PLAY40 終わりの傷跡と道 ④
ハンナ達が楽しく会話をしているその頃……。
ヨミの家。
ヨミの家と言えばいいのだが、その家は家ではない風景であった。
家屋らしいものがあるといえば、ベッドだけ。
他のものは何もない――現代で言うミニマリストのような風景がヨミの部屋と言う世界を形成していた。
その光景を見てしまえば誰もが一瞬驚いてしまうであろう。ただヨミが物欲に興味がなかった。と言えば説明がつき、納得する者もいるかもしれない。
しかし……、そんな簡単なものではない。いいや、そんな理由ではないのだ。
家具がない。
それは、愛着を持ってはいけないというヨミの心の表れであり――この世に未練をもってはいけないという、ヨミの覚悟でもあった。
ただただ広い部屋の隅でベッドに座っているヨミと、彼女の傍にいるだけのベルゼブブ。
彼はヨミがただベッドに座り、ぼぅっとしながら、見えない世界を見ているかのように本当にぼーっとしながら見えない目を開けて家を見ていた。
見えないのだが……。
そんな光景を見ながらベルゼブブはヨミの言葉を待った。ただ、彼女の言葉を待った。
それしかできないからだ。
声が出ない上に、彼女にその気持ちを吐き出すことができない。最初こそ苦しかなかった。そして己の愚行を後悔した。
愚行。それは悪魔として意外な行動だった。
それを思い出しながらヨミの言葉を待っていると――ヨミはすっと……、手を伸ばしてこう言った。
「ベルちゃん」
いつもの声――ではない。
明るさを保っているが、その中にある悲しい音色と、真剣な音色が混ざっているそれでベルゼブブを呼んだ。
ベルゼブブは彼女の前に立ち、しゃがんでから空を彷徨わせているその手をぐっと握った。
それを感じたヨミは――「わ」と驚きの声を上げて、目の前にいるのであろう、ベルゼブブを見ながらはははっと笑って……。
「もー。ベルちゃんいきなりはやめてってばー。驚いちゃうでしょ? って、言葉話せないから、無理か」
ごめんね?
首を傾げながら、眉を下げて謝ったヨミ。
それを聞いたベルゼブブは、「ぎゅっぎゅっ」とヨミの手を優しく握りながら首を振った。
それは――目が見えないヨミに対しての、『ノー』の合図だ。
ヨミはそれを聞いて、見えない目とは裏腹の笑顔で笑いかけながら――
「いいよいいよ。私も何時もこうしてもらっているのに、驚く私も私だよ」
と、怒る素振りなどせずに言った。
それを聞いて、ベルゼブブはふっと微笑みながら、ヨミの手を握っていた。
「ねぇベルちゃん」
ヨミは言う。ベルゼブブに向かって――彼女は言った。
「いつもこうしてもらっているけど、最初にこうしたのって、確か……、私が
その言葉に、ベルゼブブは「ぎゅっ」とヨミの手を握った。これは――『イエス』の合図。
それを感じて、ヨミは「よかった」と、安堵の息を吐きながら言い……。言葉を続ける。
「その日は、お母さんがいなくなった日で、ベルちゃんと初めて出会った日。大きな雷の音が鳴って、暗くてよく見えなかったけど、私の目の前にあなたがいて、私を見下ろしていた」
覚えている? そう聞くと、ベルゼブブは「きゅっ」と、弱々しく握った。
それを感じてヨミは「あはは」と笑いながら――
「もぉー。責めていないよ。ただね……。あれが出会いで、私の病気と視力、魔力を食べたきっかけでもあった」
と言い、話を続けるヨミ。
その話し方はまるで――思い出にふけっているお年寄りのようなそれだが、ヨミはその思い出を思い出しながら、懐かしむように、しかし……、どこか悲しい顔をしながら、彼女は続けた。
それを見て、ベルゼブブも思い出す。
その時――運命の日に、何があったのか……。
「私ね。病に侵されてからは――本当時間が止まって。止まれーってお星さまにお願いをしていたの。だって、時間が止まれば、年を食うこともないでしょ? だからいつも、いつも……、夜になるとお願いをしていたの。『神様、サリアフィア様。どうか時間を止めてください』って。病気を治してっていうお願いもあったんだけど、どの子も10歳になった瞬間にお星さまになっちゃったから……、そんな希望なんて消えていたのかもしれない」
ぎゅっと――ヨミはベルゼブブの手を握る。
微かだが、ヨミの手が震えていた。それを感じて、ベルゼブブはぎゅっと彼女の手を包み込むように握り返すと――ヨミはそれを感じて、話を続ける。
「でもね、そんな願いとは違うけど……。あなたが来て――私の病気と、そして見る目と魔女の魔力を食べて、私は……、ここまで生きてこれた。ベルちゃんと一緒に、ずっと生きてきた」
ぎゅっ。
ベルゼブブはヨミの手を握った。
それを感じたヨミは、くすっと微笑みながら――
「出会ってもう九か十年くらいかな……? 長かったようで短かったような時間だったなー。私ね、ベルちゃんに出会えて本当に嬉しかったよ。病気がなくなって、魔女としては生きていけないけど……、普通の女の子として生きていけたら、どれだけ幸せなんだろって思った。でも」
でもね。と、ヨミは、表情を曇らせながら、ベルゼブブがいるその目の前を見て、少し視線が上の状態で、彼女は言う。
「年を重ねることに……。ふとこう思ったの。この裏を見て、働いているおじいちゃんやおばあちゃ達を見て……、こう思ってしまったの」
私が、彼らを縛り付けているんじゃないかって。
その言葉を聞いたベルゼブブは、握ることも、口を開くこともなく、ただただ俯いて、ヨミの言葉を受け止めていた。
――事実、そうなのかもしれない――
しかし、突然声が聞こえた。それはベルゼブブにしか聞こえない。男の声だ。
これは、ベルゼブブの脳裏に聞こえた誰かの声だ。
誰なのかはわからない。しかし、色んなものを食べ過ぎたせいで、彼自身それがだれの声なのか、思い出せないくらい――食べ過ぎたのだ。
ゆえにこれが誰の声なのかはわからないが……、ベルゼブブの脳裏から、こう囁いてきた。
――この女が魔女であるという理由で、魔物を鎮める力を持っているから、ここにいる老人達はこの村にとどまっている。使えない女のためにここに残っている――
――魔力なんてないただの女なのに、なぜここにとどまる理由になる?――
――そんなの簡単な話、先代の魔女が偉大だったが故、この小娘にもできる。そう淡い希望をもって残っているに過ぎない――
――魔物の素材で作った防具など、価値などない――
――血筋が消えれば、皆が幸せなんだ――
――その呪縛を、お前は長引かせた――
――命が尽きれば、誰もが幸せになる選択を、お前は消したのだ。ベルゼブブよ――
――悪魔だ――
――この女も、お前も……、悪魔だ――
――お前達は出会うべきではなかった――
――お前達は、巡り合うべきではなかった――
その言葉を聞きながら、ベルゼブブはヨミを見る。
ヨミは窓の外から聞こえる小鳥の声を聞き、はっと声を出しながら、声がした方向を見て、彼女は言った。ベルゼブブに向かって――
「縛っているなら、私は生きている資格なんてない。『十病』も、運命だったのかなって思えてきたの。七歳の時の私には、あまり理解できなかったことだったから……、って。そんなの言い訳だよね。だから、ベルちゃんに頼んだの。悪魔族は……。対価を支払えば願いをかなえてくれるって聞いたから……、お願いしたの」
そうヨミの言葉を聞いたベルゼブブは思い出す。
ヨミと出会ったあの日――そして、頼まれたあの日に……。
ヨミは願った。ベルゼブブを見て手を絡めて、泣きながらお願いした。嘆願……、と言ってもいいだろう。
「お、お願いです……っ! 殺さないで……っ!」
はじめこそ、殺されると思っての願いだったのだろう。しかしベルゼブブは首を振った。
それを見てヨミは、絶望の顔をしたが、彼は小さなヨミの視線に合わせるようにしゃがんで、彼女の胸の辺りに、人差し指を突き付けながら……、彼は――声がまだあったベルゼブブは、こう言ったのだ。
「お前を食いに来たんじゃない。お前の病気を、食べに来た」
それを聞いた幼いヨミは、声を失いながらも、それを聞いて、ベルゼブブに聞いた。本当? と、それを聞いたベルゼブブは頷くと――
「これは、お前の知り合いに頼まれたことだ。俺は悪魔だから、それ相応の対価が必要となる。いいか?」
その言葉を聞いたヨミは、うんうんっと頷きながら「お願いします……っ! 病気を――食べてっ!」と、願った。
なんでもよかった。
病気がなくなれば、それでよかった。
十歳以上生きられるのであれば、それでよかった。普通の生活をしたい。普通に、人生を謳歌したい。普通に……、時間と言う恐怖に縛られない人生を、送りたい。
幼いヨミは願った。病気を――食べてと。
それを聞いたベルゼブブは、頷いてこう言う。
「では――お前の病気と、対価をもらう」
言い終わると同時にベルゼブブは――人間の顔だったそれをぐわりと、黒い化け物の顔の変容させて、大きく、大きくヨミを飲み込むような口を開けて――驚きと絶句の顔をしているヨミを……。
そして――ヨミの病気がなくなったと同時に、視力と、魔力を失い。
ベルゼブブはその病気を食った。
それはいいのだが、一介の人間の願いを、無償で聞いてしまったことによる違反をしてしまったせいで、ベル王の怒りを買ってしまい、声を失ってしまった。
ヨミの命を奪わない代わりに、その声は永遠に戻らない……。
共に――呪いを背負うことになってしまった。
互いに一緒にいるという幸福と同時に――大切なものを失ってしまった。
「本当は……、十二歳の時に覚悟は決まっていた。もうこんな楽しい時間は終わり。もういいんだって思って、ベルちゃんに頼もうとしていた。でも……、一歩前に出ればいいだけなのにできない……。止まってしまって、明日、また明日って感じで、ここまで引きずっちゃった……」
それを聞いて、ベルゼブブはヨミを見て、言葉を聞く。胸に、留めて置く。
ヨミはもう一度、ベルゼブブを見て、そして……、悲しい笑みを浮かべながら――彼女はこう言った。
はっきりと、真剣だが、悲しい音色で、こう言った。
「ベルちゃん。今度こそ、覚悟決まったよ。ベルちゃん……。私を殺して。食べて」
――静寂が家の中を支配し、二人の空間をぴしっと凍らせた。
それを聞いたベルゼブブはぐっとヨミを見ながら、唇を噛みしめて――震える指でヨミの手を……。
ぎゅっ。ぎゅっ。
と、握った。
それを感じたヨミは、驚きの顔をし、そして――悲しい顔をしながら、ははっと、乾いた笑みを浮かべて……。彼女は――
「なんで?」と言い、ベルゼブブに向かって――こう吐き捨てた。
「なんで……? なんで私、死ぬ覚悟を決めたのに、なんでそこで、揺らすの? なんで、苦しいのに、私のことを思ってそんな残酷なことを言うの……?」
ヨミは、見えない目からぼろりと大きな涙を目から零し、頬を伝い、そして――顎から手にぽとんっと落ちる。
それが何度も、何度も降り注いで、ヨミとベルゼブブの手を濡らす。
それでも、涙を止めずにヨミは言う。
「なんで、決めたのに、ベルちゃんはそこまで……、私のことを……。大切にするの……? ベルちゃん、私のせいで声を失って、帰れなくなったんだよ? なんで私のことを第一に思ってそんな苦しい選択だけするの? 私は他人の幸せを願ってはいけないの? 私――みんなを苦しめたんだよ? 今日だって、私を殺しに死霊族が来た。私が死ぬことを躊躇っていたから……こうなっちゃったんだよ……? 結局、私がいても――私がいたから」
みんなが、不幸になった。
みんなを苦しめている元凶は――私なんだよ。
そう、ヨミははっきりと、己を責めて、己の甘えと罪を受け入れて、彼女は――選択した。
苦しめている自分を殺して。
そう次に願ったのだ。ベルゼブブに、己の命を対価として――
本当は己で命を断てばいい話だったのだが、できなかった。彼女の意思が、それを拒んだのだ。
どうせなら――命を救ってくれたベルゼブブに、この命を捧げたい。
年を重ねたヨミはそう思ったのだ。
ずっと、母がいなくなったあの日からずっと、自分のために病気を食べて、目が見えなくなった自分のためにずっと一緒にいてくれたベルゼブブに――その恩を返したい。
それが――命を捧げる。
一種の歪んだそれに見えるが……、彼女にとって、それは純粋な気持ちだった。
だが、ベルゼブブは違った。
ヨミの言葉を聞いて、ベルゼブブは『ぎゅっ。ぎゅっ』と握る。濡れてしまった手を握ると、ヨミはそれを感じながら――
「でも、事実そうだった……っ。私がいたからこの村は襲われたんだよ? いなかったらそんなことなかったのに……、誰がどう見たって、私が元凶だよ……っ! だから……、食べるだけなんだよ? 簡単なのに……、どうして、ベルちゃんはそんなに頑なに、私を食べることを拒むの? 私のせいでベルちゃん苦しんできたのに……、私がわがままを言ったから、こうなった……っ! お母さんがいなくなったのも、ベルちゃんがこうなったのも、みんなが、みゅんちゃん達が、傷ついたのも……、全部全部全部私のせい……っ」
ぼろぼろと、見えない目から涙を流しながら俯き、ヨミは思いのたけを吐き捨てていく。
己の感情を、本心を――ベルゼブブに、ぶつける。
本当はしたくないのに、してしまった。そう後悔しながら、ヨミは吐き捨てる。
「こんなことだったら……っ! 未練なんて、ほしくなかった……っ!」
ヨミは――言った。小さく、小さく……、彼女は言う。
「誰かを好きにならない方が、よかった……っ!」
その言葉を言った瞬間だった。
ヨミの手からぬくもりが消えた。
と同時に――体に感じた圧迫感と、ぬくもり。
背中と腕、肩。顔。胴体と後頭部に感じるそのぬくもりを感じて、ヨミははっと言葉を止めて、見えない世界の中で、そっと震える右手を伸ばしながらそれに触れると――
さわり。
感触。
それは、今まで感じたことがあり、いたずらでその人に抱き着いた時に感じた生地の感覚だった。それを感じて、ヨミは確信した。
ベルゼブブが、自分を抱きしめている。
それを感じたヨミは、ぶわっと、目から涙を流す。嬉しさや、悲しさや、色んな感情がぐるぐると行き交う中、ヨミはその生地にしがみつくように、ぎゅっとベルゼブブの服を握った。
そして――ヨミは言う。
「ベル……ちゃん。ベルちゃんは……、思ったことがある? 誰かを好きになったこと」
その言葉に応えられないベルゼブブは、背中に添えた手を上げて、優しく彼女の背中を『ぽん』と叩いた。
それを感じたヨミは、複雑な感情を抱きながら、彼女は言う。
「私は――あるよ。いつも私の傍にいて、見えないのにすごく安心して、手を伸ばしたらぎゅっと握ってくれて、何年も私の傍にいてくれた……。その人と一緒にいるうちに……、離れたくないなーって思ったり、一緒にいたいなーって思ったこと、何度もあったの」
そう言いながら、ヨミは続けてこう言う。
「でも――もうおしまい。もう……、その願いは、いいんだよ」
それを聞いたベルゼブブは、はっとしてヨミの抱きしめをやめて、ヨミを見下ろすと、ヨミは見えない目で、ベルゼブブの頬に指先をチョンッとつけながら、彼女はこう言った。
泣いた見えない目で、彼女は言った。
「なんとなくだけど……、だんだんわかってきたの。それで、村長さんに聞いたの。あの日、お母さんは魔物に殺されたんじゃない。あの時――雷のせいで魔物はいなかった。お母さんを食べたの……。ベルちゃんでしょ? 悪魔だから、対価を与えれば……、願いをかなえてくれるって思ったから、お母さんは、ベルちゃんに頼んだんでしょ?」
私のこと、村のことを――
それを聞いたベルゼブブは驚きながら彼女を見下ろし、そして思い出す。
あの日――何があったのか。
あの日は大荒れの天気で、その時ベルゼブブは、偶然そのあたりを飛んでいた。その近くの山脈から見る虹がとてもきれいだったから、雨上がりにそれを見ようとした時……。
ドォンッッ!
「!」
雷が落ちた。
それを見たベルゼブブは――ふっとその場所に向かったのが……、運命の分岐点だった。もしそのまま無視して飛んでいけば、こうならなかっただろう。
しかし、ベルゼブブは一体何があったのだろうという気持ちで飛んで向かうと、その場所にいたそれを見て、目を疑い、言葉を失った。
焦げた場所の中心に、人がいたのだ。女性だった。黒焦げになりながら、びくびくと痙攣しながら……、彼女は倒れていたのだ。
不運なのか、こんな大雨の中、彼女はお守りとして持っていたネックレスをつけて走っていたのだ。そのせいで、そのネックレスが避雷針となって、雷が落ちてしまった。
不慮の事故。
それに当たってしまった女性。ベルゼブブはふっと、なぜなのか……。その女性のところまで降り立って、しゃがんで声をかけようとした。しかし――
「は……、あ……、あ、ああ……っ。あな、た。さま……は」
「っ!」
女性は、生きていた。
焦げながらも、彼女は生きていたのだ。それを見たベルゼブブははっと驚き、女性に何か回復できるものを渡そうとした時、女性は――やんわりと止めたのだ。
もう間に合わない。そう言いながら、女性はこう言った。
「お、お願いがあります、悪魔様……っ。私の命を、対価に……、娘を、村の者たちを、守ってください……っ」
「…………?」
「こ、この、近くに、村が、あります……。小さい家、に、娘がいます……。お願い。その子の、病気を、治して、ください……」
ぶるぶると震える手を伸ばしながら、女性は願う。つぅっと――涙を流しながら、ベルゼブブに嘆願する。それを見たベルゼブブは、頷いて対価を取ろうとした時……。
ばちゃん!
伸ばされた手が濡れた地面に落ち、女の命は――ぶつりと途切れてしまった。
それを思い出し、ヨミの話を聞いて――ベルゼブブはヨミを見下ろすと、ヨミは言う。
ボロボロと泣きながら、ヨミは言った。
「お母さんは、私のために、命を張った。全部――私が関係している。ベルちゃん。だからね……、こんな運命、終わらせてほしいの。私のわがままで始まったこの運命を、終わらせてほしいの」
それを聞いたベルゼブブは、ぐっと歯を食いしばりながら、悔しそうに――
ぽん。ぽん。と叩いた。<PBR>
ヨミはそれを感じながら――悲しそうに目を細めて、ポロリと涙を流して……、こう言う。するりと、ベルゼブブの背に手を回しながら、彼女は言う。
「お願い……、食べて? もう、苦しめたくないの。歪んでいると思われてもいいから、食べてほしいの。誰かに殺されたくない。食べられたくない。私は――ベルちゃんがいいの。ベルちゃんに、殺されたいって思ったの。ベルちゃんに……、恩返しがしたかった。ベルちゃんに……、お礼が言いたかった。ベルちゃんを楽にしたかった」
そう言って、ヨミは、ベルゼブブに言う。彼の胸に額をつけながら、彼女は言う。
「だから――お願い。大好きって気持ちごと、食べて」
それを聞いて、ベルゼブブは――
震える手で背中に――
ぽん。
と、叩いた。
それを受けて、ヨミは一瞬、胸を撫で下ろしたかのように微笑んで、そして……。
ありがとう。と、小さくお礼を述べた。ベルゼブブに向かって、ベルゼブブから離れて、家のドアに向けて、 ほんの少し、大きな声で――
「ありがとうね」と、ドアに向かって、ドア越しに向かって……。
ドアの外にいるコークフォルスの五人に向かって、そう言った。最後のお礼を述べた。
ケビンズは帽子のつばをくいっと下げながら、口元をへの字にし。
ごぶごぶさんとザンシューントはただただそれを聞いて、無表情と無言を徹し。
ミリィは――顔を膝で隠して、声を殺して泣いているみゅんみゅんの頭を撫でてから、ぎゅっと横から抱きしめて、すんっと鼻を啜った。
ヨミはそれを聞きながら、ベルゼブブを見る。
ベルゼブブはヨミの顔を見て、そしてそっと、額にあるその石に触れようとした時……。ヨミは――ベルゼブブの目元に触れる。指先だけで触れると……、水が溜まっている感触を覚えた。
それを感じたヨミは、最後に、めいっぱいの笑顔で――別れよう。
そう思い、ベルゼブブに向かって、泣き顔の満面の笑みで、彼女は口を開く。それと同時に、ベルゼブブはぐわりと、黒い化け物の顔となり、口が裂けるような大きな口を開けて、ぎょろッとした目から大きな水を流しながら、ヨミを食べようとした。
それを見て、ヨミは言う。ヨミは――笑顔で……。
「ベルちゃん――大好き」
刹那――
ばくんっ。
一瞬だった。
一瞬の内に、ヨミがいた場所に、ヨミがいなくなった。
当たり前だ。ヨミはいなくなった。のではない……。
グリーフォと同じように、食べたのだ。
ヨミを、食べた。
それを実感し、虚無感に浸っていると――
「ベル君」
ケビンズがドアを開けて入ってきた。真剣だが悲しい顔をし、ベルゼブブの背中に向かって聞いた。
「……ヨミちゃんは?」
その言葉を聞いてベルゼブブは振り向きながら――
「……もう、いない」と言い……、続けて力なく笑みを零しながら彼は言った。
「さんざん振り回して、悪魔である俺に、あんなことを言って、俺に食べられたよ」
それを聞いて、ケビンズは肩を竦めながら――冗談交じりにこう言う。
「相思、相愛……。かな?」
その言葉を聞いたベルゼブブは冗談ではない音色で……。
「ああ」と答えた。
◆ ◆
国境の村に魔女がいなくなったという知らせがアズール中に知れ渡ったのは、それから数日後に事であり、もう一つの知らせが届いたの同時期だった。
それとは関係ないが――ヨミは幸せだったのかもしれない。
心に決めた人と一緒に――最後のわがままを聞いてもらえて、気持ちを、伝えることができたのだから……。
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