PLAY35 小さな光、膨張する憎しみ ①

 少し遠くで、集落の復興の材料となる木を集めて加工している蜥蜴人の人達とシャズラーンダさん。


 ザンバードさんは良質な材木がどこにあるのかをヘルナイトさん達に伝えて、アキにぃや他のみんながその場所に向かって材木を切っては持って来てと言う作業をしていた。


 簡単に言うと……、復興作業を手伝っていた。


 でもシャズラーンダさんは私達にこう言っていた。


「ただでさえ儂等の集落の者達を救い、そして儂の我儘を聞いてくれた。もうこれ以上のわがままは許されないと思っているのだが……、最後に一つだけ……。少しばかり材木を集める手伝いをしてほしいのだ。それからは儂等の問題だ。色々と迷惑をかけた」


 それを聞いた私達はザンバードさんから聞いた良質な材木を集めるために、少数編成でその材木集めをしていた。


 その中に私は含まれていない。


 アキにぃとシイナさんも含まれていない。


 二人は『六芒星』の見張りをしていたから、その中には入っていなかった。


 私は今、日陰となる木の下に座りながら――膝の上で気を失っているガザドラを寝かせ、その復興の風景を見ていた。


 なぜこうなっているのか。


 それはガザドラを石化した直後に遡るけど……、簡潔にまとめるとこうだ――



 □     □



 ガザドラが石化した後……。


 シャズラーンダさんは私達に駆け寄りながらお礼を述べていた。


 それはもうこれ以上の喜びはないような、そんな気持ちを乗せて、頭を下げていた。


 それを聞いていた私は、ヘルナイトさんを見上げながら「そんな……、私は何も」と言ったけど、シャズラーンダさんがそれでも頭を上げずにいた。


 それを見ていたシェーラちゃんと戻ってきたアキにぃ。


 ザンバードさんはそんなシャズラーンダさんを見下ろしながら……、疑問を口にした。


「兄者……、それは一体、どう言うことなんだ……? あの男は『六芒星』……。敵なのだろう?」


 その言葉を聞いたシャズラーンダさんは、そっと頭を上げて、そして私達に向かって――ガザドラとの関係、更にはなぜ一人で相対したのか――その真実を口にした。


 ガザドラはとある高位の竜族と、蜥蜴人との間に生まれた亜種にして新種の種族だった。いうなれば混種だった。


 そんなガザドラ……、ううん。ガザドラを餌にするように、ガザドラの父の弟が、蜥蜴人の重鎮達にその二人を見せしめにして、ガザドラと言う種族を滅亡録に記そうと企てた。


 でも、シャズラーンダさんは、断った。


 断る理由なんて簡単だと、シャズラーンダさんは言っていた。


 その目論みに、邪な感情を感じた。


 兄を陥れるために、そして……兄に嫉妬していたからこそ、外道の道を滅亡録と言う書物で隠して謀殺しようとしていた。


 異種である息子を滅亡録に記したら……、すべて計画通りだと。


 シャズラーンダさんは思っていたから、ガザドラのことを知っていたから断った。


 他の四種族は滅亡録の記入に対して受け入れるように頷いていたけど、シャズラーンダさんは断っていた。


 でも……、その竜族の弟は、シャズラーンダさんにとあることを言った。


 もし断り続けるのであれば……、お前の大切なものを――我が権力で握り潰そう。と……。


 その言葉を聞いてしまったシャズラーンダさんは……、言葉を失い、絶句し、そしてふと頭に浮かんだザンバードさんや奥さん、そして集落にいる蜥蜴人達のことを思った瞬間……。


 シャズラーンダさんは、無意識……、ううん。苦渋の決断を……、頷くという選択肢をした。


「ずっと……、後悔していた。もし儂があそこで頷かなければ……、もしかしたら未来が変わっていたのやもしれない。だがもう遅かった。儂は、幸せな家族と集落の者達を天秤にかけ、集落を優先してしまった非道な奴だった。応援していると言っておいて……。口先だけの村長で、族長だった。きっとあの小僧のことだ。儂や父の弟に復讐するために、儂等を殺しに来ると予測はしていた。ゆえにその命を捧げる覚悟をしていた。それであの小僧の気が済むのであれば……」


 シャズラーンダさんがそう言った時だった。


「それって――ただの自己満じゃない?」


 ジルバさんはシャズラーンダさんの前に出て、真剣な音色でシャズラーンダさんの顔を見てこう言っていた。


 腰に手を当てながら、ジルバさんは真剣で、それでいて冷たい音色でこう言った。


「それで自分が楽になるからそうしたかっただけだヨネ? 俺はそんなの、ただの自己満としか思わないし、それを正しいと思っているのなら、俺はあんたを切り殺したいヨ」

「っ」




「償いたいのなら……。もっと抗ってから死ネ」




 シャズラーンダさんを指さしながら、ジルバさんは赤いもしゃもしゃを出して、怒りの音色でそう言った。


 それを聞いたシャズラーンダさんがぐっと息を飲み込むと、ゆっくりと頷いた。


 ジルバさんはそれを見て、すっとその場から離れてどこかへ行ってしまった。


 それを見ていたシェーラちゃんは……、肩を竦めながら首を傾げて――


「たまに、あいつが何を考えているのかわからないわ……。突然怒ったりとか、自棄になることは滅多にないのに……」


 いつも笑っている小馬鹿にしている野郎だけど。


 シェーラちゃんは言っていたけど、最後の言葉はジルバさんが聞いたら傷つくと思うよ……。


 その時の私はそう思っていたけど、私は再度ジルバさんを見る。


 ジルバさんの背中は、大きくて頼りになる背中だったけど……、どこか悲しいそれを漂わせている……。


 怒りのもしゃもしゃの中に、かすかに見えた青いもしゃもしゃ。


 ジルバさんは怒りながら、何かを悲しんでいた。その理由はわからないけど……、ジルバさんはきっと、誰かとシャズラーンダさんを重ねていたんだ……。


 その誰かが誰なのかは、私にもわからないけど……。いつか聞いてみよう。そう私は思った。


 そのあとザンバードさんに励まされ、シャズラーンダさんはガザドラさんが連れてきた部下達に向かってこう聞いた。


「お前達……、帰る場所がないのだろう?」


 その言葉に、『六芒星』の部下達は武器を構えながら身構えていた。


 それを見て、ザンバードさんは手をかざそうとしたけど、シャズラーンダさんのそれを制して、そして部下達言った。


「ならば――。儂が集落の者達に事情を説明する。行くところがないのならば、儂がお前達を受け入れよう。ここにいるもいないも、お前達次第だが……」


 その言葉に、部下達はガザドラを見て――一人の部下がこう言った。


「……ガザドラ様は、私達のような外れ者を受け入れてくださった。我らはガザドラ様に忠義と、そしてこの命を捧げると決意した。ゆえにお前の言葉を聞く筋合いはない。ガザドラ様が目覚め次第……、ガザドラ様の意思に従う」


 ということで、部下達はアキにぃとシイナさんに見張られているけど、じっとその場で座って固まっている。


 アキにぃはシイナさんに笑いかけながら (なぜか黒い雰囲気を出している) 話していた。シイナさんはそれを見てびくっと肩を震わせて、あろうことか尻尾も震わせていた。


 私はそれを見ながら首を傾げながら、大丈夫かなぁっと思ったけど、アキにぃのことだから大丈夫だろうと思い、私の膝の上で寝ているガザドラを見下ろす。


『石化』を解いた後、ガザドラは息を引き取る瞬間だった。


 私はそれを見て、すぐに『蘇生リザレクション』をかけて蘇生を手伝った。


 するとガザドラはげほっとえずいて息を吹き返したのだ。


 それを見た私はほっと胸を撫で下ろしたけど……、なぜだろうか……。


 シャズラーンダさんやザンバードさん、部下の人達は私を見て、驚きの目で口をぽかんっと開けて固まっていたけど……、私、一体何をしたのだろう……。


 そう思っていると……。


「う」

「!」


 膝の上で、もぞりと何かが動いた。


 それを感じた私ははっとして、膝の上を見下ろす。


 ナヴィちゃんも私の肩に乗りながら見ていると……、膝の上で意識を取り戻したガザドラが、ぼやける意識の中で私を見上げて……。


「……きさ、ま……は」と、途切れ途切れに言った。


 それを聞いた私はガザドラを見下ろして、にこっと、控えめに微笑みながら――


「もう大丈夫です。傷も全部なくなりました」と言った。


 それを聞いたガザドラは、ようやく今の状況を理解したのか、手をついて起き上がろうとした。


「な、なぜ貴様……っ! を――っでっ!」


 でもガザドラはまだ体のどこかが痛むのか、びくりと体を震わせると、そのまますとんっと私の膝の上に後頭部を乗せて、ぐぅっと唸った。


 すごく痛そうな顔だ。


 私はそんなガザドラの額を撫でながら……。


「まだ動かないでください。私のスキルは傷だけを治すので、きっと内臓までは」


 と言った瞬間だった。


 ガザドラは額を撫でていた私の手をがしりと掴んで、そのまま自分の目元を隠すように動かした。


 それを見て、私は首を傾げて、どうしたのかと聞こうとした時……。


「……なぜ、俺を助けたんだ?」


 ガザドラは聞いた。すごく真剣な音色で聞いてきた。


 それを聞いた私は素直に、そして正直に――


「私の意志もあってですけど……、シャズラーンダさんが言ったんです。殺さないでくれって」


 と言うと、ガザドラはその私の言葉を聞きながら、はっと鼻で笑いながらこう言った。


「族長、そして重鎮が考えることだ。己の保身と己の地位の欲しさゆえに、俺を殺さないでと言っておいて、あとで殺す算段だったのだろう。要はお前達も利用されたのだ。俺を殺すために、な」


 その言葉に、私は「違います」と、優しく、はっきりと言って――そのあとこう言った。


「シャズラーンダさんは、あなたに殺される覚悟でいました。それは、あなたが石化した後も、ずっとその気持ちでした。死のうとしたんですよ。あなたのために――」



「甘言を言うなっ!」



 ガザドラは、目を隠しながら声を荒げた。


 私はその言葉を聞きながらガザドラを見る。目元を隠しているガザドラを見下ろしながら、私はガザドラの言葉に耳を傾ける。


 ガザドラは荒げた音色で、だんだんと、水を含んだ音色で――こう言った。


「そんな虚言、誰が信じるかっ! お前もあの族長から聞いたのだろうっ!? 俺の過去を、俺がなぜこうなったのかも! 聞いたのだろう!?」

「はい」

「ならなぜ俺を殺さなかったっ!? 族長のその正義感溢れる意志に中てられたのか!? それならとんでもないお気楽なものだっ! あいつは結局、集落の者達を優先にして、俺を見捨てた! 俺を『六芒星』にした者だっ! 憎い、憎い、俺が、何をしたんだ……っ!? 俺はただ、父上と、母上と一緒に……、一緒に……、い、しょ……、に……っ!」


 最後はきっと、自暴自棄になって呟いているだけ。


 私の手を握る力が強くなるけど……、その手は微かに震えていた。


 私はその手を見て、掌に感じる湿り気を感じて、優しく――ガザドラを見下ろしながら、控えめに微笑みながらこう言った。


「その気持ち……、私は経験したことがありません。でも、記憶がないのと、目の前で殺されてしまうとでは、全然違うことはわかります。目の前で……、大切な人が消える、死ぬ光景は、想像したくないことだから……、突然の別れは、あまりにも悲しいです。それが、人によって作られてしまったものであれば……、それこそ苦しくて、悲しくて、憎くて仕方がないと思います」

「………………口だけならば……、誰だって言える……っ!」


「でも……」


 と言って、私は自分の手を掴んでいるガザドラの手に反対の手を重ねて、優しくこう言う。


 これは……、私の見解だけど……。きっとここに来たのはそうだろうと思い、私はガザドラに向かってこう言った。



「あなたは憎くて仕方がなかったシャズラーンダさんを、殺さなかった。ううん。きっと……、。だからシャズラーンダさんを殺そうとここに来た。最後にシャズラーンダさんと相対した時……、後悔や罪悪感から、自分の復讐を挫折しそうだった。それくらいシャズラーンダさんのことが大好きだった。大好きな人を最初に殺して、心残りをなくそうとした。でも、できなかった。そうですよね?」



 そう言ったけど、ガザドラは何も言わなかった。


 むしろ……、ぐっと蜥蜴の口を噛み締めながら震えている。


 それを見た私は続けてこう言った。


「大好きな、自分を見てくれた人を殺すことは……、覚悟をしてもできない。そのもしゃもしゃは……、あなたが暴走する前から見えていました。暴走したとしても、シャズラーンダさんを傷つけなかった。もう、。できなかった」


 きゅっと握ると、ガザドラの手がびくりと、震えた。それを見て、私はクスッと微笑みながら続けて言う。


「あなたは――優しい人です。優しい蜥蜴さんです。私にはわかります。部下さん達があなたを慕うことも理解できます。そして……、あなたは『六芒星』の人達とは全然違う」


 そう言って、私はガザドラの目元にある手をどかす。ガザドラの手も上にあげてしまうことになったけど……、それでも、その顔を見た瞬間、私は安心してにこっと微笑んだ。


 ボロボロと涙を流しながら、自分がしたことに対して悔やんでいるその顔で、ガザドラは私の顔を見上げていた。


 私はそれを見て、もう大丈夫と思いながら私は優しく、控えめに微笑みながらこう言った。


「だって――その涙と、その後悔のもしゃもしゃが……、何よりの証拠です。もう、大丈夫ですよ。あなたを一人にさせない」


 そう言うと、ガザドラはぐっと目を瞑った。それと同時に溜めていた涙がぼろりと零れる。私はそんなガザドラの頭を撫でながら、きゅっと手を握って泣き止むのを待つ。


 そして思った。


 あなたが優しいという理由が理解できた。あなたが部下達に慕われる理由が分かった。そして――もうあなたはシャズラーンダさんを殺さない。


 それが顔に出ていたから――私は安心した。


 もう大丈夫と、もうこの人は人を殺さないだろう。そう確信したと同時に――


 ふっと起き上がるガザドラ。起き上がったと同時にするりと握っていた手がすり抜けた。


 私は起き上がったガザドラを見て、「まだ横に」と言った瞬間だった。


 ガザドラは言った。


「部下達に話したいことがある。お前も来てくれ。俺――否、吾輩の、『を……、聞いてほしい」


 その言葉に私は一瞬目を点にしたけど、すぐにガザドラの言葉に頷いた。


 なぜすぐに頷いたのか……、それは自分でもよくわからなかった。でも直感が囁いた。


 聞いてあげてほしい。その人の言葉を――


 その直感を信じて私はガザドラの言葉を汲み取り、一緒に部下達がいるところに歩みを進めた。

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