PLAY01 サヨナラリアル ②

「はい……、カウンセリングの日時は明後日ですね?」


 学校の帰りの時、私は携帯の電話越しにとある人と話をしていた。


 いつもは部活が長いこともあって帰る頃には日が落ちていることなんて多々あったり、大会が近ければもっと遅い時もあるけど、今回はその大会も遅くなるようなこともないため、今日は普通に部活をして夕方に帰宅することができた。


 その帰り道、私はスマホを耳にくっつけて話をしている。すたすたと、歩き慣れた商店街を歩き、歩きスマホに気を付けつつ、人にぶつからないようにして歩きながら電話をしていた。


 あ、言い忘れてしまったけど……、私が電話越しに話していたその相手は――私のカウンセリングの先生。


 おばあちゃん曰くすごい先生で、色んな心に病を抱えている人を助けたことがある名医だそう。


 元々RCの社員だったのだけど、自立して自分の病院をもっている人で……、それ以上のことは知らない。


 と言うか、それ以上のことを話さない人なのだ。


 いうなれば……、すごい才能を持っているのにすごい秘密を持っている謎多い先生。


 そんな先生は私のスマホの電話越しで――


『そうそう! というか、華ちゃんいつも大真面目に受け答えするよねーっ! 少しは肩の力抜いてもいいんじゃね? 的なー!』

「えーっと……うーん……。はぁ……」

『ビミョーッ! うっけるぅ! あはははっ!』


 と、すごくテンションが高い音色で、かつ子供みたいな音色で言うそんな声が、受話器越しにキンキンと響いている。もうお花が受話器から出そうなほどの陽気さだ……。


 長くなってしまったけど、今まさに受話器越しで話しているこの人物こそ――主治医の来栖智くるすさとし先生。


 陽気でハイテンションな声がすごくわかりやすい人。私にMCOのことについて話してくれて、手続きもしてくれた人でもあった。


 最初こそ陽気な雰囲気と子供みたいな明るさ、大人なのにそんなキャラである来栖先生に私は警戒心丸出しで、心も開くことをしなかった。


 だって大人がそんな陽気な雰囲気で、私が思い描いていた『主治医』という存在がかけ離れていたせいもあって警戒していたのだけど……、来栖先生の実力と言うか、歩み寄ってきた優しさは本物で、そんな優しさに私は心を開いて、現在に至っている。


 そう。こんな陽気でも主治医は主治医。何人もの人と共に頑張って、励まして背中を押してくれる先生。やるときはやる人。それは私も理解しているし、その中にも優しさ、明るさを忘れない人であることは、良く知っている。


 だから――信頼できる。


『――ところで華ちゃん』


 先生はさっきのテンションとは違って、静かな声で言った。


 時と場所というか、真剣なところは真剣になってくれる。正直食えないと言ってもおかしくない。そんな先生だ。


 やっぱり先生なんだなぁ……、と思っていると、先生は私に向けて真剣な音色でこう聞いてきた。


『最近、昔の記憶とかがフラッシュバックすることがないって言っていたよね?』

「? はい」


 先生の話を聞いた私は頷きながら言葉を発する。嘘も偽りもない言葉を吐きながら、私は頷いた。


 そう。私がカウンセリングを受けている理由。それは――昔起こった出来事が原因だった。


 私は昔、小さい時の記憶が曖昧だ。その原因は、親から過度に受けた虐待、らしい。


 あまり覚えていないけど、軟禁も強いられていたらしい。


 私自身、あまり覚えていないけど……、その光景は常軌を逸していたらしい。


 らしいらしいだらけだけど、。だから曖昧にらしいという言葉を連呼している。


 なんでらしいと言う言葉でまとめているのかは後で話すとして……、そんならしい空間の中で生きてきた私が五歳の時、転機が訪れた。


 突然家に上がりこんできた黒いスーツの人。その人はお母さんとお父さんと口論になって、激しい音が鳴り響くような揉み合いになった。もみくちゃになって、お父さんやお母さんが『出ていけ』と、叫んだ記憶がある。多分……。


 それを聞いた私は、リビングのドアからそれを覗き見て、怖いと直感した。


 いつもニコニコとしているお母さんとお父さんが、怖いと感じた。抱きしめていたクマのぬいぐるみが、くしゃっとなるくらい……、ぎゅうううっと、離さないように……。


 すると、スーツの人は私に気付いて、駆け出した。そして手を差し伸べて……。


 ………………………………。


 そのあとのことは覚えていない。本当に、その場所だけぽっかりと虫食いされたかの様に全然覚えてないのだ。不思議なことに、そこだけぽっかりと……、でも、この先の覚えている記憶の中で私は児童相談所に保護されて、職員の男性は、小さい私に――


『つらかったね。もう大丈夫だよ。あのスーツの人は、君のヒーローなんだ。今はもう、他の所に行って、色んな人たちを助けて回っていると思うんだ。いつかまた出会ったら、ちゃんとお礼を言うんだよ』


 と言った記憶があった。


 それ以来――私は今おばあちゃんがいる『橋本家』に養子に出されて、現在に至っている。


 実は、カウンセリングを受けて思い出そうとしたら、おばあちゃんやおじいちゃんにきつく怒られ、先生にも『思い出さない方がいい』と言われてしまって、結局思い出すことはタブーと認識して、それ以上のことは思い出さないようにした。


 子供の時は好奇心と言うものが多少はあったらしく、私はその思い出を思い出そうと色々と話していたらしいけど、今となってはそんなこと思わない。おばあちゃんとおじいちゃん、そして来栖先生の剣幕が怖かったからしないようにしようという抑制が、多分日常化してしまったらしい……。


 人間って、すごい順応力だな。そんなことを思いながら溜息を吐こうとした時……。


『華ちゃん、そうなった時が一番危ないよ。十分気を抜かずにね』


 先生は受話器越しに言った。真剣な音色で……、ううん。今回は真剣過ぎと言わんばかりの音色で、こう言ったのだ。


 まるで、私に忠告をするように、周りの商店街のざわつきが静寂なったかのような空気の中、私は来栖先生の言葉に耳を傾けると、先生は言った。



『――もし、本当のことを思い出した時、君はどうなるかわからないからね……』




 □     □



「――ただいま」

「おかえりなさい」


 先生の話が長すぎたせいなのか、あっという間に夜になり、私は急いで帰路を走り、何とか夕食前に自宅に着いて靴を脱ぐ。


 おばあちゃんは微笑みながら手についた水を拭き取って、とととっと小走りで走ってきた。おばあちゃんを見た私は、安心してほっと胸を撫で下ろす。


 正直……、夕食過ぎるかもしれないと思っていたけど、何とか間に合ってよかった……。


 おばあちゃんは私を見て首を傾げながら「どうしたんだい?」と聞いてきた。


 私ははっとして首を横に振りながら「ううん。なんでもない」と言って (来栖先生と話をしていて帰るのが遅くなったとか言ったら、おばあちゃん心配してしまうから、言いたくない)、すぐにまた思い出したことがあったので、私は鞄からとあるものを取り出した。それは――


 私の手にすっぽりと納まるほどの大きさで、可愛らしいフォルムの白い防犯ブザーだ。


「はい。おばあちゃん」


 私はそう言って、おばあちゃんに電気屋で買ってきた防犯ブザーを手渡す。


 実は、来栖先生と話している時、私はいつもの帰り道を歩かずに、あえて遠回りになってしまう道を歩いていたのはこのためだった。今日のニュースのこともあって、万が一のことがあったら大変だと思い、私は貯金を切り崩して急遽商店街にある電気屋で防犯ブザーを買って帰路についていたのだ。


 正直、防犯ブザーがなかったらデパートか専門店で買わないといけないかなとか思っていたけど、あってよかったと心の底から安心した自分がいるのは、私だけの秘密。


「あら、買ってきたのかい? あらあらぁ……、なんか気を遣わせてしまったわね……」


 防犯ブザーを見てか、申し訳なさそうに言うおばあちゃん。それを聞いた私は、そんなことはないという仕草でまた首を横に振って――


「そんなことないよ。おばあちゃん。おばあちゃんが元気でいてくれるだけで、私はすごくうれしいもの。辛い顔や悲しい顔は、いやだから」


 そう、最後は小さい声で言う私。それは私の本心でもあるし、私のことをここまで育ててくれたんだもの。このくらいの恩返しなんてちっぽけだけど、このくらいのことはしたかった。


 だから私は行動に移したのだ。おばあちゃんには元気でいてほしい。事件に巻き込まれないでほしいという想いを胸に、ほんの小さな恩返しを。


 それを聞いて、おばあちゃんはふふっと微笑んでから――


「その台詞は、おばあちゃんが使う台詞だろう?」と言った。


 それを聞いた私は、はっとして、そういえば……。と、その場で少し固まってしまった。確かに……、これはおばあちゃんが使うセリフだ……。私はそれをおばあちゃんに対して使った。これでは逆だ。今更ながら驚きの言葉だ。


 驚いて固まってしまっている私を見て、おばあちゃんは一瞬目を点にしていたけど、その後すぐにあははっと笑い出した……。



 □     □



 それから……夕食を食べ終え、一緒に片付けを済ませてから、おじいちゃんにお祈りをする。これだけはいつもの日課だから、怠るようなことはしない。おじいちゃんもきっと寂しいはずだから、お祈りだけは絶対に欠かさず行うのが、私の家橋本家の暗黙の了解だ。


 お祈りをした後――私はお風呂に先に入って、上がり終えた後でおばあちゃんに「お風呂いいよー」と言う。


 その言葉を聞いたお祖母ちゃんは「はいはい」と、柔らかい笑顔で頷きながら返事をしてきた。おばあちゃんは現在居間でテレビを見ながらお茶を啜っていたけど、そんな顔を見た私はいつものおばあちゃんだと思い、パジャマに着替え終えて自室に戻ろうとした時……。


「華ちゃん」

「? おばあちゃん?」


 おばあちゃんはなぜか自室に向かおうとした私に近くまで来ていた。


 何故近くまで来ていたのかは私にはわからなかったけど、振り向いた私を見て、そっと私の手をぎゅっと握った。両手で、私の両手をぎゅっと握って……。


 私はそれを見て、どうしたのだろうと思って見ていたけど、おばあちゃんは握った状態で、私を見るために顔を上げて――


「……ゲーム。するんだろう?」


 と言った。その言葉に、私はきくりとした。


 そう。


 メグちゃんに今日は夜更かししてでもプレイすると、強制的に約束させられたのだ。ぶーぶー言う美百ちゃんやつーちゃんを無視して……。本当に強制であったことは言うまでもない……。おそるべしL欠……。


 その夜更かしに対してのそれかな……? と、私は怒られると思い、思わず身構えた。握られた手にも震えが発生してしまい、私は何を言われるのだろうと思いながら、おばあちゃんの言葉を待った。


 怒られる覚悟を決めて、申し訳ないけど、みんなに断る言葉を考えながら……。


 でも、おばあちゃんは重ねて「お友達と、一緒にかい……?」と聞く。それに私は一瞬だけ突拍子もない、且つ想像していなかった言葉に驚きつつも「うん」と頷く。少し焦り気味に。するとおばあちゃんは――


「――そうかい」と、微笑んで、私の手を包み込んでいた手に少し優しく力を入れて、おばあちゃんは言った。私に向けて、心の底から笑いかけながら、おばあちゃんは言った。




「華ちゃん、お友達と遊んでから、笑顔の回数が増えたよ」




「え?」


 そうかな……? そんなことを思いながら私は首を傾げて思い返す。でも回数が増えたことは覚えていない。というかそんなこと考えることなんて全然ないから考えたことがない。でも、おばあちゃんは微笑みながら言った。


「おばあちゃんは嬉いわ。華ちゃんが毎日、楽しいって思うような顔をする姿を見ることができて、おばあちゃんは幸せだよ」


 そう言って、おばあちゃんはそっと、手を放して――


「ごめんね。待ち合わせしているんだろう?」と言った。


 私は、お祖母ちゃんの言葉を聞いて、最初こそ嬉しかった。でもやっていることはお祖母ちゃんの心配を大きくさせる要因でもあるので、少し申し訳なさそうに、「ごめんね……。おばあちゃん、こんな夜遅くにゲームなんて……」と言うと、おばあちゃんはほほっと笑って……。


「そんな、少しくらいはいいよ。徹夜は駄目だけどね」


 ……おばあちゃん、ごめんね……。私は徹夜をする予定だよ……。ごめんね……。本当にごめんね……うぅ。


「明日は休みなんだ……。気を付けてね。って、ゲームなのに何を言っているのかしらね……。おほほ」


 そんな私の謝罪なんて聞いてないおばあちゃんは、口元を押さえて笑う。私はその言葉に――内心申し訳なさもあって心の中でももう一度謝罪をしながら……。


「うん。気を付けるね」と言った。


 罪悪感と、申し訳なさを乗せて……。おばあちゃんは気付いていないと思うけど。


 そして――自室に戻ろうと、足を動かす私は後ろを振り返って「おやすみなさい」という。


 おばあちゃんも「おやすみなさい。明日は華ちゃんの好きなだし巻き卵を作るからね」と、微笑んで言った。


 それを聞いた私は、うんっと頷いて、「楽しみにしているね」と言って、自室へと足を進めた……。


 いつもの会話。いつもの光景。いつもの日常。


 そんな日常も私にとってかけがえのないもので、こんな日常がいつまでも続くと持っていた。でも、その想いも呆気なく崩れてしまうのが現実で、私にとって、これはおばあちゃんとの最後の会話になるだなんて、知る由もなかった。



 □     □



 自室に入り、ゴーグルを装着してから、ごろんっとベッドに横たわる。椅子に座りながら歯危ないと注意書きにも書かれたこともあって、私はそれをちゃんと守って機動動作を始めようと手を動かす。


 右手を動かし――右耳にあるボタンを押すと、薄暗かった視界が真っ暗になって、それからゼロと一の数字が、滝のように流れていく。ザァァァァという音が私の鼓膜を揺らし、最初こそ気持ち悪く感じたのに聞きなれてしまえば何の苦もない音を聞いていると……。


『ログイン開始します。しばらくお待ちください。しばらく――ログイン完了』


 女の人の音声もとい、電子音が響く。それと同時に聞こえたのはじじじっと何かを焼くような、電気で焼かれるような音が私の聴覚を支配していく。その音を聞きながら手を見ると、形成されていたかった体が、だんだん形を作っていく。


 今まで透明だったからだがどんどんといつも見る体の形になっていき、指の先、掌、手首と言う順で、どんどんと私と言うアバターを作り上げていく。


 視界に広がる数字の渦を見ながら、聴覚に入って行く声を聞きながら待っていると、突然声が耳に入ってきた。


『セーブデータ保存エリアからスタート。アバターハンナ。ログイン完了しました。ようこそ! MCOへ!』


 その言葉と同時に、暗い世界が明るく照らされ、白く輝いていく。


 その白い輝きは消えて、閉じていた眼を開けると……、そこは別世界だった。


 世界はすでに夜の世界で、RPGのような煉瓦造りの家が立ち並んでおり、色んなプレイヤーが話をしながら歩いたりしていた。


 夜の世界は初めてなので、少し悪いと思う罪悪感と、ちょっとした好奇心が渦巻く。夜の世界は、夜しかないクエストやモンスターがいるから、珍しい素材が手に入ることもある。


 風が吹くと、私の髪を撫でて――町の建物の隙間を抜けてどんどんと前に向かって吹き進んでいく。


 この町が、MCOの中央拠点となっている。歩く人達はすべてプレイヤー。お店の前で店番をしている人は、運営が作ったNPC。作られた人間なのだ。


 ここにいる人というか、話せる人は――プレイヤーしかいないのだ。


 私は自分の手を見る。


 手には白い手袋、白いロングスカートに青を基準としたスカーフとセーラー服のような背広みたいなもの。頭にも白いベレー帽みたいな帽子をかぶり、腰には大きめのウエストポーチ。足を見ると、白いショートブーツに黒いストッキング。腕にも黒い長袖を着ているようで、露出は少ない。


 顔を見るために、近くのショップで売られている鏡を見る。


 顔を見ると、現実と変わりない髪型だけど青い髪。そして金色の目。


 この金色の目は天族特有の目なのだそう。


「…………………………………」


 私は露店の人を見る。その人は何も言わず、ニコニコとしながら私を見ないで前を見ているだけだった。張り付けている笑顔を私達に、プレイヤーに見せながら……。


 私はそれを見て、少し寂しさを感じながら、その場を後にし、集合場所でもある噴水広場に向かう。


 少し歩いていくと、噴水広場が見えてきた。


 そこは簡単にわかるところで、いつもこの場所に集まる。噴水人葉の噴水前。ここが――私たち五人が集まる集合場所。


「あ、はなちゃん!」

「あ、来た」

「遅いよ、ハンナー!」

「うぉーい!」

「あ」


 みんなが手を振って私を見て叫ぶ。私はタッと駆け出して、噴水前に向かって走る。


「ごめんね……、遅くなっちゃった?」


 私は走りながらみんなに謝る。するとそれに答えたのは……最初に私に気付いてくれたつーちゃん。つーちゃんは灰色のローブにベレー帽。白くて肩まである髪の毛。少し丈夫そうな皮の靴を履いて、手には期間限定の杖『エリージアの杖』を手に持っている。アバターは上森人――ハイエルフのサモナー。


「全然。と言うか、僕達が早かった」と淡々と手首を左右に振って言う。


「そ、そうなの?」

「そうよ。むしろ模範的な人はハンナだけよ」


 先走り過ぎたのよ。こいつ等は。


 と、後ろをじとっ見る。そう言ったのは美百ちゃんこと、みゅんみゅんちゃん。ワインレッドの赤に近い色の魔法使いが着るロングスカートととんがり帽子。目は私と同じ金色の目で、薄紫色の白が勝っている長髪。少し癖毛はあるけど、それでもきめ細やかな髪をしている。種族は私と同じ天族で、所属はソードウィザード。


 ……因みに、なぜみゅんみゅんなのかと言うと……。本人曰く。



「だって、リンリンとかルンルンとか、なんだか可愛い名前じゃない? だから美百合のみとゆをとって――みゅんみゅん」



 だそうだ。


 三人はそれを聞いた時……大笑いして「それはないわー」とお腹を抱えていたけど、みゅんみゅんちゃんはその声を聞いて、じろっと睨んだことは、今でも覚えている。


 私は、可愛いと思うけどなぁ……。


 そう思っていると、後ろをじろっと見たみゅんみゅんちゃんは、背後にいた人魚の身体に、貝殻の装飾が可愛らしい、でも腰には殴鐘を下げている。ふんわりとした長髪の少女と、黒く、跳ねに跳ねた髪と、黒いベストに臍が見えて、黒いジーパンにブーツ。身体には少しだけ黒い刺青は彫られて、黒い耳が目立つ少年を見て言った。


「こいつ等がヘルプメールをしたのよ」

「え? 二人が?」

「うん――アップデート記念に、自分達も上級所属になりたいって」

「………あー」


 私はなんとなく納得して、黒い刺青姿のしょーちゃんと、人魚姿のメグちゃんを見る。二人は震える肩を押さえつけるように、その場で直立したまま(メグちゃんはその場で浮いていた)、何も言わないし、なにも反論しなかったし、全然動かなかった。


 それを見ていたつーちゃんは、二人に対して、すこし馬鹿にしたような音色で、前かがみになって、顔だけはしょーちゃん達の背中を見て言った。


「何か言うことはありませんかー?」

「「……………………………」」


 それに対し、しょーちゃん達は何も言わない。むしろ震えが大きくなった気がした。


「……、何か、あったんだね……?」


 そう私は、みゅんみゅんちゃんに小さい声で耳打ちすると、みゅんみゅんちゃんも小さい声で耳打ちしてきた。


「……実はレベル上げには成功して、その資格を取得することが出来たんだけど……、その後が大変で、この辺で見たって情報があった……『ヘルナイト』に出会ったのよ」

「………………ヘル、ナイト」




 ヘルナイト。

 地獄の騎士という和訳。




 メグちゃん曰く、このゲームでレベルを上げても出くわしてはいけない人物達がいる。


 それがヘルナイトを含めた十二人の騎士。鬼のように強い。まさにチートのような強さを持っているエネミーコンピュータープレイヤー。強敵エネミーとも言われている。




 ENPC――『12鬼士』。




 特にレベル九十でも負けてしまう、このゲーム最強のENPCヘルナイト。


 それと出くわして……、それで二人はあんなに震えているんだ……。


 そう思って私はしょーちゃんたちに近づこうとしたけど、それにストップをかけたみゅんみゅんちゃん。私の腕を掴んで、私が振り向いたとき、彼女は首を横に振っていた。少し怒った顔をしていて――


 それを見た私は、もう一度しょーちゃん達を見ると……。ぐわんっとしょーちゃんは振り向いた。鬼の形相で、怒りながら……。


「し、し、仕方ねえだろうがぁっ! あんなところで出くわすなんて思わなかったし、これで糧は高経験値、超レアドロップ、そして大金(L)が手に入るじゃねえかぁ!」

「そうよ! 挑戦が大事って言うじゃない! 命からがらだったけど、強制ログアウトになってもまた再ログインすればいい話じゃないっ!」

「反省しろやこの野郎ども」


 畳み掛けるようにメグちゃんもうるっと涙ぐみながら反論する。それを見ていたつーちゃんは、後ろ姿で見えないけど、きっと怒っている。そんな雰囲気を醸し出しながら、怒りの音色で言った。


 それを聞いても二人は珍しく引かない。いつもなら退くあの二人が……。


「大体再ログインだって、最低十分はかかるじゃないか。それで再ログインすればいいって……、何言ってるのかねぇ……。僕達すごくひどい目に遭ったんだけど?」

「お前は欲しくねーのかっ!? L! レアドロップ! 高経験値!」

「地道でいいでーす。そして二人の様にめんどくさがらずに地道なのでそんなに苦労はありませーん」

「何よその言い方っ! まるで私達の所為って感じに聞こえるんですけどっ!?」

「事実そうじゃん……。私達あんた達のLに眼がくらんだ欲深の犠牲者なんですけど……」


 三人の会話に言葉を挟んだみゅんみゅんちゃん。凄く冷めた目で見て言う。


 それを聞いた二人は何かが突き刺さったかのように胸に手を当てて、ぎゅうっと握りしめて悶える……。そのまま膝から崩れ落ちた。


「……、可愛そう……」

「いや、現実なんで」

「現実は常に、厳しいものなんだよ……。はなちゃん」


 それを見て可哀想と口を零して、本当に可哀相と思ってしまう私。でも後の二人はそんなことお構いなしに冷たい目で見下ろしながら言う。


 ……相当、二人はひどい目にあったんだろうな……。


 しょーちゃんとメグちゃんは初級所属の戦士。


 メグちゃんはヘビーゲーマーで、何故戦士なのか……。簡単な話、ゴーグルを新しいそれに変えて、アバターを保存してその状態で新しく始める準備――『コンバート』をしたから。


 要は『強くてニューゲーム』らしい(メグちゃん談)。


 でもコンバート失敗してしまったのかアバターの情報だけしかなく、所属だけは保存されていたけど、所属がレベル一からのスタートで現在に至っている。


 結局苦労することになってしまっているけど、必死なんだろうな……。


「そ、そうだ……」


 私は手をパンと優しく叩いて慌てながら二人に言う。それは場の空気を変えるために急遽思い出したことなのだけど……、私は二人に聞いた。


「上級所属になったの? なってないなら、今のうちにしておこうよ」


 そう言うと、ハッと思い出したのか……。というかやっぱり忘れいたんだ……。


 あ、でも……あんなことがあったんだから忘れるのは当たり前か。


 私はそう思い至り、気持ちを切り替えたのであろうかしょーちゃんがぐっと握り拳を作って「そうだった!」と大声を上げた。


 私はすっと人差し指を添えて、しぃーっというジェスチャーをする。


 それを見たしょーちゃんが頭を掻いてはっとする。周りには私達のことをじっと何してるんだろうという目で見ている人達が……。


 それを見た私達は頭を下げて「すみません」と謝る。


 何事もなかったかのように通り過ぎる人達。


 でも、「五月蠅かったなー」と小さい声でごちる人達の声を聞いたけど、聞かなかったことにしよう……。うん……。

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