PLAY46 急転と裏切者 ②

 トワイライトライオン。


 その名の通り――鬣が赤く、胴体の体毛は黄色、尻尾の毛はオレンジの二足歩行をするライオンの魔物。


 色合いからまるで夕焼けのような色合いで、出現する時間帯が夕方の時間帯にしか現れない強敵のモンスター。


 それがトワイライトライオン――黄昏の百獣の王。ということになる。


 レアと言う意味は時間帯の出現もあるけど、トワイライトライオンは高い経験値を持ってて、倒したら軽くレベル一くらい稼げるような経験値を持っていると言われているモンスターなのだ。


 ドロップ素材も高価で高く売れる。


 それゆえにあまりログイン数が少ない夕方に出現するトワイライトライオンは――レアな分類に属しているということだ。


 そのトワイライトライオンが――今私達の前に立ち塞がって……、そして攻撃しようとしていた。


 キョウヤさんに向かって――


「下がれキョウヤッ!」


 メウラヴダーさんが叫んで、両手に持った武器を抜刀した。


 それを見た私はついついと言うか、その姿から勝手に持っているものを刀と認識してしまったせいでその武器を見た瞬間、目を点にしてそれを見てしまった。


 メウラヴダーさんが持っていたのは――剣、細身の両刃剣だった。


 黒い刀身で、柄と鍔は黒いもので白黒に統一されている。それを見た私達は驚いた目をしてそれを見た。


 メウラヴダーさんはその二本の剣を目の前に突き出して、それを自分の目の前でクロスさせてから――


 ――ガィンッ! と、剣と剣同士をかち合わせて叩き合う。


 まるで――剣と剣で拍手をするように、メウラヴダーさんはガンガンっとそれを叩き合いながら私達から離れて行く――そして……。


「おらおらっ! こっちにこいっ!」


 と、キョウヤさんに立ち塞がっているトワイライトライオンに向かって叫んだ。


 それを見たアキにぃは銃を構えながら首を傾げて――


「あれってもしかして……」


 と声を漏らすと、それを聞いていたギンロさんはメウラヴダーさんを見てこう言った。


「ああ――多分注意を引き付けようとしているんだろうなっ!」

「そう言ったことは騎士系列のパラディンがすればいい話でしょうにね」


 その話を聞いたシェーラちゃんは武器を手に持ったまま肩を竦めて言ってキョウヤさんを見た後……、何かを思い出したかのようにそっとその剣の構えを解いてしまった。


 それを見て私は「どうしたの?」と首を傾げて聞くと、それを聞いてシェーラちゃんは私を一瞥してからこう言った。


「――と言うか、

「え? あ」


 シェーラちゃんの言葉を聞いた私ははっとして、キョウヤさんの方を見る。


 アキにぃもそれを聞いて、そう言えばそうだったと言う感じで銃を下ろしてしまう。ヘルナイトさんはその光景を見ながら剣を持ったまま抜刀していない。


 その光景を見ていたティズ君は、私とシェーラちゃんに近付きながら――


「なんで構えないの? 怒られるよ」と言ってきた。


 それを聞いていたシェーラちゃんは、ティズ君の方を横目で見ながら、はんっと鼻で笑うようにしてこう言った。


「構えるなんて――あのの前でそんなことをしたら巻き込まれるだけよ」

「?」


 その言葉に、ティズ君が首を傾げて、更にはクルーザァーさんが苛立った顔をしてアキにぃを見ながらこう叫ぶ。


「おい何をしている。戦う準備を」


 と言った瞬間、アキにぃはにっと笑みを浮かべながらちょいちょいと――キョウヤさんの方向を指さしながらこう言った。


「まぁ見てなって――ソロだとあいつ、強いから」

「?」


 クルーザァーさんは首を傾げながら眉を顰める。


 そしてアキにぃの言われるがままその方向を見ると……。


 目を疑うように、その光景を凝視していた。


 カルバノグのみんなと、ワーベンドのみんなが……、ティティさんがそれを見て、ついつい凝視してしまったのだ。


 トワイライトライオンはそのまま咆哮を上げて攻撃しようとする。


 それを見ていたキョウヤさんは、上から降りかかるその爪の攻撃を――軽く避けたのだ。


 ふっと、左に避けて、そのまま真正面にいるトワイライトライオンの二足歩行の足に尻尾をしならせて――ばしんっとはたく。


 それを受けたトワイライトライオンは、ふっと一瞬だけ宙に浮いて、そのままぼすぅんっと砂煙を吹き上げながら突っ伏してしまう。


 それを見て、囮になろうとしていたメウラヴダーさんは足を止めて、その光景を凝視してしまう。みんなも凝視して、あんぐりと口を開けて茫然としてしまう。


 多分……、誰が見たってそうだと思う。私も初めて見た時は凄いと思ったけど……。シェーラちゃんも見てすごいと思っていたんだ……。


 私はそう思いながら、とんとんっとその場から離れたキョウヤさんを見る。キョウヤさんはすぐに槍を構えて、何かを見たのかはっとして――それからすぐに刃がついていない方をトワイライトライオンに向ける。


 それを見たアキにぃは首を傾げて――「あれ?」と声を漏らしたけど……、私達もその気持ちはわかる。


 なんで魔物に刃を向けないで戦おうとしているんだろう……。キョウヤさんは……。


 そう思っていると――


 ずぼぉっと起き上がり、そして顔から砂を吐き出すトワイライトライオン。


 すぐさまぎろりとキョウヤさんを睨んで、そして太い牙をむき出しにして――


「おおおおおあああああああああああああああああああああああっっっ!」


 と、咆哮を上げながら四足歩行で駆け出す。


 だだんっ! だだんっ! だだんっ! と、二本の足と二本の手を使って、器用に足場が悪い砂地を駆け出す。駆け出したと同時に砂煙と砂が宙を舞う。


 それを見ても、キョウヤさんは避けない。


 避けるどころか、そのまま槍を持ったまま構えている。突く体制になって構えている。


 それを見て、リンドーさんは驚いた顔をしてキョウヤさんに向かって叫ぶ。


「あ、あのーっ! そのままだと本当に死んでしまいますってー! はーやーくーにーげーてーくーだーさーいっっっ!」

「その伸ばしの間が長いっ! ったくよぉ!」


 リンドーさんの言葉を聞いて突っ込みながらダディエルさんは、懐から取り出した針が入ったそれを出して、その中からいくつもの針を取り出して、それを口に含む。


 間違えて呑み込まないようにして、頬と歯の間にしまっておいて――ダディエルさんは指をさすように、トワイライトライオンにその指先を向けてスキルを発動しようとした時……。


「――っふ」


 と、キョウヤさんはそのままトワイライトライオンに向かって、だんっと、尻尾を使わないで駆け出した。


 それを見た誰もが驚きの顔をしてキョウヤさんを見る。


 その行動を見て声を上げたのは――スナッティさん。


「でええええええええええええええっっっ! なんで一直線にぃいいいいっ!?」


「いやいやあれだと危ないからっ! すぐに」と、紅さんも駆け出そうとした瞬間――


 キョウヤさんは駆け出したと同時に、ぐっと、トワイライトライオンは足に力を入れて、そのままだしゅっと、一気にキョウヤさんに向かって急接近し、その鋭くて太い牙がついた口を大きく開けて、キョウヤさんを食べようとしていた。アナコンダが丸々っと獲物を食べるように、キョウヤさんに向けてその牙を向けるトワイライトライオン。


 それを見た誰もがざぁっと青ざめて、キョウヤさんの死を覚悟しただろう……。


 でも、私達は一緒にいたから、それでキョウヤさんが倒されないことは重々承知。というか――ないだろうと思っていた。


 ここに来てからは、キョウヤさんはなるべく後方で支援していただけだったから、本領と言うそれを発揮していなかったのだ。だからみんなは――


 キョウヤさんの底力――ううん……。


 キョウヤさんの、天賦の才を目の当たりにしていない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 トワイライトライオンはぐわぁっと大きく口を開けて、キョウヤさんを食べようとしているけど、そのままキョウヤさんは、槍をその口腔内に突っ込んだ。


 ――ずぼっと、勢いよく口の中にいれて。


「おぎゅっっ!?」


 トワイライトライオンは、それを口の中で感じて、喉の奥でそれを感じてしまったのか、うえっと気持ち悪そうな顔をして、キョウヤさんの槍をガチンッと噛み付いた。


 それを見たキョウヤさんは、そのままぐるんっとバッドを振るうように、砂地に向けて右手を槍の先に向けて、押し付けるように、左手でしっかりと掴んで、そのままトワイライトライオンをすじゃぁっと叩きつけたのだ。


 ぽかんっと……、私達以外の人達はそれを見て、茫然としてその光景を見る。


 レアと言うこともあって、トワイライトライオンはかなり強い魔物だ。ゆえに倒すことなんて容易じゃない。


 けど――キョウヤさんはそれをいとも簡単にあしらったのだ。しかも無傷で――


 私達はそれを見ながらやっぱりなと言う顔をする……。当たり前だけど、毎度毎度驚かされるような気が……。


「……ぐぅっ! ぎゃぁ……っ!」


 トワイライトライオンは声を上げて、口を開ける。


 それを見たキョウヤさんはすぐに槍を引っこ抜いて、そのままくるんっと槍を振り回してトワイライトライオンの首元に槍を――




「おおいっ! 待て待て! 首元は狙わないでくれっ! 負けたことは認めるが……、首は狙うなっ!」




 え?


 誰もが首を傾げただろう。


 理由は簡単だ。


 もともと魔物は人語など話さない。そして私達が出会った中で人語を話す魔物は存在しない。


 もしかしたらいるかもしれないけど……、トワイライトライオンはガバリ起き上がりながら、キョウヤさんを見上げて驚いた顔をしてこう言った。


「しかしなんだ……。お前意外と強いプレイヤーなんだな。驚いちまった。というか――最初に奇襲をかけたのは俺なんだよな……。悪いっ! てっきり帝国の輩かと思っちまってよぉ……っ!」


 と、魔物は言った……。


 と言うか、この声どこかで……。


 そう思っていると、ヘルナイトさんはじっとトワイライトライオンを見ながら顎に手を当てて、驚いた音色でこう言う。


「まさか……、魔物が人語を話せるのか……?」


 その言葉を聞いて、私はアズールでは人語を話す魔物はあまりいないことを知る。


 ガザドラさんもティティさんも興味津々にまじまじと見ながら、どういうことなのかと言う顔をして見ていた。


 確かに……、アズールでは魔獣族のような種族なんていないしなぁ………。


 と思った瞬間、私ははっと気付いて、そして思い出したかのようにトワイライトライオンに向かって駆け出す。


 それを見たヘルナイトさんは驚いた顔をして私の後を追う。


 誰もが首を傾げていたけど、アキにぃだけは目から涙を流して、降ろしていたその銃を持ち上げた瞬間、シェーラちゃんの剣先がアキにぃの喉笛に当たった……。完全に当たったわけじゃない。すれすれのところでなんだけど……。


 私はそれを横目で見て、そしてトワイライトライオンに駆け寄りながらそっと腰を下ろしてしゃがむと、私はそのトワイライトライオンに向かって――聞いた。


「もしかして……、、ですか?」


 その言葉に、キョウヤさんはそっと槍をトワイライトライオンから離して――そのまま槍を肩に担いだ後、後から来たヘルナイトさんを見る。ヘルナイトさんはキョウヤさんに「どうなっているんだ?」と疑問の声を上げると、それを聞いていたキョウヤさんは呆れたような笑みを浮かべて――


「まぁ――オレ達と同じだ」と言った。


 そしてトワイライトライオンは私の言葉を聞いて、私を認識した瞬間――


 ばっと起き上がって、そのままドスンっと砂地に座って胡坐をかいた後――私の肩をバンバン叩きながら、驚きと懐かしいという感情が混ざったような笑顔で、豪快に笑いながらこう言った。


「おおおおおおっ! お前は橋本か! 久し振りだなぁ! 俺のことわかったのか! そうだそうだ! お前らが通っている高校の体育教師――郷戸だ!」


 と言いながら――体育教師で、高校ではこんなあだ名で呼ばれていた……。




『火事嫌いの熱血教師――郷戸先生』




 久し振りの先生との再会に驚きながら、肩に来る衝撃に耐えながら、私は「あ、はい…………」と、どんどん肩に来る感覚を身に染みて頷きながら返事をした。



 □     □



 最初に説明しておこう。


 郷戸先生は私が通う高校の体育教師だ。


 体育教師でもあり、先生は今の時代には稀に見ない熱血教師でもあった。


 怒る時は真剣に怒って、話を聞く時は真剣に話を聞いて、真剣に意見を言って励ましてくれる先生。


 何より子供が大好きで、ボランティアでよく子供達と遊んでいる人でもある。


 ここに閉じ込められる前――しょーちゃんに対してブチ切れていたと言っていたけど、あれは先生の心配としょーちゃんに対する思いやりがあってこその怒りなのだろう。


 多分。しょーちゃんに話しても信じてくれないと思うけど……。


 そんな先生は、火が大の苦手で、火事の中とある子供を助けたせいで、自分の死にかけてしまったことがきっかけで、それ以来燐寸の火でも委縮してしまうのだという。


 そのトラウマを克服くするべく――先生はRCのカウンセリングをVR内で定期的に受けていると言っていた。


 同じカウンセリングをする中なので、意外と話すことが多かった。


 ゆえに――ここで再会した時、私は驚きのあまりに先生に声をかけたのだ。


 それにしても……、先生はレアモンスターの魔獣族だったとは……、意外だと思った自分がいる。なにせ――先生のイメージでは……、ダンさんやガルーラさんのようなタイタンの亜人らへんかと思っていたので……。


 私と先生の関係と言うか、先生が何者なのかということをアキにぃ達に説明すると、先生はライオンの足で器用に胡坐をかきながら――


「本当に久し振りだな! 橋も……っ! じゃないな。この世界でのリアル名はNGだったんだよな。あとで名前を教えてくれ! 俺もここではゴトって呼ばれているんだ。トワイライトライオンの魔獣族。一応バングルは首輪になっている。魔獣族は特注らしくてな、バングルっつーよりもこれじゃぁ、飼い主に繋がれた犬みたいだけどな……。っとぉ! さっきは攻撃して悪かった! 敵かと思ってつい……」


 と、笑いながら先生は言った。


 それを聞いていたヘルナイトさんとガザドラさん、ティティさんは物珍しい目でじっと先生を見つめて――


「人語を話せるトワイライトライオン……、か」

「アズール以外の異国は予想をはるかに超えることが多いな」

「私も邪の王を倒したことはあります。その王も人語を話し、そして惑わそうとしていました……。まさか……、この獣は……」

「俺は獣に見えるが心は人間だっっ!」


 上からヘルナイトさん、ガザドラさん、そしてティティさんが話す中、ティティさんはそっと腰に携えていた鉈を手に取った瞬間、それを聞いて見ていた先生はぎょっと驚きながら慌てて弁解した。


 私もティティさんの黒くて疑うようなもしゃもしゃを見て、まずいと思って前に出ようとした時――近くにいたティズ君がティティさんに向かって――


「人間って言っているから――やめてあげて」と言った。すると――


「てぃ……、ティズ……ッ。でもこの獣はもしかしたら、私達を惑わそうとしているかもしれないんですよ……?」


 ティティさんはさっきの殺気に溢れたそれを塗り替えるように、おどおどとした顔をしてティズ君を見る。


 ティズ君はそれを聞いても無表情でティティさんを見て……。


「?」


 私をじっと見つめながらティズ君はすぐにティティさんを見て――


「先生って言っていたから知り合いだよ――やめてあげて」と言った。


 それを聞いて、ティティさんはおずっと鉈をそっと引き抜こうとしていたけど、そのままそっと戻して、しょぼんっとしながら「はい……」と頷く。


 それを見た先生は、ほっとした後『ふぅっ』と安堵の息を吐く。


 ヘルナイトさんはそのまま先生を見下ろして――質問をした。


「しかし……、こんなところに冒険者が、一体何をしているんだ?」


「んあ? あぁ……、それはな」と言って、先生はすっと――キョウヤさんがテントを見つけた方向を見て、すっと、毛が生えた人間のような鋭い爪を持った手で指をさして……、先生はこう言った。


「あそこで用心棒のようなことをしてんだ。ここに来てからずっとな」

「? ヨージンボー?」


 その言葉にシェーラちゃんは首を傾げながら先生に向かって聞くと、それを聞いていたギンロさんは、シェーラちゃんの肩をちょんちょんっと指で小突きながら――


「用心棒っていうのはな……。ボディーガードのことだよ」と言うと、それを聞いていたシェーラちゃんは、ほうほうっと頷きながら……。


「ボディーガードって言うことは、もしかしてクエストとか?」


 と、先生に聞いたけど、先生はきっぱりと「いや」と言って――


「無償給料なしでやっている。と言うか……」と言いながら、先生は赤い鬣をがりがりと頭を掻くように掻きながら、先生は私達の方を向いて――テントの方を指さしながら……。


「――見ればわかる」と言って、その場で立ち上がって獣の二足歩行でその場所に足を向けていく。


 それを見た私達は、目的の場所でもあるそのテントに向かうことにして、そのまま足を進めて行く。


 その最中……、私はなんとなくだけど、もしゃもしゃを感じて思った。


 ……誰も、そんな裏切りをするようなもしゃもしゃを出している人はない。それを感じた私は安堵したけど、それと同時に、私はちくりと――胸に突き刺さる針の痛みを感じた。


 それは十中八九――私が仲間にしてはいけないことをしているという……、罪悪感。


 クルーザァーさんの言う通り、私は裏切者を探すためにこんなことをしているけど……、それは本当にみんなにとって、いいことなのか。悪いことなのか……。


 簡単な答え。





 悪いことに決まっている。





 仲間を疑うなんて――あの時……、ポイズンスコーピオンと相対した時言った言葉を蹴るようなものだ。信じるとか言っておいて何仲間を疑っているんだ。なんで裏切者を炙り出そうとしているんだ。


 そう言われてもおかしくないようなこと……。


 ボルドさんの気持ちも、あの時から共感していた……。言っていることに同意ができた。頷こうとした。


 仲間を疑うことは――すごく苦しいことなのに……。


 なんでクルーザァーさんは、あんなことを平気でできて、合理的という理由で平然と言ってのけてしまうのだろう……。


 今でもそう思ってしまう……。


 クルーザァーさんは今でも……みんなのことを疑っている……。何度も何度も何度も感じても……。


 ――……。


 なんだか――こんなこと早く終わってほしいな……。


 そう、心の底から切実に願う私は、みんなの後に続くように歩みを進める。


 重い重い足を動かしながら……。


 そして――やっとテントの近くに来て、みんながおぉっと声を上げて驚いたかのようにそのテントを見上げる。


 私も見上げて、そしてそのテントの周りを見ると――私もみんなと同じように、声を上げて驚いた。


 そのテントはサーカスのような円形のそれだけど、私達が見たテントはそのうちの一つの様で、周りにはいくつものテントが立っていた。その近くには大きな木箱や荷車。近くには白衣を着た人達がたくさんいる。それと比例して、薄い水色の患者服を着た子供達もいた。


 そのテントの上には――大きな青十字マークの旗がひらひらと風になびいていた。


 それを見た私は――赤十字に青バージョンみたいだと、心なしかそう思っていた。


 するとそのいくつものテントを見たキョウヤさんは、「へーっ」と声を上げながらその光景を見てこう言う。


「テント一つじゃなかったんだな……、周りにいっぱいある……。っていうかざっと見た限り三つはある」


 それを聞いていたガザドラさんも、目を凝らしながらその光景を見て――


「確かにな――周りを見回しても、三つ、それ以上のテントが立っているな」と言った。


 先生はそんな二人の言葉を聞きながら、ざりっ。ざりっ。と――歩みを進めながら、近くで遊んでいる子供達に向かって――


「おぉーい! 帰ったぜっ!」と、大きく手を振りながら先生は言う。


 それを聞いていた子供達はその声を聞いてぱぁっと明るい笑みを浮かべて、先生を認識した瞬間、手に持っていた小さな石を捨てて――先生に向かって走って来たかと思うと……。


「ゴトだぁ!」

「ゴトおかえりぃー!」

「ゴトおかえりなさぁい!」


 わぁっと、近くから、少し遠くから子供達が来る。それを見て、先生はばっと大きく両手を広げながら、走ってくる子供達をがばりと包も込むように抱きしめながら――「おぅ! ただいまだ!」と元気よく言葉を放つ。


 それを見て、私は先生に向かって――


「ここは一体……」


 と聞くと、先生はそれを聞いて首を傾げながら私の方を振り向いて……、「なんだ? お前は何も知らないでここに来たのか」と言って、子供達を下ろしながら先生は立ち上がって、そのテントを背景に先生はこう言った。


「ここは駐屯医療所って言ってな……。いろんな世界で起きた戦争や、戦いで傷ついた人達を保護して、治療をしたり、未知の病のワクチンを作ったりしている流浪の医療機関なんだ。俺も詳しいことは知らねえが……、この医療所を院長先生は魔女っていう存在なんだとよ」


 一回会った方がいいぜ。いい人だからよ。


 と、先生は私達を見てにっと笑みを浮かべながら言った。


 ばさりと――青い十字架の旗が強い風に靡いて、そのままゆらりゆらりと揺れながらポールに絡みつく光景を、私はただただ見ることしかできずに、先生の話を聞いていた。

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