PLAY33 蜥蜴人の集落の魔女 ④

「ところで……、キクリは何であんなことを言ったのかな?」


 ヘルナイトが出ていき、ジルバは唐突にキクリに聞いた。


 キクリはそれを聞いてうっと苦虫を嚙み潰したような顔をして、彼女は小さく「思い出させないでよ……」と、珍しくマイペースな彼女が後攻に回されていた。


 先行はジルバである。


 ジルバはにやにやしながら聞く。


「でも、発端と言うか……、地雷? を設置したのはキクリちゃんでしょうが。そのせいでハンナちゃん傷ついちゃったのかもしれないしぃ」


 キクリはそれを聞いて、うーんっと唸りながら重い口を開けるようにこう言った。


「……、まぁ、団長さんって、いつもあんな感じでしょ?」

「あんな感じ?」


 キョウヤは首を傾げながら聞くと、キクリはヘルナイトのことを思い浮かべ、ふんっと鼻息を荒くしながら少し怒っている音色でこう言う。


「絵にかいたような紳士の鬼士っ!」

「まぁ……、それは、わかるわね」


 その言葉を聞いたシェーラはうーんっと唸りながら腕を組み、『六芒星』と対面した後のことを思い出して納得してしまう。不覚にも……。


 それを聞いていたアキとキョウヤは声を揃えながら不思議そうに「「だからどこでそんなことがあったんだ?」」と聞いた。


 ……その時の二人はそれどころではなかったので、あまり周りを見ていなかった。


 キクリはそれを聞いて指を立てながら彼女は言う。


「だからね……、よく他の魔王族の女の子とか、天族の女の子とかを助けたりとかしちゃって……、惚れちゃう女の子とかが多かったのよ。でも本人は全然気付いていない」

「……鈍感、なのね」

「ろ、ロフィさん……?」


 キクリの言葉を聞いて、ロフィーゼはむすっとした顔で冷たく言うと、シイナはそれを見てぎょっとしながらロフィーゼを見ていた。


 ブラドはそれを聞いて首を傾げながら――


「それとこれとでどういう……、あー」


 と、どういうことなのかと首を傾げていたが……、さっきの言葉を聞いて、それが合点してしまった。


 つまりサリアフィアは……、そういうことであり……。


「まぁ一応女神としての教示もあって、本人もそこまでの感情は抱いていなかったけど……、団長さんのことはで見ていたと思うわ。一応サリアフィア様の相談役だったし」


 そうキクリが言うと、一同がなるほど……、と思ったが……。それを聞いていたアキが「でも」と声を荒げながら――


「なんでハンナの前であんなことを」と聞いた。するとキクリは頭を抱えて、申し訳なさそうに……。


「うーん……、私の不注意だった……、と言うかまさかあんなことになるだなんて……」

「予想外だったみたいだネ」


 キクリの言葉にジルバはあらまぁっと言いながら腕を組む。


 まぁ確かに、まさかああなるだなんて誰もが思っても見なかった。


 人の心など読めない。


 一体どんなことを考えているかだなんて、表情で読み取らないとわからないものだ。しかしハンナはその表情の上がり下がりが乏しい。いうなれば感情の起伏があまりないのだ。


 ゆえにキクリも大丈夫かな……? という甘い考えを起こしてしまい、今回の予想外の展開を生んでしまったのだ。


 こればかりはキクリも謝ろうと思ったほどに……。


「でもよ」


 話を聞いていたキョウヤは足を崩して、そういえばと言わんばかりな表情で、みんなに言う。


「あんな風になったの、初めてだけどよ……。たまにはこういうのもいいんじゃねえか? 感情を爆発させて、話してすっきりすれば――きっと何とかなるとオレは思う。逆に更に仲良くなるかもしれねえじゃねえか」

『………………』

「なんでみんなして無言なんだよ。村長さんも無言になんなってっ!」


 キョウヤの言葉を聞いたみんなとシャズラーンダは、目を点にしてキョウヤを見て……こう思ってしまった。奇しくも、皆が同じことを思ってしまった。


 ――キョウヤはこの中でも一番まともだと……。


 それを見たキョウヤは、自分が言ったことに恥ずかしさを覚えてしまったのか、はたまた臭いと思ってしまったのか……、顔を赤くして怒鳴った。


 そんなみんながひと悶着をしている間……、肝心のハンナとヘルナイトは……。



 □     □



「はぁ……」


 あの時は嫌な気持ちが暴走してしまって、出て行ってしまったけど……、行くあてと言うか、どこに行けば一人になれるのかがわからなかった私は……、近くにあった池に腰かけて、その池の中にいる魚を見ていた。


 幸い、その池があるところは村の裏側と言う感じのところで、死角になっていたので、誰も来なかった。


 だから一人で悶々と考える時間を作ることができた。


 でも……、考えることは嫌なことばかり……。


 キクリさんは言っていた。


 サリアフィア様はヘルナイトさんのことを想い人のような目で見ていた。


 それだけを聞いて、キクリさんの見解の言葉なんだけど……、私は心がぐらんぐらんにグラついた。


 でも……、どうしてこんなぐちゃぐちゃになるような感情を抱いているのか、自分でも理解できない。それでも……、私は感じてしまった。


 胸をぎゅっと握ると……、まだじくじくと痛んでいる。


 今私は……、傷を負っている。それも……、まだ刃が突き刺さっているかのような、そんな痛みを感じている。


「……きゅぅ」

「! ナヴィちゃん……」


 今まで寝ていたナヴィちゃんだったけど、私の異変に気付いたのか、モフモフしているその体をこすりつけながら「きゅうきゅう」と鳴いていた。


 きっとそれは……、私のことを慰めているのだろう。


 そんな優しさを感じた私は、ナヴィちゃんを掌に乗せて、頭を撫でながら「ありがとうね……」とお礼を述べる。ナヴィちゃんは気持ちよさそうにしていたけど……。私は唐突に込み上げてきた感情が、目に集まるのを感じた。


 そしてその目にたまったそれを確認するために、池を覗き込むと……。


 私は、驚いてしまった。



 私は――泣いていたのだ。はらはらと、その悲しい感情を表すかのように……。



 目元をぐっと乱暴にふき取るけど、それでもぼろぼろとこぼれてしまう。拭っても拭っても……、零れだす涙。


「なんで……」


 私は無意識に、水を含んだ音色で言ってしまった。



「なんで……、止まってくれないの……?」



 なんで、こんなに苦しいの?



「――ハンナ」



「!」


 そんなことを思っていると、突然後ろから声がした。


 その声を聞いて、無意識に振り向いてしまったせいで……、私は内心しまったと思ってしまった。私を呼んでくれたのは――凛とした音色を持っているヘルナイトさんで、私は泣いたままヘルナイトさんに向かって振り向いてしまったのだ。<PBR>

 それを見たヘルナイトさんはぎょっと驚いていた。それを見て、私はすぐに目をそらしてぐっと目元をこする。それを見ていたのか、ヘルナイトさんは「どうした」と言いかけたとき――




「待って」




「っ!?」


 私は――制止をかけてしまった。


 それを聞いたヘルナイトさんは、驚いて足を止めてしまったようだ。私はそれを聞いて、どんどん青から赤いもしゃもしゃが出るのを感じて、私はそれを抑えながらもヘルナイトさんに聞いた。


「――なんで、ここに来たんですか?」

「それは……、君が出て行ったから見に来ただけだ」

「……私だったから、ですか?」

「? そうだが……、どうしたんだハンナ。さっきから様子がおかしい気がするが……」


 


 それを聞いた私は、どうしてだろうか……、なんだかむしゃくしゃしてきた。


 なぜだかわからないけど……、その時の私はむしゃくしゃしてて……、どうしてなのか、サリアフィア様のことが頭から離れなくて……、さっきの黒い言葉を思い出しながら……、私ヘルナイトさんに聞いた。


 なるべく……、怒らないように……。


「もし……、泥炭窟で出会ったのが……、サリアフィア様だったらよかったですか?」

「?」

「私じゃなくて……、サリアフィア様だったら、よかったですか?」

「……ハンナ?」

「……私じゃなくて、サリアフィア様だったら……、うれしかったですか?」


 その言葉を言ったところで、私はこの自分の感情が何なのか、なんとなくだけど理解してきた。


 私はそんな状態でも……、ヘルナイトさんに八つ当たりするようにこう言う。


「私が浄化の力を持っていなかったら、ヘルナイトさんは私に約束しませんでしたよね……? 優しい言葉を投げかけませんでしたよね? ……っ。それだけで」

「ハンナ」


 だんだんとだけど、ボロボロと流れる涙を抑えきれなくなってきた私は、そっと手で顔を覆う。それを見ていたナヴィちゃんは心配そうに鳴いていたけど、私はそのまま続ける。くぐもった声でこう言う。




「――浄化の力を持っていたら、誰でもよかったんですか……?」




 その言葉を言った時、ヘルナイトさんは何も言わなかった。


 それを聞いた私は、どんどん自分のもしゃもしゃが青く、そして大雨となって降り注いでいた。


 私は確信した。


 自分の中で渦巻いているこの感情を、恥ずかしいけど、なんだかむしゃくしゃして、それで八つ当たりしたいこの感情。なぜか私は……。



 サリアフィア様に――嫉妬していた。



 大切に慕われているサリアフィア様。そしてその顔を瓜二つの私。


 もしかしたら、私はその代わりなのでは? そんな言葉が頭の中をよぎって……、キクリさんの言葉が決め手と言うか、『あぁ……、そうなんだ』と、思ってしまった。


 いつも優しい言葉を投げかけていたのは……、きっと私が諦めないように、そしてサリアフィア様を救いたいから……、私にあの言葉を投げかけたんだと思ってしまった。


 私がいないと浄化ができないから……、諦めてしまったらそこで終わりだから……。


 ヘルナイトさんは優しい。


 優しいからひどい言葉を言わない。だからこそ余計にひどいと思った。


 余計に……、苦しくなって、今までその言葉に甘えてきた私が、いやになってしまった。だから、私は言ってしまったんだ。


 今まで優しくしてくれたのに、それを仇で返すような言葉を……、言ってしまった。


 最悪。


 もう……、最悪だ。私。


 すごく……、わがままだ。泣いても……、そんなの自業自得だろうと見捨てられるようなものだ。


 自分勝手に嫉妬して……、八つ当たりして……。


 もう……、約束を破られても仕方がない。自業自得だ。


 そう思った時だった……。


 ボロボロと泣いている私の背後で、足音が聞こえた。そしてすぐに――



「!」



 ぐっと、背後から抱き寄せてくれたヘルナイトさん。ぎゅうっと、両手で私を抱きしめながら……。



 そのおかげなのか、泣いていたそれが止まった。


 ナヴィちゃんはぴょんこぴょんこと跳ねながら「きゃきゃきゃっ!」とヘルナイトさんを見て怒っていたけど、ヘルナイトさんはぎゅっと抱き寄せながら――凛とした音色だけど……。


「……そこまで思い悩んでいたのか……」


 ヘルナイトさんはすごく後悔しているような……、申し訳なさが含まれた音色で言った。


 それを聞いていた私は頭が真っ白になってしまい、今度は私が無言になる番になった。


 ヘルナイトさんは言う。


 その間……。なぜだろうか……。心臓がどくどくとうるさい。


 でも……、その心臓の音は……、とても心地よかった。


「確かに、キクリやあの聖書を見ればそう思うかもしれない。本音を言うと、最初に出会った時は――私だけでもと思っていた。私だけでも浄化しようと、自棄になっていた。そしてハンナの言う通り、もし浄化の力を持っている人がいれば、その人についていこうと思った。それで、サリアフィア様が救われるならと思っていた」


「だが、ハンナ。君に出会ってから……。その自棄がなくなった。気持ちが落ち着いたといった方がいいのかもしれない」


「ハンナ。君は確かに、サリアフィア様と瓜二つだ。だかそれでも、私は君との約束を破ろうとも、利用しようとはこれっぽっちも思わない。言っただろう? 『あのお方と同じくらい、守るべき存在であると言えます』と。だが、旅を続けていくうちに……、その気持ちがグラついているのも事実だ」


 なんだろう。さっきまで冷たかった気持ちが、暖かくなってくる。どんどん……、顔が熱くなってくる。涙が引いた代わりに……、顔と心臓が熱くなる。


 そんな混乱をしている私をしり目に……ヘルナイトさんは続けてこう言った。



「今は……、君の愛する人達を守りたい。君を守りたい気持ちが強くなった。君を守りたいと、私自身が強く……、そう思った。それでは……、理由としては弱いか……?」



 そう聞いてきたヘルナイトさん。


 私はそれを聞いて、ヘルナイトさんの腕の中でもぞもぞとして、何とかヘルナイトさんの真正面を向くことができた私は、そっと顔を上げて、ヘルナイトさんを見上げると――ヘルナイトさんはそんな私を見て、頬に手を添えてから人差し指で赤く腫れて、そして溜まっていた涙をそっと掬い取って――申し訳なさそうにこう言った。


「もし……、理由が弱ければ、私はこの身をもって――命が尽きるまで、君を守ることを誓おう。それで君の気が済むのならば……」


 私はその言葉を聞いて、首を横にぶんぶん振ってから――ぐいっと涙を拭って、少し水を含んだ音色でこう言った。


「ううん……。そんなこと、しないでほしい……っ。今まで通り……、わがままだけど……、一緒にいて、みんなを、守ってほしい」

「………………」

「まだ、何も恩返ししていない……。だから、すべてが終わるまで……、一緒に、いてほしい。です……っ!」


 こんなにわがままですけど、いいですか?


 そう私は、ぼろっと涙を流しながら言うと、ヘルナイトさんはそんな私を包み込むように抱き寄せてから、こつり。とユワコクでしたように額を合わせてこう言った。



「ああ、むしろ、それは優しくて――甘いわがままだ」



 それを聞いた私は、安心したかかのように、そのままヘルナイトさんの胸の中で身を寄せた。それを見たヘルナイトさんは、ゆるりと私の頭を撫でて優しく包み込むように抱き寄せていた。


 私は知った。自分の嫉妬を。


 私は――ヘルナイトさんの気持ちを知って、そして理解した。


 ヘルナイトさんの気持ちは本物で、今もその気持ちは変わっていない。それがなんだか無性にうれしくて、なんだかさっきまでもむしゃくしゃする気持ちが吹き飛んでしまった。


 本当に容易い女って言われても仕方ないのかもしれないけど……、私は、不覚にもそれでいいと思ってしまった。


 今だけでも、この気持ちを堪能したい。それだけで……、充分で、そして……、もったいないくらいの温かさだから……。


 だから、このひと時だけでも、この甘くて優しい気持ちに甘えよう。今だけ、今だけでも……。


 この気持ちを、忘れないように……。


 すると少ししてから――ざりっと音がした。


 その音を聞いて、ヘルナイトさんはふっと後ろを振り向く。私もその光景を見ると、そこにいた人物は私達に気付いて……。


「……何をやっているんだ?」と首を傾げながらそう聞いてきた。


 なに、と、言われましても……、ただヘルナイトさんは私のことを心配してくれて、私は八つ当たりしてしまったけど、何とか仲直りすることができた……。ここまではいい。ここまでは良いと思うんだけど……。


 その人物――ザンバードさんは首を傾げている私達を見て、はぁっと溜息を吐きながら呆れた口調で「まぁ。いい」と言って――


「書状のことを言いに来た。聞いてほしいから来てくれ」と、ザンバートさんは言った。


 それを聞いた私達は、すぐにシャズラーンダさんの家に戻ると……。


「ごめんねっ! 私のせいでこんなことにっ!」

「そこにいる鈍感男にきつく言った? 言っていないのなら、私がきっちりと言っておくけど……?」

「シェーラちゃぁん。ここはねぇ……。大人のやり方で教えた方がいいと思うけど……?」

「あんたも大変だねぇ! 何かあったら、あたしに言いなっ! あたしがこの拳を使って正拳を胴体にぶち込むからっ!」


 なぜだろうか……、キクリさんは私の肩を掴んで謝ってきて、背後にいたシェーラちゃんとロフィーゼさん。そしてシャズラーンダさんの奥さんが話しかけてきて、ヘルナイトさんをじっと黒い笑みで睨むようにして言っていたけど……、何かあったのかな……? うーん?


 それを聞いていたキョウヤさんは少し疲れたような顔をして……、あれ? 男性陣全員疲れたような顔をしている……っ! そう思って驚いた眼で見ていると……、キョウヤさんは「ははは」と力なく笑みを浮かべて……。


「――色々あったんだ」と言った。


「い、いろ、いろ?」


 その言葉に私は冷や汗を流しながら何があったのか聞こうと思ったけど、直感が聞かない方がいいと囁いて、やめた……。


 それを見て、ザンバードさんはシャズラーンダさんを見て――


「兄者。先の書状の件で戻ってきた」と言うと、シャズラーンダさんははっと生気がない目だったのにすぐに正気に戻ってザンバードさんを見ながら「で? どうだった?」と聞くと、ザンバードさんは私を見下ろし、アキにぃ達を見回しながら――


「……書状には、新しく王になった者から『新たなギルド長になってほしい』ということが書かれていた。俺はその頼みを」


 それを聞いた私達はごくりと言葉を待つ。


 それを見てザンバードさんはすぅっと口を開いて――はっきりと、きっぱりとこう言った。





「――断ることにする」

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