PLAY37 それぞれの覚悟と実行 ①

「え……?」

「は……?」


 私とキョウヤさんはそれを聞いて素っ頓狂な声を上げてしまった。


 ヘルナイトさんは何も言わない。でもヨミちゃんとベルゼブブさんを見て、俯いてしまっている。


 みゅんみゅんちゃんはそれを聞きながら、予想でもしていたかのようにヨミちゃんに聞いた。


「……やっぱり……、があるから?」


 その言葉に対してヨミちゃんは頷く。


「? なんだ……? あれって……、オレら聞いてねーんだけど……」


 キョウヤさんは驚きながらも、みゅんみゅんちゃんに聞くと、みゅんみゅんちゃんはすっとベルゼブブさんを見る。


 ベルゼブブさんは頷くとみゅんみゅんちゃんはそれを見て、やっぱりと言わんばかりの顔をして、みゅんみゅんちゃんはすっと踵を返しながら――


「私……、お師匠様のところに向かうから」


 と言って、すぐに戻ってくるから。と、少し悲しい雰囲気を出している……、ううん。悲しいもしゃもしゃを出してみゅんみゅんちゃんはその場から……、逃げるように行ってしまった。


「あ。おい……」


 キョウヤさんがみゅんみゅんちゃんを止めようとして手を上げるけど……、それを制したのは――


「キョウヤ、ハンナ――」

「「?」」


 ヘルナイトさんだった。


 ヘルナイトさんは頭を抱えて、小さく……、そして思い出したくなかったかのように、彼は凛としていない苦しい音色で私達二人のこう告げた。


「今は――ヨミの話を聞いておけ。アキとシェーラからは……、私から伝えておく。……だが、覚悟した方がいい。これから聞くことは――」




            酷だ。




 その言葉には……、悲しい残酷さと、逃れることができないような苦しさが含まれているような、そんな音色でヘルナイトさんは言った。


 それを聞いていたキョウヤさんは、ぴくっと引き攣った笑みを浮かべて……。


「は?」と言って……。


「いや、何言ってるんだよ……。酷なことと、断る理由とどう関係してんだよ……。ザンバードさんだって言ってたじゃねえか。きっと承諾して」

「それはね」


 ヨミちゃんは私達の会話に入るように、真剣だけど、少しだけ明るい音色で私達に向かって言った。


 私はその声を聞いて、キョウヤさんも聞いてヨミちゃんの方を振り向くと、ヨミちゃんは目を閉じた状態でベルセブブさんの手を握りながら彼女は言った。


「それ――だよ。お母さんはね……すごい『浄化』の魔女だったんだ」

「…………お母さん?」

「でも、お前も魔女」

「うん」


 私の呆けた声を聞いて、キョウヤさんはその言葉に対してはっと思い出してから聞くと、ヨミちゃんは頷いて――はっきりとこう言った。


「それね……、呪いがかかる前の私の話で、今はないんだ。っていうか――されてて使えない」

「封印………?」


 それを聞いた私は、ふとこのことを思い出した。


 それは、クルクくんは使っていた、亜人の郷の入り口を封じていたあの呪文だ。それを思い出した私は……、ヨミちゃんに聞いてみた。


 震える口で、おどおどとしながら……。


「それって……、自分で自分の力を……?」

「違うよ」


 ヨミちゃんははっきりと言って――自分の胸の手を当てながら、私達にこう聞いた。


 言ったのではなく……、これ知っている? というような言葉で、彼女は聞いた。


 ざざぁっと、今まで無風だったのに、風が吹いた。


 それを感じながらも、ヨミちゃんは私達二人にこう聞いた。


「――『十病トオノヤマイ』って知ってる?」

「……とお……の」

「病?」


 私とキョウヤさんで聞くと、それを聞いて察したのか、ヨミちゃんは目を閉じた状態で「そっか」と、少し羨ましそうな音色で、でも明るさを忘れないような音色で――


「異国にはないんだね。羨ましいなぁ」と言った。


 でもキョウヤさんはそれを聞いて、一体何を言っているのかわからないような表情で、ヨミちゃんに聞く。


「いや、なんだよその病名……。聞いた事ねえぞ」


 それを言った瞬間、ヨミちゃんは閉じていた目をすっと開けて――白くかすみがかった目で私達を捉えた。


 笑みを浮かべたまま、私達を見るヨミちゃん。


 私はヨミちゃんのその目を見て、不意にこう思ってしまった。


 とても……、悲しいけど――それを隠している。


 もしゃもしゃからもそう感じられて、私はヨミちゃんを見て、言葉を待つと、ヨミちゃんはにこっと笑って――




「――




 と言った。


 それを聞いてしまった私達は、言葉が出ない。頭が真っ白になる。あろうことか理解すらできない状況に陥った。


 十歳で死ぬ?


 現代の医学では、病気ではありえないような病気だ。そんなことがあるのかと思うような、唐突で、簡単で……。


 残酷な奇病。


 それを聞いて、ヘルナイトさんは私たちの間に入りながらこう言った。


「『十病』は、その名の通り、十歳の誕生を祝った次の日に死んでしまう謎が多い病気だ。病気を治す術がない。感染症や疫病を疑ったが……、それでもない。風土病でもなければ後遺症から発生する合併症でもなかった」


「…………なんだよ。その病気」


 キョウヤさんが驚きながら言うと、それを聞いていた私は、あまりの衝撃に言葉を発することを忘れる。


 十歳で死ぬ……。でもヨミちゃんは見た限り……。私と同じくらいの年だ……。


 そう思って見ていると、ヨミちゃんは私達の雰囲気を察したのか――あははっと、少し強引に笑いながら……。


「よくわからないよね。前に異国ですごいメディックの人が来たんだけど、お手上げだった」


 だから……と、ヨミちゃんは言う。少し悲しそうに微笑みながら……、彼女は言った。


「私のこの病は――消えない」


 それを聞いて、私は唐突に――ヨミちゃんに聞いた。


「で、でも……」


 それは多分、そんなことない。そんなことありえない。絶対にそんなことないから、そんな病気ありえない。


 今のヨミちゃんが、それを証明している。


 そう言いたいかのように、私は控えめに吐き捨てるように、吐き出すようにしてこう言った。


「ヨミちゃん――今いくつ……なの? 私から見たら……、軽く十歳は超えているよ……っ?」


 その言葉に、キョウヤさんははっとしてヨミちゃんを見ると、ヨミちゃんはえっとっと言いながら……、ふっと目を伏せながらこう答えた。


「――十六歳だよ」

「なら!」


 と、キョウヤさんは声を荒げながらこう言った。


「その病気だって嘘かもしれねーじゃねえか。十歳で死ぬなら、おまえは」

「それにはがある」


 キョウヤさんの言葉を遮ったのは――ヘルナイトさん。


 私はヘルナイトさんの顔を見るために見上げると、ヘルナイトさんはヨミちゃんを見て――そしてベルゼブブさんを見てから……、「お前だろう?」と聞いて――


「お前は――。そうだろう?」


 その言葉を聞いて、私はベルゼブブさんを見る。


 ベルゼブブさんは何も言わないけど、それでもヘルナイトさんの言葉を聞いて、ふいっと顔をそらした。


 それを見ていたヘルナイトさんは「やはりな……」と言葉を零す。


 キョウヤさんはそれを聞いて、少し八つ当たり気味になりながら「なんだよおい……、どういうことだよ」と言うと、ヘルナイトさんは言った。ベルゼブブさんを見て……。


「あいつは悪魔族の中でも上位……、否。『終焉の瘴気』によって、すでにだけになってしまった悪魔族。『暴食』という大罪を背負った悪魔――ベル・ゼ・ブブ。悪魔族の王、ベル王の因子を持った悪魔。ヨミの病気がなくなったのはきっと……、ベル・ゼ・ブブが深く関係している」


 と言った。


 それを聞いて、私は再度ベルゼブブさんを見る。


 ベルゼブブさんはそのまま顔を逸らしたまま何も言わずに黙っていた。キョウヤさんはそんなベルゼブブさんの態度が気になかったのか……、この場では珍しく、怒りを露にして「なんか言えって……っ!」と怒鳴ると……。


「違うの――ベルちゃんはね……、


 と、ヨミちゃんがベルゼブブさんを守るように、ベルゼブブさんを見上げながら言った。


「ベルちゃんね。私の病気を食べて、視力と魔力を対価に永命の措置をしたんだけど……、そのことで王様にかんかんに怒られちゃって……、勘当されて……、声を封じられちゃったんだ。……、


 え?


 思わず、ううん。言葉が出なかった。



 一体、何を言っているんだろう……。そう思って黙ってしまった私。ヨミちゃんは私を見て、クスッと笑みを零しながら……、「えっと、最初から説明するとね……」と言って、ヨミちゃんはその山から一望できる村を見下ろしながら、風に当たって靡くように、その風を堪能しながらこう言った。



「私のお母さんはね……。『浄化』っていう魔祖を持った人だったんだけど、アンデッドを浄化するようなそれじゃなくて……、怒りで我を忘れていたり、暴れている魔物の感情を穏やかにするだけの、感情の浄化しかできないの。なんで浄化って呼ばれているのかはわからない。けれど昔はその力のことを別の名前で呼んでいたの。けれどいつからかわからない。魔物を寄せ付けないその力を人は『神の力』とか、この地を悪しき者から守る『浄化』の力だとか言われていたから、こうなったんだと思う。だからみんな『浄化』の魔女って呼んでいるんだよ。きっと……。でね、それを使ってお母さんは、この村に大きく貢献したんだ。でも、それを使うと寿命が減ってしまう。諸刃の剣? っていう魔法だったの。だからめったに使わなかったし、私も遺伝して使えるようになって、お母さんはあまりその力を使うことはなかった。ザンバードさんが言っていたその人は、きっとお母さん。お母さんがいればきっと……、承諾したと思うけど……」



「それじゃ……、そのお母さんって……」


 と、キョウヤさんが少し気まずそうに、クルク君のこともあって、キョウヤさんは少し気まずそうに聞くと、ヨミちゃんはさらりと――こう言った。



「殺されちゃったの――誰かにね……。私が七歳の誕生日の時に」



 ざざぁー……。


 風が私達を襲い、スカートや髪の毛を靡かせる。


 その言葉を聞いていた私やキョウヤさんは、言葉を失って、ヨミちゃんの言葉を聞いていた。


 ヨミちゃんは言う。


「私は『十病』に侵されて、使うと寿命が減ってしまう魔法。十歳しか生きられない私にとって、魔法は呪いそのものだった。でもね――」


 と言いながら左手を左の方に伸ばし、ヨミちゃんはその手を空で彷徨わせる。


 ベルゼブブさんはそれを見て、そっと手を握りながらヨミちゃんは握られた方向を見えない目で見ながら――ベルゼブブさんを見上げてこう言った。


「ベルちゃんがね――私の病気と呪いを……、食べてくれた」


 ヨミちゃんは嬉しそうにベルゼブブさんを見上げながら――心の底から嬉しそうだけど、悲しさも含まれている音色で、表情でこう言った。


「目が見えなくなって、ベルちゃんを見ることができなくなったのは残念。声も聞けないのもさらに残念だった。残念なことばかりだけど……、十六歳まで生きられて本当に嬉しい。村のおじいちゃん達やおばあちゃん達も優しいから……、私は大丈夫なんだ」


 でも……。と、ヨミちゃんは少し悲しそうに俯きながらこう言う。


「村にね、若い人達がいないの。ここで働いても稼げない。今の時代はアムスノームとかで作っている魔導具が主流で、魔物の素材で作った防具はあまり役に立たないっていう評判が流れて……、おじいちゃんやおばあちゃんたちはあまり気にしていないけど……、私ね。思うんだ」


 と言って、私達がいる方向を振り向いたヨミちゃんはこう言った。


「私のせいで――私の存在がみんなをこの村に縛り付けている。『浄化』の力なんて、ベルちゃんにあげちゃってないのに、私のことを思って残っている。だからね……、私がベルちゃんに殺されれば――みんな幸せになれる」


 そう私は思ったんだ。


 ヨミちゃんは私達を見て言うと、それを聞いていたキョウヤさんは腰に手を当てて、そしてはぁーっと、長く長くため息を吐きながら、荒げた声でキョウヤさんは頭を垂らして――


「つまり……、あれか? お前、自分が犠牲になればそれでいいっていうたちなのか? 自分が死ねば……、誰かが幸せになるって思っているのか?」

「事実そうだと私は思っている。けどわがままな話――まだ私は生きている」

「ああ、死にたがっているわけでもねえのに……」


 と言って……、キョウヤさんは、苦しそうに――ぐっと唇を噛み締めながら、キョウヤさんはヨミちゃんに向かって――がっと顔を片手で覆い隠しながら……、キョウヤさんは震える口で言った。



「――なんで……、簡単にそう言うんだよ……っ!」


 ……っ!



 その言葉を聞いた私は、キョウヤさんから青くて波打っているもしゃもしゃを感じた。それはとてつもない悲しみで……、苦しみも含まれているもしゃもしゃだった。


 キョウヤさんが言うその言葉に、重みがあるのはそのせいだろう……。


 私はそれを聞いて、ヨミちゃんを見てこう聞いた。


「ヨミちゃん……、書状の件は各々自由だけど。これだけは私の勝手な質問。聞いてもいい?」

「うん」

「この村のこと――好き?」


 あまりに唐突だけど、ふと私はそれを聞こうと思った。死にたがっているわけでもない。でも自分が死ねば――みんなが幸せになれる。そう思っているヨミちゃんに……普通に聞いて見た。


 生まれ育った――この村が好きか。


 そのことに関して、ヨミちゃんはにこっと微笑みながら――


「好きだよ。大好き」と言って……。だからね。と言葉を繋げながら――ヨミちゃんはこう言った。



「私はここで一生を全うする。そして死んだら――ベルちゃんに悪いけど、みんなに伝えるの。この村を捨てて、新しい世界で楽しく暮らしてって。ベルちゃんとも話し合ったの。その時が来たら――私を殺してって。ちゃんと食べてって約束したの」



 ――本気だ。


 私は、笑顔のヨミちゃんのもしゃもしゃを見て確信してしまった。


 ヨミちゃんは……、本気で一日でも早く死のうとしている。ううん。死のうとしているのならば、今でもするだろう。ただヨミちゃんは――ベルゼブブさんに殺してもらいたいんだ。


 自分のせいで……、声を失ってしまったベルゼブブさんのために、魔女なのに無力な自分のせいで、この村に縛り付けている村の人達のために……、ヨミちゃんは死ぬことを覚悟している。


 私はそれを聞いて、ぎゅっと握り拳を作ってしまう。


 なんで――死ぬと言うのだろう……。キョウヤさんの言う通り、なんで簡単に言うんだろう……。


 死ぬことは怖いはずだ。


 なのにヨミちゃんはその死でさえも覚悟していて、その覚悟が苦しくて、悲しい。死ぬなんて――簡単に言わないでと言いたかった。


 でも――できない……。


 私はベルゼブブさんを見る。


 ベルゼブブさんはただヨミちゃんを見下ろしているだけで、微動だにしない表情を見て……、私は確信する。ベルゼブブさんは、ヨミちゃんの意思を汲み取ろうとしていることに……。


 まるで――互いのことを理解しているような、でもその意思は誓いがとても脆くて暖かいけど、悲しくて痛くて……。


 ただ――苦しいだけの誓いだ。


 私とヘルナイトさんとは違った誓いだ。


 温かいなんてない。嬉しさなんてない――



 ただ悲しいだけの誓いだ。



 誰も幸せになれない誓いだ。



 こんなの……。


「だめ……だよ」

「?」

「!」


 私は小さい声で言う。


 それを聞いたヨミちゃんは首を傾げて、キョウヤさんはそれを聞いて驚いて私を見ていた。


 ナヴィちゃんも私を見上げている。


 ヘルナイトさんはただ――私を見ているだけだったけど……、私は、ナヴィちゃんを抱きしめるように、震える口で、震える感情で……。


「そんな……、悲しい誓いは、ただ苦しいだけだよ……っ」


 私の言葉を聞いて、ヨミちゃんはきょとんっとしていたけど……、私を見てなのか、にこっと微笑みながら「そうだね」と言って――


「これは確かに苦しいよ。でも……、私はみんなのことをもっと苦しめている。ここに縛って、いつ魔物に襲われるのかわからない恐怖と戦っている。ベルちゃんも声を失って、帰る場所を失って……、これは私のわがままでこうなったんだよ。それ相応の応酬が必要なんだよ。私の命一つで、二つの自由が獲得できる」


 そして、一旦口を閉じて――ヨミちゃんはあははと言いながら。


「壊れているって思われてもおかしくないけど……、もしかしたら壊れているのかもしれないね。自分の命一つでみんなが幸せになる。ベルちゃんも救われる。でもそれは――ただ逃げているだけ。そう思ったことは何回もあった。『十病』にかかってからもそう思っていた。でも、これは私が決めたことなの。最後に言わせて」


 ヨミちゃんは――はっきりと、私達を見て、こう言った。





「――もう、決心を揺らさないで」





 もう決心を揺らさないで。


 =


 もう私達を苦しめないで。


 そう言っているように聞こえた。


 私はそれを聞いて、ぎゅっとナヴィちゃんを優しく抱きしめ、顔を埋める。フワフワした感覚が私の顔を襲うけど、和む気配はない。どころか苦しくなる一方だ。


 アルテットミアで、アクアロイアを旅して……、少しだけ、強くなった気がしていた。でも――違った。ただの勘違いだった。


 苦しいのは苦しい。


 悲しいのは悲しい。


 そして今回は飛び切り苦しくて痛いものだった。


 クルク君のこと。


 シャズラーンダさんとガザドラさんのことと同じ……、ううん。これは違う。


 シャズラーンダさんのような自己犠牲。


 己の命を引き換えにしようとしていた行為と同じ……、ううん。それ以上だ。



 ヨミちゃんは……、村のために、ベルゼブブさんのために、死ぬことを、殺されることを覚悟している。



 なんで……、こんな苦しい結末を受け入れてしまったのか。選んでしまったのかわからない。でも……、もし、ヨミちゃんが病に侵されていなければ……、魔女でなかったら……。


 こんなことを、考えなかったのかもしれない……。それを思うと、より一層……。



 悲しい。



「きゅぅ……」


 ナヴィちゃんが私を心配してか、頬にすり寄ってきた。


 キョウヤさんも汲み取ったのか、頭をガジガジ掻きながら――


「……じゃぁ……、断るってことでいいんだな……?」と聞くと、ヨミちゃんはごめんね。と言って――


「もう決めたことなの」


 キョウヤさんはそれを聞いて、私の頭をぽすんっと優しく叩きながら――


「……行こうぜ」と言った。


 それを聞いた私は、顔を上げて目元をこすりながらキョウヤさんがいるところを見ると、キョウヤさんはその場から逃げるように、早足で来た道を戻っていく。


 ヘルナイトさんはそれを見て、そして私を見て――そっと手を伸ばして……。


「気休めですまない。だが――今はみんなのところに行こう」


 さぁ。と――ヘルナイトさんは手を伸ばす。


 私はその手を見て、こくりと頷きながらその手を取る。


 そしてその手に引かれ歩きながら、私は背後を見る。すると――ヨミちゃんは申し訳なさそうに手を振って、ベルゼブブさんはそれを見ながら頭を軽く下げていた……。


「ハンナ……」


 ヘルナイトさんは歩きながら私に言う。何も返事をしなかったけど、ヘルナイトさんはそれでも言葉を続ける。


 凛としていないけど、どことなく決意を固めたような音色で彼は言った。


「確かに、中にはあのような誓いもある。私達が立てた誓いは……優しすぎる誓いだ。時には厳しくも、苦しい誓いもある。それがただ利害の一致であっても……、互いがそう思うのであれば、誰かの言葉など届かない」



「ハンナ――それでも……、救いたいと思ったか?」



 そう、足を止めて聞いてきたヘルナイトさん。


 私は顔を上げて、苦しさが込み上げてくる中、頷く。


 それを見たヘルナイトさんは握っていない手で私の頭を撫で、指先を使って私の眼に溜まっていたのだろう。それを掬い取りながら――


「やはり――君は優しすぎるな」


 と、ヘルナイトさんは苦しそうに、凛とした音色で言った。


 それを聞いて私は掬い取ったヘルナイトさんの手を取って、それを頬に添えるように近付ける。


 そのぬくもりを感じながら――ヨミちゃん達のことを思い出して……。



 ◆     ◆



「ねぇベルちゃん」


 ヨミは言う。


 言葉を発することができないベルゼブブに向かって――彼女は見えない目で、彼女は見えていない村を見ながら――


「約束――忘れないでね」


 ぎゅっと、握られた手を強く握ると――ヨミは言う。



「私のことをちゃんと食べてね? ちゃんと、残さないで食べてね? ちゃんと――私を殺してね」



 最後の方を疑問形にしなかったのは、それは確定しているから念を押しての言葉でもあった。


 それを聞いたベルゼブブ、一瞬黙ってしまったが――そのあとすぐに頷く。


 殺す。


 その意思を込めて、彼は彼女の小さな手を握り返した。


 それは――ハンナとヘルナイトがしたことのように、彼女達は誓いを立てる。


 ハンナとヘルナイトが立てた誓いが優しいものであれば――


 ヨミとベルゼブブが立てた誓いは……。


 悲しく、誰も幸せになれない誓いだった。


 それでも誓う。


 村のために、ベルゼブブのために。


 ヨミのために、ヨミのわがままのために。


 二人は――悲しい誓いを誓い合う。

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