PLAY49 巨大な迷宮 ③
「なんで行かせたんだっ?」
三人が大きな穴に飛び降りた後、こゆきを行かせたボルドの行動に内心驚きと信じられないという気持ちが勝っている状態で、ダディエルはボルドに向かって言う。クルーザァーも見て――だ。
「確かに、あの三人がしている行動は、仲間としては言い行動かもしれない。でもなんでわざわざあの三人に行かせたんだっ。俺達も行く資格が」
「……僕達はここであの三人の帰りを待つことにする。それに……、あの二人がいないと『バロックワーズ』がいる帝国にも入れない。そしてガーディアンも浄化できない。クリアへの道が遠くなってしまう。僕達に今必要なのは、大きな戦力なんだ」
「だったらよぉっ!」
ボルドの言葉にギンロも声を上げて反論する。
彼も落ちて行った三人のことが心配なのだろう。少し不安そうな表情が出ている顔で彼は言った。
「あんたならすぐに止めるだろうがっ! なんで止めなかったんだっ!?」
「止めたよ。みんなを」
「違ぇってっっ! 俺達じゃなくてあいつらだろうがっ! 自殺みたいな光景を見ちまったじゃねえかっ!」
ギンロのその慌ただしい言葉を聞き、ティティは首を傾げながらギンロを見て――
「? ギンロ様は一体何を言っているのでしょうか? 下は水。しかも汚い水で、飛び降りたらすぐに吐き捨ててしまうような小汚い水です。多少の打撃はあると思いますが、それでも死なないですから安心してください」
平然と言うと、ギンロはそのティティの言葉に苛立ちを覚えたのか、声を荒げながら怒鳴る。
「そうでもねえってっ! なんでリーダーは俺達を止めてあっちは止めなかったって言っているんだよ俺はっ!」
それを聞いたティティは「お」と驚きながらギンロを見る。
ギンロはその怒声を今度はボルドに向けながら、彼はこう言う。
「あんたなら――あんな無茶なことをすぐに止めるキャラだろうがっ! なんで止めなかったんだよっ!? あのまま帰らなかったらどうするんだよっ!」
「リーダーらしくないって、珍しく思いましたよ……」
ギンロの言葉に拍車を核るように、リンドーの言葉も飛んでくる。
それを聞いていたボルドは内心……、珍しく……。という言葉に心に罅が入りそうになったが、ここはリーダーの威厳を守るためだと自分に鞭を入れて、彼はぐっと顎を引いてギンロ達を見る。
クルーザァーはそんな彼を見上げながら、黙って仁王立ちになっていた。
腕を組んでいるのでパッと見た限りでは怒っているようにも見える。しかし念のために言っておこう。
彼は全然怒っていない。
ボルドは口を開く。
「なんだろうな。正直ね――彼らに僕等と同じような運命を辿ってほしくないんだよ。仲間を失ってほしくない。だから行かせた。これは……、経験した先輩だからこそ言えることなんだと、僕は思うんだ……」
ダディエル、ギンロ、リンドー。
メウラヴダー、ガルーラ、ティズが黙って聞いている中、ティティとガザドラ、そしてクルーザァーはそんなボルドの言葉を聞きながら、内心『気持ちはわかる』と頷きながらボルドの話を聞く。
「あれから結構時間が経過している。そして巨大なダンジョンと言われて、そのダンジョンの中に仲間がいると言われたら、誰だって助けに行くことは普通なのかなーって。僕は」
「――じゃぁ」
と、唐突に低く、そして怒っているような紅の声が響いた。
声がした入り口付近を見ると、紅はゆらりと――体を揺らし、ボルドに向かって歩みを進めているが、紅の眼には光が灯っておらず、彼らの背後にある大きな穴と同等の闇のような色をした目がボルドを捉えていた。
紅は言う。
「助けに行くことが普通なら……、なんであんたはあの時アスカを助けなかったんだ……? なんであの時スナッティの行動を注意深く見なかったんだよ……っ!」
紅の言葉に――八つ当たりめいたその言葉を聞いて、ボルドは反論どころか、口も開こうともしないで、紅を見ながら彼はじっと黙っている。
それを見て紅は、更に心の奥からごぽごぽと湧き上がるマグマのような怒りを感じながら――彼女はボルドに向かって……。
「あんた――天族っていう感情が読み取れるアバターなんだろ? なんであの時砂を注意深く見なかったんだよっ! なんでアスカのことをもっとよく見なかったんだよっ! もっとよく見ていればあんなことにはならなかった! あんな残酷な結果になることはなかった……っ! なにが自分と同じ運命を辿ってほしくない? それはただあんたの自己満足だろうがっ! ただ自分ができなかったことをいましただけじゃないかっ! もっと前にしろって! なんでアスカの時、砂の時にそんなことをしなかったっ!? なんでいつもいつも……っ! いつも……っ!」
紅はそのままべたんっと地べたにへたり込み、そのまま上を向きながら「ひっく、えっく」と、しゃっくりのような声を上げ、テントの天井を見上げながら――駄々を込める子供の様に、泣きながらこう叫んだ。
「なんで……、すなぁ……っっ! すなぁ……っ! う、う、ううう……、うああああああああああ……っ」
スナッティの名を叫んだと同時に、紅はそのまま地べたに突っ伏して泣いてしまった。
わんわん泣いてしまった。
誰もがそれを見て困惑した顔でその光景を見ていた。
決して大の大人が地べたに這いつくばって泣いている光景が異常と言うわけではない。ただ――
紅は、もう限界だということを知った。それだけなのだ。
彼女の心の限界を知ってしまったのだ。
誰だって親しい人の裏切りを知った時の苦しさは、計り知れない絶望と空白、そして今まで築き上げてきたそれがいとも簡単に崩れてしまうようなそれなのだ。
裏切りとは――言葉の刃と同等の力を持っている暴力。否――それ以上かもしれない。
友達と思っていた人からの裏切りを受けて、紅はもう心がすり減ってしまっていたのだ。
大きな戦力ダウンを強いられてしまったワーベントより、その同僚の素性と裏の顔、そしてアスカ殺しを共謀していたと知って、一時期絶望しかけたカルバノグよりも、紅は大きく傷ついていた。
ガラスのハートの様に、彼女の心はすでに壊れかけていた。
ぼろぼろと、ガラスの雨が出来そうなくらい、彼女の心はすり減ってしまったのだ。
その光景を見ながら、近くにいたリンドーは、おどおどとしながら笑みを崩して、困ったような顔をしながら泣いている彼女の肩をそっと叩く。
それを見ていたクルーザァーは内心紅の姿を情けなく思いながら……。
――たったそれだけで心が折れるのか? あの三人の方がよっぽど合理的なことをしていた。心を保っていた。それに比べて、紅は精神的に甘すぎるところがある。自分に対して甘すぎる傾向がある。そんなに泣くことではないだろうが。
と、アキ達のことを思い出しながら、クルーザァーはわんわん泣いている紅を見ながら、彼はすっとゴーグル越しで目を細めて……。
――もうだめだな。
と、見切りをつけてしまった。しまった。それは仕事ではよくある見限る行為。
仕事が出来なければ職場にはいらない。ゆえに自主的な退職を勧めるのが職場のやり方だ。紅の件も同じだ。使えなければ即捨てる。それが社会の摂理。社会のシビアなルールなのだ。
わんわん泣いてしまっている紅を見降ろしながら、クルーザァーはボルドを見上げて――
「ボルド――お前に任せるぞ」
「っ! え? あ」
「『え? あ』じゃない。お前は
いいな?
クルーザァーの言葉に、ボルドはその気迫に負けそうな声を上げて唸ると、弱気な目と表情で彼は俯いて、人差し指同士を小突き合わせながら――彼は小さい声で「うん」と頷く。
それを見て、クルーザァーは内に秘めていた怒りをふつふつと湧き上がらせて、ボルドの光景を見ながら彼は……。
――不合理な感情だ。と思いながら、大きく舌打ちをする。
不穏な空気がそのテント内を支配していた時、アキ達は丁度『奈落迷宮』に落ちたところだった。ひどく汚染された泥水にダイブして……。
ダイブしてからアキ達は、その『奈落迷宮』にいるであろうハンナ達を探そうと動き出そうとしていた。
が――唐突に、ここで少し時間をかなり遡る。遡ること……。
ハンナとヘルナイトが落ちた瞬間に遡ろうと思う。そしてこれからは……ハンナ視点に戻して、物語を綴っていこうと思う。
□ □
ひゅううううううううう。
ボンッ!
ぼすんっ!
「? ??」
と、私は突然、頭に疑問符を浮かべながら内心、どうなったんだろうと、首をひねりにひねっていた。
体のところどころに感じる固い何かを感じながら……。
そして私は思い出す。さっき起きた出来事を。
確か私は、ブラウーンドさんと話すため、ヘルナイトさんと一緒に医療区のテントに入った。でもテントの中は暗くて、それで足元に転がっていた手と、その地面に彩り……、と言えば、いい響きかもしれない。でもそんな甘いものではない。その地面を赤く染めていた液体を見て、私は驚いてしまう。
と同時に、私は背中から誰かに押される感覚を覚え、そのまま目の前にあったのか、ぽっかりと開いた穴の中に飛び降りるように落ちてしまった。
飛び降り自殺と言われても言い逃れできないようなそれだったと……、今は思う。
でもヘルナイトさんが私に手を伸ばして、そのまま私を抱き寄せて……一緒に……。
…………あ!
と、私は思い出す。
そうだ、あの時ヘルナイトさんも一緒に落ちたんだっ! しかも私を抱き寄せて、私を守ってくれたんだ……。今でも、きっとそうだろう。
体のところどころから感じるこの固くて冷たい感触――それはヘルナイトさんの鎧の冷たさだ……。
そう思うと、私は突然ヘルナイトさんに対して感謝と罪悪感が同時に押し寄せてきたことを感じた。
感謝――それはヘルナイトさんに対して、守ってくれてありがとうと言う気持ち。
罪悪感――それはヘルナイトさんに対して、私なんかのために痛い思いをさせてごめんなさい。そしてアキにぃ達に対してこうなってしまってごめんなさい。という気持ち。
それらが同時に押し寄せてきて、私は頭の中がぐちゃぐちゃになり、いてもたってもいられなくなった私は、悶々としていたその思考を発散する様に、起き上がろうとした瞬間――
「っ! ハンナ?」
「ほあっっ!?」
と、突然耳元……、なのかな? 耳に近くでヘルナイトさんの声が聞こえた。囁きではないけど、少し声量の大きいそれを聞いた私は、驚きのあまりにへんてこな声を上げて肩を震わせてしまう。
それを聞いていたヘルナイトさんは、びくりと、私の肩を掴んでいた手を震わせながら、私を抱きしめたままそっと起き上がって腕の拘束をそっと解いた。
どうやらそのまま倒れてしまっていたらしい……。私を上にした状態で……。
…………うーん。なんだが恥ずかしい気持ちが込み上がってくるぅ……。
と言うか辺りが暗い気がする。そう思い私は辺りを見回しながら、ヘルナイトさんに向かってこう聞いた。
「あの……、ヘルナイトさん……。だ、大丈夫でしたか?」
「? ああ、私は平気だ。ハンナこそ大丈夫だったか?」
「えっと……、何とか、どこも痛くないです。と言うかここ……、暗いですね……」
「そうだな……。? ハンナ?」
どうやら、ヘルナイトさんは私の異変に気付いたらしい。私も今更だけど、この暗闇を見ながら辺りを見回していくと、自分の体に異変を覚えたのだ。
体と――心に……。
強いて言うのならば……、最初に感じた心の異変に、体が連動してしまったと言った方が正しいだろう……。
その暗さこそ、最初こそ何も見えないという感情で見ていたけど、どんどんと、どくどくと……、その暗さを見ていく内に、私の心に一つの感情が生まれる。それは――
ここから出して。
もう出ているのに、この暗さのせいで思考が朧気となり、心の奥底から湧き上がる怖いという感情が、私の頭を埋め尽くす……。
その暗さを拒絶するかのように、私の心音が嫌な音を立てながら鼓動を始め、呼吸も正常ではないようなリズムになってしまっている……。
明らかに異常だ。でも暗いせいで、どうすればいいのかすらわからなくなっている。さっきまでこんなことなかったのに……っ。
どうしたの……? 私……っ。
「…………………………………っ」
「ハンナ――大丈夫か?」
「…………………………………っっ!」
怖い、怖い。
この暗さも、あの時感じた声の恐怖も、みんな怖い。
怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて……。頭がおかしくなりそう……っ!
私はぎゅううっと自分を抱きしめながら、ヘルナイトさんに返答しないで、その暗闇が消えるのを待った。待つだけでは消えないのに、そのままぶるぶる震えながら私はその闇が消えるのを待っていた。
前に――リョクシュを倒そうとヘルナイトさんが私達を暗い闇に閉じ込めていた。けどあの時は何とか平気だったのだ。近くにアキにぃやキョウヤさん、シェーラちゃんがいてくれたから、正気でいられたんだ。
でも今は違う。
本当の暗闇。そしてここにアキにぃ達はいない。
だからなのかな……、恐怖が私に向かって押し寄せてきたのだ。月の光もない世界で、私は暗くて、自分の手しか見えないその闇を感じながら、見ながら……、どんどん自分に押し寄せてくる恐怖と戦っていた。
呼吸もままならない……。声が、だせない……。
どうしよう……。どうしよう……っ。怖すぎて、頭が、痛い……っ!
そう思った私は、ぎゅうっと目を瞑って、その頭痛に耐えていると……。
――ぎゅぅ。
「っ!」
突然だった。
本当に突然……、私を抱き寄せて、その腕の中ぎゅっと閉じ込めたヘルナイトさん。それを感じた私は、今まで痛いと思っていた頭痛や、心の中を貪っていた闇が消えていき、今感じるのはヘルナイトさんが来ている鉄特有の冷たさだけ。それが体と背中。そして後頭部にまで感じられて、私は驚きながらヘルナイトさんの名前を呼ぶと、ヘルナイトさんは私を見下ろしているのか、小さくて、それでも凛とした音色でこう言った。
「怖いのか? この暗闇が」
「っ!」
その言葉を聞いて、私は驚いた顔をしたままヘルナイトさんを見上げる。ヘルナイトさんはそのまま私を見下ろしたまま、私の眼を見てさらにこう聞く。
「ハンナ……。私はここにいる。君の近くにいる。君を一人にさせないと誓ったんだ。もしこの暗闇が怖いのならば、私はその恐怖が消えるまで君の傍にいる。たとえ気休だと言われてもいい。その心が落ち着くまで、私はこのままでいる」
と言って、ヘルナイトさんは私を抱き寄せていた右手を、私の肩から離して、そのまま私の頭に手を置きながらゆるりとひと撫でして、ヘルナイトさんは私を見ながらこう言った。
凛とした音色で、彼はこう言った。
「だからハンナ――泣かないでくれ」
その言葉を聞いてか、私は今まで怖いと思っていた感情が、嘘のように消えていくのを感じた。近くに人がいるだけで、ここまで感情は揺れ動くのかと思いながら、私はヘルナイトさんを見上げる。
はたから見れば、ただの単純な女と思われてもおかしくない。異性 (?) の人の言葉で心が大きく揺れ動いて、その言葉を聞いて、今までの言葉嘘のように消えてしまったのだから、なんて単純な女と思われてもおかしくないだろう……。
でも、私は違うと断言できる。
ヘルナイトさんの言葉を聞いていると、どんどんその恐怖が体から抜けて、空気に溶けて消えていくような感覚を覚えたのだ。今魔の恐怖が、ヘルナイトさんの言葉で消えていく。
まるで魔法だ。
そう思いながら私は、ヘルナイトさんの言葉を聞いて、頷きながら――感謝を顔で表すように、控えめに微笑みながらこう言った。
「はい……。ありがとうございます……。ヘルナイトさん。もう大丈夫です」
その言葉を聞いてか、ヘルナイトさんは私の顔を見て安堵の息を吐きながら、ゆるゆると頭を撫でて……。
「そうか、よかった」と言う。私を見ながら……。
私はその頭のぬくもりとヘルナイトさんの優しさを感じながら、くすりとほほ笑んでヘルナイトさんを見上げる。暗い世界なのに、ヘルナイトさんがいるだけでこんなにも違う気持ちになれる。今ならこの暗闇の中を歩けるような気がする。
そう思いながら私は再度辺りを見回しながらヘルナイトさんに聞いた。
上を見上げると、微かに光が差し込んでいるけど、かなり上にあるので私達を照らす光など差し込んでこなかった。
それを見上げながら私は――
「あの穴から落ちてきたんですね……」と言う。
それを聞いていたヘルナイトさんは頷きながら「ああ、かなり深いな……。そしてここは……」と言いながら、ヘルナイトさんは頭を抱えて、思い出すように言葉を発する。それを見た私は、辺りを見回ながら突然来たそれに驚いて――鼻を抓んだ。
「う」と唸りながら私は、その鼻腔を指す激臭に顔を歪ませて、ヘルナイトさんを見ないで聞いた。
「あ、あの……この激臭と言うか、異臭と言うか……、何なんですか? この臭い……っ」
鼻をつまんだせいで、声が変になってしまったけど、仕方がない。ヘルナイトさんはその言葉を聞いて、頭を抱えていた指に力を入れながら、うっと唸りだして……、そのまま……、小さな声で「思い出した……」と口を開く。
そしてヘルナイトさんはそのまま私を見下ろして――彼は今しがた思い出したことを口にした。
「ここは――アズール一大きいダンジョン……、アズールの地下に存在する『奈落迷宮』だ」
「……奈落、迷宮?」
聞いたことがないような言葉を聞いて、私は鼻を抓みながら首を傾げた。それを見て、ヘルナイトさんは私を見下ろしながらこう言う。
未だに私のことを抱きしめているヘルナイトさんのぬくもりに甘えながら、私はヘルナイトさんの話を聞いた。
「ここはアズール下を通る下水道だが、ただの下水道じゃない。聞いた話だが……、このアズールすべてに繋がっていると言われているダンジョンで、どこからでも入れて、どこに出るのかわからないダンジョンと言われている、通常のダンジョン以上の広さと深さを誇っていると同時に、巨大で誰も踏破したことがないダンジョンともいわている場所だ」
偶然あの穴をあけたときに繋がったのだろう……。
そうヘルナイトさんは言った。
それを聞いていた私は、その暗い世界で塗り潰されている空間を見ながら、上から小さな白い丸の点が見えるその世界を見ながら、私は驚いた声を上げてその世界を見た。
「ここが……、ダンジョン?」
最後に疑問形になるのは当たり前だろう。普通こんな状態でダンジョンに入れるなんて、誰も思わなかっただろう。泥炭窟の様にちゃんと入り口に入ってこそのダンジョンだと思っていたのだけど、こんな方法で入ることも可能なんだ……。と、私はそのことを聞いて再度驚かされてしまった。
「……信じられないか?」
ヘルナイトさんは私を見て聞く。きっと私の顔を見て察したのだろう。
それを聞いた私は慌てながら首を横に振って――
「あ、ち、違うんです……。なんだか、その、スケールがでかいなぁ……、と思いまして」
と、何とか自分が思ったことを口にすると、それを聞いていたヘルナイトさんはふっと微笑むように笑って、それから――
「ぐるぅ」
「「?」」
と、突然声が聞こえた。
獣のような声だけど、私はこの声を聞いたことがある。
ヘルナイトさんもその声を聞いて辺りを見回して、私達はその声がした方向に首を振って顔を向けた。
すると――
ずずずっと闇から這い出るように出てきた、フワフワした体毛で覆われた竜の顔。その顔を見た私は、驚いた顔でその子を見ながら――
「――ナヴィちゃんっ!」と叫んだ。
竜になったナヴィちゃんは甘えるように鼻の先を私に近付けて、そのままくりくりと私の頭にそれをくっつけながら「ぐるるるるうう」と、よく猫が甘える時に使うようなゴロゴロ声を上げながら私にくっついてきた。
ざぶん……。と、下から水の音が聞こえる。その音を聞いた私は、今私達がいるところが本当の下水道で、ナヴィちゃんはきっと私達のことを考えて、体を大きくしてその背中で私達のことを受け止めたんだと今更だけど知った。
私はそんなナヴィちゃんの優しさと温かさを知って、私はナヴィちゃんの鼻の上を撫でながら控えめに微笑んで――「ありがとうね。ナヴィちゃん」と、お礼を述べた。
それを聞いてか、ナヴィちゃんは「ぐるるるぅ」と唸りながら嬉しそうに微笑んで、私からそっと離れて口に咥えているものを見せた。
「?」
ナヴィちゃんが咥えていたものは、カンテラのようなものだった。でもそのカンテラはすでに錆がこびりついており、ボロボロになって、ところどころが凹んでいるような、もう使えないような見た目をしていた。
それを見た私は、このカンテラ……、使えるのかな? と、首を傾げてそれを見ると、ヘルナイトさんはそれを見て、口を開いた。
「これは――カンテラか。しかもアムスノームで作られた……、火の瘴輝石が埋め込まれた魔導式カンテラだな」
それを聞いてか、ナヴィちゃんは「ぐるぅ」と頷きながら首を縦に振る。その際周りの水がざぶざぶと、ナヴィちゃんの振動に合わせるようにして揺れ動く。
「…………よし。ナヴィ。それを貸してくれ」と、ヘルナイトさんはナヴィちゃんが咥えていたものを手に持って、がちゃがちゃとそのカンテラをいじりながら「損傷は見られない。きっと動くはずだ」と小さく言いながら、そのカンテラを動かす。それを見守るように、じっとそのカンテラとヘルナイトさんを見つめる私とナヴィちゃん。
そして――
――カチッ。ほわぁ……。
今まで罅割れた透明なガラスだったそれが、まるで懐中電灯の様に光を帯びていき、周りを明るく照らした。
闇の世界が私の周りから消えて、夕焼けの様な光が私達を守るように照らした。
それを見た私は、ほっと胸を撫で下ろして、光のおかげでよく見えるようになったヘルナイトさんを見上げながら、私は安堵の表情を浮かべながらこう言う。
「これで周りが見えますね……」
「ああ。これなら何とか歩けるだろう」
と言いながら、ヘルナイトさんはカンテラを腰に括り付けてから、私を見てすぐに横抱きにする。その際私は、あまりに唐突なそれを受けてしまったので、「ひゃぁ」と驚きの声を上げながらヘルナイトさんの腕に収まってしまう。
横抱き――お姫様抱っこの状態で……。
「あ、わ……。あの……、もう自分で」と、私は綿渡しながらヘルナイトさんを見上げて言うと、ヘルナイトさんはそのまま立ち上がって――
「いや。ここは下水道だ。万が一のことを考えてだ。少し嫌かもしれないが、我慢してくれ」
と、凛とした声で言うヘルナイトさん。
言葉からして、きっと下水道の水に脚をつけてしまわないようにと言う配慮だろうけど、そこまで私はおっちょこちょいじゃない……、と思う。
でもヘルナイトさんはきっとさっきの私の行動を見て心配になってこんなことをしているんだ。そう思いながら、私はヘルナイトさんを見たまま、俯いて、こくりと頷く。
それを見たヘルナイトさんは、そのままナヴィちゃんの背中から飛び降りて、すとんっと下水道の地面に脚をつける。地面と言うよりも、アスファルトのような固いそれだったけど……。
ヘルナイトさんは私を下ろしながら「足元には気をつけろ」と言って地面に下ろす。それを聞いた私は頷きながら恐る恐る足を延ばして、そのまま地面にしっかりと足をつけてから、私はナヴィちゃんがいる方向を見る。
そして――そのまま手を伸ばして、控えめに微笑みながら……、私はこう言った。
「ナヴィちゃん。戻っておいで」
それを聞いてか、ナヴィちゃんは「ぐるぅ」と唸りながらぼふぅんっと白い煙を出す。その際ざばざばと、ナヴィちゃんがいたところの水面が大きく波を作るように水が暴れる。
そしてナヴィちゃんは、大きく立ち込めた煙の中からぽふんっと出てきて、私の胸に飛び込んできた。
「きゅきゃーっ!」と、喜んでいるような声を上げて。
それを見て、すぐに受け止めた私は、ナヴィちゃんを抱きしめながら「ふふ……」と、微笑む。微笑んで私は……。
「ありがとう……、ナヴィちゃん、ヘルナイトさん」と、再度二人に対して感謝の言葉を投げかける。
それを聞いていたヘルナイトさんは『ふっ』と微笑むような声を出して私を見下ろして、ナヴィちゃんも「きゃぁ!」と、喜んでいるような声を上げて笑って鳴いて………………。
「……………………………………………」
「?」
「きゅう?」
と、私の異変に気付いたのか、ヘルナイトさんとナヴィちゃんは声を上げて私を見る。
私はその固まった顔のままナヴィちゃんをそっと手の中に収めて離して、ナヴィちゃんの体をじっくりと見て、ああ、やっぱり。と思いながら、ナヴィちゃんの体を見た。ヘルナイトさんもそれを見て「ん……」と、驚きのあまりにそれを見て固まってしまった。
それもそうだろう……。
私の手に収まっているナヴィちゃんは、下水道の汚い水に浸かっていたのか、白くてふわふわした体毛が黒に近いような水でびしょびしょに汚れて、明らかに洗わないといけないような状態になっているナヴィちゃんを見て、私は固まった笑みでこう言った。
「ナヴィちゃん……。きれいな水が流れているところがあったら、洗おうか?」
それを聞いてかナヴィちゃんは首を傾げるように顔を傾けて「きゅぅ?」と鳴くと、自分の体を見て、体から出ている激臭を嗅いで「ギュギャギャッッ!」と驚愕のそれに顔を変えて、すぐに私の手から飛び降りてしまった……。
こうして、私達の――私とヘルナイトさん、そして汚れてしまい落ち込んでしまったナヴィちゃんの一時的な『奈落迷宮』の探索が始まった。
出口を探すための探索を、私とヘルナイトさん、そして泥まみれになったナヴィちゃんの二人と一匹で始めたのだ――
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