PLAY37 それぞれの覚悟と実行 ②

 ハンナ達がヨミの覚悟と誓いを聞いていたその頃……。


 ジルバとセイントは――二人で村から少し遠くに流れる川岸に座っていた。


 この場所に行こうと言い出したのはジルバで、セイントはその言葉を渋々と言った形で受け取ってきたのだ。


 正直なところ、セイントはジルバのことが気に入らない。


 気に食わない。と言った方がいいのだが……、彼は直感していた。


 ジルバとは馬が合わない。


 根本的に馬が合わない。


 セイントは正義を志し、他人を守ることを重んじているが、ジルバは何というのであろうか……。


 自由? ではない。何かと不自由さを感じる。


 飄々? は、なにか隠しているかのように笑みを作っている。ゆえにではないとも言えないがそうとも言えないのも事実。


 仮面を被っているようなその顔がただ気に食わなかったのかもしれない。


 だが今現在……、ジルバはセイントと横並びになって座り、キラキラと流れる川を見ていた。


 互いに口を開かない。誘ったのはジルバだったはずだ。


 そう思いながらセイントは思い切って口を開いた。


「ところで――」

「んん?」

「話とは……、何なんだ?」

「あー……」


 ジルバは思い出したかのように、伸ばしていた足を胡坐に変えて膝に肘を乗せながら――頬杖を突いてジルバは言った。


「ちょっとした疑問なんだヨネー……」

「私に話せる範囲ならな」

「わん」


 因みにさくら丸はセイントの左横で尻尾をフリフリしながら待機している。セイントはさくら丸の頭を撫でながらジルバに聞く。


 セイント自身、ジルバに聞きたいことがあったからだ。


 最初に聞いたのはジルバだった。


「それじゃぁ俺からネ。なんであんた……」

「……あぁ」



「――ここから出て行ったの?」



 セイントは鎧越しで口を閉じた。


 理由は簡単。


 ジルバの不意を突いた、核心を突くような言葉に驚いてしまったのだ。


 どこで聞いたのかわからない。なぜ知っているのか。というかなんでそんなことを知っている?


 そのような疑念が頭の中を渦巻いていく中、ジルバはけらりと笑いながら「わっかりやすーい」と力なく飄々とした音色で言うと、彼は横目でセイントを見て――王手をかけるようにこう畳みかけた。


「いやねぇ……、君のお仲間さんに聞いたんだヨ。あんたのことやみゅんみゅんって子のこと……、そしてここから出て行った理由」

「………誰から、だ?」

「あの空気読んでいない子がネ、ペラァペラとネ」


 はぁっと、セイントは溜息を零す。


 ジルバから聞いたその子はきっと……、あいつだ。


 そうセイントの頭の中に浮かんだ『あにさま』を連呼してキラキラとにこやかに笑っている女の顔が浮かび……、頭を抱えてセイントは唸りながら思った……。


 ――余計なことを……っ!


 そんな唸りと狼狽を見て、さくら丸は「くぅん?」と首を傾げ、ジルバはそれを見ながらけらけら笑い――「わかりやすい」とセイントを見て言った。


「……何を言っていた……?」


 セイントは聞く。


 それを聞いたジルバは「んー?」と、頬杖を突きながら器用に首を傾げ、先手を売った笑みを浮かべながら彼は言った。


「セイントさんは私達の元リーダーでしたー。とか。セイントさんはお優しいのですー。とか。そんなに深く考えなくてもいいのにー。とか言っていたヨ」


 ほとんどしゃべっているな……。


 そう思いながら、セイントははぁっともう一度溜息を零しながら――彼も胡坐をかき、その胡坐にポンポンッと手で叩いて、さくら丸を誘導する。


 それを見たさくら丸は嬉しそうにとんっと跳んでその中にすっぽりと納まり、くるりと丸くなってくつろぐ。


 そのさくら丸の頭を撫でながら――セイントは言った。


「確かに……、コークフォルスは私がリーダーをしていたパーティー名だ。仲間だ」

「……アップデートこうなる前から?」

「いや、こうなってしまい、ユワコクで目を覚ました時……、少ししてからだな……、最初に見つけたのはとある兄妹だった。その二人は間の兄弟――つまりは二男か次女を探しに来ていた。そんな二人だったが、魔物に襲われているところを、私が倒した。正義の名のもとにな」

「かっくぃい」

「茶化すな」


 ジルバはその話の一部分を聞きながら、にひっと歯が見えるような笑みを浮かべて笑うと、それを聞いていたセイントは苛立った音色で跳ね返した。


 しかしジルバはそれを躱すように、体を前後に揺らしながら「それで?」と聞く。


 セイントはそれを聞いて、すっと鎧越しでジルバを一瞥しながら――さくら丸の頭を撫でつつ、彼は言った。


「私が倒したお陰なのか、所為なのかわからないが……、その兄妹は私についていくと言ってきた。しつこくな」

「断ればよかったんじゃない?」

「ああ……、だが、できないと確信した」

「なぜに?」

「その弟を探す意思に、負けたと言った方がいいな……」


 セイントは思い出す。


 あの時――一つ目の魔物『蠢目サーチ・アイ』を討伐し、その兄妹から一緒に行動してほしい。そう言われた時、最初こそ断ろうと思っていたセイントだった。


 しかし……、その二人の目に映っていたのは、ただ一心の思いが込められていて、その思いに折れてしまったのだ。その思いとは――


 助けたい。


 それだけの、純粋な気持ちだった。


 それはただの無謀なものだ。助けたいだけでは助けられない。警官をしていたセイントもそうだ。ただ正義だけを志してもいけない。それは現実の彼が受けてきたのだ、よく知っている。


 しかし、その純粋に助けたという気持ちに――セイントは負けた。


 だからだろうか……、その兄妹を――ケビンズとミリィを仲間にした。


「……負けたねぇ……。そんな気持ちだけでは救えないよ。現実を見ないと」

「しかし、そう言った夢でも、それを叶えようと努力することは……罪ではない。むしろ純粋な気持ちで、正義だと思う。誰かを助けることは――一つの正義だ」


 続けるぞ。そうセイントは言い、さくら丸の顎を指で撫でながら――彼は話を続けた。


「それからこの村に行きついて、ここを拠点に活動をしていた。ヨミのこと、そして村のことを知った。それからすぐ……、ザンシューントとごぶごぶさんに出会った」

「あのフワフワの犬と、ゴブリン?」

「そうだ。ごぶごぶさんは一人で行動していた……、たしか……。窓際族と言っていたな」

「それ言っていいのかな……?」

「わからん、ただあ本人が言っていたからな。仕方ない。ザンシューントはとある主人を探しにここまで来たらしい、別のところに飛ばされて、ここまで探しに来た取っていた」

「……忠実なしもべならぬ、忠犬ハチ公だネぇ」

「その二人は、とある女の子を担いできた」

「それが……」


 ジルバは察した。それを見て、セイントは頷いて――すぅっと息を吸って、言った。



「みゅんみゅんだ」



 思い出された映像に映るのは――そのザンシューントに抱えられたワインレッドの魔女服の少女。腕や服を切り裂くような切り傷は、あまりにも痛々しい。特に痛々しく残っていたのは腹部と肩。


 風穴のように残ってしまい、血は止まっているが命の危険に変わりはない。


 セイント達はすぐに手当てをした。幸い商人のケビンズが色んな回復アイテムを買い取ったので、それでなんとか命はとりとめた……。しかし……。


「命は繋ぎ止めた。しかしひどかったのは――」


「心」


 ジルバは言った。


 それを聞いたセイントは、一瞬驚いてしまったが、すぐに頷きながら「ああ」と言う。セイントは続けた。


「みゅんみゅんは心にひどい傷を負っていた。目が覚めてからは家に引き籠る生活を送っていた。理由は何も言わなかった。どころか私達のことを怖がっているような目で、食事にも手を付けないことが多かった」

「……アップデート後、リアルに近い魔物討伐や損傷。これはさすがに心に来るよネぇ。仮想空間ではまず体験できない、死への恐怖。ゲーム世界なら体力が減っても強制ログアウトで現実戻りだしネ。だからこそ……、この世界は天国で、夢のような世界だけど……、地獄」

「……そうだな」


 ジルバのその言葉に、セイントは頷く。


 確かに、ゲームの世界は夢のような世界だ。


 己の分身となるそのプレイヤーを動かして、酷使させ、そしてモンスターを倒して、ゲームの世界を満喫する。


 現実で痛い思いをしないで、仮想の分身を使ってそれを見て眺める。


 まさにプレイヤーは操り人形。


 しかし――VRは違う。その仮想の分身に成りすまして、行動するのだ。分身がやっていたことができる。なんて夢のような世界だろう。ゲームの世界最高。そう思うだろう。


 だが――MCO違う。


 痛みも、苦しみも、悲しさも、恐怖も――死もある。


 PKとは違う、殺人のような痛み。


 殺されてしまう恐怖。


 仮想世界のリアルタイムを、仮想世界の分身が受けてきたことを――己が体験している。


 なんて地獄のような世界だろう。


 早く出たい。


 早く終わらせて、早く終わって。


 はやく……。



 死にたい。



 それが――ゴーレス達のような、みゅんみゅんのような犠牲者を生んでしまったのだ。


 ――みゅんみゅんはずっと怖がっていた。だから私は……。


 そう思いながらセイントは言う。静かに、青い空を見上げながら彼は言った。


「みゅんみゅんの心は傷ついていた。心の傷の治療などない。ゆえに私は……、なるべく彼女と接した」

「……………………」

「如何わしい事はしてないっ。みゅんみゅんと村を回ったり、そして武器の素材の運搬をしたりしていた」

「あぁ……、ここの村って他国からの依頼が多いって言っていたからネぇ。その手伝いを?」

「そうだ。それを繰り返していくうちに、少しずつだが……、話をしてきたんだ。ケビンズに、ミリィに、ザンシューントに、ごぶごぶさんに……。話をして、少しずつだが……、心を開いていった。そのおかげなのか、私のことを師匠と呼んで慕うようになった」

「いいことじゃないのぉ? でもなんで出て行くことに?」

「……ヨミのことを、聞いたか?」


 それを聞いたジルバは、うーんっと唸って思い出しながら、彼は「少し」と言って、セイントはそれを聞いて「どこまでだ?」と聞くと、ジルバは言った。<PBR>

「ヨミちゃんは『浄化』の魔女。でも使えない。でもそれでもいいってレディリムおばさんが言っていた」

「………私はな」


 セイントは言う。そして続けてこう答えた。


「その治療ができるやつを探そうと思い、村を発った。まぁ、これは表場だな」

「表……? どゆことヨ」


 ジルバは首を傾げながらセイントの方向を見ると、セイントは見上げていた頭を下げて、さくら丸を撫でていない反対の手をじっと見てから……、彼は重い口を開けるように、静かに、そして鎧越しですぅっと息を吸いながらこう言った。


 僅かに、見つめている手が震えているのは――錯覚ではなかった。



「私は……、をもっている」



「?」

「それを発動した時の記憶ははっきりと残っている。だが体の言うことが聞かなかった。そのせいで、私はみんなを傷つけた。やっと自由が利くようになったのは……、暴走して、たったたったのことだった」

「三分で……ネぇ」


 それを聞いていたジルバはふと……、よくあるバーサーカーモードのようなそれか? と思いながらセイントの話を聞いていたが、セイント自身、それがどうやら心身ともに深く心に残り、傷を作るきっかけだったらしい。


 しかしジルバはケビンズの顔を思い浮かべながら、場違いながら……。


 ――きっと、彼は喜びのあまりに悶絶していたと思う。


 と思った。


 セイントは言った。


「だからだろうな……、正義と言いながら、私は逃げていた。傷つけてしまった私はリーダーの資格がない。正義と言って、己を強く鎧で固めていただけだった。一人ヨミの病気の治療を探しながら、武者修行をしていた。しかし治療など見つからない。強くなったともっても、暴走の詠唱を放とうとした時……、思い出される映像のせいで、できない」


 何も変わっていないのに……、戻ってきてしまった。


 そう、苦しさを零すように言ったセイント。


 ――いや、あのブラド達が無理矢理君を捕まえたからでしょ? 自分からじゃないヨネ?


 そうジルバは冷や汗をかきながら、珍しく心で突っ込んだが、口には出さなかった。場の空気を読んでの行動である。


 ジルバはそれを聞いて、「それで?」とセイントに聞く。セイントは答えないが、ジルバは言った。


「これからは?」

「……またここを発つ」

?」

「!」


 ジルバのその突き刺すようなその言葉を聞いて、セイントは俯いていた顔を上げて――ジルバを見ると、ジルバはセイントを見て、冷たく睨みつけながら、彼は言った。


「それこそ自己満だよネ? ただ自分が楽になりたいって思っているだけだヨネ? 俺はネ……、そう言ったことが大嫌いなんだヨ」


 ジルバのその見たことがない表情を――否、見たことがある表情を見て、セイントは言葉を失いながらも、ジルバから目を離さないようにして見ると……、ジルバは言った。


「俺はネ……、弱いくせに正義のために体を動かしている人が大嫌いなんだヨ。誰かを傷つけなくないから? 弱い人を助けたいから? それはただの自己満足の欲求不満解消じゃないの? 俺にはそうとしか見えない。だから嫌いなんだヨ。お前のようなそう言った正義感とかを抱えている奴が。あの子のように、己のことを厭わずに、他人を助けようと囮になるような大馬鹿正義感がっ! 逆に自分が死ねば他が幸せになるとか考えている自己犠牲の塊野郎も大嫌いだヨッ! かさネてしまうんだヨッ! みたいで! むかつくんだヨッッ!!」



 だんだんと、声が荒くなるジルバの声。表情。そして爆発する感情。


 あまりの豹変に、セイントはぎょっと驚きながら、ジルバを見た。ジルバはぜーっぜーっと息を吐きながら、彼は思い出す……。



 ◆     ◆



 回想。今回はジルバの回想である。


 いつも飄々として考えていることがあまりわからないようなジルバだが、それは自分の本心を隠すために処世術でもあり、本当の彼の感情は笑みとはかけ離れたもの。


 そんな彼のことを少しでも理解する回想編――今回は左右田仙人編の始まりである。


 彼の記憶に――父の記憶が全くない。理由としてあげるのであれば、離婚である。簡単なものであるが、彼が生まれてすぐ、父はどこかへ行ってしまったと、仙人の母は言っていた。彼の苗字は母方の苗字だ。


 それを聞いて、仙人はそう認識して、母のもとで暮らし、育ってきた。


 彼の母は警察官で、捜査一課の一人だった。


 母はセイントのように正義感溢れ、ハンナのように自己犠牲が大きな――まさに警官の鑑のような人だった。その功績と人望もあり、母はどんどん昇格していった。


 幼かった仙人は、そんな母に憧れを抱いていた――のではなく、応援していた。


 自分は弱いから、自分はそんなに頭よくないから、普通だから……、仙人はそんな母の後を追わずに、応援することに留めていた。


 仙人は自分を理解している子供であった。ゆえに己の将来でさえも『きっとこうだろう』と思いながら、普通の過ごしていた。


 だが――とある事件をきっかけに、彼は正義を毛嫌いするようになった。


 それは……、この時代の十五年前に起こった大きな殺傷事件だ。それは大きな繁華街で起こった殺傷事件で、死者も出た。その場所には母も駆けつけており、母はその犯人の男を取り押さえて――



 多くの被害者が出たが、それでも逮捕に至ることに成功した。



 だが、遺族はそんな母を罵倒した。多くの被害を出したことに対して、遺族は母を泣きながら罵り、『怠慢警察』の汚名を着せた。


 事実、これは仙人の母の怠慢のせいで起こってしまった事態だった。


 犯人はサイコパスと言う精神状態であり、日頃から動物殺傷をしていた。


 とある人が言っていた。サイコパスの人が動物を殺傷する。それは人を殺したいという衝動を抑えられなくなってきている傾向にあると。


 諸説あるが、その犯人は事件の三日前、動物殺傷をしていたことが明かされていた。


 しかし母はそれよりも大きな事件の方を優先にしてしまった。そのせいで――あの事件が起こってしまった。


 母はたらい回しのような左遷を繰り返し、退職を言い渡され――


 母は……、失意のどん底に落とされ――




 自ら命を絶った。




 すでに十二歳となった仙人の前で……、母は首を絞めていた。


 仙人はそれを見て、絶望し、親戚に引き取られ、学校でも母のレッテルのせいで不遇の生活を送りながら、不登校を繰り返し、彼は思った。


 ――正義に踊らされたから、母は死んでしまった。


 ――なにが国民のためにだ。


 ――結局は自己満足で優越感に浸っていただけだった。


 ――母のあの自殺は自業自得なんだ。暴走してああなってしまったのなら……、仕方がないんだ。


 ――結局……、正義はかっこいいものではない。正義は自己満足。自ら体を張ることも自己満足のそれだ。


 ――俺は、母の様にはならない。


 ――俺は……、正義なんてために動かない。俺は、俺の思うが儘に動く。


 正義なんていう綺麗事は――大っ嫌いだ。


 それ以来だろうか……、彼は十七歳の時学校をやめて思い切った行動に出たのだ。それは旅。


 親戚はそのことに対してあまりとやかく言わなかった。きっとあの汚名の警官の息子が出て行くことに対して、さっさと出て行けと思っていたのだろう。


 仙人はそれを見て――お言葉に甘えてと言う感じで、出て行った。


 旅と言っても……、少しばかりのお金を持っての自転車の旅。日本一周のようなものをしているとき……、偶然日本に来ていたシェーラの師匠に出会い――こう言われた。


「一人では心細いじゃろう。儂と一緒に――日本ならずとも世界を旅せんか?」


 それはただのお誘いだった。しかしジルバはそれを聞いて、渋々承諾した。


 なぜ承諾したのかわからない。でも不思議と――受け入れてもいいかなと思ってしまった。


 心に余裕を作ってくれる。そう直感して一緒に旅を続けて……。




 結局……、一人になってしまった。




 回想終了。



 ◆     ◆



「……むかつく? 正義か、自己犠牲が、か?」

「そうだヨ」


 ジルバは怒りながらセイントに言った。そしてすっと立ち上がり、川を見下ろした後彼は言う。


「あの人みたいに、人のために動いて、正義のために体を張る。それが気に食わない。それであの人は色んな人から罵倒されて、それに耐えられなくなって自殺した。俺はネ……、お前のような正義感の塊が大嫌いだヨ。シェーラを助けたあの子も気に食わないもの事実だ」

「……、しかし。お前はそのシェーラを」

「あれは師匠の遺言……、いや、伝言だネ。その約束をも守っただけ」

「それでも正義と見えるぞ」


 はっきりとした言葉を聞いて、ジルバは珍しく目を見開いて驚きながらセイントを見下ろした。彼は胡坐をかきながらジルバを見上げ、そしてこう言った。


「その子を、あの人の言葉を守るために、その子を守る。簡単な話。それは正義だ。誰かを助けることは正義だ。私はアニメに出てくるキャラのように、誰かの手を差し伸べ、助けたい。それだけで警官になった身だ」


 ジルバはセイントの話を聞く。


 セイントはそうだな……。と言いながら、再度空を見上げて言う。


「要は、誰かのために自分が何とかしたいことは正義。だが、今の私は大好きなみゅんみゅんたちを傷つけたくないから逃げていた。確かに正義ではない。だがジルバ……」


 と言って、セイントはふっとジルバの方を見上げながら――彼はこう言った。



「お前は――誰かのために何とかしていた。大好きだからこそ守った」



 それは正義ではないのか?


 それを聞いて、一瞬目を点にして、呆けていたジルバだったが、すぐに首を横に振りながら「違うネ」と言い……。


「俺はお師匠様の言葉を聞いてそうしているだけ。それにネ――」



 行き過ぎた正義は――大罪だヨ。



 そうジルバははっきりと言った。


 それを聞いたセイントは『うむっ』と言いながら――「そうか、頭の片隅に入れておく」と言いながら根本的な性格の改善はしないような言葉を吐いた。


 ジルバは思った。


 やっぱり馬が合わない。こんな正義馬鹿は嫌いだ。己を囮として動く子も、助けたいという一心で動く輩も嫌いだ。


 そんなものは自己満足だ。ほっとけばいいのに……。


 ――でも、あの子は、その気持ちを曲げずに、俺たちの心を動かした。


 思い出されたのはマドゥードナでの出来事。ハンナの言葉。



 傷を負ったら、誰だって痛い。そうさせないために、手を伸ばして、救けたい。



 その言葉を聞いた時、ジルバは確かにその真剣な眼を見て断ることができなくなり、結局協力してしまい、今に至っている。


 ――俺、なんだか変になっているのかな? 


 ――今までの俺だったら、すぐに断っていた。師匠の言葉は断ることができないって直感したから、しなかったけど……、あの子のあの真剣な目を見て……、俺は動かされた。


 ――動こうと。思ってしまった。


 ――大嫌いな正義のために動いてしまった。他人を救うという、大嫌いなことをしてしまった。


 シェーラのためならなんだってするが、他の子のいうことを聞いたのは初めてだった……。


 ゆえに、今でも戸惑っている……。


 俺は――あの子に感化されちゃっているのか? と……。


 すると――


「わんっ!」


 さくら丸が吠えた。それも何回も。


 それを聞いたセイントは驚きながら「どうしたさくら丸」と頭を撫でながら宥め、さくら丸が吠えている方向を見て、セイントは驚きながら声を零した……。


「なんだ……は?」

「?」


 ジルバもその方向を見てみると……。


「なんだ……」と、同じように、を見上げて驚きの声を上げた。

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