PLAY35 小さな光、膨張する憎しみ ③
「幹部が、四人……?」
ザッドの前にいた一人の部下が、驚き交じりに慎重にザッドに聞く。
「あ、あの……、部下である私の質問……、お許しください」
「結構ですよ。何でしょうか?」
ザッドは部下に向けてニコリと微笑みながら聞いた。
そんなザッドの顔をしっかりと見た部下は「は」と小さく返事をしながらこう言った。
「『六芒星』には幹部が六人いたはずです。しかしザッド様は四人と言いました。ガザドラ様は確かに己の口で抜けることを宣言しました。ガザドラ様の配下だったその部下達も失脚しました。しかし……、ザッド様の言うことと今回のことでは……」
「あぁ。そうでした。我としたことが――」
ザッドは大袈裟に『あぁっ』と言いながら、顔に白い手袋で覆われた片方の手で顔を覆い隠すようにした後うっかりと言わんばかりにこう言った。
「実はですね。あなたに偵察を頼んだ後……、オグトを幹部から降格させました」
「っ! なんと……っ! あのオグト様を……っ!」
「あの自己主義にして人を食事としか思っていない単細胞の
ザッドは部下の言葉を、あえて訂正させるようにして言った。それを聞いた部下はぐっと口をきつく閉じ、ザッドを見る。
一応言っておこう。
彼はザッドの忠実な配下。
ゆえにザッドの言葉に苛立ちを覚えたのではない。
そのような言葉があったのか、やってしまった。ザッドに訂正を貰える嬉しさと、己の言葉の箪笥の量に苛立ちを覚えた。
それが顔に――口に出てしまった。
部下はザッドに対して頭を垂らしながら「申し訳ございません。ザッド様に修正をもらえるなど」と、感謝と詫びを込めた言葉を言うと、ザッドは
「オグトは己の力である『食』で、食べたものの力を得。そして回復をすると言った……、食べたら強化と回復ができるという魔祖を持っています。しかし彼の人格……、いいえ。人食鬼族は鬼の派生……、悪食の種族にして、人間や他種族を食事と言う目線でしか見ていない。力はあるのに人格がダメでした」
「……確かに、部下の負傷が絶えない状況でした」
部下が言葉を選びながら言うと、ザッドは「だからです」と言って――
「オグトをこのまま置かれてしまうと、我らも食べられてしまう。そう思い、ついさっき降格させました」
と言った。
本人はあまり気乗り……、否。理解ができないといわんばかりに苛立っていましたけどね……。
ザッドはくつくつとオグトの無様な顔を思い出したのか、口元に手を当てながら笑いを堪えていた。それを見ていた部下はおずおずと――
「そんなに無様だったのですか……?」と聞くと、ザッドは「いえいえ」と言いながらふーっと、深呼吸をするように息を吐くと……、彼はくすりと笑いながらこう言った。
「いえね……。とある国では、豚人族が悪食で、何でもかんでも食べてしまう種族と言われている国があるのです……。鉄やゴミ。あろうことか人肉を。他にも色んな諸説がありましてね。今の我とその種族では、まるで真逆。そう我は思ったのですよ。知っての通り――我は小食のベジタリアンですからね」
「……確かに、そうですね。そのことを思い出していたのですか……?」
「えぇ。お恥ずかしい限りですが……、オグトの方が豚人族にふさわしいと思ってしまいましてね……」
「……ザッド様の言う通りですね」
「ふふ、ありがとうございます」
その話をして、ザッドは部下の顔を見て、再度こう聞く――
オグトの話から、今度は『六芒星』を抜けたガザドラのことに関してだ。彼は聞いた。腕を組みながら、神妙そうに彼は聞く。
まるで、惜しいものを失ったかのような……、少しの喪失感と不安が入り混じった顔だ。それを見た部下は再度緊張を張り詰めて聞くことに専念した。
「ところで、あなたの偵察に狂いがないのは重々承知の上です。しかしもう一度問います。それは本当ですね……? ガザドラが『六芒星』を抜けたのですね……?」
「はっ。まごうことなき事実です。なにせ、偵察していた私に聞こえるように、大きな声で叫んでいました。あれはきっと……」
部下の言葉を聞いて、ザッドは「ふむ」と豚の顎を撫でながら、少しばかり考えを巡らす。そしてすぐにその答えは出た。ザッドは部下を見下ろし――そしてこう言った。
「……あなたの存在に、気付いていましたね」
「……申し訳、ございません」
低く、そして後悔と己の傲慢さ、そして怠慢を悔やむように、部下はぐっと頭を下げ、握りこぶしに力を入れる。
それを見たザッドは「いいですよ」と、優しく語り掛け――彼は言った。<PBR>
「ガザドラは竜と蜥蜴の血を引いた混血族。たった一人しかない種族です。しかも彼は魔力索敵に長けています。あなたの体から僅かに出る魔力を感知して、堂々と宣言したのでしょう。しかしそれは彼ゆえの才能でしょう。それを見込んだうえで――『六芒星』に入れたのですから……」
逆にそうでないといけません。
そうザッドは言った。それを聞いた部下は「確かに……」と言って、彼は己の記憶の中にいるガザドラを思い浮かべながら、懐かしむようにしてこう言った。<PBR>
「ガザドラ様は部下からの人望が厚いお方でした。種族問わず、ガザドラ様の配下になりたいものが後を絶たないものでしたからね……」
「ええ。彼の人望は確かなもの。己の境遇と重ねて、どんな種族でも構わず手を差し伸べてしまっていたのかもしれませんが……、その人望と、『六芒星』にはいらぬ優しさで、部下たちが多く集まったのも事実。異国で聞く『すかうと』と言うものでしょうね。彼はそれがうまく、『六芒星』の幹部の中でも優しいと評されていました」
「お優しいのでしたら――ザッド様もお優しいです」
部下はすっと仮面を取り払い、そして頭を覆い隠していた布も取り払った。
布を取り払った瞬間――ぱさりと靡く白銀の長髪。それは頭の上で一つに縛られているが、それでも腰まである長さだ。縛っているところに黒い鉱物をつけた髪飾りに、ほんのり褐色の肌に、額にある数字の一の痕が残っている……。整った顔立ちにみだりの目元にあるなきほくろが印象的な、黒い瞳孔の持ち主が、ザッドを見て、尊敬のまなざしで彼を見上げながらこう言った。
「私のような落ちこぼれを、国が滅び、そして死にかけの私を――死霊族として繋ぎ止めてくださいましたあなた様も、お優しい方だと私は思います。そうでなければ、私はここにおりません」
その言葉を聞いたザッドは、一瞬だけ目を点にして、ぽけ……ん。と呆けてしまったが、すぐにおほんっとえづいてから――
「そう思っていただけると安心ですね」と、言った。
部下はそれを見て、きっと照れているのだと和みながら思っていると……、ザッドは部下を見て、真剣ではあるが、優雅な佇まいを重んじながら、彼は笑みを浮かべながらこう言った。
「それでは、今回の報告ご苦労様です。引き続き――」
と言って、すっと指を差しながら彼はこう言った。部下に向かって、彼は部下にしかできないことを言ったのだ。
「あなたはすぐにでも死霊族の根城に戻り――さらなる情報を入手するのです」
それが、あなたにしかできないことです。
そうザッドは言った。
それを聞いた部下はこくりと頷き、そして音を立てずに立ち上がった後、彼はそのまま頭を下げて――ザッドに向かってこう言った。
「ザッド様から賜った任――必ずや完遂いたします」
そう言って、彼は頭を上げようとした……。しかし、もう少しで顔が見える。と言うところで、彼は頭を上げることを一旦やめ、その状態で、ザッドに聞いた。
「……もし」
それは……、この任以外にできることがあるか、そしてザッドのために、己を救ったザッドのために、何か役に立てることはないか。そう思った末の……、わがままを、彼はザッドに向かって言った。
「……もしですが、私がその幹部の穴埋めができれば……、そのオグト様とガザドラ様の」
「あなたでは無理でしょう」
しかし……、ザッドははっきりとそういった。それを聞いた部下は、俯いた状態で、ぎゅっと下唇を噛みしめた……。そんな状態でも、ザッドは続けてこう言った。
「『六芒星』の幹部は魔女でないといけない。それは『六芒星』のリーダー、総帥が決めたルールでのあります。それを破ること……、それすなわち死刑です。あなたのことは重々わかっております。鬼の一族の生き残り。あなたが我らことを考えて言ってくれるのは、大変喜ばしいことです」
しかしですね。
と、ザッドは部下に歩み寄りながら――ぽんっと部下の肩に手を置いて言った。
ザッドは部下よりも大きい。
身長は二メートルを超えているので、部下から見ればザッドを見上げるような体制になってしまうだろう。
それでも部下は顔を上げず、ザッドの言葉を待った。
ザッドはそんな彼の顔を見て――微笑みながらこう言った。
「あなたにしかできないことを任せているのです。それだけでも、この『六芒星』に貢献している。あなたにしかできないことです。あなたのおかげで、敵の動向を素早く察知することができるのですよ」
胸を張りなさい。
そうザッドは言い、ザッドは続けて彼を勇気づけるように――
上辺の激励の言葉を投げかけた。
「我は――あなたのことを信頼しています。その信頼に応えるためにも、もっともっと、我のために、『六芒星』のために尽力してください」
その言葉を聞いた部下は、頭を下げた状態で、目を見開いて、そしてぎゅっと目を瞑った後、ぐっと唇を噛みしめて――「はっ!」と、再度ザッドや他の『六芒星』のために尽力を尽くす意思を固めて、彼は顔を上げて、そしてザッドを見上げて、決意を新たにした部下はこう言った。
「『六芒星』のために、この世を変えるために――
それを聞いたザッドは「ええ。気を付けて」と言って、頭を下げて、くるりと踵を返すように歩みを進めた部下――緑守の背中を見送りながら、彼は手を振って微笑んでいた。
緑守は少し歩いた後、闇に溶けるようにその場から消えてしまった。
それを見て、ザッドは振っていた手を止め、降ろした後、一人しかいなくなったその場所を――
「おーおーおー。よくもまぁそんな上っ面なことがポンポン言えますなー。豚旦那」
ではなかった。
ザッドの背後から音もなく出てきた『音』の魔女――オーヴェンは、かつん、こつ、かつん、こつと、不規則な足音を立ててザッドに近付く。
ザッドはそんな彼を横目で見ながら、彼はオーヴェンの足元を見た。
オーヴェンはオグトによって右足が欠損していた。しかし今現在、彼の右足は鉄の棒となり、歩くことができる足となっていた。
よくある松葉杖のような足だ。
その足を見ながら、ザッドはオーヴェンに聞いた。
「その足は……?」
ザッドの言葉を聞いて、オーヴェンはその足を上げながら、「あぁ」と、思い出したかのような言動でこう言った。
「ちょっと闇の知り合いに頼んでな。何回か三途の川が見えたぜ」
「それは苦労しましたね。そうした張本人は、すでに別の場所に向かわせ、永久労働をさせていますよ」
「鬼だねぇ……豚旦那は」
「その豚旦那はやめなさい。我は」
「でよぉ」
と、オーヴェンはザッドの言葉を遮るように、あっけからんとした表情で彼は聞いた。
「お前も役者だねぇ」
その言葉にザッドは面倒くさそうに溜息を吐き、こほんっと口元に手を添えながらえづき「一体何を?」と聞くと……、オーヴェンは緑守が消えた場所を一瞥しながら言った。
「村殺しの張本人に忠誠を誓うって、どんな気持ちなんだろうねぇ」
それを聞いたザッドは一旦オーヴェンを見る。冷たく、そして静かに燃える炎のように……、ザッドはオーヴェンを睨みつけた。
それを見たオーヴェンは、にっと――犬歯が見えるような笑みを浮かべて……、彼はこう言った。
「おれだったら無理だわ。何せ村を壊した張本人に忠誠を誓って、それで死霊族になってまで二重スパイをやらせるって、すげー重労働じゃんかっ! ははは! おれだったらむり! 絶対無理!」
けらけらと笑いながら言うオーヴェン。
それを聞いてザッドはオーヴェンを見ながら……。
「ですが――彼は利用する価値があります」と言った。はっきりと言った。
それを聞いたオーヴェンは、おっと驚きの声を上げながらザッドを見て、ザッドの眼を見て彼はこう聞いた。
「利用ねぇ……。なんでそんなにあの鬼の落ちこぼれを気にかけるんだ?」
まさかそっち系……? などと冗談交じりに言うと、ザッドはきっぱりと、苛立った音色で「違います」と言うと――彼は続けてこう言った。
「鬼は魔力を感知することに長けている種族。ガザドラのような曖昧なものではなく、
「利用するしかない。ってことね……。あーあ。なんて外道な豚さんだ」
そうオーヴェンが言うと、ザッドはくっと、鼻で笑いながら、オーヴェンを狂気的な笑みで見ながら、彼はこう言った。
「そうでしょうが――希少にして珍しい鬼の一族。うっかり滅ぼしてしまいましたが、運よく一人生き残手って幸いでした。天気の力は恐ろしい。人ですら殺してしまうのですからね」
「………………そうかい」
オーヴェンはふぅっと溜息を吐き、頭を掻きながら言った。
その表情には『やってられねぇ』という感情が見えそうな呆れ顔だった。
そんな会話がされていたことなど知らない緑守は、ふと目の前にある大きな洞窟を見つめ、その洞窟に歩みを進めた緑守。
歩いている最中ところどころから聞こえる怨念じみた声が聞こえてきたが、緑守はその声に耳を傾けずに歩みを進めた。
その最中、彼は歩みを進めながら、先ほどあった出来事を思い出していた。
そして思った。
(ザッド様は、私に希望を見出してくれた小さな光だ)
(その光のためならば、私はこの手を汚してでも、あのお方に忠誠を誓う)
(それが、私にできる唯一の任)
(外にいる『大天使の息吹』の力を持つ女とその仲間の監視。死霊族の頭を討つ。そのためにはまず敵を欺く)
(『六芒星』の未来のために、私は――ザッド様にこの救われた命を、使うのだ)
そう思いながら彼は深い深い闇に向かって歩く。
すると――ふわりと闇が晴れた。
目の前に広がるその光景を見て、彼は「着いたな」と言って再度歩みを進めた。
彼が向かう先にあったのは――大きな古城だった。
蔦が城を絡めとり、ところどころの城壁が壊れている……。まさに古城だった。
そこはゲームで言うところの隠しダンジョン――『怨念集いし古城』
――死霊族の根城となっているダンジョンでもあった。
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