PLAY35 小さな光、膨張する憎しみ ④
『六芒星』の緑守は、死霊族の根城でもある『怨念集いし古城』のドアに手を付けて、ぐっとそのドアに向けて己の体重をかけるように、重く圧し掛かる様に押した。
木で出来ている扉は腐りかけ、正直触ることを躊躇ってしまうほどの異臭と湿り気。
更にはその湿り気と腐りかけの所為で手に気色悪いものがこびり付いたと同時に湧き上がる生理的拒絶。
ボロボロと腐りかけのドアから零れだしていく木の破片が――いいや、木の破片だった何かが緑守の足に落ちていく。
それを押しながら緑守は毎度毎度思う。
何度も何度も体験しているが、体の方は正直で、慣れるという感性を植え付けようとしないその体を感じながら彼は手についてしまった腐りかけのそれを見て、怪訝そうに顔を歪めて思った。
(触りたくない感触だ)
何度も触っているが何度でも触りたくない感触だと思ってしまう。
命令でなければこんなところに戻りたくもないし、こんなことも何度も何度もしたくない。腐りかけの何かに触れること自体吐き気を催してしまいそうだ。
そう思いながらそのドアを押し、開けてから中に入った。
緑守はやっとのことで腐りかけのドアを閉め、手に付着したそれらを湿り気を帯びた手拭いで簡易的に拭き、懐にしまっていた小さな赤い瘴輝石を取り出して……。
「マナ・エクリション――『指先灯』」
と言った瞬間――ふわりと淡く赤く光る赤い瘴輝石。
それを右手の人差し指と親指で掴み上げながら、辺りを照らす。
古城の中はあまりにも腐敗が進み、置き去りにされた家具から木の枝が生えていた。
それを見て緑守は思った。
口元を鼻腔にその
(ひどい異臭だ。こんな異臭を毎日嗅いでいるのか……? あの死体もどき共は)
緑守はそう思いながら、顔を顰めてとある場所に行こうとした時だった。
――ぎ、ぎ、ぎぃ……。
「くあーっ! 今日も今日とて、死霊族的平和な一日じゃなー!」
「……そうですね――」
「しゃしゃしゃじゃじゃなぁなななぅいっ!」
突然声が聞こえた。その声は緑守が入っていった入り口から聞こえてきた声で、その声を聞いた深い深い溜息を吐きながらこう思う。
(一番合いたくない奴らと出くわしてしまった……)
そう思いながら、緑守はふと後ろを振り向くと、そこにいたのは、三人の人物達だった。
その三人の内一人が緑守を視認した瞬間、ふいーっと溜息を零していたそれを消してぱっと子供のように表情に笑みを出して、彼は明るくこう言った。緑守を見て――
「おーっ! 久しいのぉ! リョクちゃんっ!」
「リョクリョクリョクリョクゥウウウィッッ!」
死霊族特攻隊のハンザブロウとペペロペ・ペロティ・ペエが、リョクシュを見るや否や、たたっと駆け寄って、彼の肩に手を置いて「元気そうで何よりじゃなー!」と言いながら、ハンザブロウは「あっはっは!」と豪快に笑いながらばんばんっと肩に手を落とす。
それを受けていた緑守は、内心溜息を吐きながら(こいつらとは絶対会いたくない人種だったのに……)、彼は目の前にいるハンザブロウに向かって、無表情にこう言った。
「お久し振りです。ハンザブロウ様」
「……お前さん、あまりにも不愛想じゃろうて……。顔からめんどくせーっていう感情が浮き彫りになっておるわい……」
ハンザブロウは緑守を見ながら言う。
それを聞いた緑守は一歩後ろに下がりながら「申し訳ございません」と言うと――ハンザブロウはそれを見て「行動も正直じゃのぉっ!」と驚きなら突っ込みを入れた。
それを見ていたペペロペは、豪快に笑いながら「ぶびゃびゃびゃびゃびゃっ!」と、腹部に手を添えながら大笑いをしていた。
それを見たハンザブロウは「なんじゃペペちゃんっ! そんな風に笑わんでくれっ!」と言って、彼はペペロペの背後にいるクロズクメを見て――
「クロっちぃ……っ! お前だけは儂の味方じゃろう……っ!?」と、涙ぐむように言うと、クロズクメは頷きながら「ええ――」と言って、それから……。
「気持ちは察するが――、上司の前でそのようなことはだめだと俺は思っている――。気をつけないと――、あとで後悔するぞ――」
「クロっちひどくないっ!?」
至極冷静にして、真顔の返答に、ハンザブロウはもう涙を流しながら突っ込んだ。
「その言い方は上司兼隊長である儂に対してひどい言葉だと思うんじゃけどっ!? そんな風に儂のこと思っとったんかっ!?」
「ええ――、まぁ――」
「はっきり言ってほしいぞ……っ!」
「ぶひゃひゃっはっはっはひゃひゃひゃっっ!」
「ペペちゃんもそれ以上笑うなっ!」
その光景を見ながら、緑守は思った。
(こいつらはここに潜入して一番最初に知り合った三人の死霊族)
(ペペロペとかいう男は、肉体に『肉体強化』の瘴輝石をびっしり埋め込まれた死霊族改造人間。その後遺症からか、人語や人格に支障が出ている)
(クロズクメは最近……、私と同時期に特攻隊に入った死霊族。影を操る瘴輝石を使うトリッキーな死霊族。武器生成に生物生成、影があれば何でもできる有能死霊族)
(そして)
緑守はハンザブロウを見る。
彼は未だに二人の部下たちと言い合いをしているが、それを見ていた緑守はじっと睨むように彼を見て――そして思った。
(死霊族のくせに、魔女の体を使っている『文字』の魔女――ハンザブロウ……)
(特攻隊の隊長にして謎が過ぎる男……)
(私の里は……、こんなふざけた集団達に潰されてしまったのか……?)
と、彼は煮えくりかえるような怒りを覚えながら、ぎりっと歯を食いしばった。怨恨を込めたようなその表情と感情で……。
ここで説明をしておこう。
緑守は鬼の一族だが、イェーガー王子とは違う村で暮らしていた鬼で、その里はとある大きな竜巻によって滅んでしまった。
彼も死んでしまったが、すぐに蘇生された。
蘇生――そう言えばいい響きかもしれない。
しかし彼が目を覚ました時、すでにその体は普通の体ではなかった。その体は――
死体。
そう――死霊族となって生き返っていたのだ。
ハンナがよく使う『蘇生』や回復のスキルは、このアズールに世界ではとても希少価値がある……、否。どんな大賢者でも、死期が近くなった時やっと習得できる魔法だ。
スキルであるが故、それは簡単にできるかもしれない芸当だが、この世界にとって、『蘇生』や回復のスキルは高難易度の習得レベルなのだ。
ゆえに人を生き返らせることは簡単にはできない。当たり前だが。
だから、だからこそ――緑守を助けたザッドは、死霊族の心臓となる屍魂の瘴輝石を使って、彼を騙して蘇生し、利用したのだ。
希少の鬼を、ここで死なせるわけにはいかない。そう思ったザッドは――彼を死霊族にした。
…………少し脱線してしまった。話を戻そう。
緑守はそんな三人を見て、最も話しかけやすいクロズクメを見て――彼は声をかけようとした。
内容はとある少女のことについてだ。『六芒星』でも噂になって、そして世界を変えるために不純要素であり、脅威でもある少女――
ハンナについて。
緑守はそのことを聞いて、ハンナ達の動向を探りながら――脅威となり、そして計画の阻止を打ち壊すために、ハンナを消すために彼はここで情報を入手していたのだ。
死霊族はきっと『大天使の息吹』を持っている少女のことを警戒しているゆえに情報が手に入ると思った。だが――現実は思いのほか進まない。どころか、死霊族はあまり警戒していなかった。
だが聞いていない人物達がいた。それが特攻隊ということになる。
(この三人は特攻隊であるが故、きっと各国を移動している。その情報網を利用し、ザッド様にそのことを報告したのち、『大天使の息吹』を持つ女をこの手で殺す)
緑守はそう思い、クロズクメに声をかけた。幸いなことに、ほかの死霊族はどこかへ出払っているようだ。それを見て、今ここに四人しかいないその場所で、その少女のことを聞くことにした。
「なぁ……、少々聞きたいことがある。私も風のうわさで聞いたことなんだが」
「――?」
クロズクメは首を傾げると、緑守は口を開こうとした。
刹那。
――ばがぁんっっっ!
「「「っ!?」」」
「ぽぽぽっ?」
扉の方角から聞こえた破壊音。
その音とともに、ばらばらと飛び散る樹の破片。
それを見ていた四人は、その扉の向こうにいた人物を凝視した。ペペロペは首をぐるんぐるんっと、フクロウのように回しながら「ウキキゥッ?」と唸って首を傾げていた。
緑守は扉の向こうにいた人物を見て、あぁっと思いながら思い出した。
扉の向こうにいたのは――一人の男……。否、オスだった。
カラスのような黒の羽毛と、首に下げている灰色の瘴輝石五つがはめ込まれている首飾り。腰巻に鋭利なかぎ爪。見るからに鳥人間のような風格なのだが緑守はその光景を見ながら、「?」と目を細めてみた。
前に見たとき、彼の両手は確かにあった。しかし今は……。
ないのだ。
両腕が、両殻からすっぱりと切れたかのように、その手がなかったのだ。
否――手ではなく、翼がなかったのだ。
まるで翼が折れた天使……ではなく、翼が引きちぎられた鳥だ。
そう――扉を蹴って壊したのは……、ランディだった。
「ふーっ! ふーっ!」
ランディは血走った目で、荒い息を吹いては吸ってを繰り返しながら、よろける体で歩みを進める。
(両手がないだけで、こんなにバランスが取れないのか……。いいや、翼か……)
緑守はそう思いながら見ていると……、ずんずんっと、よろけながらランディは歩みを進めて、そしてそのまま四人の間を通り過ぎていく。
それを見ていたハンザブロウは、すぐに飄々とした顔で――
「なんじゃランディ。またその体で外に」
「うるさいっ! 黙ってろ似非じじぃっ!」
「なんじゃとっ!」
だが、ランディは苛立った顔でハンザブロウを睨みつけて、焦るような表情でその場を後にする。
怒りハンザブロウを無視して、それを見ていたハンザブロウは指をさしながらぷんぷんっと頭から蒸気を吹き出すように――
「なんじゃあの態度は……っ! 最近の若モンは礼儀がなっとらんっ!」と言うと、それを聞いていたペペロペは「ぶしゃしゃしゃしゃしゃっ!」と、もう目に涙をためながら大笑いをしていた。それを聞いてみたハンザブロウはむっとした顔をしたが、すぐにはぁっと溜息を吐いて――
「クロっち。リョクちゃんと一緒にランディのところに向かえ」と言った。
それを聞いたクロズクメは軽く会釈をした後「はい――」と返事をすると、緑守を見て「行くぞ――」と歩みを進めて行く。
それを見た緑守は驚きはしたが、すぐに「ああ」と言って、クロズクメの後を追った。
◆ ◆
かつん。かつん。と――
石で作られた古城に、靴底の足音が響き渡る。
二人が今歩いているところは薄暗い通路で、絨毯など敷かれていない通路だった。その通路はとあるところにつながっているところなのだが、この通路が異常に長いのだ。
移動系の瘴輝石を使いたいのはやまやまなのだが、もしもの時のために温存をしておく。これは――死霊族の鉄則なのだ。
そんな状態で、二人は互いに横一列に並びながら歩みを進めていると――
「それで――」
と、クロズクメは聞いた。
緑守はクロズクメを横目で見て、歩みを止めずに見ると――クロズクメはこう聞いた。<
「聞きたいことがあるのだろう――? 私に応えられる範囲ならば……――。言うが――」
それを聞いた緑守は、内心……。
(よし)
と思いながら、クロズクメに聞く。
最初からその少女のことを聞くことはだめだ、最初は――日常的なことを聞いて、そのあとで話を繋げていき、そして核心を聞く。
これは――長年『六芒星』に仕え、そして培ってきたスキル。と言ったほうがいいだろう。
緑守は聞いた。
「クロズクメ。私はここ最近この場所を開けることが多かったが、エディレスは」
と言った瞬間……、彼はぴくりと顔を揺らし、そしてすぐに平常の顔にしたまま――彼はこう言った。
「……浄化された――。すでにこの世にはいない――」
その言葉を言っていたクロズクメは、不思議と悲しい音色ではなかったが、彼はそれを聞いて、こう思った。
(来た)と――
その好機を逃さんばかりの野心的な感情を抑えながら、彼はさらにクロズクメにこう聞いた。
「……そうか。浄化されたということは……、浄化士に……」
と言った瞬間、クロズクメは緑守の言葉の罠にはまりながらこう言った。
「違う――。浄化士ではない――。異国の冒険者――……。大天使の力を使う冒険者だ――」
それを聞いた緑守は、目を見開いて、驚きながら「大天使……っ!? まさかあの女神の力を使う詠唱者が現れたのか……っ!?」とクロズクメの横顔を見ながら彼が驚く演技をした。
もちろん――内面は(ビンゴ)と、つかみ取った好機を逃さんばかりに、彼はクロズクメにこう聞いた。
「しかしお前はよく生き残ったな……」
「命からがらだったが――、運がよかった――。としか言いようがない――」
と言って、クロズクメはぴたりと、足を止めてしまった。
それを見た緑守は、「?」と首を傾げながら、少し歩いたところで足を止めて、そしてクロズクメを見た。クロズクメは俯きながら――緑守に向かって「なぁ――」と聞いた。
それを聞いて、緑守は内心驚きながらも平静を装って――「どうしたんだ?」と聞くと……。彼は顔を上げて、緑守に聞いた。
「私の決意が本当で――、本心でその人のためだけに使うと言っても――、たったその人だけに命を使うという行為は――、間違っていると――お前は思うか――?」
その言葉を聞いた瞬間――緑守は目を見開いて、そして、本心で驚きながら、本心で苛立ちを覚えながら……、彼はクロズクメに向かってバッと手を広げながら、まるで言い訳でもするかのような動作と表情で、彼は慌てながらクロズクメに言った。
「何を言っているんだっ! その行為自体に間違いなどあるはずがないっ! 私はそう思っているっ! 誰だそんな訳の分からないことを言った大馬鹿野郎はっ!」
「――っ」
あまりに豹変にクロズクメは目を点にし、ぎょっとしながら驚いていた。
それを見た緑守は、はっと理性を取り戻しながら、一回深呼吸をして掌をクロズクメに向けて――
「す、すまない……」と謝る。
謝りながら彼は(危ない。ついうっかり感情を露見させるところだった……)と思いながら、彼は申し訳なさそうにしてクロズクメに謝った。
それを聞いていたクロズクメは驚きはしたが、内心癇に障ったかと思いながら、「いいや――、いい――。すまなかったな――。お前の忠誠心を踏みにじるようなことを言って――」と頭を下げて謝ってきた。
それを見た緑守は……。
(死体風情が謝るな)
そう思った後で……、彼は己の上司に当たるザッドのことを思い浮かべながら……、彼は思った。
(私は、ザッド様にこの命を捧げる覚悟でいる)
(そんな風に言うやつは、己の命が狙われていないからこそ、その命を懸ける覚悟がないからこそ言えるんだ)
(要は腰抜け。要は狙われたことがない、命の危機を感じたことがない奴の言うことだ)
(そんな奴の言うことなど……、私は聞く耳を持たない)
(すべては……、ザッド様のためだけにある)
そう思いながら、緑守はクロズクメの言葉に耳を傾ける。
クロズクメは言った。
「だが――、私も最初はそう思っていた――。何を言っているのだろうと――。エディレスが浄化され――、特攻隊に移されてから――、ハンザブロウ様にもこの話をした――。きっと――、馬鹿馬鹿しいと言ってくれると思っての甘い願いだったのだろう――……」
「………………」
「だが――、ハンザブロウ様は違った――。ハンザブロウ様はこう言っていた――。『なんて優しい言葉を投げかけるんじゃ』とな――」
「理解に苦しむな……」
「ああ――。確かに理解に苦しむ――。だが――、そのあとハンザブロウ様はこう言っていた――。『そんな風に、儂らのことを気にかけて言う子は初めてじゃのぉ。確かに、忠誠心を踏みにじるような言葉じゃが、それは裏を返すと、命を賭してまで、あいつに命を捧げる勢いのお前さんのことを、お前さんのことを心配して、その子はそう言ったんじゃないのかのぉ? 儂がその場にいて、その言葉をかけられたら――、女の子だったら惚れるのぉ』と――、ふざけ半分だったような表情と雰囲気だったが――、それでも言葉は本気だった――」
「……………………」
「私はあのお方に対する忠誠心を曲げることはしたくない」
クロズクメは己の首元に手を添えて、彼は目をすっと細めながら――寂しそうな音色と表情でこう言った。
「しかし――……、それがグラつき始めているのも事実だ――」
それを聞いた緑守は、こみ上げてくる感情を抑えるように、ぐっと歯を食いしばり、そして怒りを爆発させないように、彼はクロズクメの話を聞いていた。
ぎゅりっと、握りしめる手に力がこもる。それでも――クロズクメは話を続ける。
「私達の体は――死体だ――。ゆえに体のどこかに埋め込まれている『屍魂』が心臓変わりだ――。心臓はただ生きるためのポンプだ――。だが、なぜなのかわからない――。 ハンザブロウ様の言葉を聞いて――。あの女の言葉を思い出すと――。どうもこの辺りがざわつく――……。否――……。暖かくなる――」
そう言いながらクロズクメは首元に手をやり、そしてぐっと握りしめながら、彼はこう聞いた。
「お前は感じたことがあるか――? リョ」と言った時――
――がぁんっ!
「――さっさと僕のこの手を直せっ!」
と――
ランディの怒号と、何かを蹴った音が聞こえた。
それを聞いた二人は、「「あ」」と言いながら、忘れていたと内心、汗を流した。
(そう言えば……、ランディの後を追っていたんだった……)
緑守は、内心汗を流しながら、クロズクメを見ながら駆け出して「さっさと行こう。あの状態はまずいと思う」と、まぁここは本当の気持ちを乗せて言う。それを聞いたクロズクメは「ああ――」と言いながら緑守の後を追った。
そして彼らが駆け出して、少ししてから、通路の突き当りについて、そのドア……、はなかった。ドアは破壊されて、その部屋の隅に追いやられていた。
鉄でできたドアの中心が鳥の足の形に凹んでおり、そのまま吹き飛んだかのように部屋の隅でご臨終していた……。部屋の内部はよくある手術室のような風景で、棚や机には、血がついた医療機器や薬剤が置かれていた。アルコールの刺激臭がきついことも言っておこう……。
それを部屋の外から見ていたクロズクメは、ドアを見てぞっと青ざめながら見ていると――
「さっさと僕の手を直せっ!」と、声を荒げながらランディは、目の前にいる小柄な老人に向かって叫んでいた。だんだんっと、その足を踏みつけながら。
それを見ていた老人はふぅっと溜息を吐きながら「喧しいのぉ」と言いながら、ランディを無視して散らかってしまった薬剤を拾った。
ランディはその光景を見て、さらに苛立ちを募らせたのか――
「おいじじぃっ! 僕を無視するなっ!」
「無視などしとらんよ」
と言いながら、小柄の老人はすっと立ち上がって、ランディを見た。
小柄と表記したが、本当に小さい老人で、身長は八十五センチで白衣を着た大きなメガネが印象的な老人だった。抜けてしまった坊主頭に長く伸ばした白いひげがトレードマークと言わんばかりに、そのひげを三つ編みにして赤いリボンで可愛くまとめられていた。
それを見ていランディは不釣り合いな老人を見下ろしながら――だんっと一回地団駄を踏んでからこう声を荒げた。
「今すぐ僕の手を直せ」
「はぁ?」
老人はランディの腕を見て、そしてランディを見上げてから「お前さんは脳味噌が小さいのかのぉ」と言いながら、彼はランディのなくなってしまった翼を、手を――手に持っていた松葉杖を使ってとんとんっと叩くと――老人はこう言った。
「お前さんの手は――冒険者の詠唱によって腐敗して使い物にならなくなってしまった。両手を失って自棄になってしまったのか?」
「ならば他の肉体とつなげろ。僕は死霊族だ。できるんだろう……? 『
ランディは老人――ダグディラットに向かって、じろりと睨みながら言う。
それを聞いていた緑守はその老人を見て――彼は思った。
(二つ名を持つ死霊族。もっとも……、『屍科医』は悪口に相当するものだが……、それでもこの男の技術は縫合士以上の才能を持っている。死霊族がこうして生きながらえてるのも、この男のおかげでもある……)
死霊族は確かに、血は出ない。そして心臓が別の場所にある一族。
それはひとえに、死体を使っているからであり――無限の命ではない。
その命のリミッターとなっているのは――依り代の死体。
簡単な話。依り代の体は普通にその場に放置すれば……、腐るだろう。
その腐敗が進み、体が使えなくなってしまえば元も子もない。心臓だけが残り……、最悪壊されたりしたら草葉の陰で笑いものにされるだろう。それを無くするために――死霊族は二つの方法を使って生き永らえている。
一つは肉体を新しいそれに取り換える。まるでとあるヒーローがしている光景ではあるが、その方が死霊族にとって効率がいい。肉体の老いや腐敗が一時的だがなくなる。それは魂にとっていいことなのだ。
しかし中にはこんな死霊族もいる。
この体は使い勝手が言いから、長く使いたい。
その悩みを解決するために、ダグディラットがいるのだ。
ダグディラットは死霊族の死体に、腐りかけた死体をくりぬいて、そこに新しい死体の破片を縫い合わせることができる。
まさに医者にしてマッドサイエンティスト。
ランディやクロズクメは後者に当たり、クロズクメはキメラプラントから奪った腕を、しっかりとなくなってしまった手に縫い合わせていた。
ランディも翼が欲しいと言い、今回は特にそれがひどかった。それを見ていた緑守は、何があったのだろうと思いながら見て聞いていると――ランディはダグディラットに向かって――足を上げて、その足の指でダグディラットを指さしながらこう言った。
「つべこべ言わずに早く直せ。僕は急いでいるんだ」
「はぁ? 何を急いでいるんじゃ。お前さんあの小僧に言われたじゃろうが『お前は使えない』と」
「それでも僕は急いでいるんだよっ! 早急に戦える体にしてくれっ! 出ないと……っ! あの犬男たちを見失ってしまうっ!」
それを聞いた緑守は、犬と言う言葉を聞いて、ふと思い出した。
そう、そうだ。そう緑守は思い出して、先ほど会った蜥蜴人の集落でそんな犬の亜人を見た。近くにはガザドラ。そして――
ハンナがいた。
(…………そうだ)と、緑守は思った。
目から鱗と言った方がいいだろう。
今までザッドの命令に従うがまま動いていたが、変則的に動いた方がいいのでは? そして自分の眼でその情報を入手した方がいいのでは? と思ったのだ。
更にこう思った。
(こんな風にちまちまと情報を入手しては、ザッド様に大きく貢献できない)
そう思った緑守は、ランディに向かってこう聞いた。
「ランディ!」
「あ? あぁ……、リョクシュか」
ランディは苛立ったように言ったが、すぐに緑守を視認した後、後ろにいたクロズクメにも気付いて「お前もいたのかクロズクメ」と、少し驚いたような音色で言う。
しかし緑守はランディのその驚きを無視して――彼の肩を掴みながら慌ててこう聞いた。
「お前……、さっき言っていたよな? 犬男を見たって! そいつは冒険者かっ!?」
「当り前だっ! 僕の腕を壊した張本人さっ!」
「なら――その集団はどこにいるんだっ!」
その言葉にランディ達は首を傾げた。しかし緑守はそんなことなど無視し、彼は己のために、自分が慕う上司のために急いでいたのかもしれない。
それを見て驚きながら、ランディは引き攣ったかのように苛立ちながらこう言った。
「――砂の国の……、国境の村だよ……っ!」
それを聞いた緑守はにっと笑みを浮かべながらダグディラットを見下ろし、「私からもお願いします」と言って彼は崩れた笑みでこう言った。
「ランディのことが心配でしたら、私も一緒に向かいます。どうか――ランディの腕を直し、敵を討たせてあげてください」
(ザッド様のために、私はその身を捧げる……っ! そのためにはどんな手を使ってでも、ザッド様のために動くだけだ。私は――そのためだけに生きている)
◆ ◆
元鬼族にして、現在は『六芒星』の一人にして死霊族の緑守。
彼がハンナ達と相対する時が、どんどん近付いてきていた。
ランディの大きく膨れ上がる憎しみを利用して――彼は動く。
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