PLAY38 国境の村の激闘Ⅰ(受け入れる暴走と初陣) ②

「キクリッ!」

「キクリさんっ!」


 ロフィーゼとシイナが叫ぶ。


 否――思いがけないものを見て驚きを隠せない表情でキクリを見上げる。


 今現在、キクリはロフィーゼ達の影から出てきた黒い糸によって拘束され、四肢諸共動けない状態でいた。


 それでもキクリは「うううっ!」と呻き、体を力ませてその拘束から逃れようとする。


 それを見たランディは、何の躊躇いもなく斬られた胴体に手を突っ込む。


 通常ならばそんなことをしてしまえば誰であろうとその行動をした人物のことを異常者として見なすであろう。しかしその光景を見ていないシイナ達はランディがしていることに気付いていない。


 逆にシイナ達の困惑の顔を見ながら内心嘲笑いを浮かべたランディは己の腹部に己の手を突っ込んだと同時に、そのままずぼっと斬られた腹部から乱暴にそれを取り出した。


 手に持っていたのは――紺色のバングル。


 シイナ達がつけている白いバングルとは違い、武骨で中心には綺麗な宝石が埋め込まれていた。


 それを見たジルバは――


 ――なんだあれは……俺達とは違うバングル。あれをお腹の中からってことは……。


 そう思いながらジルバははっとしてランディを見る。


 するとジルバは目を疑った。


 ランディは動けるようになった体を使って、手に持っていたバングルを足に持ち替えるとそれをセイント達にしたように回転蹴りを繰り出そうと、ぐるんぐるんっと回る。


 それを見たブラドとセイント、そしてキクリとシイナが、目を疑うようにその光景を見る。


 ジルバはそれを見て、一体何をするつもりなんだと言う心境で見ていると、その姿を見てジルバはふと、とある光景を重ねてしまう。


 それは……、砲丸投げだった。


 とある選手が鉄球を持ち、ぐるんぐるんと回りながら鉄球を投擲して距離を競うスポーツ。


 それと同じだったのだ。


 ランディの場合は鉄球がバングルで、手ではなく足であるが……。


 それを見てジルバは直感する。


 ハンナのような感情の感知ではないが、これは勘と言った方がいいだろう。何か嫌な予感がする。


 否――キクリを先に拘束して、


 ランディは言っていた。『計画通り』と――


 その言葉から察するに……策を練ってここまで来たのだ。


 ……。ジルバから見て失礼な話だが……、ランディはそこまで頭がいいという人格ではない。


 ゆえにジルバが直感してしまったのだ。


結構情報収集がうまいな。


 ランディのその言葉を聞いて――ジルバは確信する。




 




 そしてその共犯は複数で、今もなお別のところで……、ハンナ達か、それともコークフォルスのどちらかと戦っている。その共犯がそれを持たせたに違いない。


 ランディはその共犯の言う通りにしている。


 キクリを――『12、そのバングルを投げようとしている!


「っ! っとぉ!」


 ジルバはだっと駆け出しながら、まだ付加が残っている状態で、全速力で駆け出す。


 ランディに向かって駆け出して、手を伸ばしてそれを掴もうと食らいつく。


 が――


「――お前の大嫌いなものだ。受け取れ……」


 と言って、ランディはそのままぐるんっと、砲丸を投げるように、腰の捻りと足のスナップを使って――


「――よぉっっっ!」


 ぶぅんっと、そのバングルをキクリの足に向けて投擲した!


 それを見ていたセイント達は上を見上げて何をしているんだと首を傾げていたが、ジルバだけはざざぁっと、水飛沫を上げて急ブレーキをかける。


 そして上を見上げて、声を上げようとした時には――


 もう遅かった。


 がちぃんっ! と――キクリに足首にかけられたバングル。それはまるでアンクレットのようなものだが……、それどころではない。


 ブラドはそれを見ながら「何してんだ……?」と、首を傾げた瞬間だった。


「……う、ううぅ……」


 ふらりと、彼女は、飛びながらふらついた。


 それを見た四人は、異変を感じ、ロフィーゼはそれを見ながら「キクリ……?」と声を零すと同時に――ふっと、その浮遊力を失ったキクリは、川に向かって急降下して……否。




 




「っ! キクリッ!?」

「キクリさんっ!」

「おいおいおいおいっ! どうしたんだっ!?」

「っそ……!」


 それを見た四人ははっと息を呑み、驚愕の顔を浮かべながら、それにいち早く動いたのはセイントだった。ジルバは内心舌打ちをしながら――


 ――俺の勘って、女以上の当たり具合だネっ!


 と、己の都合のいい勘の良さを呪った。


 セイントはバシャバシャと駆け出しながら、落ちていくキクリに向かって両手を伸ばし、受け取る体制になる。


 キクリは仮面越しに青ざめた顔をして、そのまま一直線に……、頭から川に向かって落ちていく。


 それを見たセイントは、目いっぱい腕を伸ばして「んんんぐううおおおおおおおおおっっっ!」と、野太い声を上げながらキクリに向かって走る。


 ――間に合えと願いながら……。


 そして――


 ばしゃぁっ!


 と、水飛沫が辺りに飛び散る。


 それを見たロフィーゼが、珍しく慌てながら――「セイント! キクリッ!」と、声を上げる。


 ランディはにっと勝ち誇った笑みを浮かべながら、その光景が見えるまで立っているだけだった。


 シイナ達も立っているだけで……、カオスティカの面々は――キクリとセイントの安否を気にしていた。


 ランディはその結果を待ち遠しいかのように、先ほどの表情とは打って変わってニタニタと期待する眼差しで見ていた。


 水飛沫がすべて川に戻って一体化した後……。その水飛沫の背後に見える影。


 それを凝視するジルバ達……。


 その影を完全に認識した後――ロフィーゼとブラド、シイナはほっと胸を撫で下ろしていたが、ジルバだけはその違和感に気付いた。気付いてしまった。


 川に下半身が浸かるくらいまで屈んで、キクリを横抱きにして受け止めたセイント。それを見て三人は安堵の息を吐いたのだが……、問題のキクリは――


 力が入らないような――風邪でも引いたかのようなぐったりとした顔色と気怠いそれを見たジルバは、ランディを見てこう叫ぶ。


「――お前、何したっ?」


 あえてそこは短く聞くジルバ。


 それを聞いたランディは――ぐっと翼で、人間が握り拳を作って、ガッツポーズでもするかのように……。


「成功っ! すっごい威力だなこれはっ!」と、ジルバの話を聞かずに喜びに浸る。


 ロフィーゼはキクリの安否を確かめるために駆け寄り、それを聞いていたシイナは驚愕に顔を染めているが、それでもランディに対して怒りをぶつけるように……。


「な、なにをしたんだ……っ!」

「答えろやてめぇっ!」


 しかし、シイナは弱々しく吐いただけであった。その怒りを上乗せする様に、代弁する様にブラドが叫ぶと――ランディは「あははははっ!」と腹部を抱えて笑いながらこう言った。


「弱い犬が吠えても、結局はそうなんだなっ! そして異国の冒険者となると……。その石のことについても知らないようだなっ!」

「……?」

「石……?」


 ブラドとシイナが、顔を疑問のそれに歪ませながら、ランディの言葉を聞く。


 ランディは価値を確信したかのように――彼はキクリを翼で指をさしながらこう言った。<PBR>



「――『』だよ」




「ふうませき?」


 その言葉を聞いて、ロフィーゼがランディの方を振り向きながら、理解ができない、何なんだそれは……。そんな言葉が顔に浮き出ているかのような表情で、小さく呟くと――


「封魔石は……」と、キクリはセイントの腕の中で、か細く声を漏らした。


 それを聞いたセイントとロフィーゼは、はっとしてキクリを見る。


 心配そうなそれだ。さくら丸もキクリの膝のストンッと乗って「くぅーん……」と、心配そうな目でキクリを見上げている。


 キクリは力なく微笑んで、さくら丸の頭を撫でながら――彼女は言った。<PBR>

「封魔石は……、異国では少数しかない、魔王族と……、人間の、亜人にしか使わない……。膨大な力を抑える力をもった、瘴輝石とは違う……、この大地でしか手に入ることができない……石よ」

「膨大な……?」


 ロフィーゼはそれを聞いて、顎に手を添えながら考える仕草をすると――ランディはその言葉を聞いていたのか――彼女の言葉と己の言葉を繋げるようにこう言った。


「そう! 膨大な力! それは魔王族特権のチートのような力! でもその力はあまりにも強力すぎて最初から制御なんて難しいっ! だから――それを抑制するための石が……」


 ランディはすっと、キクリの足につけられたバングルを指さして――彼は言う。


「――封魔石。さっき僕のことを馬鹿にしたその女の足につけられているそれ、封魔石で作られた拘束兼暴走防止道具なんだよ」

「拘束兼……、暴走防止……?」


 ブラドが首を傾げながら、一体どういうことなんだと言わんばかりにランディの言葉を繰り返すと、ランディはブラドを見ながら――


「おいおい! そんなことも分からないのかぁ! まぁ、魔物・リザードファイターは知性が可哀そうなくらい乏しいからねぇっ! 親切な僕が簡潔に教えてあげるよ」


 ――鳥だって三歩歩いたら忘れるちっちぇ脳みそのくせに……っ!


 ……ブラドはランディの言葉を聞いて、かちんっと。脳の中で小石が当たった。


 そんなことも知らず、ランディは簡潔にこう説明した。


「魔王族の亜人に使うと、人間になる。それは魔王族の力を抑えているから人間になるだけ。つまり――使……、


 まぁ、僕もこのことについてはつい最近知ったんだけどね。


 ランディは言う。


 前にアルテットミア王が言っていた言葉を覚えているだろうか?


『封魔石』は目覚めていない時の人間の力に戻すことができるが、それを取ると魔王族の力になり、潜在能力が格段に上がる。モルグも格段に上がる。


 ランディが言っている通り――魔王族の亜人がそれをつけると、魔王の力は封じ込められ、人間の力だけが残る。


 だが魔王族だけの力を持ているものがそれをつけると……、その魔王の力が使えなくなる。


 結果として――十分な力が出せなくなってしまう。戦力外になってしまうのだ。


 シイナたちもそれを聞いて愕然とし、ブラドも顔を驚愕に変え――ジルバは己の勘の良さを呪った。


 それを聞いたセイントは、すぐにキクリの足につけられた紺色のバングルを見て、すぐにそれを取ろうと、ロフィーゼに「すまないが支えをっ!」とキクリの背中を見ながら言う。


 ロフィーゼは頷きながら「言われなくても!」と言って、キクリの背後に回りながら「ごめんなさいね。すぐに取れるから」と、心配させないために声をかけて、彼女はキクリの背中に回り、椅子の背となるように――キクリを支える。


 それを見て、セイントは「よし」と言いながら、そのバングルを掴み、剣を抜刀し――そのバングルに向かって、剣を突き刺そうとした。


 ちゃんとキクリの足のことも考えて、傷つけないように配慮を加えながら――


 しかし……。


 ――ギィンッ!


 ――ベキンッ!


「っ!?」


 剣はその鉱物でできたバングルに、罅すら入れれないまま……、折れてしまう。


 それを見たセイントは愕然とし、ロフィーゼもそのバングルの固さを目のあたりにして、目を見開きながら言葉を失っていた。さくら丸も目を点にして、口をあんぐりと開けながら愕然とした。


 三人もそれを見て驚き、くるんくるんっと回りながら跳ね返ってしまったかのように、セイントの剣は彼らの背後にざぐりと突き刺さる。


 それを見て、それが面白いコントのように見ていたのか――「くははははっっ!」と、目に涙を溜めながら大笑いをしたランディは、ひーっ! ひーっ! と、深呼吸をしながらこう言った。


「無駄だってぇ! そんなことをしても壊せる代物じゃないっ! 瘴輝石のような脆いものじゃないんだ! ちょっとやそっとじゃ壊れないっ! きっと壊せる業物なんて、お前たちのような奴らが持ているわけないだろがっ!」


 ないだろうが。


 そう言ったランディの背後に現れたジルバ。


 彼はランディの首をバッサリと斬り裂くような横薙ぎの体制になって、右手を一気に振り回そうとしていた。


 それを見たシイナとブラドもはっと現実に帰り、武器を構えて援護しようとした。


 セイントとロフィーゼもキクリのバングルをどうにかしようとして奮起していた。


 ジルバはランディに聞こえないくらい小さく、小さくこう告げる。


 死ね――死体。


 だが、ぎょろりとジルバの方を振り向いたランディはにっと狂気の笑みを浮かべ――彼はばさぁっと鱗がついた手を広げ……。



――」と言った瞬間だった。



 ジルバはランディの首元に、剣を振るおうとした瞬間――



 



「……っ!?」


 脇に感じた急激な痛み。


 何かに刺されたかのような激痛。


 ずきずきとくるそれを感じたジルバは動きを止めてしまう。


 それを見たランディは「ん?」と、余裕の笑みを浮かべながらざばりと、ジルバの方を向きながら――


「どうしたの? 僕の首を狩るんだろ? ほら――切れよ。僕は防御なんてしてないぞ?」と、己の首を曝け出しながら言うランディ。


 余裕の笑みだ。


 それを見たジルバは痛みが走った個所を見た。そして言葉を失った。


 何かが、ジルバの脇に深く突き刺さっていたのだ。それも……、どこかで見たことがある色だった。


 氷柱の様に突き刺さるそれ、刺されたところからどくどくと流れる血。


 その地に彩られた――山吹色の……。


 と思った瞬間、ジルバははっとしてランディを見た瞬間――


 ランディはばざりと両手を広げる。それを見たジルバは――


「逃げろっっっ!!」と叫ぶが。


 時すでに遅し――


 ランディは翼を広げ、……、それをシイナ達に向けて――




 バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!




 まるで鱗を弾丸のように、ランディが使っていた羽の手裏剣の様に、それ以上の硬度と殺傷能力を兼ね備えた鱗の投擲を繰り出す。


 横殴りの、鱗による連撃を繰り出す!


「「っ!?」」

「「「っ!」」」


 それを見たシイナとブラド、ロフィーゼ達は、すぐに防御の体制になろうとした。


 しかし……。


 シイナとブラドに襲い掛かる鱗の攻撃。


 それを見てロフィーゼはキクリを守るように、自ら覆い被さって守ろうとしたが――その前に立って、己が盾となるセイント。


 そんなセイントに向かって襲い掛かる鱗。


 一つの攻撃ならまだいいかもしれない。しかしそれが雨のように襲い掛かってくるのであれば、蜂の大軍の様に襲い掛かってくるのであれば……、話は別だ。


 ゲームでよくある連続攻撃が来るのだから、ダメージはともかく体の傷が多くなり広がる。


 刃のような攻撃が体中を切りつけ、抉り、突き刺さり、貫通する――!


 まさに地獄のような攻撃が永遠の様であり、一瞬のうちに広がる。


 その鱗の攻撃が収まったと同時に、状況が最悪に転換される。


 ブラドは胴体や体中に切り傷を残し、そのまま意識を失いながら――ばじゃぁんっと音を立てて、仰向けに倒れる。


 セイントもその攻撃を受けていたが、鎧のおかげでなんとか軽傷ですんだ。しかし鎧に切り傷が残り、ボロボロになってしまっている。


 それを見ていたロフィーゼは、セイントを見て「ちょっと……っ! 大丈夫!?」と言いながら、殴鐘を片手に回復をしようとした。しかし――


 ざしゅっ!


 と、彼女が持っていた殴鐘と共に、持っていた手でさえも巻き込むような鱗の攻撃が繰り出される。


 それを受けたロフィーゼは、それを受けて「痛った……っ!」と唸って、殴鐘を川に落として、傷ついた手を、もう片方の手で押さえたと同時に――


 どしゅっ! と、ロフィーゼの左肩に突き刺さった鱗三枚。


「ひぎゅっ!」


 カエルが潰れたかのような声を上げて、彼女は痛みで顔を歪ませる。それを見て、なぜか軽傷で済んでいるシイナは「ロフィさんっ!」と声を上げると、そのシイナに精神的な追い打ちをかけるように――


 彼の横顔を通り抜けるように飛ぶ三枚の鱗。


 そしてその鱗は――ロフィーゼの右肩に突き刺さり、彼女はそのまま勢いに負けるように川に倒れこむ。


 ばしゃぁっと大きな音が立つ。水飛沫が立つと同時に……、川に流れる鮮血。


 それを見たシイナは、絶望の表情を浮かべながら、手に持っている杖を震わせる。


「っ! おいっ!」

「ロフィ……っ!」

「わん! わんわんっ!」


 セイントとキクリが叫ぶ中、さくら丸はたっと小さい体でロフィーゼに駆け寄り、彼女につき刺さっているその鱗を取ろうと、必死に食らいつく。


 それを見ていたセイントも立ち上がろうとしたが、あまりにダメージに膝をついてしまう。


 ジルバはそれを見て、シイナたちを見て、歓喜に打ち震えているランディの喉笛を突き刺そうと、腕を引く。しかし――


「僕はあのいぬっころにしか興味がないんだ」


 邪魔するな。


 そう言った瞬間、背後にいたジルバに向けて――その鱗をバシュシュシュッ! と発砲した。


 発砲したと同時に、至近距離にいたジルバの胴体に突き刺さった鱗。


 幸い心臓には刺さっていないので、死ぬことはなかったが、ジルバはそのまま勢い負けするかのように、ばしゃぁっと川に向けて背中から倒れてしまった。ごふりと、吐血して――


「あ、ジルバさ」と、シイナが振り向こうとした時――


 ランディは鉤爪の足をシイナの胴体に押し付け、そのまま地面に向けて踏みつけた。


 だばぁっと、水の波が出るような……、それくらい勢いをつけて。


「がはっ!」


 シイナは息を吐く。幸い浅かった川だ。顔が沈むことはなかった。


 しかし最悪の状況に変わりない。


 ランディに踏みつけられながら、彼はランディを見上げると――ランディは「ようやくだ……」と、待ち焦がれていたかのような音色でシイナを睨みつけながら、彼は言う。


 この時を待っていたかのような……、そんな心境を言葉に乗せて……。


「ただ従者に尻尾を振って従っているだけの犬に、僕は一回負けた……っ! 両手を失って、あろうことか戦力外と言う汚名をつけられた……っ!」


 お前――と、ランディは言う。


「シイナっていうのか……? なんでお前だけ軽傷だったのか……。教えてやるよ」


 ランディは顔を近づけて――シイナに最大級の絶望を与えるように狂気の笑みを曝け出しながら――こう言った。


 まるで殺人鬼の笑みを見たかのような、そんな恐怖を彷彿とさせる笑みで――



「お前を一番最後に殺すからだよっ! 最初に僕をこんな風にした蜥蜴とニンゲンのメス! そしてあの鳥仮面っ! 次にお前のせいで巻き込まれたニンゲンのオスと鎧男! そして『12鬼士』! さらにお前に関わった奴ら全員、お前の目の前で殺して、絶望しきった後で僕のペットとして飼いならして殺す! これが僕が考えたお前への復讐だっ! シイナ――こうなったのはお前のせいだ! お前のせいでこうなってしまったんだっ! 恨むなら――お前自身を恨めっっっ!」



 そう、彼は己の恨みを、怒りをのすべてを――シイナにぶつけた。


 自分の誇りを壊したシイナに、最大級の屈辱と絶望、そして人間としての尊厳を破壊する様に、彼は心身共にシイナを壊しにかかる。


 逆恨みと言われてもおかしくない。キクリの言う通りだ。


 しかしそれで――ランディは許せなかった。


 己の誇り――鳥人族の証でもある翼を壊したシイナを……、許すことなどできなかった。


 シイナに出会ってから、彼はシイナに対してどうやって復讐しようか、それだけしか考えてなかった。それしか考えることができなくなってしまった。


 末期。


 そう言われてもおかしくない執念深さ。


 それを聞いたシイナは――


「――……以前のおれなら」


 静かに、落ち着いた音色で、ランディに向かって、ランディの眼を見て言った。ランディはその顔を見て、いらっと苛立ちながら、顔を歪ませる。


 それでも、シイナは臆することなく……、彼は言った。


「きっと――それでみんなの気が済むのならって思って、すぐ自害する道を選んだ。で、でも……、今のおれには、できない」

「っは! 弱虫が言う言葉だね。それも僕のペットとなればじきに」

「……あの時言っていたよね?」


 シイナは言う。問う。ランディに向かって――冷静に。


「おれが、変われるって言った時……、お前はこう言った。『人間は――他人を誑かす』って。騙すって言っていた」

「…………そうだね。もう昔みたいな話だけど?」

「それを聞いて、ふと思った。もしかして――、ずっと一人で行動していたんじゃないかって」


 お、おれの見解だけど……。と、シイナは言った。


 それを聞いたランディはひくっと引き攣った表情で、ぶるぶると体を怒りによって震わせながら……、彼は言った。


「怖かった? 違うねっ! 僕はニンゲンっていう生物を見て、そう思った! 僕は元々この体でずっと生きてきた! 死霊族になってからずっと! 体を変えずに、鳥人族として生きてきたっ! ! 一人で何でもできる! 僕は一人でも生きて――」

「だったら……、おれとは真逆だ」


 シイナは言う。冷静に、そして臆することなく、シイナは言った。その言葉を聞いてランディは口を閉じてしまう。それを見て、シイナは言った。真剣で、そして絶望などしていない目で――シイナは言った。


「おれは、こ、こんな病気で、前に進むことが怖くてずっと一人だった。お前はそう言った心が強いから……一人で何でもできるっていう心意気は凄いと思う。でも……一人では生きていけない。この状況でも、どんな時でも――一人では無理だと痛感されてしまう。誰だって怖いことなんて、一つや二つある。お、おれもそうだった。ブラドさんも、ロフィさんも」


 みんなある。


 そうシイナが言った瞬間、ジルバは痛みでおかしくなりそうな体に鞭を打ち付けて起き上がると……。


「?」


 とある方向を見て、その場所を疑念の眼で凝視してしまう。


「ぼ、僕は怖くなんて」

「ネクロマンサーだって……、怖いものくらいあると、お、おれは思う」


 シイナはぐっと、ランディの足を両手で掴み、そして、ぐっと握りながら――彼はランディを見て、叫ぶようにこう告げた。


「ランディ、だよね? お、おれもお前に告げるよっ。お、お前の思い通りにはさせない。ならない。おれは――お前のような……、弱虫じゃないからっ! おれだけになっても、戦ってやるっ! だれも……、死なせたくないのは……、おれも同じだっ!」

「――っっっざけんじゃねえよぉおおおお!」


 ランディは怒りのままに翼を振り上げて、そのままシイナを押し潰そうとした。


 シイナはそれでも、足を掴んだたまま逃げようとしなかった。逃げるつもりなんてない。このまま受けてでも、こいつを止めよう。そう思ってシイナは、意を決した。


 刹那――



 だがぁんっ!



「ぐぎゃっ!」

「っ!?」


 何かによって突き飛ばされたランディ。


 それを見てシイナは、呆気に取られてしまい、握っていた手を緩めてしまい。そしてするりとランディの足が抜けて、ランディはそのまま木に直撃してしまう。


 がふっと、血など吐けないのに、そう咳込みながら――


 シイナはむくりと起き上がり、己の目の前をゆっくりと横切る黒い影。


 それを見たシイナは、一瞬目がおかしくなったか? そう思いながら目を擦ってもう一回。


 見間違いではなかった。シイナはそれを見て、ジルバもそれを見て……、言葉を失った。


 ランディはずたんっとよろけながら地面に降り立って、己を突き飛ばした人物を見る。


 そして――驚愕に顔を染め上げ、彼は言った……。


「な、なんだお前……、その姿……っ!」


 ランディの目の前にいたのは――黒い靄を出しながら白銀の鎧を黒く染め上げ、まるで獣のような唸り声を上げている黒い何か。


 否――黒い何かではない。


 左の背中には黒い靄で作った羽を生やした黒いセイント。


 セイントがぎょろりとランディに狙いを定めるようにして……、ランディに向かって――ばぎんっと口元の鎧を破壊し、叫ぶ。



「ううううおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」



 その叫びは――まるで獣。否――悪魔。


 それを見たランディは予想外の展開に驚きを隠せずに立ち、シイナはそれを見て呆気にとられ、ジルバはそれを見て思い出す……。


 セイントは暴走する詠唱を持っている。


 きっと――これがそうだと。


 そしてジルバは自嘲気味に笑みを掘りながらセイントを見て……。


「暴走……、っていうか……。これ完全に、悪魔に変身しているネ……」


 彼は今現在のセイントを見て、そう例えた。

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