PLAY48 THIRD WAR! ④

「あ、ああ……」


 同時刻……。


 ティズはみんなが戦っている姿を見ながら、呆けた顔をしてその光景を見ていた。


 いいや呆けてはいない。逆に震えてるせいで見ることしかできなかったという方が正しいだろう。


 アキ達の作戦の光景を見て――


 カルバノグの一行のピンチを見て――


 自分のチームでもあるワーベンドの劣勢を見て……。


 ティズは心が折れかけていた。


 ――……負けている……。みんなが、負けている。


 ――……最初の時は勝てるって思っていたのに、いざ戦うとなると、みんなが劣勢になっている……。


 ――……あんなに、勝てるって思っていたのに、負けている……。


 ――……もしかしたら、このまま俺は殺される? 痛いことを忘れたまま殺される……?


 そんなの……。


 ティズはそう思い、ぶるぶると震える手をぎゅうっと握りしめながら下唇を強く噛みしめて思った。


 ――やっぱり……。ダメなんだ。


 ティズの心は完全に折れそうになる。


 折れてはいない。ただ……、折れる寸前なのだ。ボロボロの手前の壊れかけの状態と言った方がいいだろう。


 ふと、ティズは顔を上げて、クルーザァー達と相対しているZを見る。


 Zは未だに余裕の顔をしながら、まるでクルーザァー達を弄ぶように、踊っているかのように攻撃を避けて、甚振るように攻撃を繰り出す。まだスキルなど使っていない。


 彼が持っているオーダーウェポンが勝手に攻撃しているのだ。Zを守るために――動いているのだ。


 それを見ていたティズは、もうだめなのではと、心のどこかでそう思ってしまい、それがどんどんと膨れ上がっていく。


 ハンナで言うところの、諦めのもしゃもしゃが大きくなって成長している。と言えばいいだろう……。


 そんな状態で、ティズはその戦況を見ていた。


 もう負けることが分かっているような戦況を――既に詰んでしまっているこの戦場を見て、諦めの顔でその光景を見ていると……。


「んな顔するくらいだったら見るな」

「!」


 突然だった。


 突然――自分を守って、自分を見ないで銃を構えているギンロが、ティズに向かって言い放った。


 驚きを隠せない顔で、ティズはギンロの背中と後頭部を見上げる。


 いつもの彼はフレンドリーで、カルバノグの中で言う立場では、彼はムードメーカーであろう。


 そして周りを見ては明るく接しているところも見ている。


 いうなれば明るい性格。


 そんな彼が、今まで聞いたことがないような真剣な音色で、ティズを見ないで、その戦況を見ながらはっきりと言った。


「そんな顔して見られてもな――誰も『よし頑張ろう』とは思えねえんだよ。こう言う場合は、負けそうになっても、勝ちそうになっても――応援をして声援を送ったり、勝てと祈ることが正解だろう。お前のその顔、不正解だと俺は思う。そしてあのゴーグル野郎なら……、こう言う。『不合理な顔をするな。今は勝つと信じろ。それこそが合理的だ』てな」


 肩を竦めながら言うギンロの顔は見えない。しかし彼はきっと――笑っているだろう。そうティズは思ったが、そうそう考えを変えることなどできない。


 今の状況がそうだ。


 このままでは勝てない。負けて、殺される。


 そして――ログアウトからのRCのいいモルモット。


 最悪の未来しか見えない。最悪の勝敗しか見えない。想像できない。


 そんなことを思いながらティズは俯いてぐっと口を噤んで黙っていると……、ティティはうっと唸りながら、ずるりと手で這い蹲るように進み、ギンロの名を呼ぶ。


 ギンロはそれを聞いて横目で彼女を見降ろす。ティズもティティの姿を見て、ほっとしながら慌てて駆け寄って――


「ティティッ! ティティッ!」


 まるで小さな子供が母親に泣きつくように、彼女の体を支えながら彼女の言葉を繰り返すティズ。その顔はすでに無表情のそれではない。負の感情――それも哀のそれしか見えない顔になっていた。


 ティズはそんな顔でティティの名を呼ぶが、ティティは珍しくギンロの方を見て、ぐっと足に力を入れ、無理に立ち上がるようにして膝に手をつきながら……、震える体で、とぎれとぎれの言葉を言う。


「……ギンロ、様……。わ、私も、行きます……っ!」

「…………………」

「ティ……ッ! ティティッ!?」


 ティティの言葉を聞いたティズはぎょっと驚き、泣きそうな顔をして彼はティティに抱き着きながら止めるようにしてから――


「待って! そんなことしないでっ! また傷口開いちゃうよっ! 死ぬようなことしないでっ!」と、慌てて彼女を止めるティズ。


 それを聞いていたティティは、首を傾げもせず、ただティズを見ながら、にっこりと、無理に微笑むように彼女は、笑いかける。


 心配させたくない。そんな気持ちからか、彼女は震える笑みでティズを見て、その笑みのまま彼女はティズに向かって……。


「死にはしませんよ……。ただ私は、戦いに行くだけですから」

「そんな満身創痍で言っても結局は強がりにしか見えねえし、それにそんな青ざめた顔で言っても説得力がねえ。ただ死に行くような自殺志願者みたいだぜ」


 ――ギンロの言う通りである。


 しかしギンロは、そんな光景を見ながら、まだ茫然と牛ながら地面にへたり込んでいる紅を一瞥する。よほどスナッティの裏切りと言葉が突き刺さったのだろう。


 言葉の刃と言うものは残酷だ。


 受け手によってその言葉は温かい応援のそれになったり、心もとない無慈悲な言葉になる。スナッティに至っては、純粋な悪の言葉。それを受けた紅は、心がズタボロになるまで聞いてしまい、現在に至っている。


 そんな光景を見ていたギンロは、背後でがくがくと震えながら監視役となっている魔物の蛇に苦戦しているスナッティを見て、大きく大きく――ギンロは溜息を吐いた。


 そしてギンロは再度紅を見て――


「おい非リア充女。お前いつまでそうしているつもりだよ」


 少しきつい言葉を言い放った。しかし紅は茫然としながら、ただ黙って地面を見つめているだけ。生気のない目で地面を見ているだけだった。


 そんな彼女を見ながら、ギンロははぁっと溜息を吐く。


 普通の人なら、こんな風になっている人物にこんなことをされてしまえば、大半はため息を吐いた後で無視をするだろう。しかしギンロはその大半に入らなかった。


 むしろ彼は――


「無言かよこらぁっっ!!」と、怒鳴った。


 怒りの眼で怒鳴る。紅を見降ろしながらまるで、子供を叱る漬ける大人の様に、怒鳴るギンロ。


 それを聞いた紅は、虚ろな目で地面を見たまま――びくりと肩を驚きで震わす。


 驚いている紅だったが、そんなことなど知るか。と言わんばかりに、ギンロは紅に向かって声を上げながら説教を垂れ流す。


 このような状況で説教をしても、誰も聞いていない。否――周りから聞こえる戦闘の音と金属の音、そして集中のあまりに聞こえていないだけで、本当はよく聞こえるような大きな声で、ギンロは叫んでいるのだ。


 ギンロは言った――否、叫んだ。


「お前なぁ――ちょっとのことがあっただけでそんなにしょげるのかよぉっ! たった一回の裏切りでそんなにしょげるのかぁっ!? アスカの時だってそうだ! お前だけ最後まで戦うことを拒んできただろっ! もうあんな思いしたくないって弱音吐いて、結局は戦って、お前自分勝手すぎるんだよっ! えぇっ!? そんなに現実甘くねえってっ! お前そんなに甘やかされてえのかぁっ!? ホームレスでホームシックってかぁっ!? 笑えねえ冗談だってそんなもんっ! いい時だけそんな風になるなババァッ!」




「――お前のような運び屋に何がわかるんだよっっっ!!」




 とうとう我慢の限界に到達してしまったのか、紅は下を向きながらぎりぎりと歯を食いしばって、ギンロの言葉を聞いて、彼女は思いのたけをぶちまけるようにして――地面に向かって彼女は叫んだ。


 ギンロに負けないくらい大きな声だ。


 紅は言った。ぎっと、ギンロの顔を見て、ボロボロと涙を流しながら彼女は、ギンロを見上げながら睨みつけて、彼女はその涙を拭わずに、張り合うようにしてこう言った。抗議した。


「お前にわかるのかっ!? 一番最初にできた友達に、あんなことを言われたことがあるのかっ!? あたしはないっ! ずっとホームレスで、親なんて言う存在も思い出したくない! 友達なんていなかった。学校なていうものも中学校まではいい思い出だっ! あとの高校ではただ殴っただけで退学! そのあと家は崩壊して家族もばらばら! あたしにとってすれば砂はいい友達だったんだっ! いい理解者だった……っ! アスカだって友達だったのに死んで……っ! 普通死んでしまったやつのことを後悔するとか、こうすればよかったって嘆くのは当たり前だろうがっ! お前あの時何も後悔なんてしていなかったよなっ? ダディだってそうだ……っ! 恋人だったのに掌反して平然としやがって……っ! なんで……、なんでこうなったんだよ……っ! 砂だって、アスカだって……、友達だった……。だった……。だった……のに……っ! なんで」


 紅はまた頭を垂らして、今度は肩を震わせ、嗚咽を吐きながら、彼女は、地面に濡れたシミをいくつもつくる。


 それを見たティズは、はっとして紅の頭のてっぺんを見る。と言うかそれしか見えない。


 そんなティズ達の反応など見ないで、紅はこう言った。涙を含んだ音色で、彼女はこう言った。


「う……っ! なんでいつもあたしばかり……っ! えっく……、こんなことになってるんだよぉ……っ! あたしが、ひっく……、一体何をしたんだって言うんだよぉ……っ! アスカも、死んじゃった……っ! もう災難ばかりだ……っ! 不良の時だって、なんの楽しいことなんて……、ない……っ! うぅっ! なんでこんなことばっかなんだよぉ……っ! もうこんなこと……、いやだよぉ……っ! こんな負ける戦いなんてしても……、意味ないじゃん……っ! やっぱり……、あいつらに戦いを挑むなんて、できなかったんだ……っ! うぅぅ……。結局あたしたちは、何もできない……んだぁ!」


 わぁっと……、ぼろぼろと、弱音を吐いて言う紅。


 それを見ていたティズは、なぜなのかはわからないが、ふと違和感を覚えた。見たことがある。と言う言葉ではない。ただ、と、ティズは思ったのだ。


 と紅が――同じ。


 そう思った時……、ギンロは鼻で『っは』と……、彼女を見降ろして笑いながら――


「へーんっ。そうかよそうかよ。お前もリーダー達が負けることに一票かよ。こんの三十五ばばぁ」と、彼は本当に呆れるような顔をしてくれないを見下しながら言う。


 それを聞いた紅は、泣いた顔のままいらりと――いら立ちを募らせて、額に青筋を立てながら泣いたその涙を目の中に引っ込ませて戻す。


 紅はそんなギンロの言葉を聞いて、握り拳を作りながら彼女はギンロに向かって怒声を浴びせる。


「てめぇなにリアル年齢言っとるんじゃぁっ! あたしは確かに三十過ぎだがそこまで年取ってねえよ! あたしはこう見えてもじゃあっっ!」


「え」


 ティズは真顔で驚いて紅を見る。


 しかしそんなティズのことなど無視しているかのように、ギンロは呆れながら――


「お前――言ったよな? ダディは平然としている。って」

「あ? そうだろうが、あいつ暗殺者の家系とかそんなこと言っていたけど……、そうだろうな。だって心がないかのように、アスカなんていないかのように……」


 と言った瞬間だった。


 ギンロはその言葉と共に、紅の胸ぐらを掴み上げながら、紅との距離を縮める。


 感情的なそれではない。物理的に――彼女と自分との顔をぐっと近づけて、怒りの眼で紅を見ながら――彼は低く、怒りを込めた音色で――



「お前――それマジで言っているなら……、今すぐぶっ殺すぞ」



 と言った。


 それを聞いた紅と、ティズは、びくりと肩を震わせながら、今まで見たことがないギンロの怒りのそれを聞いて、委縮してしまう。しかしティティは対照的に――ゆっくりと立ち上がりながらギンロのその背中を見て……。


「ダディ様のお気持ち……、今ならわかります。そしてギンロ様のお気持ちもわかります……」


 ギンロの言葉に賛同するかのような言葉で、ティティは腕を押さえつけながらギンロの背中に向かって言った。それを聞いたティズと紅は、そんなティティの言葉を予測していなかったのか、はたまたは自分達の味方になるのかと思っていたのかはわからない。しかし二人は表情として……。


 驚くような顔をしてティティを見ていた。見上げていた。


 しかしそんな二人をしり目に、彼女ははぁっと短い息を吐きながら (決して溜息ではない) 、彼女はギンロを見て――言葉を繋げた。


「話を聞いているからに、ダディエル様と、アスカ様は……、互いに愛し合っていたのですよね……? でも、アスカ様は殺されてしまった。そのことを知らずにいた私ですけど、そのことについては申し上げます……。でも……、紅様……、あなたのその言葉、間違っています。


「?」


 ティティの言葉を聞いて、紅は少しだけ眉を顰めながらティティを見る。ティティは傷だらけの体ではあるが、ボルドのおかけで大体の傷は癒えた。しかし鈍痛が響く中、彼女は紅をまるで責めるような目でこう言う。


「私は――ティズと出会って初めて、他人に対して愛しむような感情を抱きました。毎日が幸せのような、そんな日々を送っています。今だってそうです。ティズが私のことを心配してくれている。それだけで胸が張り裂けそうなくらい……、嬉しい。ですが……唐突に、不安が私に襲い掛かってくるのです。それは別れ。永遠の別れを強いられる時が来た時……、ティズと別れるようなことがあった時……、私はその死を乗り越えていけるか。またはその死を運命として受け入れて、前に進めるか……、そう思うときが何度もあります。生きとし生けるものすべてが抱える永遠の悩み。それを考えたとき――私は必ずこう思うのです」


 と言って、ティティはぎっと紅を睨むようにして、悲しい音色で紅を睨みながら続けてこう言う。




「答えは――否。できない」




 はっきりとした、そして他人事ではないようなその言葉に、紅、ティズは不意を突かれたかのような顔をして呆けて、ギンロはそれを聞きながら黙って話を聞く。


 ティティは続けてこう言う。


「誰だって、愛する者の死は――絶対に受け入れられないと考えてます。自負できます。ティズがいなくなってしまえば、私は必ず失意のどん底に叩きつけられるでしょう。恋人だってそうです。互いに愛し合っているのであれば、喪失は多大なる精神への攻撃。つまるところの絶望です。そんな状態で――紅様は本当に、ダディエル様が心の底から悲しんでいないと見えるのですか? 強がって虚勢を張っているんです。皆様に迷惑をかけないようにしている。そんな簡単なこと……、なんでわからないんですか? なんで他人のことをを知ったように言うんですか? 心を読むこともできないのに――そんなわかったように言わないでください」


「っ! なんだよその言い方っ!」


 紅は、ティティのその言葉の雨にうたれながらも、彼女はいら立ちを先立てて、彼女は紅を見ながらこう叫んだ。


 結局は――八つ当たりであったが……。


「受け入れられないのはあたしだって同じだっ! アスカの死は心の底から嫌だった! 嘘だと思いたかったっ! なのに誰もアスカのことを心から弔おうとしないっ! いなかったかのように前に進んで、そんなの許せなかった! おまけに砂の裏切りだって」

「俺は――忘れてねえよ」


 と――


 ギンロは紅の言葉を遮りながら彼女をそっと下し、胸ぐらを掴んでいた手をゆっくりと放しながら彼はティティに向けてにっと笑みを浮かべ――陽気な顔と音色のセットで……。


「あんがとよティティ。俺の分まで言ってくれて」と、お礼を述べた。


 それを聞いたティティは、力なく微笑んでから、よろりと体のバランスを崩したが、それでも体制を整えてから彼女は、小さく「いえ」と言う。


 どうってことない。そんな言葉である。


 ギンロはそのまま紅を見ないで、ティティを見ながら彼はこう言った。冷たくもない、怒りのそれでもない……。ただ――真剣な音色で、言い聞かせるようなそれで、彼はこう言ったのだ。


 心に残ってくれ。そう願うように……。



「俺だって――アスカの死は相当こたえた。というか、受け入れることなんてできなかった。リンドーだっていつもへらへらしているくせに、あの時だけは無表情だっただろ。リーダーはあんな調子だけど、あれ以上に心がすさんでいた。んであいつの死を一番受け入れたくなかったのは――あのバカだ。あいつ、こんな時だけは顔に出さないで、表面では平然として受け入れているように見える。けどな……、リーダーが言っていたんだ。『暗殺者っていうのは、感情を表に出さないようにする訓練をしているんだ。だからダディエル君はああして平然を装って、自分の本心を厚い殻で覆って本音を出さないようにしているんだよ。明日香ちゃんの死を心の底から悲しんでいるのは、自分なのに、心配かけないようにと思ってそうして平然を装っているんだよ。無情なやつって思うかもしれないけど、本当は優しくて、明日香ちゃんのことを一番愛して、いちばん悲しんでいる人だよ』って……。あいつ、俺達のことを考えて、仕事のことを優先にしてまで、アスカの弔い合戦をしようとしてんだぜ? 俺たち以上にあいつのことを想っていた。俺でも弔いなんて考えることができなかった。ただ悲しいって思うだけで、何もしなかった」



「あの時だって、クルーザァー達の申し出をいの一番で受けたのはあいつだ。それだけ……、あいつはあのアクロマのことを許してねえ。そしてそれと同じくらい、あいつのことを想っての行動だった。それでも、あいつはアスカのことを考えてねえって、言いたいのか?」


 ぐぅの音も出ない。とは……、まさにこのこと。


 紅はそんなギンロの言葉を聞きながら、彼女はふと――今まさに絶体絶命の大ピンチに陥っているダディエルを横目でちらりと見る。


 その光景を見て、焦りの顔をしているダディエルを見て……、紅はそっと、その光景から目をそらすように、申し訳ないことをしたかのような顔をして彼女は顔を俯かせる。


 それを見たギンロは呆れた顔をして鼻で息を吐き……、溜息を吐きながら――


「そうかい。お前はそうやっていつまでも落ち込んでいろ」と言いながら、くるりとミニガンを手に持って構えるギンロ。ダディエルたちに加勢しに行くつもりだ。


 その光景を見て、聞いていたティズは、茫然としながら目を泳がせて、そしてその会話に入らずに、とあるところを見て凝視しようとした時――


「ティズもだ」


 ギンロは言った。


 その言葉を聞いたティズは、まるで悪いことをしたところを目撃された哀れな子供の様に、ぎくりと体を震わせて、ゆっくりとした動作でギンロを見る。ギンロはこう言った。


「お前も、怖いから戦いたくねえとか思うな。そんな生半可な気持ちでここまで来たのか? 痛みがない体が嫌だからここまで来たんだろ? 自分の体に薬を盛ったあのくそ兄貴をぶっ倒すためにここまで来たんだろ? お前もあの兄貴が許せなくてここまで来たんだろ? ちょっとの恐怖でチワワみたいに震えてんじゃねえ。あの何もできない嬢ちゃんの方が、お前より強く見えたぜ? みんな――戦っているんだ。お前も男なら――」



 根性見せろ。



 ギンロはそう言って、ティティも腰に差していた鉈を引き抜いて――互いが互いの相手に向かって駆け出す。戦う意思を持った目で、一寸の闇もないその眼で、諦めていないその目で……。


 彼らは駆け出した。


 ティズと、紅。そして監視役をどうにかしようとしているスナッティを置いて……。


 二人はその場で座り、立ち尽くしていた。


 いまだに――負けとわかっているような劣勢のそれを見て、それでも立ち向かうようなみんなの後姿を見て紅は呆れていた。


 ――負けるに決まっている。結局、あたしらはお荷物の存在なんだ。


 そう思っている紅とは対照的に……、ティズはギンロの言葉を思い出しながら……、彼は思った。


 何もできない嬢ちゃん。


 それはきっと――悪い話ハンナだ。


 ハンナは確かに戦う術などないし、武器もない。そんな状態でも、彼女は決して、諦めたりはしなかった。ただ――助けたい一心で、救けたい一心でみんなの傷を癒した。


 ゲームの世界で体力は命そのもの。なくなればゲームオーバー。


 そんな世界で、回復要因は欠かせないものだろう。そして、ティズが視た中で、彼女は一回も心を折ることはなかった。負けると思って、折れることは決してなかった。


 ――なんであの子は、あの人は……、諦めるような顔をしなかったんだろう。なんで……、怖いと思わないんだろう……。なんで、足を止めなかったんだろう。


 止まっている自分と、進んでいるハンナを思い浮かべて、背中に手を伸ばしても届かないところまで進んでいるハンナ。それを見て――ティズは思う。


 ――足を止めない。前に進む。


 ――できるのかな……、俺に……。あの人を見た瞬間、ティティが倒されるところを見るだけだった俺に……、何ができるのか……。


 ――怖くて何もできなかった俺に……、何が……。


 そう思った瞬間――再びギンロの声が脳裏に甦る。




 ――お前も男なら、根性を見せろ――




 ――根性……。


 その根性が具体的にどんなものなのかはわからない。でもティズは、そのギンロの言葉を、自分の根性を信じて、震える体で立ち上がりながら、前を見据えて、クルーザァー達を叩きのめそうとしているZを睨みつけて、「ふーっ! ふーっ! ふーっ!」と、荒い深呼吸をしながら、彼は足を一歩、踏み出す。


 だんっと、地面を割るように踏みつける。


「っ!? 何やってんだお前……っ! もうこんな戦況だ! 負けることは確定だろうがっ!」


 紅の言葉を聞かずにティズは勇気を振り絞るように――また一歩足を進めて、その勢いに乗りながら駆け出す!


 グゥドゥレィの頭上に、槍を持ったまま落ちていくシェーラを見て……。


 ダディエルの背後からミニガンを連射しまくって加勢に来たギンロを見て……。


最後の落ち武者ボウレイ・ベンケイ』に向かって鉈で切りつけようとしているティティを見て……。


 少なからず、ティズは思った。


 ――ギンロの言葉を聞いて、そうだと思ったわけじゃない。


 ――ティティの言葉を聞いて、後悔して、落ち込んでいたのは確かだけど……。


 ――でも、みんなが必死になって、勝とうとしているんだ。


 ――俺も、根性を見せよう。根性とか、勇気とか、そんなのどんなものなのかはわからないけど、それでも俺は……、動かないよりも、動くことを選択して、滅茶苦茶になったとしても、戦おう。


 ――俺だって、あいつには心底嫌な記憶しかない、だから――殴らないと気が済まない。


 ――俺だって……っ!


 そう思い、ティズは駆け出す。声にならないような叫び声を上げて……。



 ◆     ◆



「なんだなんだ? 結局固いゴーレムは消滅だな。万策尽きたとはこのことだなぁ」

「――っ!」


 一方として、クルーザァー達はボロボロになりながら、一人――否。一人と一機で戦っているZに苦戦を強いられていた。というか……、負ける寸前である。彼自身も傷を負ってはいるが、さほど慌ててはいない。


 Zは白衣の中から黄色の液体が入った小瓶二つを取り出して、それを機械のオーダーウェポンの左手にポンッと乗せる。


 剣を突き立てながら、彼はだるく重くなった体でメウラヴダーはその小瓶を見ながら――驚愕の顔でそれを見る。ガルーラもそんな顔をして、それを見ていた……。


 黄色い液体――それは……。



 ――『部位修復薬ゴア・リザレクションポーション



 それを機械の掌に乗せて、彼は唱える――


術式錬成魔法アルケミスト・クリエイティスペル――『道具錬成アイテム・クリエイティヴ』」


 と言った瞬間だった。


 機械の手の指先がピクリと動き、そのまま『部位修復薬ゴア・リザレクションポーション』を握り潰すように、『ぐわしぃっ』と力一杯握る。


 壊れた音がしないところから見て、小瓶は破壊されていないようだ。


 握ったと同時に、腕の中から小さな光が漏れ出して、それがどんどん反対の手に向かって突き進んでいる。なにかが機械の腕の中を取っているようなそれだ。


 それを何回も見たクルーザァーは、内心苛立ちの顔を浮かべながらそれを見て、そしてこう思った。


 ――……。


 機械の腕の中から『ガコンッ! カコンッ!』と言う音が聞こえる。そしてその光は右手に向かって進んで、そして手首に行きついた瞬間――


 ぽんっと、機械の右掌から――を出す。それを見ていたZは、にっと狂気に歪んだ笑みでそれを掴んで、そしてその小瓶に口をつけて、一気飲みをする。


 ごくんっ! ごくんっ! と――見せつけるかのように飲み干すZ。


 それを見ていた三人は更なる巻き戻しを体験し、クルーザァーはバングルを見て、自分の残り少ない体力と魔力を見て愕然としながら、体力と魔力が完全回復したZを恨めしそうに見る。


 Zはカラカラ笑いながら、三人の苦労を嘲笑うようにしてこう言う。


「はい! また『完全薬エリクサー』で完全回復しました。結局お前等はここで死ぬ運命だった。俺や『BLACK COMPANY』に楯突いたのが最大の間違いだったんだよ。俺を倒そうったってそうはいかねえって。だって俺はアルケミスト……。武器でも防具でも道具でも何でも錬成して、新しい物を作ることができるからな。アクロマよりは劣るかもしれねえけど、お前等があのアクロマに辿り着くことは――永遠に叶わねえなぁ」


 げらげらげら! そう狂気に笑みを浮かべながら笑うZ。そんな彼を見て奥歯を噛みしめながら悔しさを顔の出すクルーザァー。二人も同じだ。


 何もできずに、このまま犬死はしたくない。このまま――何もできずに終わりたくない。


 そう思った時――





「――うううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」





「「「っ!?」」」

「?」


 遠くから、ティズの叫び声――否、咆哮が聞こえた。

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