PLAY39 国境の村の激闘Ⅱ(私が動かないでどうするんだ) ⑤
「ぐ、うぅ……、ぐぅうううううっ!」
まるで獣のような唸り声を上げてしまう緑守。
ぎりぎりと歯軋りをし、折れてしまった右足を掴みながら……、服の中に忍ばせていた回復の瘴輝石を使って彼は彼女を見た。
さっきとは違った顔――別人のようなその顔を見て、緑守は思った。
――この小娘……、猫をかぶっていたのか……? と……。
ついさっきまで――その少女は緑守に震え、虚勢を張ろうとしていた非力な少女。
回復しかできない。
少々の盾の力しかない。
緑守くらいになると――怯ませることしかできない『浄化』の力しかない。
戦闘において完全なる役立たずだった少女を一人にして、己の無力さを噛みしめさせるために仲間を戦闘不能にした。
『12鬼士』を封じた。
封じた後で己の主の目的の弊害となる少女を――心も体も壊すように嬲り、殺す。
これでいいはず――だった。
緑守の計算では……。
しかし計算が狂った。
どこで狂ったのかはわからない。しかし雰囲気が、空気が、何かが変わったのだ……。
少女は今まで攻撃なんてしなかった。
今までの監視の中でも、その女は『12鬼士』の背後に隠れながら、離れてその先頭を見守っているだけだった。
しかし――少女は、緑守の足を折った。
くの字に折るように、へし折ったのだ。
そして仲間に盾の魔法をかけ、自分の目の前に立ち、動けない『12鬼士』の前に立ち、いっちょ前に守るように立ったその少女は――弁論のような言葉を吐いたかと思うと緑守を見て決意の火を灯したその目で彼女は言った。
「――だから……、これ以上みんなを傷つけないでくださいっ! 傷つけるなら……、私が――全部受け止めます! かかってきてくださいっ!!」
両手を広げながら――少女は言った。
それを見た緑守は、苛立った感情をむき出しにしながら……。
――ふざけるな。と思い、そして冒頭の言葉を思い浮かべたが……、すぐに消去した。
緑守は思った。
目の前で両手を広げながら、『12鬼士』――ヘルナイトの前に立って守ろうとしている非力な衛生士の少女――ハンナを見て、回復した足で立ち上がりながら、彼は思った。
――なにが傷つけないでだ。
――なにが受け止めるだ。
――笑わせる。
――力がないお前に……、何ができる。
――ただ浄化の力を有しただけで、特別視されているお前に……、何ができる。
――浄化は浄化。結局力がないだけだ。
――恐れることはない。
――あの四人は強かったが……、今はこの女一人――勝てない敵……、否……。
緑守は思う。己の至高なるお方にして――『六芒星』の懐刀である……、ザッドのことを思い浮かべながら、彼はすっとハンナを見下ろす。
今でもハンナは、緑守をきっと見上げて、睨んでいるかのような目つきで緑守から目を離さないでいた。
それを見て、再度緑守は思う。
ふぅっと息を吐いて……。
ぶわりと己の体に風の結界を作るように纏った後――彼はハンナをぎろりと見下ろして、思う。
――そう意気込むのも今の内だ。
――すぐにでも、お前のその意思をへし折ってやる。
そう思い、彼はじゃらりと……、斧の鎖を持ち上げた。
□ □
意気込んだ後……、リョクシュは折れていたはずの足を地面につけて、立ち上がった後私を睨みながら見下ろしていた。
それを見て、最初こそぶるっと身震いしそうだったけど……、でも、今は私しか動くことができないんだ……。
だからこんなところで、弱音なんてはけない。今は――私しか戦えない。
ヘルナイトさん、アキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃんを守ることができるのは……、私しかいないんだ。
「きゅぅ……」
「!」
すると、私の肩に乗っていたナヴィちゃんが――私に向かって声を上げた。心配そうな声だ。
私はそれを聞いて、ふっとナヴィちゃんの方を見ると、ナヴィちゃんはおろおろとしながら私を見て、そしてリョクシュと私を交互に見ながら「きゅぅ……。きゅきゅ……?」と、心配そうに私の眼を見ていた。
それを見て、私は控えめに微笑みながら……、ナヴィちゃんを見てこう言った。
「大丈夫――私は大丈夫だから」
それを聞いて、ナヴィちゃんはくにゅっと顔を悲しいけど、納得できないよう場なむっとしたそれにして、私を見ていた……。
たぶん……、まだ心配なんだろう。
そして――自分が大きくなれば勝てるのに、それに頼ってくれないことに対しての納得できない顔。それが混ざってしまったのだろう……。
それを見た私は内心心の中でナヴィちゃんに謝ると……。
「ハ……、ハンナ……ッ!」
「!」
その声を聞いた瞬間、私はバッとその背後を横目で見る。後ろを向いてしまうと、リョクシュの攻撃を受けてしまうと思ったから、横目で背後にいるヘルナイトさんを見た。
リョクシュは斧の鎖を持ったまま、微動だにしない。
それを見た私は――ヘルナイトさんを見た。
ヘルナイトさんは震える体に鞭を打つように、立ち膝を立てて立ち上がろうとして、私を見ないで、地面を見ながら――苦しい音色でこう言った。
「ま、待て……っ! 無謀なことは、やめるんだ……っ! 私なら大丈夫だ……! ハンナ――今は早まらないでくれ……っ! 君が死んでしまっては……っ!」
「浄化ができない……、ですよね?」
それを聞いたヘルナイトさんは、はっとして私の顔を見ようとしたけど、私はその前に声をかけた。
「意地悪なことを言ってごめんなさい。ヘルナイトさんは優しい、そしてそんなこと一ミリも思っていないことは、集落で聞きました。『大天使の息吹』を持っていなくても……、私のことを思って言ってくれたこと……、すごく嬉しかったんです」
でも――
と、私は言葉を繋げて、控えめに、そして申し訳なさそうにしながら、私はヘルナイトさんに向かってこう言った。
「結局、『終焉の瘴気』の浄化には、私とヘルナイトさんは必要不可欠です。どちらかが死んでしまえば――もう希望なんてありません」
そう言って、私は俯いて、そしてぐっと握り拳を作りながら――地面を握っているヘルナイトさんを見て、私は優しくこう言った。
「私……言いましたよね? 恩返しがしたいって」
「………………っ! ま」
ヘルナイトさんの言葉を遮って、控えめに微笑みながら……私は言った。
優しく――言い聞かせるように……。
「私が何とかしますので――その間に……」
逃げて。
と言おうとした時――すでに動いていた。リョクシュが――
リョクシュは手に鎖を巻き付けて、斧をその手で掴むように振り上げた後――私に向かってその斧の攻撃を繰り出そうとしていた。
私はそれを横目で見て、すぐに私とヘルナイトさんを覆う『
目の前に手をかざして、そして声を上げてそのスキルを言った瞬間、斧が私に当たる前に、その盾は私の前に現れて――
――ごぉんっ!
と――
大きく、そして鐘の音の様に響いて、その攻撃を防いでくれた。
手をかざしただけなのに、その振動がびりびりとくる。それを感じた私は……。ぐっと目を閉じて「………………っ!」と、唸ってしまった。
その時――肩に乗っていたナヴィちゃんがころんっと、その振動に負けてしまい、ヘルナイトさんの近くに落ちてしまった。
「きゃぁ! きゅぅ……っ!」
驚きながらころんころんっと転がって……、その光景を見ていたのか――シェーラちゃんとキョウヤさんが私を見て、慌てた顔をして……。
「ばっ! 何してんだっ!」
「早く逃げてっ! 私たちのことを心配してんなら――余計なお世話よっ! 早く逃げて――お願いっ!」
私に向かって叫んでいる。アキにぃはもぞもぞとしながらその黒い縄をどうにかしようとしている。声できっと私が危機に陥っていることに気付いていると思うから……、私はそれを見て――
「だ、だいじょうぶ……っ!」
その威力に負けないように、ぐっと目を閉じて耐えた。逃げるなんて選択肢はしない。それを聞いていたキョウヤさんはぐっと何とか身を起こして……、私に向かってこう叫んだ。
「何が『大丈夫』だっ! 攻撃系のスキルがねえんだろっ! どうやって――あ」
と言ったところで、キョウヤさんは――はっと何かを思い出す。それを見た私は、こくりと、震えながら頷くと……、リョクシュはぎりっと激昂のその顔で私を睨みながら見下ろしてから、すぐに口から「うぇ」という声と共に、その口から木で作られた何かを吐き出す。
それを斧を持っていない手で掴んで、すらりと引き抜いた。
小太刀だ。ううん――それはよくヤクザのような悪い人が使う……、ドスだ。
それを見た私は、はっと息を呑んで、驚きの目でそれを見た。
リョクシュはそのまま斧を振り上げて、私の頭を勝ち割るように振り上げたあと、追撃する様に小太刀を反対の手で掴んで、そのまま私に向けてそれを突き刺す構えを繰り出す。
それを見て、私は頭の片隅で――こう思ってしまった。
――死体は、何でもありなのかな……?
でも、そんなの関係なかった。私はすぐにキョウヤさんたちを覆っていたそれを解いて――リョクシュに向け手をかざした。その斧と小太刀の攻撃が来る前に……。
すぅっと息を吸って――一気に吐く。発動の声と共に!
「『
すると――ばしゅぅっと光の柱が、リョクシュの真下から出てきて、彼を覆い尽くすように光りだす。
「あ、あ、あぐああああああああああああああああああああっっっっ!」
それを受けたリョクシュは、じゅうじゅうと体から焦げくさい臭いを出しながら叫んだ。エディレスと、クロズクメと同じように……、死体にしか効かない強力な技を出した。
それで一瞬怯めば、そのまま懐に飛び込んで、転ばせればなんとかなる。そう思った私は――すぐに動こうと足を動かそうとした。でも……。
「あ、あああああああっっ! ぐうううううううううううううっっっ!」
「っ!? え……っ!?」
リョクシュはその光を浴びても、ぎぎぎっと音が出そうな動きをしながら、気力だけで私に攻撃しようとしていた。それを見た私は、はっと息を呑んだ。と同時に――
「うううう舐めるなぁ小娘えええええええええええええええっっ!!」
「っ!」
斧と、小太刀を私に向けて、痛みを緩和させるような叫びを上げて、私に向かって牙を向けた。それを見た私は、すぐに『
リョクシュはそのまま、『
――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!
「ぬうううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」
あらんかぎり叫びながら、その攻撃を繰り出して、私にダメージを与えるまでやめないような攻撃を、連撃を繰り出していた。
びしっと、『
「――っ!」
すごい衝撃、そして、びりびりとくる手の振動。
体中から響いているような衝撃を受けて、私はぐっと顔を苦痛に歪ませて、それの衝撃に耐えていた。耐えることしか……できなかった。
「は……ハンナ……ッ!」
「きゅぅ! きゅ?」
ヘルナイトさんの心配する声、そしてナヴィちゃんの疑念の声が聞こえたと同時に……、ふっとその攻撃が止んだ。止んだと同時に見て、私は誤認したと認知して、すぐにスキルの重ねかけをしようとした。でも――遅かった。
リョクシュは斧を右手に持って、横に向けて、大きく振りかぶった斧の攻撃を繰り出そうとしていた。ううん――してる最中。すぐに私に向かって襲い掛かろうとしていた。
「はぁあああっっ!」
焦げた体で、その体を使って、その遠心力と重みを使った攻撃を――横から繰り出すリョクシュ。
私はそれを見て、すぐに重ねかけをしようとした時……。
――バリィンッッ!!
――ざしゃぁっ!
「きゃぁっ!」
『
激痛と衝撃、叫んだと同時に体中に来る斬られたという激痛と威力負けしてしまって転がってしまい……、だぁんっと背中に来た衝撃。
ざざぁっと音が鳴ったところから見て……、私の背中にあるのは木の幹。それに当たってしまったんだ。
しかも……、その衝撃に耐えられなくなって、転がりながら……。
少し……、ううん、頬や体から赤い液体が零れだす。どうやらあの攻撃で切られてしまったらしい。幸い体の欠損はない……。でも……。
「……っ!」
じくじくと、頬や体から激痛が迸る。どくどくと血も出てきて、体がおかしくなったかのように悲鳴を上げていた。
痛い……。けど、みんなも痛かったはずだ……っ。こんなところで弱音なんて吐けない……っ!
そう思いながら、私は体の悲鳴の中心を押さえつけながらなんとか起き上がろうとする……。痛みに耐えるように……。
「ちょっと……っ! 女の顔を殴るって……っ! 正気じゃない……。逃げてハンナァッッ!」
「っ! くそっ! 取れろってぇっ!」
シェーラちゃんとキョウヤさんの声が聞こえる。焦りと、怒りの声が聞こえてくる。
キョウヤさんはうごうごとその拘束を解こうとしている。
シェーラちゃんもどうにかしてその拘束をほどこうとしているけど……、それを嘲笑うかのように、リョクシュがすたすたと、血が付着した斧を『ずずずっ』と引きずりながら私に近付いてきた。
血走った目と、そして狂気に焦った笑みを浮かべながら、私に近付いて来ていた。
ずきずき来る痛みに耐えながら起き上がると……、服は土と泥と血でドロドロになって汚れてしまっている。
そして……、『ばたっ』と左手に落ちた赤い液体。
手の甲についた赤い液体。
それを見た私は理解してデジャヴを感じた。
それは私の血で、頭から流しているんだ。
頭も傷ついていたんだ……。
こんなこと――前にもあった。そう……、アムスノームで、カイルに殴られたけど、あの時はロフィーゼさんを助けるのに必死で……。
そう思っていると――ざりっと私の近くで止まった足。
それを見て、見上げて――私はそれでも絶望の顔をしなかった。
私を見下ろして、荒い息使いで睨みつけながら……、持っていた小太刀を逆手にもって、斧に繋がっている鎖を離してから、がっと私の肩を掴んで押し倒した。
「っ!」
ずたんっと倒されてしまったせいで、背中に来た衝撃が、鈍痛として甦って、体中に痛覚を響かせる。
背中に感じるざりざりとした感触とにちゃにちゃした感触を感じながら、目の前――つまりは上を見上げると……、右手に持っていた小太刀を私に向けて、それを……、一気に振り下ろす。
ぐわっと来たそれは――
どしゅっと――私に右肩に深く突き刺さる。
「っ! いぃ……っっ!」
また来た激痛が右肩からどんどん広がって、体全体の激痛に変換されていく。
もう体全体が故障しているかのような激痛のお祭りだ……。
それを感じながら、ぐっと下唇を噛みしめながら、私は痛みと叫びを堪えた。耐えた……。
じくじく来るけど……、みんなはこれ以上の痛みを感じていたんだ。耐えていたんだ……っ。
私も耐えて……、何とか、リョクシュを何とかしないと……っ!
そう思っていると、リョクシュは私の首元にじゃらりと鎖を巻き付けて――
ぎゅりっ! と、また首を締め上げる……。
「っっっ!」
それを感じて、私は首にある鎖を掴む。何とか解こうとしたけど、リョクシュはそれ以上の力で、私の首を絞める。ぎりぎりと締め付ける。さっきとは比べ物にならない……。
私の首を……、締め折ろうとしているのかもしれないけど……。
「あ……か……っ! は!」
そんなことすら考えられないような首の圧迫感を感じて、私はひゅっ! ひゅっ! と、喉から声を出す。そしてその拘束から逃れようと、じたばたと足をばたつかせる。
それを見ながら、見下ろしながら――リョクシュは私に覆い被さるように、狂喜の笑みで私を見下ろしながら、彼は言った。
「もう抗っても無駄だ……。お前はもう終わりなんだ。誰かの背中に隠れていないと生きていけないお前は、ここで無残に死ぬ運命なんだ。恨むなら――」
「うあ……、う」
「う?」
私は掠れる声でリョクシュを見上げて、絶望なんてしない、諦めない意思を込めた目で見上げて――私は言った。
掠れていたけど、それでもリョクシュを見上げた。そして口を開けた。
「わ、わた……し……っ! は、あ、あき、らめない……っ! おわ、り、じゃない……っ!」
その声と顔を見てか、リョクシュはびくりと顔を歪ませた。
でも私は――それを見たとしても……、私は言い続ける。
「みんなに……、今ま、で……、守られ、て……っ! はーっ! きた……っ! こ、っひぃ! こん……ど、は……っ! わ、私が……っ! だ、だれかの、ために……っ! げほっ!」
傷を負って、守る番。
そうかすれかすれに言った瞬間、リョクシュはぎりぎりっと歯を食いしばり、鎖を左右に引っ張る力を強める。
背後からキョウヤさんとシェーラちゃんの声が聞こえる。そしてはっと息を呑む声が聞こえた。
私はぎりぎりをしまっていく首を感じて、口から唾液がこぼれだして、顔がどんどん熱くなっていく感覚を覚えながら、リョクシュの声を聞いていた。
言葉は、首の締め付けのせいで――もう出なかった……。
それくらい、首を絞めつけられていた。
リョクシュは、鬼神のような狂喜的な笑みと怒りを浮かべて私を見下ろし、ぎりぎりっとなる鎖を握りしめながら、彼は言った。
ううん……、ただ私にぶつけていたのかな……? 自分の怒りの感情や色んな感情を……。
わからないけど、リョクシュは言っていた。
「なにが『私が守る番』だ……? そうやって老いぼれ共は若い衆を逃がそうとしたが、結局力あるものに屈服されて、角を折られてしまった。この世界は弱肉強食なんだ……っ! 強き者がこの世界を制し、弱きものをけなし、道具として使う! このアクアロイアと同じだっ! 金の力があるものは人間を奴隷として使い、亡き者を物の様に使い、そして神を制しようと己を驕るっ! 己が覆うだからという理由だけで、何でもしてもいいと思っている……っ! だから――私達鬼の一族は滅んだっ! 金がある……、力がある非力な王族によって滅んだっ!」
だが――と、リョクシュは言う。
「
そうリョクシュは、力いっぱい私の首に巻き付いているそれを、一気に引っ張ろうとした時――
がしっ!
「っ!?」
リョクシュの顔面に、大きな黒い手が覆い被さった。白銀の鎧が見えるその手で、ボロボロの手で――リョクシュの顔を掴んで、そのまま後ろに向けて、私との距離を引き離す。
驚いたリョクシュは、驚いた拍子に鎖を掴んでいた手を離してしまい、私はそのおかげで――
「っ! はぁ! げほっ! ごほっ!」
首の圧迫がなくなり、そして起き上がって息を吸って、咳込みながら吐いた。
起き上がったと同時に――その光景を見て、私は息を呑んだ。そして……。
ふるりと……、目に熱がこもった。くしゃりと、顔が喜びと悲しさが混ざったその顔になって、その光景を見ていた。
リョクシュは慌てながら、その勢いのまま後ろに向かって、ぐわんっと視界が反転するかのような光景を見ているのだろう……。
「うおおおおおおあああああああああっっ!?」
と、声を上げながら、その勢いと力に負けて、後頭部を地面に向けて……、ううん。誰かによって向けられて、そのまま――
――めしゃりっ!
と、地面がぼごっと盛り上がるような衝撃を、後頭部から受けてしまうリョクシュ。
「っ!」
衝撃によって振り上げられた足が地面から離れて、そのままごとんっとかかとから地面に落ちた。
それを見た私は、頭の痛みも、左肩の痛みも、体中を駆け巡っていた激痛も忘れそうになるくらい、驚きと嬉しさで溢れていた。
すると――リョクシュを叩きつけたその人はその手を離して立ち上がってから、私に向かって歩みを進めて、そしてそっとしゃがんで――
ぎゅっと……。
私を優しく抱きしめた。
「っ」
痛みのせいで、ぎゅっと目を閉じてしまった。
でもその人は――私の肩を覆うように、後頭部に手を添えながら、その人は私に向かって――こう言った。
「――すまない」
それだけ言って、その人は私から離れて、肩から手を離して、そして後頭部に添えられていた手だけは……、私の頭から離れないまま、そのままゆるゆると撫でていた。
私はその人を見上げる。そして――ぎゅっと、胸の辺りに握り拳を作った。
嬉しくて、嬉しくて……、その嬉しさを零さないように、手で覆うように、私は両手で、最初に握った左手を、右手を重ねて握るようにした。
それを見て、その人は言った。
凛とした音色で――こう言った。
「すぐに終わる。だから……、あとは任せろ」
それだけ言って、さらりと、髪の毛を巻き込むように手を離した後、その手を背中にもっていき、大剣の柄をがしりと掴んで、じゃきんっと、勢いよく引き抜いた。
そして――背後にいるリョクシュの方を振り向いて……、その人は……。
ヘルナイトさんは――凛とした音色でこう言った。さっきのあれが嘘のような、凛々しさと強さを持った音色と気迫で彼は言った。
ぶぅんっと――大剣を、起き上がってボロボロとなってしまい、そして驚愕の眼でヘルナイトさんを見ていたリョクシュに向けて、こう言った。
「私の目の前で、よくも仲間を傷つけたな。そして――」
と言って、ヘルナイトさんは私を見て鎧越しで目を細めた後……、彼はもう一度リョクシュを見て、ぶわりと沸き上がった黒と赤のもしゃもしゃを出しながら、彼は怒りを込めた音色で、こう言った。
「私の目の前で……、大切な者を――傷つけてくれたな……っ!」
「っ!」
びくりと、リョクシュがぶるっと震え上がる。
それを見て、聞いて私は場違いながらなんだか胸の奥がこそばゆくなった。
大切なもの……、その言葉を聞いて、無性に嬉しくなってしまった。クスッと微笑んでしまったせいで目からぼろりと零れだす涙。
ヘルナイトさんはその震えてしまいそうな圧巻の気迫を出し、大剣を力一杯握りしめながら――こう言った。
「容赦などない……っ! 貴様には、それ相応の報いを受けてもらう!」
その言葉を聞いてリョクシュは怒りと恐怖、そして焦りが混ざったような顔をしてヘルナイトさんを見ていた。見て――委縮していた。
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