。


 目印を作っているのはヘルナイトさんで、ヘルナイトさんは短剣でその傷を残しながらあたりを見回して、そして何もいないことを確認したのち、ヘルナイトさんは私がいる背後を見て、「行くぞ」と言って、優しく手を引く。


 その手に引かれながら、私は頷いて歩みを進める。


 ナヴィちゃんも『べちゃっ。べちゃっ』と、飛び跳ねながら歩みを進めて行く。


 私は歩みを進めながら、長く長く続くそのダンジョンの下水道を歩きながら、こう思った。



 ――。と。



 水の音しかしない。それは言葉通りのことで、本当に下水道の天井から滴り落ちる水滴が、汚れた水に落ちていく音。それしかしないのだ。


 遠くから、近くから聞こえるのはそれだけ。


 あとは何も聞こえないのだ。


 本当に、声も、物音も何も聞こえない。


 ただただ、私達が歩く足音と、ナヴィちゃんが跳びはねる音と、水の音。その三つしか聞こえないのだ。


 私は、その音を聞きながらあたりを見回して、ほかに何か音が聞こえないかなと思いながら、耳を澄ます。こんな時……、キョウヤさんやアキにぃがいてくれたら、すぐに聞き取ってくれるのだろうけど……。


 私は再度前を見て、ヘルナイトさんから離れないように歩みを進めて行くと、突然ヘルナイトさんは私を見ないでこう聞いてきた。


「――静かだ。そう思ったのだろう?」

「ふえっ!? え、えっと……、うーんっと……」


 まるで私の心の声を聞いたかのような言葉。


 その言葉にぎょっと驚いて、私はヘルナイトさんを見ながら、もしかしてヘルナイトさんには心を読むようなスキルもあるのかなとか。頭の中で悶々っと考えながら言葉を探していると――ヘルナイトさんは……。


「……私もそう思った。ここは

「え?」


 と言いながら、ヘルナイトさんは足を止めて辺りを見回しながら言った。私も足を止めて、ナヴィちゃんはぐずぐずと泣きながら (かなり精神的なダメージがあったみたい……)飛び跳ねることをやめていた。ヘルナイトさんを見上げながら、私はヘルナイトさんの話を聞いた。


「ハンナ。聞きたいことがある。君が今まで見たダンジョンは、どうだった?」

「え? えっと……」


 唐突な質問をされて、私ははたりと驚いた顔をしてヘルナイトさんを見上げたまま、うーんっと考える仕草をしてから、私はその質問に対してこう答えた。


「えっと……、暗くて、道が入り組んでいて、何より魔物がいて危ない場所……でした。場所によってですけど、寒かったり、熱かったり、あとはジトッとしていたり、かな……?」


 私は自分がこのゲームに閉じ込められて体験したダンジョンを思い出しながら答える。その最中、閉じ込められる前のダンジョンには、アイテムが入っている宝物があったということは伏せておいた。なにせ、こんな状況になってから、そのような状況が全然なかったから、言っても多分わからないだろうと思いながら伏せておいたのだ。


 それを聞いたヘルナイトさんは、私の話を聞きながら「そうだな」と頷いて、『奈落迷宮』の、下水道の壁を見ながら、その壁に背にして崩れて座っている亡骸を見ながら、彼はこう言った。


「――昔聞いた話だ。ダンジョンができた理由についてだが……。アズールがこうなってから、魔物が出始め、人間達を襲うようになってからは、人口が減った時があった。だがその時代の人間達は対抗する術を持っていた。人間達は武器を手に持って魔物達を倒そうと奮起していた。魔物達は人間の知恵には勝てない。そして策略に嵌められて魔物達は劣勢になった」


 が――と、ヘルナイトさんは言葉を区切りながら、声色を低く、真剣さを帯びながら、ヘルナイトさんはこう言う。


「魔物達の中にの存在が生まれた。その魔物は。ハンナ――君なら、、そして?」


「あ」


 と、私はヘルナイトさんの話を聞きながら、どこかで聞いたことがある様な話だなと思って、そしてヘルナイトさんに再度聞かれて、今度ははっきりと思い出した。


 そう――


 聞いたことがある。それは最初の時……。もう昔のように思い出されるその言葉を、私は再度頭に思い浮かべる。マースさんと話した時のことを……、私は思い出す。



 ――この世界には独特の進化を遂げている――罠にかけた人間を食べて知識を蓄え、それを自分で学習して使う生命体がいるんです――



 そして、私は一回その生物を見たことがある。


 あれは――アルテットミアで、アムスノームに行こうとしていた時に出会った……、あの魔物……。




「…………ポイズンスコーピオン……」




 どくりと、その言葉を放った途端、心臓が騒めき始めた。青ざめた顔で私が言うと、ヘルナイトさんは頷いて、そして続けてこう言った。


「そうだ。彼らは魔物の中から生まれた稀に見ない亜種。『摂食せっしょく交配生物』。言う名の通り……”食って力を手に入れ、成長する”と言う意味を込めて、そう名付けられた。まるで、『六芒星』のオグトと同じような方法で、『摂食交配生物』たちはとある一人の人間を食べ、そしてそこからいろんな知識を会得してしまった」

「……知識?」

「ポイズンスコーピオンの時にも言ったかもしれないが、あのポイズンスコーピオンは魔導士……、厳密には熟練のアルケミストを食べたことにより、自分の体を別の何かに作り替えて戦っていた。あれと同じで……『摂食交配生物』は、食べたその者の知識を使って、今のこの状態を

「……作り、上げた?」

「ダンジョンはいうなれば魔物の住処。人間でいうところの魔物から守るための砦と言っても過言ではない。『摂食交配生物』は最初に食べた人間の知識を使って、減り続ける魔物達にを与えた。自分達の同胞を殺して、砦と言う盾で守られてきた人間と同じ方法で自分達の居場所を作り、そして居場所と言う名の檻の中に人間達を誘い込んで襲う。それが――魔物達の住処。ダンジョン」

「………まさか」


「……そうだ」


 と、ヘルナイトさんは言い、私がいる背後を見ながらヘルナイトさんははっきりとした音色でこう言った。




「それが――ダンジョンができた理由。すなわち原点と言った方がいいだろう」




 私は予想だにしなかったダンジョンのことについて知ってしまった。


 今まで考えたこともなかったダンジョンのことについて。それは運営側が勝手に作っていたものだと認知していた。それは正解だ。だってこの世界はゲームに世界だから。


 でも、ヘルナイトさんが生きているこの世界はアズール。


 生きている世界なのだ。


 故の生きている世界でのダンジョンは――魔物たちは人間のまねをして、自分たちの砦となるその世界に人間を誘い込んで暮らしている。


 人間と同じ方法でその世界を作り上げた――人間がした方法を踏襲して、自分たちが人間として、人間を魔物として見て作り上げた居場所――それがダンジョン。


 そのことを知った私は、驚きのあまりに固まってしまった。驚いた顔をして固まってしまった。


 アキにぃ達やメグちゃんやしょーちゃんが聞いたら、一体どんな顔をするのだろう……。きっとみんなが驚いて固まるに違いない。


 ……一部の人はきっと、ゲーム認識でスルーするかもしれないけど……。


 それを聞いた私はヘルナイトさんの話を聞きながらふと、こんな疑問が生まれた。


「……ところで、なんでそのような話を?」と聞くと、ヘルナイトさんは私を見て、少し言葉を濁してから、そっと前を向いて、私を見ないでこう言った。


「――今の話を聞いて、ダンジョンに魔物はつきものと言うことはわかっただろう?」

「はい……。それがどうして……」

「ということは、こんな巨大なダンジョンならば、いろんな種類の間ののがいてもおかしくない。先ほどから歩いていても、

「………あ」


 と、私は今更ながら気付いた。


 そう。私達はさっきから歩いていた。このダンジョンの中を、最大級の広さを誇っているこのダンジョン内を歩いて、一回も魔物と遭遇していない。


 こんな広いダンジョンだ。徘徊している魔物が手もおかしくないのに、それが一匹もいない。


 まるで――無人となってしまった廃墟の様に、ただただ私達の声と足音しか響かなかった。


 それを聞いて、ヘルナイトさんは違和感を抱いていたんだ。私を背に、周りに注意しながら考えていたんだ……。


 ヘルナイトさんは、私の手を握っている手に、僅かだけど力を入れて、手を引く。それを感じた私は、驚いた顔をして自分の手を握っているヘルナイトさんの手を見てから、その腕に沿って視線を上に向けて、ヘルナイトさんを見上げる。


 ヘルナイトさんは私を横目で見ながら――凛とした音色でこう言った。


「立ち止まらせてすまなかった。続きは歩きながら話すが、大丈夫か?」


 ヘルナイトさんは私を見て聞いてきた。


 きっと、私が暗闇が怖いことを気にして、気遣いながらその言葉を言ったのだろう。私はそれを聞いて、大丈夫。と言う気持ちを込めた頷きをすると、ヘルナイトさんは私の顔を見ながら首を傾げていたけど、すぐに「そうか。苦しくなったらいつでも言ってくれ」と言って、私の手を優しく引きながら、歩みを進める。私もその歩みに合わせるように、手を引かれながらも歩みを進めた。


 ナヴィちゃんも再度跳びはねの進行をしながら私達の後を追う。


「……ぎゅぅ~……」と、鳴いているのに泣きそうな音色を上げて、つぶらな瞳からぼろりと涙を流しながら、私達の後を追うナヴィちゃん……。


 その姿を見ながら、そのフワフワの体毛がどろどろの水で汚くなっている姿を見て、私は内心可哀そうと思いながらナヴィちゃんを見て、私はナヴィちゃんに対して――


「私達のために、ごめんね……。ナヴィちゃん……」


 と、謝った。謝罪と言ってもいいだろう。私達をあの汚い自ら守るために、自己犠牲ともいえるような形で浸かったのだ。そのことで謝らないのも失礼だろう。そう思いながら私はナヴィちゃんに対して謝る。


 ヘルナイトさんもそのナヴィちゃんのいたたまれない姿を見て――


「すまないなナヴィ。私達のためだったとはいえ……。もう少しの辛抱だから耐えてくれ」と、慰めの言葉を投げかけた。


 その私達の言葉を聞いてか、ナヴィちゃんは泣きそうな顔をしながらぼろぼろと、つぶらな瞳から大粒の涙を流して「きゅきゃぁ~~……っ!」と、ぶるぶると震えながら私達を見上げて飛び跳ねて進んでいた。


 抱き着きたい気持ちを耐えているみたいで……、勢いをつけようとしてるけど自分の体のことを知っているのか、我慢して飛び跳ねを続行しているようにも見える……。


 うぅ……。本当にごめんね……。本っ当にごめんね……。


 それを見て、ヘルナイトさんも申し訳なさそうな顔をしながらも、ヘルナイトさんは前を向いてこう言った。


「…………、このダンジョンは確かにアズールと同等の広さを誇っているダンジョンで、魔物の数、強さも違う。弱小の魔物や異常な力を持った魔物が住んでいる。今までこのダンジョンに入って、最深部まで踏破しようとこのダンジョンには言った冒険者の数は計り知れない。と同時に、踏破できずに、魔物に殺された者、飢えて死んだ者と、迷宮の罠やその入り組んだ道により、感覚がマヒしてしまい路頭に迷うようなことをして出られななくなった者達と比例していることも事実だ。もしかしたら、別のルートから入った冒険者を襲うために、別の場所に行っていないのかもしれないが……、気は抜かない方がいいな」


「あ、はい……。それならいいですけど……、あ、でもよくないような気もする……。でも警戒はします」


 と言って、私はよしっと意気込むように胸を張りながら、頷く。


 頷いてから私は、ふとヘルナイトさんの言葉を聞いて、疑問に思ったことを口にした。


 それが――私にとってすれば、聞かなければよかったことだと気付いたのは、その話を聞いてからで。後悔してしまうなんて、その時に私には想像すらしなかった。


 私はヘルナイトさんに聞いた。


「あの……、ヘルナイトさんの話を聞いてて思ったんですけど……。それは……、入って出てきた者がいない。ということですか?」


 と言いながら、近くに転がっている亡骸を見て、苦しいもしゃもしゃを感じながら私は言うと、ヘルナイトさんはその言葉を聞いてか、こう言う。


「その言葉はあながち間違ってはない。しかし永遠に出られないというのは、間違いだ。入り口があれば入れる。出口があればいつかは出られるということと同じで……、少数の者たちは何とか生還できた。しかし出てきたものはごくごく少数。聞いた話では五人しか出たことがないと聞く。その五人は入ってすぐ、このダンジョンの恐ろしさを知って、恐れて、この『奈落迷宮』の入り口から出てきて生還できた。が、


「どうして?」


 その言葉を言った瞬間、ヘルナイトさんはぐっと顎を引いて、歩みを進めながら、彼はこう言った。


 重い口を開けるように、私に突きつけたのだ。


 ダンジョンに入った者たちの――運命の分岐で……、『ダンジョンに入って恐れながら生還した』者達のを……。


「――生還した者達は、このダンジョンの恐ろしさを知って、今まで行ってきた冒険者稼業を辞めたことで、家に引き籠って塞ぎ込んでしまい、見捨ててしまった仲間の亡霊にうなされながら、精神崩壊を起こしてしまったらしい」

「………………」

「そのあとは――…………。すまない。これ以上はハンナにとって、酷なだ」


 酷な


 その最後と言う言葉はきっと――のほうが正しいのかもしれない。でも私は、その生還した人達の最後を聞くことはなかった。


 正直――聞きたくない。その言葉が正しいような気持ちで、私は黙って俯いてしまった。


 今にして思うと、ダンジョンと言うところは死と隣り合わせのような場所だ。


 私達プレイヤーはHPがゼロになったとしても、ログアウトになって、再度セーブしたところからログインすれば再度挑戦できる。


 死ぬことなんてない。ただダンジョンはレベルアップに最適な場所と、メグちゃんは言っていた。


 でも、今にしてここは――魔物達の居場所にして巣窟。危険など辺りに散らばって落ちているようなもの。一瞬の油断は死を呼ぶ。そして直結してしまう。


 ダンジョンはもはや戦場。戦争に行くようなものだ。


 そう私は思いながら、ぎゅうっと、ヘルナイトさんの手を握っている手に力を込めてしまう。それを感じたのか、ヘルナイトさんは私の手を優しく握り返して、申し訳なさそうにこう言ったのだ。


「……苦しい思いをさせて、すまなかった」


 私はその後悔しているような悲しい音色を聞いて、首を横に振る。


 大丈夫。その気持ちを込めた行動だったのだけど、ヘルナイトさんは見ていない。ゆえに私は代わりと言っては何だけど、私の手を握っているその手を反対の手で包み込むようにして、両手でしっかりとヘルナイトさんの手を握った。



 大丈夫。



 その気持ちを手に込めて、きゅうっとヘルナイトさんの手を握る。この気持ちが、少しでも届くように……。


 と思った瞬間だった。


 ――コチン。


「あたっ」


 と、突然ヘルナイトさんの鎧が頭に当たった。


 当たり前な話だけどヘルナイトさんが突然止まってしまったので、私はその背中にぶつかってしまっただけの話だ。


 それに気付いたのか、ヘルナイトさんは私の方を見て「! すまない……」と、申し訳なさそうに謝る。


 それを見てかナヴィちゃんはぴょんこぴょんこと跳ねて、地面に黒いシミを何個も作りながらぷんぷんっと怒っていた。


 でも私はおでこに手をつけながら「だ、大丈夫です……」と、控えめに無理に微笑む。


 ……正直痛かったし、握っていた手を離すのは少々残念と思ってしまった自分がいたけど、ここはぐっと我慢する。


 私はおでこをさすりながらヘルナイトさんを見上げて――


「あの――どうしたんですか? 急に止まって」


 と聞くと、ヘルナイトさんはふっと前の方を向いて、その方向に向けて指を突き出す。


 何も言わない。何も言わないからこそ私は自分の目でその正面にあるものを体を傾けながら見る。


 そして――ヘルナイトさん越しに見たそれを見て、私は……。


「なに……これ」


 と、茫然足した顔でそれを見てしまう。


 見てしまったものは魔物でも、人でも、ましてやネクロマンサーでも帝国の者達でも、アキにぃ達でもない。


 私達の眼に前に立ち塞がったもの……。それは――


 頑丈な鉄格子がつけられた行き止まりの道だった。

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