PLAY02 二つ名の騎士 ③

 受付の人の異様なテンションと突然の『来て!』と言うオーラに負けて、私は現在――社長室の応接ソファに座って待機している。チョコンっとソファに座りながら……。


 突然のことで、突然のトップの部屋に案内されてしまったら誰であろうとちょこんと座ってしまい、そのまま置物のようになってしまうだろう。現在の私はそんな状態。


 でも目だけで何とか情報を引き出そうと、辺りを見回す。


 革製の黒いソファに社長椅子と机。所々には書籍を入れる棚や古ぼけた武器。あ、あと紙筒が飾ってある。どれもこれも高価な物ばかり……。


 それを見回しながら、ソファのフカフカ具合を堪能する私。


 ぐっとそのフカフカ具合を堪能しようと掌で押し込むと、押し込まれながらどんどん沈んでいく。内心……、あ、これは寝た瞬間に沈み込むあれなのかなと思いながら……。


 けどそのまま手を離すと、少しずつ元の形に戻るように膨らんでいく。


 それを堪能した私は内心――あ、柔らかい……。程よく弾力もあり、低反発のようなそれだ……。この世界にもあるんだと、緊張のせいで変な思考に支配されながらそう思っていると……。


 がちゃりと、ドアが開いた音が聞こえた。


 今の今まで低反発のそれを堪能していたので、思わずと言うか、なぜか悪い事をしてしまったかのような驚きで私はすぐに振り返ると、そこにいたのは――黒いスーツに胸元にはあの建物にあった傍のマークと同じものが、白い糸で刺繍されている、角ばった骨格に威厳のある顔立ち、顔にバツ印の傷がある壮年の長身男性だった。


「お初にお目にかかります」


 ぺこりと会釈するその人は顔を上げて再度、私の顔を見て胸に手を当てて、紳士のようにこう自己紹介をした。すごい


「私は、このアルテットミアの『ラーヴェルエリアギルド』のギルド長を務めております……マースクルーヴです。以後、お見知りおきを」

「お、お見知りおきを……?」


 そう挨拶され、私は驚きながらも挨拶をする。


『お見知りおきを』なんて……、初めて聞く言葉で、私はぎこちないような顔で挨拶をしたのだ。


 しかしギルド長ははははっと笑って、「そう緊張しないでください」と言いながら、飾っていたであろう紙筒を手に持って、応接ソファに座る。それを『ことん』と言う音を立ててテーブルに丁寧に置いて……。


「早速ですが……」と、ギルド長は言った。


 その紙筒を指差して……。私はその紙筒を見た。紙筒は白い糸で円柱になっていて、紐は白く光りっているようにも見える。


「あなたには――これが、この紙筒の紐が、何色に見えますか……?」


 その言葉に、私は顔を見て――


「えっと、白……です」


 それを聞いたギルド長は――言葉を失ったかのように息をせず、目をひん剥いた顔をし、驚いて私を見ていた。


 私はなんだろうと思い、「どうしました……?」と聞くと、ギルド長は頭をガクンッと下げて、項垂れ――そして意を決したのか……、はたまたどんな心境だったのかわからない。


 でも――


「……となると、それは」


 小さく言葉を零したのは、聞こえた。


 ギルド長は顔を上げて、彫が深かった顔を、さらに彫を深くし、それを手で指して――私に言った。


「その紐をほどいてほしいのです。それは――あなたにしか使えない」


 否――


「あなたでないといけない。そう詠唱えいしょう結合書けつごうしょは言っているのでしょう……」

「………………………………」


 うん?


 一体何を言っているのだろう……。そう私は、混乱する思考の中、思った。


 ギルド長の話が、よくわからない。本当に、よくわからないのだ。


 私にしか使えない?


 私でないといけない?


 この紙が、そう言っている?


 一体全体、何を言っているのだろう……。


 私は更に混乱する思考の中……、ギルド長に聞いた。ううん。きっと間違いと思いながら言った。


「えっと……、言っている意味が解りません。と言うか、私にしか使えない? それはないと思いますけど」

「いいえ」


 はっきりとそう反論されてしまう。ギルド長は言った。


「私から見て、この詠唱結合書の紐は――黒いのです」

「黒い……? え? でも、私の目には、白く……」


 そう言うけど、この人は私をからかっているのでは? そう思いながらギルド長を見る。


 真剣な目。


 本気の――目だ。


「そうです。白いということは、その詠唱結合書……、失礼。詠唱結合書とは、いわば必殺技のようなものと思ってほしいのです。それを使う資格があるものには、解ける仕組みとなっているのですよ。黒い紐が、白く光るように……」


 それを聞いても、何の実感もない私。


 というか、混乱し過ぎて、頭が痛くなってきた気がした。


 頭を抑えることができない。痛いなんて言う感覚が、麻痺したかのように、状況が追い付けないのだ。


「その詠唱結合書には――今なお脅威となっている『終焉の瘴気』を消す。『八神』様達を手立ての力が眠っているのです」


 そう言われ――ギルド長は……「さぁ――」と促される。それを手指して言った。真剣な声で、目で、顔で……。


「それを――解いて下さい」

「………………………………………」


 それを聞いて、私は、無理だろうと――決めていた。


 でも何故だろう……。


 思っていることは悲観なこと……。でも、その紙筒の、紐の光を見て……、私は思ってしまった。


 ――もし、私に


 ――もし、私に


 そう思ったのは、非力な自分への、レッテルを壊したいという願望だろう。


 現実では普通の高校生。ゲームでは非力の回復要因。


 だから、その殻を――壊したかったのかもしれない……。


 私は、そっとその紙筒を手にし、その紐の端を、人差し指と親指で握る。そして――勢いよく、引っ張る!


 しゅるりと解かれたそれを見て、紙筒の書かれた内容を見ようとした。でも――私は驚いた。


 その紙には……何も書かれていない。白紙だったのだ。


 その白紙の紙を見た瞬間、私は驚きのあまり、「え?」と声を漏らしてしまった。でも、もう一回「え?」ということが起こった。


 その紙は白く光り、すぐに私の手に吸い込まれるように入っていく。


 その出来事は一瞬。一瞬過ぎてなにがなんだかよくわからなかったけど……、吸い込んで入ってしまった手を見ようとした時……。


 突然――頭に変な声が響いた。


 女の人の……声だった。



 此の世を統べし八百万の神々よ――

 我はこの世の厄災を浄化せし天の使い也。

 我思うは癒しの光。我願うはこの世の平和と光。

 この世を滅ぼさんとする黒き厄災の息吹を、天の息吹を以て――浄化せん。



『大天使の息吹』



 ………………………………………。


「なに……? 今の……」


 頭の中で響いた女の人の声。それは私の体の芯に溶け込むように響いた。


 忘れようがない。そう確信してしまうような音色……。


 優しい声が聞こえた。


「……紐解かれましたね……」


 ギルド長は私を見て静かに言った。驚く私をよそにギルド長は突拍子もなく、突然私に頭を下げたのだ。


 それも深く、深く――


「え? え? ええ?」


 もう、今日は何で驚くことがありすぎる日なんだろう……。


 そう私は思った。でも、更に驚くような言葉がギルド長の口から出ることになる。


「重ねて申し訳ございません。冒険者ハンナ様。あなた様は今、『終焉の瘴気』を消す力を持った……、です」

「……………………ん?」

「詠唱結合書の紐が光った。それはもう、、私達は身勝手ながらそう思いました」

「え?」

「重ね重ね……、誠に申し訳ございません。ハンナ様。あなた様のような十七の少女に、このような

「ほえ?」


 なんだろう……、なんだか、変な展開になっている……。


 そう思っていた私の嫌な予感は、こんな時に限って完全的中してしまうのだ。


 やりたくないわけではない……、ただ、なんで私なのだろう。


 そう思うだけだった。でも普通の人なら……、きっと投げ出すようなことだろう。


 ギルド長は言った。顔を上げて――そして再度真剣な眼差しで、こう言った。



「あなた様の力で、『八神』の。そして『終焉の瘴気』を



 □     □



 理事長は言っていた。倒すと。


 ギルド長は言っていた。浄化してほしいと。それはつまり……。


 私がこのゲームの世界を救う……、たったひとつの、希望ということになる。


 回復しか使えない、非力な私。


 でも――ゲームの世界だと……、私の力はすごい力と認識されてて……、簡潔に言うと。



 私は――回復系チート(?)。ということなのだろうか……?


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