PLAY46 急転と裏切者 ⑤

 丁度その頃……。


 ティズとティティは、遊戯区にいる子供達と一緒に体を動かして遊んでいた。


 ティズも元々体を動かす遊びは好きで、ここを見回っている時偶然子供達と出会い、遊んでほしいと言われたので、断る理由もないのでティズはそのまま快諾し、今に至っている。


 ティティも渋々と承諾して、ティズから少し離れたところで遊ぶ光景を見ていた。


 さながらとある部活の時木の陰から見守っている女子高校生のようだ。


 最初は遊戯区の外でサッカーのような遊び――『サカフィーディ』をして。


 次も外でバスケットボールのような遊び――『バディーガ』をしたりして遊んでいた。


 遊戯区のテントはカラフルで、まるで本物のサーカステントのような雰囲気を醸し出している。その中には室内で遊べるものがたくさんあるので、外でも中でも遊ぶことが可能なのだ。


 その中でティズは子供達と飽きることなく遊んでいた。


 それはもうティズ本人が疲れたと音を上げるくらい、時間経過を忘れるくらい、彼は子供達と一緒に遊んだ。


 これでもかと言うくらい遊び、子供達の驚く顔や笑った顔、そして興奮して遊んでいる顔を見てティズは微笑んだ。


 それを近くで見ていたティティは息を呑み、その光景を見てきゅっと胸の辺りで握り拳を作りながらティズの微笑みを見てティティもつられるように微笑み、頬を赤く染めていた。


 ティズは思った……。


 ――こんなこと、一度もなかったな……。


 そんなことを思いながらティズは遊んだ。


 そしてティズは体力の限界を感じて子供達に「少し休むから」と言い、そっとテントの壁の近くに座り込むと、ティズは自分よりも小さくて年も幼い子供達を見ていた。


 その姿はあまりに眩しくて、何より危なっかしいが心が安らぐ。そんな気持ちで彼は見ていた。元気いっぱいに遊ぶ子供達を見て……、ティズは頬を掻きながらこう思った。


 ――まるでおじいちゃんみたいだ。と思ったティズ。


 確かに、ティズのその行動と思考回路は、まさにおじいちゃんのような微笑ましい目で見るそれだろう。しかしティズはそんな目で見ていないが、ふと自分を見た人がもしかしたら、そんなことを思うんじゃ……?


 そんなことを思いながらティズはくすっと、思い出し笑いをするかのように、ほくそ笑んだ。


 そんな彼を見て――ティティはそっと彼の隣に座りながら――


「なんだか……、悔しいです」と、言った。


 それを聞いたティズは、首を傾げながら頭に疑問符を浮かべて、己の左横に座ったティティを見て、ティは聞く。


「――どうしたの?」


 するとティティは、ティズを見ながら、ぷくぅっと頬を膨らませて、顔を桃色に染めながらムスくれた顔をして、彼女はティズに向かってこう言った。


「だってあの子供達は、私が成し得ようとしていたことをいとも簡単に成し得たんですよっ!? それも私の目の前で、ティズの微笑みのために私は頑張っていたのにっ! こんな事態想定していませんでしたっ! 正直な話――あの子供達が羨ましすぎるっっ!」


 ……もし、この場にキョウヤがいれば、彼は即断即決でこんな突っ込みをかましていたはずだ。



『いや結局はただの嫉妬じゃねえかっっ! いいだろうが誰がどうしようと! どんだけティズのことが好きなんだよっ!』



 しかし。


 今現在彼はいない。そして幸いなのか、子供達は遊びに夢中でティティのその心の叫びめいた発言を聞いていない。


 ティズはそれを聞いて、目を点にしながら無表情でティティを見る。


 ティティはむぅっと頬を膨らませて、いじけた顔をしてからティティは小さい声で……。


「……なんで、私は戦い以外何もできないのでしょう……」


 と言った。


 それはまるで、コンプレックスのような、レッテルのような己の短所の様に言うティティ。それを聞いて、ティズはその言葉を聞いて、唐突に、彼女と出会った時のことを思い出していた……。



 ◆     ◆



 ティズとティティは――砂の国のダンジョン……『砂地獄の大穴』と言う、流砂が多発している場所で出会った。


 ティズはその時から、サモナーのクルーザァー。ソードマスターのメウラヴダー。大槌士のガルーラにアーチャーのスナッティと一緒の行動していた。


 そのダンジョンに来た理由は、その地帯に『BLACK COMPANY』の大幹部の一人がとあるアイテムを求めてきているという情報を入手したことから始まる。


 その情報をもとに、彼らはそのダンジョンに赴いた。が、それが罠だったのだ。


 彼らが来た時には、すでにその大幹部の姿どころか、人っ子一人いない状態で、そもそも流砂が多発しているところに来ること自体がバカな発想と言っても過言ではないだろう。だがそれでも、彼らは来てしまった。ガルーラのせかしのせいで……。


 せかした本人は、その状況を見て目を点にしたまま茫然として、その光景を見て――そして……。


 一瞬だった。


 一瞬――何かがガルーラの不意を突くように、横から殴るように襲い掛かってきたのだ。


 ばぎりと、殴られるような音を聞いて、ぱたたっと砂地に落ちた赤い液体を見て、クルーザァーははっと息を呑んで……。


「――戦闘態勢をとれっっ!」と、声を荒げた。


 それを聞いたティズもナイフを手に持って、メウラヴダーも両手に剣を携え、スナッティも弓矢を持って敵の奇襲の備える。


 ガルーラも顔の横から血を流す程度の軽傷 (他人からしてみれば重症であったが、本人は平気そうだ)で立ち上がりながら、大きな金槌をもって立ち上がる。


 流砂の中から聞こえる砂を這う音――否……、砂地を掘って潜る音。


 それを聞きながら、彼らは背中合わせになって……、スナッティがその砂をかき分ける音を、己の耳を使って聞き取る。


 どこから聞こえているのかを――音で察知しながら。


 従来の人間であれば、そのようなことはできるわけがない。しかしその探知能力に長けている種族のスナッティの種族――狩猟民族のインディアの感知能力が伊達ではない。視力も2.5と言う驚異の視力に、聴覚もずば抜けている。


 つまるところ――スナッティにとって、どこから出てくるかなど、朝飯前に等しいのだ。


 その音を聞いて、スナッティはぴくりと耳をウサギの様に動かして、彼女は叫ぶ。


「前っす!」


 その言葉と共に、ばざぁっと、流砂の中から出てきた魔物を見て、真正面にいたティズはすっと、ダガーを持って構える。


 目の前に露れた……、砂地の色とは不釣り合いな黄緑色をした肌に、ぎょろぎょろと黄色い爬虫類の動向をせかしなく動かし、逆立った桃色の鶏冠トサカ。灰色の鋭い爪、べろりと紫の舌を出して、カメレオンの様にうねらせて、目の前にいるティズたちを捕食しようとしている――イモリのような大きなモンスター。


 ダンジョン『砂地獄の大穴』に生息している魔物――サンドラバジリスクが、彼らの前に現れたのだ。


「ケキャキャキャキャキャキャッッッ!」


 爬虫類の鳴き声とは思えない甲高い声を上げて、サンドラバジリスクはティズ達を見てべろんべろんっと、紫の舌を出していた。


 その下先には――真っ赤な血が付着している。それを見たメウラヴダーは、内心舌打ちをしながら……。


 ――さっきの攻撃は、舌だったのかっ!? にしては強すぎる!


 メウラヴダーが驚くのも無理はないだろう。


 なにせ――このサンドラバジリスクはポイズンスコーピオンと同系の摂食交配生物で、並の冒険者では倒せない魔物なのだ。特にこのサンドラバジリスクは状態異常の付加攻撃を得意としており、その目を見たものを石に変えて、その石化したものを粉々に壊して、砂にした後でその砂を食べるという習性を持っているのだ。この魔物が流砂を縄張りとしている理由も、習性ゆえの本能でもある。


 閑話休題。


 サンドラバジリスクは甲高い声を上げながら、長い舌を鞭のようにしならせて、ティズを押し潰すようにはたこうと攻撃を繰り出そうとした。


 勢いをつけて、上から下に向かって、首を使いながら威力を上げるように――


 ぐぅんっ! と――


 首を一気に降ろして、舌をしならせるように繰り出す!


「!」


 それを見上げて、ティズはすぐにスキルを使って何とかしようとした時――


「………?」


 と、ティズは空を見上げた状態で、頭上に出て大地を照らしている太陽の中心をじっと見る。


「ティズ! やられるぞっ!」

「ティズ!」


 クルーザァーとメウラヴダーが叫ぶなか、ティズはそのまま上空を見上げた状態から動こうとしない。どころか見上げたまま固まっているようだ。無表情で。


 スナッティはそれを見て、首を傾げながら彼女も一瞬だけ上を見上げる。


 すると――


「あれぇっ!?」


 と声を上げた。大きく素っ頓狂な声を上げて、それを聞いたクルーザァーは、苛立った顔つきで内心……。


 ――何なんだったくっ! 不合理なことばかりを……! と思いながら、そっと顔を上げて空を見上げると――


「――え?」


 クルーザァーは目を点にして、ゴーグル越しにその光景を見た。


 そして肉眼では見えなかったそれが、クルーザァーのゴーグルでははっきりと見えたのだ。


 空から――姿


 ティズも、スナッティも、クルーザァーもそれを見て、驚いたまま空を見上げる態勢になって方あってしまう。


 それを見て、メウラヴダーとガルーラがどうしたんだと言わんばかりに周りを見ていると、そのすきを見て、サンドラバジリスクはそのまま下の攻撃を繰り出そうとした瞬間――


 ――ごんっ! とくる衝撃と鈍痛と激痛。


 三つの痛みがサンドラバジリスクの上顎に直撃して、ダイレクトに脳を刺激して、そのまま……。


 ――どしゃぁ! っと、流砂のさらさらとした砂が、まるで水飛沫の様に飛び散り、そしてサンドラバジリスクの上顎にその鉈を叩きつけてそして勝ち割って――その女性はサンドラバジリスクの上顎に着地した。


 ばちちっと、頭から出ている黄色い角から出ている電流は、彼女の体にまとわりつくように、体中から電気を帯びていた。


 鉈を持っていた女性は、ふぅっと息を吐いて、そのまま怯んで動けなくなっているサンドラバジリスクの首元に向かって駆け出し、そのまま一本の鉈を手に持ったまま、くるんっと、走りながら回りだして、その鉈と一緒に回りながら、まるでミキサーの様に刃を向けて……。


 ――ざしゅしゅっっ! と、サンドラバジリスクの首元に深い深い切込みをいくつも入れる。


 そしてそのまま、女性はサンドラバジリスクの胴体に向かって高く跳躍して、そのまま優雅に着地する。


 と同時に――


 ずるりと――胴体と頭が分裂した。頭はそのまま流砂の海に落ちていき、どんどん深い深い砂の深海に飲まれながら消えていく。そしてその後を追うように、胴体だけになった体も、意思を失ったかのように、流砂に飲まれながら沈んでいく。


 それを感じた女性は、またもやトンっと後ろ向きに跳躍して跳び退くと、ティズたちがいるところに着地して、青い血が付着したその鉈を見下ろしながら――


「――ち」


 と、舌打ちをした。憎々しげに舌打ちをした女性は、そのまま鉈を乱暴に腰に差し入れて、そのまま踵を返すようにしてその場を後にしようとした。


 その場所にいる――ティズ達を無視するかのように……。


「あ、おいっ!」


 ガルーラが顔からドロドロと血を流しながら止めようと手を出すが、それを見てぎょっと驚きながら「ガルーラさんっ! ちょっ! 血ぃ出てるっす!」と、わたわたとしながら慌てだすスナッティ。


 それを見ながらクルーザァーは溜息交じりに女性の歩む背中を見て――


「助けてくれて感謝する。だがお前のその行動は、あまりに不合理な気がするな。お前――いったい何が目的で」と言った瞬間。


 たっと、その女性に向かって駆け出したティズは、クルーザァー達の制止を聞かずに手を伸ばす。


 女性に向かって手を伸ばして、そして――


 ぱしり。と……。女性の手を掴んだ。


 女性は驚いた顔をして、ティズを睨みつけながら振りほどこうとしたが、ティズはそれでも手を離さないで、無表情だが、焦る様な面持ちで彼はこう言った。


「――名前、教えて。お礼が言いたいから。ありがとうって」


 その言葉を聞いた女性は、その冷たいくも悲しいような目つきをやめて、ティズを見下ろしながら、彼女は――ティティと名乗った。


 これが……ティティと、ワーベンドの出会いであり、彼女の運命の歯車が動いた瞬間でもあった。



 ◆     ◆



 ティティのコンプレックスのような言葉を聞いたティズは、ティティのしょぼくれた表情を目に焼き付けて、ふと思った。


 ――戦いしかできない人は、一体どんな風に生きていかなければいけないのだろう。


 ――戦いだけしかできない人は、戦いだけに人生を捧げれば、いいのだろうか。


 ――戦いだけの世界なら、ティティは笑顔でいられたのだろうか。


 答えは一択。




               否。




 である。


 人間戦いに身を捧げれば捧げるほど、その思考に異常が生じる。機械のバグの様に戦っているうちに感覚がおかしくなっていく。


 魔物の対戦でも。


 人間の対戦でも。


 邪悪なる王との対戦でも……。


 人は――戦っているだけでは笑顔ではいられない。必ず感情など欠損してしまう。


 昔起こった――日本の戦争の様に……。悲しさしか残らないこともあるのだ。ティズもティティを初めて見た時、彼は思ったのだ。


 目が死んでいることに、感情が失っているその顔を見て、ティズはいてもたってもいられなかった。自分と同じ運命を辿ってほしくない。そんな一途な気持ちで――ティティを止めて、そして一緒の行動しているのだ。


「……ティティはいつも、みんなのために戦っているけど……。本当はどうしたいの?」


 純粋な疑問。


 その言葉を聞いて、ティティはパット目じりが赤くなっているその顔で、ティズを見ながら彼女はずっと鼻を啜り……、ぎゅっと座る体制を正座に変えて、ティズの顔を真正面から見るように視線を向けた後――彼女はこう言った。


「――勿論……っ! ティズのために、私の心を救ってくれたティズのために、この身を捧げたいと思っていますっっ!」


 厭らしいそれではありませんっ! 


 そう意気込むようにティティは興奮しながら、ぼろりと涙を流しながら、さらにこう続ける。



「私はティズに心を救われました。たった些細な一言で心動かされるような女ですが、ティズの言葉――『ありがとう』と言う言葉に、私は救われたのです……っ! 邪の王を倒した英雄と謳われても、結局根源である『終焉の瘴気』を撃ち滅ぼしてこそ、真の平和なのです。ひとかけらの脅威を倒したとしても、誰も私のことを認めてくれない……っ! そんな小さなことで驕るなと罵られる始末……っ。私は人の役に立ちたいと思って生きてきた。鬼族として――人間の役に立ちたいと願っていた……っ! 戦って勝ってこそ、鬼族の生きる存在価値なのに……、人間に裏切られて、滅亡録に記録されて……、残っているのはたったの数人です……っ。人間の役に立ちたいのに……、なんでこんな仕打ちを受けるの? 何をしたのと、何度も何度も何度も何度も思ってきましたっ! そして最終的に……もう誰のためにも戦いたくないっ! 自分のためだけに戦うと、そしてもう誰の感謝もいらない。そんなとき――ティズは私に向かって――『ありがとう』って……、言ってくれました……っ! すごくうれしくて、その恩を返したいから、ティズのために、この身を捧げようと……っ! 命を懸けて守ろうって思って……っ! って………っ」



 初めて聞く過去。


 ぼろりぼろりと目から透明で、澄んでいるが悲しさしか含まれていない涙を流して、ティティはぎゅううっと服にしわを作る。


 ぎりぎりと音が鳴るくらい……、それはもうきつく、強く――


 それを見たティズは、えっと。うー……。と唸りながら、嗚咽を吐いているティティに手を伸ばすが、どうすればいいのかわからずに、そのまま空を彷徨わせる。


 ヘルナイトの様に、頭を撫でて慰めるような男らしさを兼ね備えていない。


 キョウヤやギンロのようなユーモアセンスを兼ね備えていない。


 ティティのようなボディタッチも苦手だ。


「お、お、おおおおう………」


 わたり、わたりと慌てだすティズ。無表情から少しだけ表情が姿を現す。周りを見ても、誰もいない。


 ボルドと紅、そしてメウラヴダーは調理区に。


 ダディエルはどこにいるのかわからない。


 リンドーとギンロは、少し遠くで遊んでいる子供達と一緒に遊んでいる。ガザドラも一緒だ。


 スナッティとガルーラは辺りを散歩している。


 クルーザァーは一人で何かを探すと言ってここにはいない。


 ハンナ達は今頃ゴトと一緒だろう。


 ゆえに――ここにはティズとティティしかない。


 周りの子供達の遊び声が聞こえなくなってくる。次第に二人の空間が形成されていく……。


 そんな中、ティズは伸ばして彷徨わせていたその手を、そっと下して……、その手を己の膝に乗せて――ティズはティティを見て――こう言った。


「俺は――こんな無表情で、あまり考えていることがわからない人だよ? 怖いとか、思わないの? 気持ち悪いと、思わなかったの?」


 聞いたというよりは……、質問に近い言葉だった。


 それを聞いたティティはボロボロと流している顔で、顔を赤くし、目を腫れさせながら、彼女は張り上げながらこう言った。


「ですが――ティズは心から感謝をしたい。その時そう思ったのでしょう!? だからあのような行動に出たのでしょう!? 見ず知らずの私を引き留めて、感謝を述べたっ! そうでしょう!?」

「っ。うん……、助けてくれたし」

「ティズに感情がないのは間違いです。そのように感謝をしているのでしたら、感情がある、意思がある! ただ単に――顔に出すのがものすごく苦手なだけです」


 詰め寄るように言われて行く言葉に、ティズは驚きとその距離を話そうと後ろに引き下がるが、ティティはそれでも詰め寄る。鼻先がくっつきそうな距離だ。


 ティティはそれでも、興奮しながら――ティズに言う。


「その感謝だけで、心動かされる私は――すごく軽い女と思われるでしょう。ですがティズから受け取った言葉。それでいいですっ! 私は――ティズのために、ティズを守り、ティズのために……、戦いたいのですっ! ゾッコンと言われようと、好きに変わりはありませんっ!」


 考えていることがわからないのは誰だってそうです。


 そう言いながら、ティティは言う。


 にこっと微笑みながら――ティティはティズを見て、こう言う。



「少しずつでもいいです。ティズが苦しんでいるなら――私もお手伝いをします。あなたの笑顔が戻るまで、戻ったとしても……、私の心は、ティズのためにあるのです。大好きなティズのために、私はこの身を捧げます。あなた様と言う――大切な人のために」



 真っ直ぐすぎる言葉。まっすぐで、恥ずかしいような言葉。


 はたから見れば――巷で言うヤンデレという言葉でまとめられてしまう感情かもしれない。ティティの性格かもしれない。


 軽い女と言われても仕方がないかもしれない。


 だが――彼女はずっと思ってきたのだ。


 英雄と言われてない状態で『終焉の瘴気』の一端を倒したとしても、誰にも感謝されない。感謝されて必要とされているその存在意義を、自分が生まれた理由を、証明したかった。


 でも誰も認めてくれない。


 女だから。そんな小さいものを倒したからって自惚れるな。


 ティティと言う、鬼族の女英雄としての、証がほしかった。


 そう思うような幼少期を過ごした彼女にとって、感謝とは――絶大なる恵みでもあった。


 その恵みを授けてくれたティズのために、彼女はその身を捧げても、彼女はその身が朽ち果てようとも、ティズのために戦う。


 ティズのすべてを――守りたい。笑顔を見たい。


 そう願ったのだ。


 その気持ちを知ったティズは、胸の奥から込み上げてくるこそばゆさを感じながら……、頬を掻いて、そして口元をうねうねと形を変えて……、彼は視線を逸らしながら――こう言う。


「そ、そうだね……」

「っ! はいっ!」


 ティティは嬉しさのあまりに、涙を流しながら満面の笑みを浮かべてほほ笑むと――




「「「「「ひゅー。ひゅー」」」」」




「?」


 どこからか声が聞こえた。その声を聞いて、ティティはその声がした方向を見ると、目を見開いてその目を点にし、自分達を取り囲んで唇を尖らせながら『ぴゅー。ぴゅー』と言っている子供達の姿があった。しかも小馬鹿にするような顔をして……。


 それを見て、ティティは今自分が言ったことを思い出しながら、震える口で、恥ずかしい感情を顔に出して赤くしながら、彼女は――


「ま……、ましゃか……」


 あまりの動転に、舌を噛んでしまった。


 それを聞いて一人のガキ大将の子供がけらけら笑いながら――


「やーいやーい! こくはくはずかしいーっっ!」と、大笑いをしながら言って、それに便乗する様に、他の子供達もひゅーひゅーっと言いながらティティを更に羞恥の渦に呑み込む。


 ティティはそれを聞いて、先に知ったティズはそっぽを向いて、もにょもにょと口元を動かしながら意味不明な言葉を吐いている。


 それを見たティティはぶるぶると震えて――顔面の高揚が新鮮に熟したトマトの様に真っ赤になっていき……、彼女はあまりの恥ずかしさに勢いよく立ち上がって――


 子供達を見据えながら……。


「ずああああああっっっ! 見るな少年共ぉおおおおおおっっっ!」

「うわっ! 追いかけてきたぞっ!」

「おにごっこだぁー!」

「きゃははははっ!」

「まあああああああああてえええええええええええっっっ!」


 ……鬼ごっこの鬼に仕立て上げられた。


 そんな光景を見ながら、ティズは……。


 ――小さい子供って、善悪の区別ってつかないんだな……。時折残酷。


 と思い、笑いながら逃げる子供達と、それを追いかけている赤鬼ティティ。


 その光景を見てティズは体育座りに体制を変えて、思わず思ったことを小さく口にする……。


「……俺の小さい時って、どんな感じだったんだろう……?」






「そんなの簡単だろ?」






 誰かの声が聞こえた。


 クルーザァーでもない。みんな声ではない。しかしきっき覚えがある。否――だった。


 ティズはどくどくと高鳴る恐怖の心音を体で感じながら、震える体に鞭を打ち付けて、無理矢理でもその声がした右の方向を見ようとした。


 しかし……脳内に急速に浮かぶ光景を見て、ティズはそのまま止まってしまう。


 が――横にいた男はそのままティズの顎を掴み上げ、そのままぐりっと、無理矢理ティズの顔を右に向かせた。


 そして――


「教えてやるよ――お前が小さい時は……」


 俺のサンドバックだった。と――Zはティズを見て、ごみを見るような見下しの目つきで、そう囁いた。



 ◆     ◆



 穏やかな空気が、淀んでく。


 それは――よく言われる嵐の静けさと言うもので……。


 駐屯医療所を照らしていた日の光が、厚い雲によって遮られていく。


 まるで――この先に起きることを予兆しているかのように――

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