PLAY02 二つ名の騎士 ④

「え? ちょっと待って、ください……っ」


 私は慌ててギルド長に言った。ギルド長は「はい?」と逆に驚いて私を見ていた。


 ギルド長のその驚きの顔を見て……、これは私が驚くところなのでは……? と、一瞬自分が場違いなことを言ってしまったと思ったけど私は自分の意志をギルド長に伝えるために、意を決して私はギルド長に言った。


「それは……、きっと大きな間違いです。私が救う? それはきっと、力を持った人がなすことだと思うんです……っ。他人任せに聞こえるかと思います……っ。でも、私はそんなお恐れた力を有しているわけでは……っ!」

「いいえ――」


 でもその私の言葉を遮るように……、と言うか、私の言葉を聞いてもなお否定をするように……、ギルド長ははっきりと言った。畳み掛ける様なはっきりとした音色で重ねてもう一度……。




「あなたは――我々の……、アズールの希望です」




「違うんです……っ」


 うぅ、ギルド長の真っ直ぐな目が私のことを見据えて、そしてその目から感じる素直さから、私は頭を抱えてしまう。混乱し過ぎて頭がおかしくなりそうになりながら、違う。違う。そう頭の中で繰り返し唱えながら、私はギルド長に言った。


 自分でも驚くような、震える声で、怒りや悲しみなどない……、混乱し過ぎてもうその思考ですらも判断できないくらい、私はギルド長に言った。


「……、その『終焉の瘴気』は、このアズールを覆った闇なのだとしたら……、それを救うのは、勇者かと思います。勇者は剣を振るい、世界を救う。力を持っている人を指します……」


 一応言っておくけど、これは現実逃避ではないけど、聞いている限りこれは現実逃避だ。でも私は思った。これは現実逃避。できないとわかっているからの現実逃避。


 そして――ただの我儘。できないと決めつける人がよく言う言葉。言い訳。


 でも、私は思った。いいや、そんなことありえないと確定と言う名の固定観念に囚われてしまっていた。


 だって――それがだから。そう――


「逆に、力を持っていない人は世界を救えないんです……」


 私は…………、普通の中で行けば勇者ではない。その勇者の従者でもない。私は……、モブではない。私は……、私は…………。


 ただの囮と言う名の役立たずなのだから。

 

 ………………私は、さっきまでこんなことを思っていた。自惚れているといわれてもおかしくないほど、こんなことを思っていた。


 ――もし、私に、救う力があれば。


 ――もし、私に、戦う力があれば。


 そう思っていたことが、逆になってしまった。全く正反対の物を私は得てしまった。


 戦う力などではない。ただの浄化の力。救う力などない。ただの浄化。


 何の役にも立たないそれだ。浄化と言うものは一体何に使うのだろう……。そんなことを思ってしまいそうなほど、役に立たないと、私は断言できた。


 ――結局……。


「回復しかできない所属では……なにも」


 私は言う。私はそんな大それた存在ではない。きっと間違いだ。


 そう言って納得してもらおうとした……のだけど……。ギルド長はまたはっきりと私のことを真っ直ぐ見据えると断言した……。



「そんなことはありません。あなたは我らの希望。世界を救う唯一の光なのです」



 あぁっ! エンドレスッ!


 シリアス台無しと言われてもおかしくないブレない一言。


 何を言っても、ギルド長の意志は変わらない。というか……この世界が本当にゲームの世界なのかも疑問を抱くくらい、人が意志を持って喋っている。あ、人って言っちゃったらこんがらがっちゃう……。この場合はNPCが意志を持って喋っているの方がいいのかな……?


 凄く今更ながらそう思ってしまった。


 理事長はNPCに『LEARNING・ROBOT』を搭載したって言っていたけど……、私は疑問に思う。


 本当に、学習しているんだよね……? と……。


 何だろう……、その意志を押し通しているような……、融通が利かないというあれなのかな……? そう言う性格にインプットされているのかな……? うーん、運営側の考えは運営にいない私達にとってすれば総理大臣の考えがわからないのと同じだから、これは考えても仕方がないのかな……?


 そう思いながら、私はギルド長に、諦めながらも聞いた。


「……あの、私が百歩譲って救世主ということにします。その『終焉の瘴気』は、私でないと倒せないのですか?」


 その言葉に、ギルド長は顎に手を当てて、少し考える仕草をする。そして私を見て……。


「倒すのであれば……、すでに王国の精鋭部隊が討伐に向かって、倒しているでしょう」

「でしたら――」

「ですが」


 と、ギルド長は首を横に振って、重い表情をその顔に出すと、表情につられてしまった重い口が開く。


「あれは――生きているという確証……生命反応がないのです」

「? それは……」


 一体どういう事なんだろう……。なんか言っていることがわからない……。私はギルド長の話を聞きながら理解できないという顔をしつつ、再度質問をした。


「それは、機械か何かですか……? 魔導機械とか、そんな……」

「それもないんです」


 ……ますますわからない。


 そう思いながら話を聞くと、ギルド長は自分が座っている隣に置かれていた、小さな小瓶を――『ことり』とテーブルに置いた。


 私はその小瓶の中を見る。小瓶の中には何かが入っていたのだけど……、生物のようなものではない。かといって何か別の機械のようなものでもない。


 簡単に言うなら――黒いもやもやしたものがいただけ。


 毬藻マリモのように浮きながら、その黒い毬藻に、意志がない。命の気配がない。


 そんな矛盾を感じながら……。私はその小瓶に触れる。近くで見ると、本当に生きているけど、生命の感覚がないそれを見て……、私は言った。


「……何これ……」


 すると――ギルド長は……。



「それは『終焉の瘴気』のかけらです」と言った。



「……らしきもの……?」


 小瓶をテーブルに置いた私はギルド長の話を聞いた。


 ギルド長はその小瓶を持ち、それを片目で見ながら「とある偉大な冒険者が、命と引き換えに持ってきた遺品の一つです」と言って、その小瓶を再度テーブルに置いてギルド長は言った。


「あれは、生きているのでも、何かの怨恨が具現化したものでもない。機械のように操られている何かでもない……、結局。それが――我々が導き出した答えなのです」

「………………………………それって、つまり……」


 大魔王のように命ある生命。じゃない。


 怨念のような、魂だけの存在。じゃない。


 人間が作り出した人類破壊装置。でもない……。


 どれにも属さない……。



 



 存在が知れていれば何か倒せる可能性があった。でもそれが未知のなにか……。何の文献にもない、歴史にもないそれでどうやって倒すのか。


 答えはノー。


 できない。


 だって何もわからないから。


「あなた様が考えていることは、きっと我々が考えに至ったことと同じです」


 ギルド長は続ける。真剣だけど曇りが見えるその表情で――


「唯一の光で我々の守り神でもあった『八神』は世界の浸食を阻止しようと、『終焉の瘴気』の進行を阻止していました。しかしそれも取り越し苦労と言うものだったのでしょうか、天罰なのでしょうか……。いとも簡単に瘴気に侵され、今では見境なく暴れる魔物と同じ存在となってしまい……、魔物も凶暴性を増して、アズールの冒険者がいなくなる一方……。天界が残した詠唱結合書の詠唱者も現れない。希望はすでに絶たれた。そう思った時」


 と言って、私を見るギルド長。


 私はその言葉をまるで予知していたかのように――


「私は……希望。と言う事なんですね?」と言う。


「はい……」


 それを聞いて、私は思った。


 普通の人なら、きっと大喜びでその討伐を宣言するだろう。


 チートのような力を持った人。そして勇敢な人。世界を救わんとする正義の味方。等々……。だけど今回は違う。


 私か回復しかできない。そして今回は討伐ではなく、浄化。


 ここが重要で、理事長が力説していた言葉と、同じなのだ。


 浄化。


 それは何を指すのだろう。


 本来は倒すことが前提のゲームのはずが、浄化することがクリア条件となっている。


 辻褄が合わない。ううん。


 これは……。


 そう思った私は……すっとギルド長を見た。ギルド長には私の顔はどのように映っていたのだろう。でもギルド長の顔に、少しだけ晴天が見えた……気がした。


「……もし、私がそれを浄化する。と言ったら……、どうするんですか?」


 ……あくまで嫌がらせているわけではない。


 このまま「はいそうですか」と言ってしまうと、きっと流れの侭私はその途方の無い旅をさせられる。回復しかできない私にとって、それはあまりにも険しい道のりだろう……。


 その言葉に、ギルド長はすっと立ち上がり――


「少々お待ちを――」


 と言い、早足で自室を後にした。丁寧に、ドアを閉めて――そして少ししてから、ノック音。


「?」


 ノック音を二回した後で、ドアを開けてきたギルド長。その手には――いくつか何かが乗せられた木のトレーを持って、「大変遅くなりました」と、少し申し訳なさそうに言って、またソファに座ってからそれをテーブルに乗せた。


 木のトレーに乗せられていたもの……。それは。


「………………………………?」


 私はそれを見て、首を傾げながらギルド長に「これは……?」と聞いた。


 トレーにあった物は最低でも三つ。


 一つは長方形の小さいカード。そこには私のハンドルネームと、写真まである。まるで運転免許証だ。所属や種族、年齢も書かれていて、あの行動でここまでの情報を引き出したのか……。驚きを隠せずに見る私。


 これは――人権侵害じゃぁ、ないよね……? そんなことを頭の片隅で思いながら……。


 そしてもう一つ……、と言うか、二つは……、何と言うか、言葉で表すのなら……。


 白い箱。それはサイコロサイズのそれで……、もう一つは緑の万年筆のようなもの。それだけだった。


 カードを見てそれを冒険者免許と認識したけど……、他の二つはなんなのか、全く予想がつかない。ペンと箱。何に使うのか……。そう思いながら……。


「おほん」と、ギルド長はえづく。


 それを聞いた私はハッとしてギルド長を見た。ギルド長は口元に握り拳を近付けている状態で目を瞑っていたけど、そっと目を開けて私を見た。


「本来は、受付で説明を受けるのですが、今回は特別です。これはアズールの存亡を左右する事。重ね重ねの不躾をお許しください。ハンナ様からは、この私が直々にご説明をいたします。ハンナ様――」

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