PLAY47 ティズとクルーザァー ④
「なぁにが『浄化して救っているんですぅ』? なにが『救けたいぃ』? っていうかそれってあんたの功績じゃなくて、ほとんどがENPCのおかげでしょうが? なんでそんなに己のおかげみたいに過大評価してんの? 役立たずの所属のくせになに英雄気取りしてんのっ? うっざ。うっざ! うっざうっざうっざうっざうっざうっざうっざっ。衛生士とかメディックとか囮がセオリーだっつうのに、的がセオリーだっつうのに、なんであのバカ女はそんなに英雄気取って、うきうきらんらんしてんのか、なんでそんなに人助けにこだわってんのかわかんね。てかゲームの世界の人を救っても結局は無駄じゃん。死んだってすぐに生き返るようなもんでしょ? なのに助けるとか頭あっぱらぱー! お花畑並みにメルヘンじゃんっ! それだけ無駄なことをしているからクリアできねえんだよ! さっさとクリアするために、そのチートじみた奴を使ってさっさとクリアしろよ! あーあ。なんであんな役立たずがキーパーソンめいたキャラクターになるんだろう……。ほんとああいったキャラって……」
スナッティはアキを見ず、うんざりしたような顔で頭を抱えながら明後日の方向を見て、アキにとってのNGワードを言ってしまう。
「――ほんと、死んだ方がいいよねー」
と言った瞬間だった。
スナッティの左頬が歪む。
それは誰かの手によって殴られたから。
その衝撃でスナッティは「ぶ」と潰れたような声を上げ、殴られた方向とは反対によろめく。
それを見たカルバノグやワーベント、そして……。
キョウヤ、シェーラ、アキが驚いた目をしてその光景を凝視し、目をひん剥かせながらスナッティを殴ったクルーザァーを見る。
スナッティは殴られながらその光景を見て、殴った張本人でもあるクルーザァーを見てよろめいたと同時に『ずてんっ』とその場で転び、左頬を手で押さえつけながら殴った体制で止まっているクルーザァーを見上げる。
「え……? へ……?」
スナッティは驚いた顔をしたままクルーザァーを見上げ、彼を見つめながら彼女は気が動転したかのような顔をし……。
「え? ちょ……、なんでこんな……え?」
クルーザァーの行動を見て、理解できないような困惑具合で彼女はパクパクと口を動かし、蛇に睨まれた蛙の様にそのままの体制で固まってしまう。
クルーザァーはそんな彼女を見下ろし、ゴーグル越しでもわかる様な威圧が込められた目つきで威嚇でもしているかのように、彼女を見る。
それを見たスナッティは、びくりと顔を驚愕に染めながら肩を震わせ、震える口で言葉を発しようとしたが、恐怖のせいで何も言えない。
否――今まで見たことがないその顔を見たせいで、委縮してしまったのだ。
それを見て、ボルドは内心まずいと思った……。その理由は簡単で、単純なもの。
――あ。クルーザァー君……。怒っている。
――珍しい……。けど……、なんとなく、わかるよ。君の気持ち。
始めこそやばいと直感したが、すぐにその理由を思い出して察する。
このことを知っているのは、彼とクルーザァーの上司と先輩だけ。
彼の過去を唯一知っているものは――三人だけということになる。
そしてそんな彼のルーツを知っているボルドは、そんな彼を見ながら、ざりっと言う音を耳にする。
その音は大きく、人間族の耳でも聞こえるような足音で近付いて来ている。
足音を聞いたシェーラは、すかさず両手で二本の剣を掴んで構えようとした時……。
「…………随分なご挨拶ですね」
ざりっと……、とある人物がシェーラ達の目の前に現れて、背後に手を回して腕を組みながら、ひんやりとした笑みを浮かべてから――ブラウーンドは彼等をくすりと微笑むように見つめながら……低い音色で言う。
それを聞いていたゴトは、獣特有の歯を食いしばりながら、さも平然と現れたブラウーンドを睨みつけて、ぐるるるっと――亜人の郷の最長老を思い出させるような唸り声を上げながら、彼は怒りのままにこう怒鳴った。
「お前――あれは一体、どう言うことなんだっっ!? なんで子供達にあんな惨いことをしやがるっっ! なんであんな外道に媚をいれるっ! 子供達を……、あんな形で……、突き放すんだっっ!」
その怒鳴りと共に零れ落ちる目じりの液体を見たアキは、その意志と感情に偽りなどないことを知り、この人は本当に自分の素直なんだ。そう思い、にっと微笑みながらアキは――ブラウーンドを睨みつける。
それを聞いていたブラウーンドは、ひんやりとした笑みを浮かべながら――彼は光が灯っていない目をすっと、細目で開けて、彼はこう言う。
当たり前の様に、こう言ったのだ。
「……突き放す? 一体何を言っているのやら……。私はみんなのためにしているんですよ?」
「………………みんなのためって」
キョウヤはその言葉を聞いて、静かに口ずさむように呟き……、ぎりっと歯を食いしばって、尻尾をしならせてから……、少し硬い地面に向けて、ばしんっとその尻尾を叩きつける。
それを聞いたカルバノグとワーベンドは、ぎょっとしながらその光景を見る。
砂の国に入ってから、キョウヤは尻尾のしなりを滅多にしない。砂地ではあまり使えないこともあり、キョウヤはあまりその尻尾を目立たせるようなことをしなくなった。
だからその尻尾が生きていることに、二つのチームは驚きを隠せなかったのだ。もちろん――ブラウーンドとゴトもである。最初その尻尾を見た時、飾りだと思っていたがゆえに生きていることに、動いていることに驚きを隠せなかったのだ。
キョウヤはそんなしなりをさせながら……、マグマの様な怒りを覚えながら、彼は怒りの表情で、ブラウーンドを睨みつけてこう言った。
「何がみんなのためだ……! 自分のためだろうが……っ!」
それを聞いたブラウーンドは、ぎょっとしながらキョウヤを見て、たじろぐ。
シェーラはそんなキョウヤを見て、はぁっと溜息を吐きながら……。
「ほんとよね」と、同意の声を上げ、彼女はすらりと――二本の剣をゆっくりと引き抜きながら、ブラウーンドを見ないで、彼女はブラウーンドに向かってこう聞く。
あえて――聞いたのだ。聞きたいことがあっての行動でもあった。
シェーラは聞く。
かちりと、剣の柄を掴んで――するりと引き抜きながら――
「なんでそんな外道みたいなことをしているのか。そしてあんたと一緒に話していたお仲間二人のことも聞きたいと思っていたの。そっちから来てくれて、手間が省けたわ。さっそく聞くわ」
鞘からすべてを引き抜いたシェーラは、二本の剣をしっかりと掴んで、ブラウーンドを睨みながら――彼女は冷たい眼で聞く。
「なんであんなことをしたの? そして――ハンナとヘルナイトは……、どこ?」
凄むような目つき。後半に入ると更に凄みが増した音色で言うシェーラ……。はたから見たら、大の大人でも縮み上がってしまうような光景である……。
それを見たブラウーンドは、ぎょっとしながらシェーラや、すでに銃を構えているアキを見て、言い訳などしたらすぐに殺されると思ったのだろう。
……二人はそのような後味の悪いことは決してしないが……。
ブラウーンドが手を上げて、降参でもするかのように、彼は汗を流しながら、笑みを浮かべてこう言った。嘘など吐いても無理と判断して、ブラウーンドは本音を吐く。弁解などしないで、本音を吐いたのだ。
なんともくだらないような本音を、吐いたのだ……。
「し、私腹を肥やしたかった……だけで」
「あぁ?」と、その言葉を聞いていたガルーラは、がちりと背に背負っていた大槌を掴んで、彼女は巨人なのに、鬼のような顔つきでブラウーンドを睨みながら見下ろしていた。
メウラヴダーさんもその一人で、彼も二本の黒い剣を構えながらブラウーンドを睨みつけている。
ガルーラは言った。
「お前……、ふざけんじゃねえぞ」
その言葉を聞いて、メウラヴダーも怒りの音色で、ブラウーンドに向かってこう言う。
「そんな理由で、そんなわがままで……、あんなことができるのか? ふざけるのも大概にしろ……っ!」
さらには、先ほどから怒りを表していたゴトも、それを聞いて更に怒りを募らせながら、バキバキと指の関節を鳴らしながら近づいて――
「自分の私欲で……、色んな奴らを傷つけやがってぇぇぇぇ……っっ!」
と、ゴトは今にも獣の爪で引っ掻こうとして、四肢に力を入れて怒声を浴びせる。
誰もがそんなくだらないことを聞いて、怒りを覚えるだろう。しかしブラウーンドは慌てながら手を振って……、にこやかな笑みを崩さないで彼は――
「いえいえ……っ! そんな滅相もないっ! 否! これは仕方のないことなのです!」
「それのどこが仕方がねえって? 明らかに外道がするようなことじゃねえか」
ダディエルの追い打ちを受けてもなお、ブラウーンドは慌てながら弁解をする。そして彼は――慌てた笑顔で、このような言葉を吐き捨てた。
「だって――し、仕方がなかったんですよ。医療機器の補充も然りですけど、このキャラバンは難民を保護し過ぎたせいで、住めるスペースがなくなってしまったんです。少しでもスペースを確保したくって……、でもそのことについて隊長は私の話を聞いてくれなかった……。仕方がなかったんです。仕方がなかったから……っ!」
あまりに自己的な考え。そしてこの男も……、帝国と同じような思考回路だということを知らされ、そしてハンナとヘルナイトは、この男の罠にまんまとはまったことを聞かされて、アキは煮えくり返るような激昂を感じて、顔が膨張して、熱くなるような感覚を感じて、すぐさま銃口をブラウーンドに突きつけた。
じゃきりと言う銃の音を聞いたブラウーンドは、上ずった悲鳴を上げて、どしゃりとその場で転んでしまう。
その光景を見ていた帝国や、泣いている子供達は――そんなブラウーンドを見てどうしたのだろうと首を傾げている。
それを見て、ガルーラとメウラヴダーは、溜息を吐きながら武器から手を離したり、それをそっと収める。メウラヴダーはアキの銃口をそっと下して、首を横に振りながら止める。そんな二人は、呆れた目でブラウーンドを見下ろしながら――こう言った。
「こんな屑野郎だったとはな」
「こんな奴殺しても――何の得にもならない。殺したとしても強制的に退場される。それに……、こんな奴に関わったとしても、残るのはただの……、苛立ちだけだ」
メウラヴダーの言葉を聞き、銃口をブラウーンドに突きつけていたアキは、無言でメウラヴダーを横目で見て、すっと流れるように――引き攣った笑みを浮かべているブラウーンドを見つめる。
引き攣って、そして今まで出会ったプレイヤーや住人を思い浮かべていく。屑と言う代名詞と言えばまだ会ったことがない帝王だが、このブラウーンドも屑と言えるに相応しい人間だった。
人工知能でも、こんなリアルに再現できるような屑は初めてで、アキはメウラヴダーの言葉を思い出しながら、そのまま銃を下ろして……。
「…………ですね」と、呆れた音色を吐き捨てた。
それを聞いたブラウーンドは、ほっと胸を撫で下ろしていたが……、彼が胸を撫で下ろしたと同時に――じゃきりと鋭く尖ったそれが、喉笛に突きつけられる。
「っ!」ブラウーンドは、その喉笛に突き刺さりそうなその剣先を目で見て、その持ち主を目で追うと……、ブラウーンドの喉笛に剣先を突き付けているシェーラは、冷たい眼で睨みつけながら、彼女は静かにこう言う。
「『見逃した』なんて思っているの? 冗談もほどほどにして。ただこっちのルールであんたを殺すことができないって言うだけ。本音ならね……、今すぐあんたをぶち殺したい気分なの」
その辺……、わかっているでしょ?
冷たく、まるで氷の様に突き刺さる言葉と空気。
その二つの冷気がブラウーンドの肌に突き刺さる。絶対零度の中にいるような感覚だ。
それを感じて、震えていた歪な笑みを、怒りの歯軋りに変えて――彼は……。
「仕方がないだろうっ! はるばる異国に来て金ががっぽり稼げるかと思ったら、あの野郎はその金を難民に使って、費用やこっちのことを考えずに費やしたっ! 俺たちは今までさんざん我慢してきたんだっ! 住める場所を提供したんだっ! ありがたいと思っていいくらいだっ!」
と、ブラウーンドは叫ぶ。叫びながら彼は声を張り上げる。
だが、そんな言葉を聞いて、ブラウーンドの行動に、言動に心を打たれるものはいなかった。どころが……、それよりも背後で行動をしようとしている兵士達の方に注目が集まる。
それを見て、クルーザァーははっとしてその場所に向かおうとした時――
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
突如響き渡る獣の咆哮。
それと同時に――寝ている子供を連れて行こうとした兵士の顔面がめり込んだ。
めぎゅりと――顔面が崩壊するのではないかと言うような音を出して、兵士の顔面に叩きつけられた獣特有の拳が、兵士の意識を切断する。
切断と同時に子供を掴んでいた手がするりと抜けて、そのまま……。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」
獣――ゴトは渾身の大ぶりの拳を、地面に向けて力一杯叩きつける!
兵士の顔を道ずれに。
めごしゃぁっっ。と、地面がめり込む音とともに、兵士はそのまま地面の上で気絶する。たとえ恐怖心がないその鎧を来てても、気絶しないような作りではない。恐怖心がないその鎧が仇となった瞬間でもあった。
それを見ていた帝国の兵士と四人のプレイヤー。そしてキャラバンの白衣の人たちは、唖然としてその光景を見て、誰もが言葉を失って見ていた。
ばさりと、夕焼けの鬣が弱い風で靡いて……。ゴトはぎりっと歯軋りをしながら――キャラバンの住人、そして帝国の兵士達を睨みつけながら――彼は本当の獣の様に、威嚇をしながらこう言った。ぽふりと――腕の中でくぅくぅと規則正しい寝息を立てている子供の頭に、フワフワした体毛で覆われた手を置きながら……、彼は言った。
「お前ら……。それでも人間なのか……っ!? こんな小さな子供を……っ! そんなに自分のことが大事なのかっ!? えぇっっっ!?」
恐怖を消す鎧を着ていても、いなくても分かる様な殺気。
壊れてしまったのではないかと言うくらい、ぶわりと来る恐怖。
それを感じていた兵士とキャラバンの人は――そんな激昂のゴトを見て、恐怖で立ち竦んでしまう。とある人物達を除いて……。
「あーあ」と言いながら、すたすたと気怠そうに近付いてきた人物はゴトを見ながら白衣のポケットに手を突っ込み、これまた気怠そうにしながら大きく声で舌打ちをして――
「結局またかよぉ。めんどくせぇ」と、プレイヤーの背後からくるZ。
四人のプレイヤーはZを見て、驚きながら彼を見て――
それを見たティズはびくりと肩を震わせ、ぶるぶる震えながら青ざめて口に手を当てて息を潜める。
まるで――その男に対して多大な恐怖を抱いているような、そんな恐怖の対象を見るようなうつろな目で、息をひそめていた。
それを見たガルーラとメウラヴダーは、すっと目を細めて、そんなティズを見ながら、いまだにスナッティを見降ろして睨んでいるクルーザァーに向かって……、メウラヴダーはこう聞いた。
「クルーザァー。すまないが……」
「ああ」と、クルーザァーはそれ以上の言葉を紡ぐ間もなく、頷いてこう言った。
「俺も――すぐに向かう」
そう言いながら、彼はティズを見降ろし、そしてそんな彼と重ね合わせるように、いろんな子供達のことを思い出しながら……、彼は再度心に決める。
――ここでも、無実な子供たちを傷つける輩がいた。
――あの時と同じ……、そして、あの時と同じように……。と思いながら、クルーザァーは背後にいるZをじろりと睨みつけ、小さい声でこう言ったのだ。
こんな状況とは違うが、似たようなことが自分の目の前で起きったことを思い出しながら……。
「――あいつだけは……、俺が殺す……っ!」
◆ ◆
と言うところで、クルーザァーの回想に入る。
久方振りの回想にして、今回の主役はクルーザァーであり、彼の現実の姿――
さて――本題に入ろう。
彼の人生は、成人になるまでは普通の人間だった。ただ一つだけ違うと言えるところがあるとすれば、彼は教師になりたいと願う……、子供が大好きな人物だった。
どこにでもいそうな、漫画で言うところのモブキャラのような性格の男で、何より真面目で勤勉だった。
その勤勉が功を奏して、彼は念願の小学校の教師となった。
担当の学級は三年生と言うそれであったが、彼は子供たちのために尽力を尽くしながら、順風満帆な教師生活を送っていた。
生徒からもだんだん信頼されて、他のクラスからも信頼されるような教師になって行く沼田。教師の間でも好評されるような、人望が厚い新人教師になっていった。
そしてそのままベテラン教師になりました。
ちゃんちゃん。
――では、終わらなかった。
絵にかいたような順風満帆な生活に、絶望と言う名の風が舞い込んできたのは――今から七年前の秋。肌寒い時期だったと、彼は記憶している。
そんな時期だからこそなのか、彼のクラスで欠席者がちらほらと出始めた。
他のクラスでも、上のクラスでも欠席者が増えてきたのだ。その欠席者の友達に話を聞いても、「わからない」と言う言葉だけが飛び交う。
そんな理由がわからない欠席者は、火を跨ぐごとに増え続ける。
インフルエンザのような欠席具合だ。しかもその欠席の期間が異常に長い。一週間……、二週間と言う限度ではない。それ以上のそれであり、連絡が取れない。
沼田はそれを妙だと思い、欠席している子供達の家に訪問して、詳しいことを聞こうと、最初の休んだ家に赴いた。
赴いて、そのことがきっかけで、彼の人生は大きく歪んで、変貌していく……。
最初に休んだ子供の家についた彼は、母親にその子のことについてどうしたのかと聞いた。
すると母親は、それを聞いた瞬間――目に涙をためながら、玄関で崩れ落ちて泣き崩れる。それを見た沼田は、ぎょっとしながらどうしたのかと聞くと……、母親は泣いていたそれを何とか止めて……。小さい声でこう言った。
「RCに、行ってください……。きっと、子供達全員、そこにいます」
それを聞いた沼田は、言われたとおりにその場所に向かい、その子供の教師だと告げると、女の社員はそのまま沼田をとあるところに連れて行く。
その時沼田は、一体何があったんだ? と思いながら、どんどんと地下深くになっていく白亜の世界に向かって、絶望の一幕を見るために足を進める。
地下に着いて、とあるところで社員はカードキーを使ってそのドアのキーロックを開ける。電子音が聞こえた。その音とともに、その社員は沼田に向かって――
「それでは、このことはくれぐれも他言無用でお願いします。そして――」
覚悟してください。
と、真剣な音色で言った。
それを聞いた沼田は、首を傾げて疑念を抱いた。
RCは医療に携わる会社。そして大きい病気にかかったら入院もできる会社でもあったが……、社員の言葉を聞いて、彼は思った。
――覚悟って……、どういうことなんだ? インフルエンザとか、そういった感染系のそれじゃないのか?
と思い、プシュゥッ! という音と共に、最新型の自動ドアが開いた。
沼田はそのドアの向こうに足を踏み入れて、そっとその中を覗くと……。彼は目の前に広がるその光景を見て、言葉を失って、その場で尻餅をついて、腰が抜けてしまった。
誰もがその光景を見て、言葉を失ってしまうだろう……。
なぜって?
沼田が見た光景――それは……、地獄だった。
目の前に広がるのは、透明な壁で覆われた世界。その世界を見るかのように、沼田はそっとその壁の向こうにいるその人物達を見て、絶句してしまった。だから、腰を抜かしてしまった。
まるで牢屋の様に張られたガラス張りの部屋。その部屋に閉じ込められている子供達。ざっと見ただけでも四十人以上はいる。しかもその中に――沼田が担任を務めている生徒全員が、その中に閉じ込められている。閉じ込められているだけならば、反論位はできただろう。
しかし……、できなかった。理由として上げるのであれば……、否。無理があった。できない。これが答えだ。あまりに思い出したくないし、今思い出しただけでも腹部の胃液が逆流しそうな嫌悪感と吐き気、そして……、泣きだしたいくらいの……。
地獄のような、その世界を――彼は、見てしまったのだから、これ以上は――言葉にすることはできなかった。
ぐっと、彼はその光景を見て、悍ましいそれを見たかのように、口に手を添えて、嘔吐を押し止める。
それを見ていた社員は、そんな子供達から目を逸らして、沼田に向かってこう言った。
「あの子達は全員……、とある男の予防接種によって変わってしまった……。『ロスト・ペイン』のレベルⅢの患者なんです……」
「…………ろす……?」
聞いたことがない言葉を聞いた沼田は、首を傾げながら社員の話を聞いた。茫然とした目で、社員を見ながら……、社員は言う。ぎゅっと、腕を握る手に力を込めながら、無力さを痛感しているような悲しい顔で――
「体の痛覚がなくなってしまう。VRゲームの生活習慣病なんです。まだ認知が低い病気ですけど、それでも危険な病気に変わりありません。治療法は今検討中ですが……、症状はすでに解明されています……っ。この子達のおかげで……」
「まさか……?」
沼田は聞いてはいけないことを、自分が崩壊してしまうかもしれない社員の言葉に耳を傾ける。
それを聞いた社員は、ぐっと涙を堪えるように顔を歪ませて、沼田を見降ろしながら彼女は――ぼろりと零れ出す悲しい顔で、悲痛な真実を告げた。
「ロスト・ペインには――三段階のステージがあって、レベルⅠは小さな痛みを感じないものです……。レベルⅡは大きな外傷を感じない。痛みと共に感情の欠乏もしてしまうそうです……。でも……、レベルⅢは……、警報レベルで……っ、すべての痛覚……、および感覚器官破損……。足を踏む感覚や握る感覚でさえなくなってしまう……。すべての痛覚がなくなってしまう……危険レベルで……。言葉では、あまり危険性を、感じないと思います……、でも……っ! 充分に危険なんです……っ! 誰もその病気にかかっていないから、恐ろしさをわかってないだけ……! ロスト・ペインの真の恐ろしさは……末梢神経の完全破壊……っ! 私の娘もああなってしまった……っ! ロスト・ペインの真の恐ろしさ……、それは……」
――あなたが見た光景そのものです……っっ!
と、社員はそのまま顔を手で覆って、泣き崩れながら嗚咽を吐く。
それを聞いて沼田はぶるぶると震え、錆び付いてしまったかのようにな動きでその光景を見る。
思い出したくないその光景を見て、彼は『ぼろり』と目から大量の涙を流し……、そのまま――泣き崩れてしまった。
救えなかった後悔と懺悔。そしてその予防接種をした医者への――復讐心だけが、彼の心に残って、染み込んでいった……。
回想――一時中断。次の幕へと続く……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます