PLAY38 国境の村の激闘Ⅰ(受け入れる暴走と初陣) ③

 セイントはシイナの言葉を聞いて――思った。


 みんな恐怖を抱えている。


 それはシイナも、ロフィーゼも、ブラドもみんな同じだと――


 セイントはそれを聞いた時……、彼は己の過去を思い出しながらシイナ達のことを思い返した。


 シイナは前に向かって進もうとしている。


 シイナ、ロフィーゼ、ブラドもその恐怖と戦って進んでいる。ブラドがその典型的なものだ。


 ブラドは女性が苦手にも関わらず、彼はロフィーゼやキクリと積極的に接している。


 薄れたという見解もあるが……、これはブラドの努力と言ってもいいだろう。


 ……まだ恐怖心が残っているが……。


 そんな過去を知らないセイントでも、その三人の心の強さは伊達ではない。


 それを見て知って、今になってそれを見て――セイントは己の愚かさを知った。


 セイントは自分の詠唱の暴走によって――ケビンズ達を傷つけた。


 そのせいで彼はヨミの治療法を見つけるために村を去った。


 それは結局――その恐怖に負けてしまった結果なのだろう……。


 正義を志しているセイント。その恐怖に負けてしまった。ゆえに思った。


 ――私は弱虫なのだな。


 それは己の見解としての独自の認知であるが、それでも己のことを弱虫と罵った。


 ――ジルバの言う通り。


 弱いくせに、正義のために体を動かしている奴が大嫌いだ。


 まったくもってその通りだ。


 セイントは思った。


 ゆえに彼はぐっと立ち上がり……、そして己に勝つため、殺されそうになっているシイナを助けるために……、彼は正義のために――


 唱えた。


「悪しき力を持ちし堕天の魔力よ」


 ぞぞぞぞっと――黒い靄がセイントの体を覆う。それを見ていたキクリは、はっと息を呑んでそれを見た。


 セイントの体を覆っている黒い靄は、彼の鎧に染み込むように白銀から黒い鎧に染め上げていく。どろどろと、白銀を真っ黒に染めるように。


「我悪に落ちし天の一族。滅亡されし悪の一族也」


 どんどんと、セイントの体を蝕む黒い靄。


 びきびきと血管の中の血液が逆流するような違和感と激痛が彼の体を襲い、そして黒く侵食していく。


 黒くなっていく鎧と比例し、セイントの自我もなくなっていくような錯覚を覚えた。


 否――すでに自我が薄れていた。


「わ、我思うは……っ! 正義、は……っ! 断罪の、力っ! なり……っ! わ、我ね、願うは……っ! この、正義の、ち、からをもって……っ!」


 だんだん体に走る激痛を感じ、セイントはその痛みに耐えるように、どんどん丸くなりながら、ばしゃりと膝をつけて痛みに耐えながら、彼は特殊の詠唱を唱える。


 ――やはり痛いな……っ!


 ――体中に激痛が走るっ!


 ――この痛みは何なんだっ!?


 ――だが今は、これしかないのはわかる!


 ――火力不足の状態では戦えないっ!


 ――だから……、今はこの力に、暴走に賭けるしかない! この力を受け入れて、戦おうっ! 誰かのために! 正義のために!


「正義の――力をぉっ! 我に、与えよぉっっ!」


 セイントは叫ぶ。それを見てジルバは疑念の表情を浮かべた瞬間、セイントはもう一回叫んだ。


「――『堕天使狂気発動バーサーカー・はつどう』っ!」



 刹那。


 覆っていた靄が消えた。と同時に――


 ばしゅっ! と、黒い液体が彼の体から、鎧の隙間から噴き出すように吐き出される。


 それを見たジルバは、何が起こったんだ? と思いながら見ている隙に――現在に至る。



 ◆     ◆



「うううううおおおおおおおおっっっっ!」


 セイントは――咆哮を上げた。ばきばきと口元の鎧を牙の様に壊して、叫ぶ。


 ガザドラのような暴走の様に、彼は黒い鎧を身に纏いながら、獣のように叫ぶ。


 それを見ていたシイナは、呆気に取られてしまい、どんどんと変貌を遂げていくその姿を見ていた。


 まるで……、と、シイナは思う。


 ――悪魔だ、と……。


 正義を志しているセイントとは、正反対の姿を見て、シイナは心強いという安心感よりも……、不安を抱いてしまう。しかし――


「わんっ! わんっ!」

「っ!」


 子犬の声――さくら丸の声を聞いて、シイナははっとしてから声がした方向を振り向く。


 そこにいたキクリとロフィーゼを見て、シイナは慌てて「ロフィさんっ! キクリさんっ!」と叫んで、立ち上がって駆けだそうとした。


 しかしそれを見て、ランディはばざりと両手を仰ぎながら――


「待て待て待てっ! お前の相手はこの僕」と叫んだ瞬間……。


 セイントは既に、ランディの視界――懐にいた。


 それを見たランディは、はっとして音もなく懐に入り握り拳を作っているセイントを見下ろす。突如として己の懐に入り込み、そしてその場所で己のどこかは今現在は分からないが、自分のことを殴ろうとしているセイントのことを見下ろし、愕然できない顔でセイントのことを見る。


「かああああああああっっっ!」


 セイントは咆哮を上げながら左手の拳に力を入れ、名切の軌道をランディの顎に狙いを定める。それを見たランディはすぐに右手の翼でガードしようとした。反射的な行動。生きとし生けるものが行う生存のための防衛本能を行って――


 ばっと顔を覆う翼。


 しかし……、その翼を掴むセイントの右手。


「っ!?」


 それを見たランディは、足を使ってセイントのその手を振り解こうとする。


 顔に向かって蹴りを入れながら「このっ! 離せってこの悪魔!」と、がんがんっと鎧の頭に蹴りを入れて罵倒するランディ。


 しかし……、セイントは臆することもなく、ダメージなどないような雰囲気で、ぐぱぁっと、ギザギザになってしまった鎧の口を開けながら、白い息を吐いた。


 それを見たランディは――上ずった声を上げて……、恐怖した。


 ――な、なんだよこいつ……っ!


 ――さっきとは違う……。別物になったようなこの威圧!


 ――こいつ……っ!


 そう考えていたランディだったが……。すぐにそれはいったん中断されてしまう。


 セイントは右手の翼を両手で掴み、セイントよりも小さいランディを持ち上げるように、右手の翼を掴み上げたセイント。そしてその手に力を入れる。


 ぐっと、ランディの翼と、肩の根っこを掴みながら――引っ張る。


 引っ張られたことにより、みちみちと悲鳴を上げる繋がったばかりの手。そして激痛。


「いでっ! 痛いってっ! ちょっ! 待てこらっ!」


 ランディはデジャヴのような感覚を覚えながら、セイントの頭を足を使って蹴り上げ、胴体に向けて蹴りつける


 しかしそれほどのダメージはない。


 むしろセイントは、どんどん力を入れながら引っ張っていく。


 それを感じていたランディは、より一層慌てながら――


「ま、まて……、おい! 待てって! 待ってって!」


 奇しくも、それはシイナに向けた言葉と一緒だった。


 しかしそれを聞いたとしても、セイントの耳には届かない。


 セイントはその言葉を聞かずに、どんどん力を入れていく。そしてついに――


 生々しい肉が引き千切れる音を立てて……ランディと、鱗の翼が引き千切られた。


 セイントは手に持っていた翼を見て、それを興味がないかのように、ごみをポイ捨てするかのように後ろに投げた。


 ぼちゃんっと、翼が水に沈んでいく。


 そして――


「イッテエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」


 ランディは、セイントに掴まれながら絶叫した。


 引きちぎられた絶望。そして脳に緊急受信された危険信号。


 セイントはその声を煩わしいと感じたのか、そのまま手をパッと離す。


 どさりと乱暴に降ろされたランディは、背中の痛みよりも腕の痛みを優先にし、残った手でちぎれたてを抑えながら、ごろんごろんっと転がって痛みの絶叫を上げる。


 だが、そんな痛みを感じている暇など、ランディにはなかった。


 ぐわりと、彼を覆うような影。


 その影を違和感に覚えたランディは、ふっとその上――空を見上げるように顔を向けた瞬間、「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。


 当たり前だろう。


 何せ――セイントはそんな悪魔のような笑みを浮かべながら、ランディの顔を潰さんばかりの拳を向けていたのだから……。


 ランディはそれを見て、痛みより回避を優先にして――ぼっと来る拳を、転がるという回避方法でなんとか避ける。


 彼に背中を掠りながら、セイントは地面に向けて拳を振り下ろす!


 瞬間――ばがんっ! と……。人間とは思えないくらいの威力が繰り出された。地面に向けて。


 それを見たランディは、立ち上がりながらその風景を見る。


 セイントは地面に向けて拳を振り下ろした――肘まで沈み込むような攻撃を……、地面に向けていた。


 否――ランディに向けられていたそれが、誤って地面になったというだけ。


 ランディは背筋に感じる寒気を覚えた。死霊族だって生理的現象はある。しかしこれは……、寒いというものではない。


 これは……恐怖。


 ランディは――恐怖していた。セイントに対して……。


 否。


 セイントはぼごりと、地面に突き刺さってしまった腕を引っこ抜いて、ランディをもう一度捉える。


「かああああああああああああああああ……っ!」


 セイントは息を吐きながら唸る。白い煙が出そうな息を吐きながら……、彼はランディを捉える。


 ランディは――恐怖していた。


 セイントであって、セイントではない……。



 悪の何かに対して!



「~~~~~っ! な」


 ランディは、震えながら、彼は思った。


 ――僕が、恐怖を? 


 ――こんな死にぞこないに……っ!?


 ――……いや違う。こいつは死にぞこないなんかじゃないっ!


 ――こいつは、滅亡録に記載されている……、堕天使……っ! いやいやそれ以上……っ!


 ――天使の皮をかぶった……っ!


 ぐわりと顔を上げて、彼はその恐怖を無理矢理かき消すかのように、叫びながら確信を抱く。





「――なあああめえええるうううううなあああああああああっっ!!」





 ――悪魔……っ! 違うっ! 怨霊だっ!!





 ランディはセイントに向けて鱗の攻撃を繰り出す。


 しかしそれでさえもものともしない突進で、彼はランディに向かって突き進む。


 それを見て、ランディがセイントに蹂躙されていく様を見ながら、ジルバはよろりと立ち上がって、引きつった笑みを浮かべながら――


「おっかな」と言った。


 ――暴走って、あれのことだったんだネ……。


 ――我何とか言っていたから……、あれは特殊……。でもあいつにとってすれば不釣り合いな詠唱。


 ――正義を愛するのに、悪に染まる。


 ――いいや……、行き過ぎた正義は大罪。悪ってことかな?


 そう思いながらジルバはブラドに近付き――彼に向かってこう聞いた。


「――生きてる?」


 その言葉に対して、仰向けに倒れたブラドは……。


「――生きてる。何とか……」


 少しだけ有り余った元気がない声で言ったブラド。しかし傷だらけで言葉を発すること自体おかしいのだが……、それを見てジルバは聞く。


「あんな攻撃受けてよく生きていたネ」

「……ロフィが俺に回復のスキルをかけたんだよ」


 と言いながら、ブラドはフイッとそっぽを向きながら、シイナに抱えられているロフィーゼを見て、彼は唇を尖らせながらこう言った。


「てか……俺じゃなくて、お気に入りのシイナかセイントにかけろっつうの」


 ジルバはそれを聞いて、肩を竦めながら内心――女心が理解できていないんだネぇ……。無理もないけど。と、ブラドを見ながらそう思い、冗談半分で――


「君にしかできないことがあったんじゃない? ほら――ソードマスターは有能だしネ。それとも……」


 と言った瞬間……。


 ブラドははっとして、己の体をまさぐりながら何かを探した。急いで何かを探した。


 それを見たジルバは、首を傾げながら「どしたの?」と聞くと、ブラドは腰の辺りを触った瞬間――「あったっ!」と大きな声を張り上げて、それを手に取って己の目で確認した。


 ジルバもそれを見て、「あ」と声を零す。


 ブラドの手にあったのは――詠唱結合書。


 それを指さしながらジルバは「なんで持っているの?」と聞くと――ブラドは「誰も使える人がいなかったんだよっ!」と言いながら、ブラドはジルバを見た。ジルバはそれを見てぎょっとしながら「な、なに……?」と言うと、ブラドは詠唱結合書を見せながら――聞いた。


「あんた! これ何色に見えるっ!?」

「?」


 聞かれたジルバは、言われるがままその詠唱結合書を見る。紐のところを見て、ジルバは――


「…………白、だネ」


 と、飄々としているが、それでもすぐに断るような雰囲気を出しながら言うと、ブラドはそれを見ながら「なんで断る気の目でいるんだおっさんっ!」と、怒りながら突っ込む。


 それを聞いたブラドは立ち上がりながら「いてて」と唸り、そしてその詠唱結合書を「ほれっ! ほどけっ!」と言いながら、強引にずいっとジルバに向けて近付ける。


 ジルバはおっと驚きながら手でガードし――


「ちょっとちょっと……、俺乗り気じゃ……」と言うと、それを聞いていたブラドは頭から沸騰する何かが沸き上がり――それを爆発させるように、彼はジルバを見てこう怒鳴った。


「乗り気とかそういう場合じゃねえだろうがっ! ロフィが俺を回復させた理由は、俺がこれを持っていたからだと思うがな……、あいつのことだ、全員回復させる気でいたっ! よく回り見るし、きっと最初に俺を回復させたのだって女の勘ってのが騒いだからそうしたんだよっ!」


「………えっと」


 ジルバはブラドの言葉を聞きながら、理解ができない。そんな顔をしながら、ブラドに「結局どういうこと……? 簡潔に」と言うと――ブラドははっきりと、こう答えた。


「細けぇこと考えるなってことだろうがっ! 何があったかは知らねぇけど……、俺はあんたが何を考えているのか全っ然わかんねーしぃ! ってか考えること自体めんどくせぇ! 結局……、今はできることをしろってことだよっ!」


 何という真っ直ぐな回答。何という支離滅裂な。


 そうジルバは思い、すぐにふっと込み上げてきた笑いを抑えきれずに、クスッと笑ってから……。


「カオス……だネ」


 と、言葉を零し、ブラドはそれを聞きながら「あぁ?」と、苛立った音色と表情で返すと、ジルバは詠唱結合書を手に取って、普段と変わらない飄々とした表情で、彼は紐をほどきながらこう言った。


「いやぁ……、『カオスティカ』にしてよかったって思っただけだヨ」


 しゅるりとほどけて、紙だけとなってしまったそれは、ジルバの体に溶けこむように消えていく。そしてジルバはそれを体の芯から感じるように目を閉じた後――すっと目を開けて、遠くにいるキクリに向かって剣を構えながら、彼は言った。<PBR>

「断ち切りし我が名刀よ」


 右手の仕込みの剣を上に掲げ、彼は唱える。


 それを見ていたブラドは「おぉ!」と声を上げながら見ていると、ジルバはその剣をすぅっと下に下げていき……、自分の前で止める。その剣の構え方は――まるで刀を両手で持つような構え方。


 その剣の付け根に人差し指と中指を添え、そのまますぅーっと、剣の先に向けて、剣の腹を指の腹で撫でる。その最中――ジルバは唱えていた。


「魔を封じ込めし古の石に――永劫の終わりを告げし鐘の音を響かせ、その天命を、己が刃で切り裂け」


 唱えている間、ジルバがどんどん剣の先に向けて撫でていくと、撫でたところがどんどん光を纏っていく。


 それはまるで――ヘルナイトの短剣の様に。


『断罪の晩餐』を繰り出そうとしている剣のように、光を帯びていく。


 そして剣の先に到達し、そのまま指を離したジルバは、そのままキクリに向けて――その剣をぐっと、横に薙ぐように、時計回りに腕を回して……。


 一気にそれを放った!



「――『破封魔斬』!」



 一気に横に薙いだと同時に――『しゃりん』と言う斬撃音が聞こえたが……、衝撃波のようなものは見えなかった。それを見たブラドははて? と首を傾げながら……。


「不発……?」と、言葉を零すと……。


「いいや――当たったヨ」と、ジルバは勝ちを確信した笑みを浮かべて言った瞬間――




 ばぎんっ!




「「っ!?」」

「「!」」


 ランディとブラド。そしてロフィーゼとシイナが、音がした方向を見た。


 音がしたのはキクリの方で、キクリはそれを聞いて起き上がり、足を……バングルがついているであろうその足を見た瞬間……、驚きで顔を染めた。


 ジルバはそれを見て、にっと笑いながら――


「命中」と、言った。


 そう、キクリの足に合ったバングルがきれいに輪切りになって切れていたのだ。


 キクリの足を傷つけず、あろうことか前後に切った後を残して、キクリの足からずり落ちて、川に落ちて沈んでいく。


 それを見たキクリは、そっと足を撫で……。ランディはそれを見て――


「な、なあああああああああああああああああああああああっっ!」


 驚愕に顔を染めながらその光景を見ていた。


 ジルバは言った。


「この詠唱はネ……。お前達が使った『に作られた透明斬撃の詠唱。人やそれ以外のものには無害なんだヨ」


 にっと、ジルバは笑う。


 それを聞いたランディは、苛立ちが頂点に達したのか、ランディはセイントの攻撃をよけながら、残った翼を使って、その翼をジルバに向けて――


「くそがあああああああああああああっっっ!」


 あらんかぎり叫んで、その鱗を発砲する!


 それを見て、ジルバは「あらま」と言いながら、避けようとした。ブラドが「アブねぇ!と叫ぼうとした時――


「――『大時化』っ!」


 ざばぁんっっ! と、鱗を巻き込むような、川にあってはならない津波が、鱗を襲い、ジルバを救った。


 ジルバはおぉ! と驚きながらそれを見て、ブラドもそれを発動させた人物を見ると……。


 ぱぁんっと――キクリは扇子を開いて、その場所でくるり、くるりと回りながら……、彼女は言った。



「――『完全回復フル・ポーショナ』ッ!」



 唱えた瞬間、ランディでさえも覆う白い粉雪。


 それを見上げるシイナ達、ランディは血の気を引きながら青ざめ、その場か逃げようとした時、セイントがランディに向かって大きく振りかぶった拳を繰り出す。それを見て避けるランディ。


 シイナはその粉雪を見て、落ちてきたそれを手で受け取ると――


 ぽわりと……、体を覆う白い光。


 そしてそれは、ロフィーゼの頬にも当たり、そのまま白い光が体を覆う。


 ジルバにも、ブラドにもあたっては白い光が彼らを包むと……。


「あ?」

「お?」

「!」


 体の痛みが、傷が、消えていく――否、癒えていく。


 それを見たジルバはキクリを見ると、彼女はさっきまでのけだるい表情など嘘のようにくすりと微笑みながらふわりと浮く。


 そして彼女はシイナを見て――こう言った。


「シイナ君。今から万全な状態にするから――ちょっと待ってて」

「?」


 それを聞いたシイナは、頭に疑問符を浮かべながらキクリを見上げると、キクリは扇子をパンッと閉じて、そして彼女は天に向けてその扇子を上げた。


 キクリはその点に向けて顔を上げて――こう叫ぶ。



「――『満月世界フルムーン・ワールド』ッ!」



 刹那――


 世界が、否――姿。なお、その満月は村から、ハンナ達がいるところには出ていない。あくまで――キクリ達がいるところしか出ていない。


 それを見たランディは言葉を失いながらそれを見上げた。


 キクリはその顔を見て、クスッと微笑みながらこう言った。


「そんなに驚かないでよ。これでも結構凝縮したのよ? 全力なら、世界がこの満月の世界よ?」


 知ってるでしょ? と、キクリは言う。


 くるりと、空中で後転をしながら、彼女は余裕の笑みを浮かべて、ランディを見下ろしながらこう言う。


「私は天魔魔王族。光と闇を司る魔王。夜は天と魔が重なりあう時間。つまり――私の十八番にして……、シイナ君にとって私はベストパートナーってこと」

「………………っ!」


 それを聞いたランディは、ばっとシイナがいる方向を振り向こうとした時……。


 がっと、顔を掴まれる。めきりと、頭蓋骨が悲鳴を上げる。


 ランディは「むがががっ!」とうめき声を上げながら、己を捕まえたセイントに、蹴りと爪の攻撃を繰り出すが、掴んだセイントはそれでさえも意図もせず、ランディを見て「かはぁあああああああああああああああっ!」と、口から白い息を吐いた。


 それを見たブラドは、「もう人間じゃねぇ……」と、ジルバの背中に隠れながら見て、そしてキクリの言葉を思い出しながら――シイナ達を見る。


 するとシイナは、すっと立ち上がって――目を覚ましたロフィーゼは、シイナを見上げながら「シイナくん……?」と、理解できてない頭で彼の名を呼ぶと――


 シイナはぐんっと上を見上げ――そして……。




「ウオォォォォォォォォォーンッ!」




 と、狼の咆哮を上げた。


 それを聞いたブラドとロフィーゼは、はっとして「「あ!」」と、忘れていたかのように叫ぶ。ジルバはそれを見ながら冷静に「シイナ君は狼だったんだネぇ」と、すぐに納得して頷く。


 シイナはぎっとランディとセイントを睨むように見る。


 ランディはセイント越しのシイナを見て、「ひぃっ!」と、上ずった声で叫ぶと――シイナはすっと、杖を構えて口を開く。


 それを見たランディは――


 ――またあの黒い球かっ!? と、顔を絶望に染めながら見ていると……。


 シイナは言葉を発した。


「怒りに溺れし魂よ。邪に魅入られし魂よ」


 それを聞いたロフィーゼとブラド、ジルバは首を傾げそれを聞く。


 キクリは空からそれを見て、よしよしと頷きながら見下ろす。


 ランディはそれを聞きながら、あの黒い球ではないと認識した彼は、すぐにセイントの拘束から逃れようと暴れる。


 その最中――シイナの詠唱は続く。


「闇に溺れ、道を失った憐れな迷いし者よ。我は狼の遺志を受け継ぎし祭祀の末孫なり」


 ふわぁっと、杖の先が光りだす。


「我思う、この光はそなた達を導きし光。我願う、そなた達のその黒き魂を、この光を持って、正しき意思と明日を取り戻さんことを――」


 シイナはそのままその杖を、セイントの背中に向けて――彼は叫ぶ。



「――『祭祀狼祓儀式・邪破光さいしろうはらいぎしき・ジャハコウ』っ!」



 杖に溜まった光が――まるで光線の様にばしゅっと放たれ、その光線はセイントの背中に向かって突き進む。


「おおおおおいっ! シイナシイナッ!? そのままだとセイントもっ!」と、ブラドが慌てて止めようとした時――


「いいのよ」

「っ!?」


 キクリは上空からそう言うと、ブラドはその声を聞いて上を見上げる。


 キクリは微笑みながらこう言った。


「この詠唱は攻撃系じゃない。浄化とは少し違うけど……、それでも、には有力の詠唱よ」


 だって――と言って、彼女はセイント達を見る。ブラドたちも見ると――


 その光はセイントの背中に直撃して、セイントの体を貫通する様に、どんどん光はセイントの前にいるランディに向かって突き進んでく。


 めりめりと軋む音が聞こえ、セイントはそれを受けて「がふぅ!」と、咳込む。と同時に――


 どぉっ! と、二人の体を貫通していく光。


 セイントと、ランディの体を貫通して――セイントから黒い靄が消え、そしてランディの体が二つになってしまう。上半身と下半身に別れ、そのまま二人は、川に向かって倒れこむ。


 ばしゃんっ! ばしゃんっという音を立てて、倒れる。


 二人を貫通したその光はすでに黒いそれに変わっており、少し進んだところで止まり、そのまま罅が入るとボロボロと崩れていき、空気と風に乗って飛んでいく。


 それを見上げていたロフィーゼ達。


 キクリはそれを見ながらすっと右手を上げると、パチンっと指を鳴らす。


 鳴らしたことで満月の世界が砂となって消えていき、元の空に戻っていく……。


 そしてキクリは独り言のように、ほっと胸を撫で下ろしているシイナを見下ろしながらこう言った。


「あの力が狼の力がなければ発動できない……、つまりは夜で、満月の時にしか発動できない。シイナ君は狼の亜人、狼の力は夜、満月の時すべてのモルグが一上がる。だから言ったのよ。私とシイナ君はベストパートナー。そして……あの力は……、浄化ではなく、。祭祀にしか使えないお払いの力なのよ」


 その独り言は――誰の耳にも届いていなかったが……一つの戦いがここで幕を閉じたのは誰もが見て分かったことだった。


 ◆     ◆


 カオスティカ対ランディ――カオスティカの勝利。

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