PLAY34 『六芒星』幹部・ガザドラ ②

「……やはりな」


 そうシャズラーンダは力なく笑みを浮かべて言った。


 それを聞いたガザドラはぴくりと目元を動かす。


 すでに集落は崩壊しかけていた。


 理由は明白だ。


 ガザドラの魔法により、シャズラーンダに向けられていた鉄の槍は四方に四散して集落を破壊してしまったのだ。


 それほどの威力でガザドラはシャズラーンダにその攻撃を幾度となく仕掛けた。


 シャズラーンダは瘴輝石の力でなんとかその場を留めているが、地面は既に荒野のような崩れ具合だ。


 それを見て、シャズラーンダはじっとガザドラを見た。


 ガザドラは血走った目でシャズラーンダを睨みつけ、遠くで突き付けていた鉄の剣を向けながら荒い息遣いでシャズラーンダから目を離さないでいた。


 背後には部下達だろうが、彼等は背中に背負っている鉄でできた武器を抱えているだけで何もしない。


 何もせずに、ただじっとガザドラの背中を見ているだけだった。


 それを見てか、シャズラーンダは「かか」と笑いながら既に切り刻まれた大地と化した場所に力強いとは程遠い強みで足を踏み入れて彼は言った。


「流石は父の力を引き継いだ『鉄鋼』の魔祖。想像力も豊かで、こちらも驚きのあまりに動けずにいた」


 そんな軽い口調で、普段通りの堂々とした態度。


 それを見たガザドラはぎっと爬虫類特有の口を食いしばり、彼は握っている剣の柄を血管が浮き出るくらいまで握りしめながら……、彼は怒りを抑えるような音色で、こう言った。


 剣先がぶるぶる震えているように見えるのは……、錯覚ではなかった。


「なにを言っているのだ……、貴様……っ! 貴様はそれでも……っ! あの蜥蜴人の重鎮と言われた。あのシャズラーンダなのか……っ! 拍子抜けだ! 目覚めが悪くなりそうな落ちぶれた姿だなっ! 吾輩のこの力の前で……、『驚きのあまりに動けずにいた』だとぉっ!? ふざけるのも大概にしろ老いぼれめっ!」


 ざっと、一歩前に出るガザドラ。


 それを見たシャズラーンダははっきりとした音色で言った。


「これは――儂の本心だ。正直強くなった。そう儂は思ったよ」


 ……正直、その言葉は敵からすれば……、本当にバカにしているものとしか捉えることができない。だがガザドラはそれを聞いて、一瞬だけ目を見開いた。


 まるでその光景は……。


「ガザドラ様っ!」


「っ!」


 しかし……、ガザドラははっとして、横目で背後にいる部下達を見た。


 部下達はガザドラに向かって、嘆願するように、心から切実に願っているかのように――彼等はガザドラに言った。


「惑わされないでくださいっ! ガザドラ様っ!」

「このオスは私達の敵! アクアロイアに服従し、王都に通達した重鎮達の一人!」

「ガザドラ様も思い出してくださいっ! あなた様は特に重鎮の蜥蜴人共に……、復讐したいのでしょう? 《《己の家族を滅ぼした重鎮の長が》憎いのでしょうっ!」

「心を鬼にしてくださいっ! そして……俺達の無念を……、晴らしてくれ! 殺されてしまった同胞の無念を……っ! 晴らしてくださいっ!」





         『ガザドラ様っ!!』





 部下達は真剣な目で、そして切実に……、ガザドラに願っていた。


 彼らは内心、自分たちも参加したい気持ちでいっぱいだった。


 それはとある理由があってのそれだったのだが……、ガザドラはそれを断り、自分がすべてをい請け負う。


 お前達にさせては祖先に顔向けできないと言って、彼はこの汚れ仕事を請け負ったのだ。


「っ!」


 ――いかんっ! いかんぞガザドラよっ!


 首を横に振り、そのままどんっと己の胸に正拳を打ち込む。喝を入れたのだ。


 ガザドラはふぅーっと息を吐いた後……、背後にいる部下達に向かって、彼は言った。


「すまないな部下達よ! 吾輩はもう大丈夫だ! 安心しろ……。吾輩がこの族長を殺し、そして……」と言った瞬間、彼はぐっと、前に出していた足を踏んで――


 ダンッと駆け出し、シャズラーンダに向かって鉄の剣を振り上げた。剣先はどろどろと、スライムのように弾力をつけて蠢いていた。


 それを見たシャズラーンダは、ただ槍を構えたままガザドラを見据える。


 ガザドラはそんな真っ直ぐな目を見て……、もう何度目になるのかわからない歯軋りをして、彼は叫ぶ。


 己と、部下達の無念を晴らす意思を込めて――!



「蜥蜴人の……、竜族の……! そしてぇ! 滅ぼされたも一族達の無念を、このガザドラが請け負って晴らすっ!」



 そう叫んだ彼は、突き出した剣をシャズラーンダに向けると――ドロドロとなっていた剣先が形を作り、長い長い刺突剣へと姿を変えて、シャズラーンダの胴体に向けて突き刺さろうとしていた。



 ◆     ◆



 といういい場面で回想に入る。


 今回は『六芒星』のガザドラ編。


 彼の半生は――すでに狂っていた。と言った方がいいだろう。


 厳密に言うと……、ガザドラと言う存在が、ガザドラと言う種族が生まれた時点で、彼の人生はどんどんどん底へと転落していったのだ。


 ゆっくりと、水に落ちたリンゴのように。


 彼の種族を覚えているだろうか。


 彼は蜥蜴竜族リザ・ドラゴン。見たことがない種族だ。ハンナ達でも知らない。そして監視者でもあるエレン達でさえも知らない種族だろう。


 簡単に言うと、彼は父である竜族の魔女と、母である蜥蜴人のハーフであり、異種にして稀に見ない種族第一号だった。


 第一号と言うのは本当で、アズール創世記は三千年で、彼は竜と蜥蜴人の血を引いているがため、年齢は千二百歳である。


 人間年齢で言うと二十五歳であるが、それでも彼は、生まれた瞬間から、呪われているかのように迫害されて生きてきた。


 迫害されている理由は……、彼を生んだ親に原因があった。


 父であり、『鋼』の魔女であった竜族の父は、アズールの中でも高位の種族に値し、あの『英知の永王』と同等の地位にあった存在だった。しかし彼は――大きな罪を犯した。


 それは、万物の種族である竜が……。下級の種族である蜥蜴人に惚れてしまったのだ。


 その蜥蜴人は白い肌に、青い目をした奇麗な女性――否、美しい雌だったのだ。


 竜族の父はのちに、妻となるその蜥蜴人と駆け落ちをし、そしてガザドラを身ごもった。


 そしてガザドラを生んだ瞬間……、運命は歪み始めた。


 ガザドラは竜と蜥蜴の血を引いた。そして魔女の力を受け継いだ。だが……、彼は人間から、他種族から、同じ竜と蜥蜴人の種族から――迫害と言う名の疎外を受けた。


 穢れた血。


 竜の恥さらし。


 蜥蜴人の面汚し。


 異形の種族。


 そう言われ、最後には誰もが同じ言葉を、幼いガザドラに向けた。




「――消えろ」




 その言葉は、幼いガザドラにとって、心に無数の刃が突き刺さるのと同じくらい……、苦しくて、痛くて、なにより悲しさしかなかった。


 幼いガザドラは母に聞いた。


「なぜ僕は生まれてきたのですか?」


 その言葉に、蜥蜴人の母は――ガザドラをぎゅっと抱きしめた。泣きながら――抱きしめた。


 幼いガザドラにとって、その理由を理解することはできなかった。しかしのちにわかったのだ。


 竜族の父と、蜥蜴人の母は――禁断の恋をしてしまったのだと。その禁断の恋の結果が自分だと。自分が生まれてしまったせいで、父と母は両族から追われ、追放されたのだ。


 それを知ったガザドラは、確かに悲しいことがいっぱいあった。しかし悲しいことだらけではなかった。


 自分のことを愛してくれる父と母がいてくれた。


 そして……、自分のことを、強さを認めてくれた唯一の味方がいてくれたおかげで……、彼はそれほど悲しくなかった。迫害は苦しいものだったが……、それでも生きていける。


 そう彼は思った。


 真っ直ぐな道を進んで歩いて行ける。そう思っていた。


 思って……いたのだ。


 しかし……、運命は彼に味方しなかった。むしろ運命は、王都や人間の味方をした。否、こう言った方がいいだろう。



 運命は――滅亡録に味方したのだ。



 とある日のことだった。この日のことは、ガザドラ本人がよく知って、よく覚えていて、思い出したくない、忘れたい記憶の一ページだった。


 ガザドラは王都の路地裏で、家族三人でひっそりと暮らしていた。生計は貧しいものだったが、それでも家族三人いるのだ。うれしいことこの上ない。


 しかしある日のことだった。大雨の日だった。


 ガザドラはまだ幼いゆえに、家で親の帰りを待っていた。いつもなら夜には必ず帰ってくる親だったが……、それでも戻ってこない。


 ガザドラは親の言いつけ――『親がいない時に外に出ないこと』を破り……、彼はぼろ布を頭から羽織って、外に出た。


 しかし、それが絶望の始まりで、長い長い憎しみの日々の始まりだった。


 ガザドラは王都の広場に向かった。そこで、彼は見てしまった。


 見てしまったのだ……。


 己の親が、木で作られた十字架に磔にされて、見るも無残な姿となって、民衆のさらし者となって――


 否……、息を引き取っていたという言葉は、優しい言葉だ。




 彼の親は――殺されてさらし者にされていたのだ。




 磔の前に一人の竜族の男がいた。その男は背後に五人の蜥蜴人を引き連れて――雨に打たれながら王都の民衆に向かってこう叫んでいた。



「民衆よっ! このオスとメスはとある種族を生んでしまった元凶であり、恥さらしの種族であるっ! 右にいる竜族のオスは――左にいる下等種族である蜥蜴人のメスと下劣な恋に落ち、そして醜悪なる種族を身籠った! その名は竜蜥蜴族! すでにこの王都に侵入している! 皆に言う! その種族を見つけ次第、首だけにして王都に差し出せっ! すでに滅亡録に記載されることが決まった! 殺してでも構わない! 異端種族は殺せ! 殺すのだっっ!」



 それを聞いていたガザドラは……その人物に見覚えがあった。


 目の前にいるその竜族のオスは……、であり、のちにボロボ空中都市の大臣に当たる……、ディドルイレス・ドラグーン大臣だった。


 その姿を見たガザドラは、すぐにその場を後にし、追われる日々を送った。


 ガザドラはそれを見て、悲しさに暮れる日々を最初は送った。


 父と母が死んだ、殺された。それは幼く、そして無力に近かったガザドラにとって……、耐えがたい真実で、光景だった。だがそれはすぐに消えて……、次に芽生えたのが……。


 恨みだった。


 なぜ、自分なこんな運命を辿って生きて、そして死ななければいけないのか……。


 自分はただ……、ただ家族と貧しいが、それでも楽しく生きたかったはずだった。それを無残に壊した王都が、王族が、人間が、そして……、自分の家族を殺して王都に売ったディドルイレスと、背後にいた蜥蜴人の重鎮が……、許せなかった。


 ガザドラは逃げながら情報を集めていた。


 殺されそうになりながらも、返り討ちにして情報を聞き出した。


 そして――知ったのだ。親を殺した理由を、知ってしまったのだ。


 父と母を殺そうと提案したのは――ディドルイレスだった。


 彼は兄である父に異常な劣等感を感じていたが、蜥蜴人のメスと駆け落ちし、ガザドラを身籠ったことを聞いて彼は企てたのだ。


 兄に対しての復讐を――


 彼は蜥蜴人の重鎮にガザドラのことを話した。


 湿地蜥蜴人ウェットランド・リザードマン


 高地蜥蜴人ハイランド・リザードマン


 火山地蜥蜴人マグマード・リザードマン


 海底蜥蜴人オーシャンド・リザードマン


 砂丘蜥蜴人サンディランド・リザードマン


 五匹の重鎮に話し、ディドルイレスはとある提案をした。


『このままでは竜族も蜥蜴人も、異種にして異形の種族を生ませたということが広まり、最悪王都にも広まってしまえば……、私達は王族にその事実を出汁だしに奴隷として使われてしまうだろ。万物の竜族と、下級種族の蜥蜴人が恋に落ちることなどありえない。あの二人が異常だったのだ』


 そう言って、ディドルイレスは五人の蜥蜴人の重鎮に――とあることを言い出したのだ。



『そうなってしまえば元も子もない。ここは先手を打ち、我等が助かる方法を遂行しよう』



 それが……ガザドラの両親を殺し、王都に差し出してガザドラを異端児として殺す。


 そうすれば自分達に白羽の矢が立つことはない。


 ディドルイレスはそう言ったのだ。


 己の保身として、兄である父への復讐として……、彼は企てたのだ。


 最高級の復讐を――


 それを聞いて五人の重鎮は――その意見に頷いたのだ。


 ……。


 ディドルイレスはその反対した人物に聞いた。


 なぜ頷かないのかと。


 それを聞いた重鎮の一人はこう言った。


『己の保身のために、関係のない家族を犠牲にすることはできない。自分がその立場として考えた時、そのあとどうするのだ? まさか殺すためにその子を追い掛け回すのか? 儂にはそのようなことはできない。否――断じてしない。したくない。保身のために、己のわがままのために――その幸せな家族を壊したくない。ゆえにこの意見には賛同できん』


 そう言った重鎮だったが……ディドルイレスは彼にとある意見を提示した。それを聞いた重鎮は……、顔を絶望に歪ませた。そして――成す術もなく、彼は頷いてしまった。


 その意見に賛同することを……。


 結果――ディドルイレスは復讐を企て、成功を収めて……、彼はボロボ空中都市の大臣へと上り詰めた。


 小さな犠牲を材料に。


 そして……、ガザドラと言う名の『竜蜥蜴族』を、『滅亡録』に記載したのだ。


 たった一人のガザドラを……、小さなガザドラを……、己の欲と保身のために――生贄として捧げたのだ。


 ガザドラは知った。知って……、どくどくと、彼は憎しみを大きくさせた。


 ――許せない。


 ガザドラは思った。


 ――己の保身のために、父に復讐したいがために、俺を……、売った。


 ――その意見に賛同した蜥蜴人も許せない。


 ――その言葉に疑いを持たずに、己の保身しか考えていない王都の人間、王族が許せない。


 ――俺は生きたいだけなのに……、こんなのあんまりだ。


 あんまりだ。


 こんな運命――恨んでやりたい。


 そう思った矢先だった。


「こちらに来なさい」


 とある豚の種族が手を伸ばして言った。


 すでに大人の体となったガザドラに向かって――彼はこう言った。


「この世の在り方に異を唱えるのでしたら……、私と、いいえ……」と言い、その豚の種族の背後にいたエルフの男を見て……彼はこう言った。



「我々と一緒に――世界を壊して、変えましょう」



 あなたは――ここで死ぬ器ではありません。



 そう言って、豚の種族はガザドラに手を伸ばした。その手を見て、ガザドラは、迷いなどなく――その手を掴んだ。


 ――変えてやる。


 そう思い……、ガザドラは『六芒星』ガザドラとして悪名を馳せていく。


 しかし根は根で……、自分とは違うが、蜥蜴人のやり方、竜族のやり方に異を唱える者達を集めて、手を伸ばしていった。


 己と同じ運命を歩ませないために、彼は行き場を失った部下達の思いを背に、誓う。


 ――変えるのだ。


 ――俺が、変えてやるのだ。


 ――お前がした復讐の復讐返してやる。


 ――重鎮の蜥蜴人を殺し、最後にお前を……ディドルイレス……。お前を殺して、その首を世に晒し、世界の眼を変えてやる。


 ――まずは湿地帯の重鎮を殺し、それからが……、俺の、吾輩の復讐のはじまりだ!


 ――俺は……。吾輩は……。諦めないぞ。父上。母上。


 ――そして犠牲となってしまった部下達の家族よ。


 ――その無念を、今晴らしましょうぞ。


 ――ここにいる……。己の命が欲しい無能な重鎮達の首を手向けとして!


 ガザドラは固く誓った。ここにいるシャズラーンダを、そして他の蜥蜴人の重鎮を殺して、最後にディドルイレスを殺す。それこそが……、彼の復讐の終わりなのだ。


 復讐が終わった後も、彼は人を殺し続ける。


 世界が変わるまで……。


 自分と同じ運命を辿る同胞が、少しでも減るように……。


 そう願いながら……。



 ◆     ◆



 ――どしゅっ! ばたたっ!


 突き刺さる音と、地面に広がり飛び散った赤い液体。


 それを見た部下達は言葉を失ってその光景を凝視していた。だが――そのことを起こしたガザドラの脳内は、混乱の大嵐だった。


 それもそうだろう……。


 突き刺したのはガザドラで、彼はしっかりと、その作り替えた刺突の剣が、シャズラーンダの腹部の命中している。そう確信して、深く、貫通するくらい突き刺した。きっと背中からその刺突の剣が出ているだろう。そこから血が滴っているだろう……。


 だが、それが問題ではなかったのだ。


 シャズラーンダは、その場から動いていない。


 否――


 槍を構えても、それをガザドラに向けずに、その体制のまま……、ガザドラの攻撃を受けたのだ。


 ガザドラは突き刺して、その胴体に体当たりするくらいまで近付いたが、あまりにも予想だにしない行動を見て、感じて、目の当りにして……、彼は混乱していた。


 ――なぜ避けなかった?


 ――重鎮ならば……、吾輩の攻撃を読んでいたはずだ……。


 ――なら、なぜ……?


 そう思った瞬間だった。





               ぽふり。





 と……、頭にかかる重み。それを感じたガザドラは、はっと息を呑んだ。


 その重みの正体は――シャズラーンダだった。


 シャズラーンダはガザドラの頭に手を置きながら――ごふりと吐血する口で……。


「――すまなかったな」と、普段と変わらない音色で言った。


 それを聞いたガザドラははっとし、そして、その言葉に耳を傾ける。


 シャズラーンダは言った。


「あの時、ディドルイレスの話を聞いて、最初こそ、お前達家族のことを思って断った。断言した。しかし……、蜥蜴人も人間と同じように……、大切な家族を天秤てんびんにかけられてしまうと……、どうしても己の家族の方を優先にしてしまう……。儂はそれが心残りだった。己の保身のせいで、家族のことを考えた結果……、お前達家族を壊してしまった。すまなかった……」


 その言葉を聞いていたガザドラ。ただ茫然と聞いていた。


 剣を伝い、鍔を伝ったと同時に、滴り落ちるシャズラーンダの血。足元には……、シャズラーンダの血が水溜りのように溜まっていた。


 それでもシャズラーンダは言う。


「お前に恨まれても仕方ないと、儂は思う。それならば、儂はこの運命を受け入れようと思う。そしてこの集落に新しい時代の風を吹かせるためには……、老いぼれの存在は必要ない……」


 かかか。っと、シャズラーンダは力なく笑う。どろりと、口から零れ出る血が多くなっていた。その血がガザドラの体を、服を汚す。


 血の気がなくなった顔になっても、彼は――シャズラーンダはガザドラに向かって、頭に置いた手を乗せたまま、彼は言った。




「お前の気が済むのであれば……、儂の首を持っていけ」




 ガザドラはそれを聞いて、言葉を失いながらも、彼は理解した。


 シャズラーンダは、悔やんでいたことを。そして……、その罪滅ぼしとして、己の首を差し出す。


 そう……。



 死んでもいいと、言ったのだ。



 それを聞いたガザドラは……、ぎりっと歯を食い締まり、そして頬を伝う暖かい何かを感じながら……、彼は――



「――ううううあああああああああああああああああああっっっっ!」



 叫んだ。


 叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで、叫んで――一気に終わらせようと思った。


 自分のことを、強さを認めてくれた恩人を、この手でその命を刈り取ろうと、彼は決意した。


 泣きながら――決意した。


 しかし……。


「――『樹海フォレスト・オーシャン』!」


 ばきばきばきっ! と来た木の根の濁流。


 それを見たガザドラは剣から手を離して、飛び退きながらその場から離れた。


 だが、その背後にいたイブニングドレスの女性は、ガザドラに向かって――


「さぁさ踊り給う。我は聖なる踊り子の一員也――」


 ぶぅん、ぶぅんっと振り回す殴鐘。それを見たガザドラはその場から逃げようとした。しかし――



状態異常魔法ドラッグマジック・スペル――『足止めレッグ・スタン』」



 と言う声が聞こえたと同時に、ばちりと来た足の痙攣。それを受けたガザドラは顔を歪ませて膝をついてしまう。その間に、女の詠唱は続いていた。


「我、悪しきもの、穢れしものの断罪せし断罪人。罪深き愚かな罪人に、正義の粛清を与えよ」


 と言った瞬間、ぼんっと膨れ上がり、大きくなった殴鐘。それを軽々と振るい回し、女はその殴鐘を振り上げて、そしてぐっと一気に振り下ろす。


 ガザドラに向かって!



「――『鉄の処女の鉄槌コクーンメイデン・クラッシャー』!」



 ぐわりと振るい落とされる殴鐘。それを見たガザドラは動けない足を何とかしようとした時――


「ガザドラ様っ!」と、部下の声と共に何かがこちらに向かって投擲された。それを見たガザドラは目を見開いて――「かたじけないっ!」と部下に礼を言って、それを手に取った。


 それは――盾だ。


 ガザドラは盾を己の体の下に入れて、地面とサンドイッチにするように入れると、彼はそのままこう叫んだ。


「『鉄鋼創造スティール・クリエイティヴ――俊足発条ジェット・スプリング』ッ!」


 叫んだと同時に、でその窮地を脱出したのだ。飛んだと同時に、ずずずぅんっと大きな音を立てて振り下ろされた大きな殴鐘。


 周りの樹や地面が飛び散る。


 それを見て、ずたんっと盾をクッションのようにして落ちたガザドラ (だが結構痛い) 。そして周りを見て……、彼は目を疑った。


 そう、彼の周りには――冒険者でもあるキョウヤ達と、ジルバ達が武器を構えて、彼を取り囲むように立っていたのだ。


 尻餅をついて息を吐くシャズラーンダの近くにはハンナとキクリ。そしてその前には――ヘルナイトとシイナが前に立つとロフィーゼも加わって守りを固めた。


 それを見て、ガザドラはぐっと驚愕に顔を染めて――震える口でこう聞いた。


「な、なぜ……、戻ってきたのだ……っ!?」


 その言葉に彼の前にいた蜥蜴の男は「簡単な話だ」と、怒りを含んだ音色で言う。


「兄者を助けるのは……、弟である俺にしかできない。そして……、勝手に来て、不甲斐ない兄者を連れ戻しに来ただけだっ!」


 その声を合図に、キョウヤ、シェーラ、ブラド、ジルバ、セイントが武器を構えて――ガザドラを睨む。


 ガザドラはその言葉とこの状況に、怒りと混乱、己の不甲斐なさを呪いながら顔を歪ませていた。


 その光景を見ていたハンナは……ガザドラの感情を見て……。


 きゅっと、苦しそうに唇を噤んだ。

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