PROLOGUE ②



 當間市。



 元々當間市は存在しなかったのだけど、西暦二千二十六年に東京湾にある埋立地を使って大きな一つの都市にしたのが當間市だ。


 つまりは最近できた人工島と言っても過言ではない。


 その當間市を作った張本人であり……、現在全国で知らない人はいない医療機関……、製薬など、色んな医療に携わっているその企業の社長――代表取締役兼當間市統括理事長……當間市の創始者とも言われている。




 當間純一郎じゅんいちろう




 それが理事長の名前だ。


 理事長は若くして全国に知れ渡る医療機関――『RABBIT・CORPORATION』。通称『RC』を立ち上げ、瞬く間に日本中に、世界中に知れ渡る医療技術を魅せた。


 医療関係に留まらず、それから多彩な才能を見せ、新しい人工都市を作り、その地の理事を掴み取った。


 これが――當間理事長のすごいところ……。いうなれば……、偉大な偉人の才能を持った存在と言った方がいいのだろう。


 埋立地でもあるこの當間市は長野県くらいの大きさで、商業、漁業など……すべての企業が集まっている人口の土地。これも理事長の才能が成せた結果だろう。


 人口も約四十六万人。東京と肩を並べるような大都市で、上京したいランキング上位に食い込んでいる。


 それが、私が住んでいる當間市。


「橋本――教科書九十六ページ。読んでくれ」

「――はい」


 すっと立ち上がって、現国のそのページを朗読する。


 今私がいるところは、私立汐乃路しおのみち高等学校。


 現在四時間目の現国。あと少しで、お昼休みになる時間帯……。


 遅れて申し訳ないけど、私は橋本華はしもとはな。二年C組。


 現在――授業中です。



 □     □



 お昼のチャイムが鳴り、クラスメイトの人達は仲がいい人達と昼食をとっている。会話したり、雑誌を持ってきて熱心に語ったりと、この時間は生徒のリラックス時間だ。


 そんな中、私は仲がいい四人と一緒に、昼食を食べていた。


 おばあちゃんが作ってくれたお弁当を、机を三つ使ってくっつけて、五人で囲んで各々が昼食を楽しんでいた。


「でね、翔真のうっかりシュートのせいで、こっちのチームは惨敗したんだよ。なんであんな漫画みたいなシュートを決めちゃうのかねー……」


 はぁっと溜息を吐きながら、持参していたお弁当箱(幕の内弁当)を食べて、浮かない顔をしていた――髪は短く、ショートヘアーで可愛らしい顔立ちの生徒――で、男の子の友達、つーちゃんこと野沢愛実のざわつぐみが言った。


 それも隣で焼きそばパンをがつがつと食べている黒毛の癖毛がすごく目立ち、服装も崩している三白眼の生徒――しょーちゃんこと霧崎きりざき翔真しょうまくんがぎくっと、大袈裟に肩を震わせて、急いで食べていた焼きそばパンが喉に引っかかったのか、どんどんっと胸の辺りを叩いて悶えていた。


 まるで溺れている人みたいに……。


「うげほっ! げほっ! ぶほっ! お、俺は、げほんっ! やり遂げはした……げほんっ!」

「そこしっかりといえばかっこよかったけど……、事実は事実でかっこ悪いから」


 えづいて、涙目と声になりながら反論するしょーちゃん。


 それを見て、机に身を預けて、うつ伏せになってくつろいでいた女生徒――きめ細やかで、癖のない長髪で、目元が吊り上っているせいで、厳しい印象で見てしまうけど、本当は心優しい――美百ちゃんこと住良木すめらぎ美百合みゆりちゃんがクリームパンをほおばりながら言う。


 それを聞いたしょーちゃんは、がっくしという表記が出そうな落ち込み方をする。


 ああ、頭を下げて落ち込んじゃった……?


 私はしょーちゃんに向かって言った。


「しょーちゃん……、次があるよ。ドンマイ」


 そう控えめに微笑むと、しょーちゃんはぱっと顔を上げて、涙ぐみながら「はなっぺぇ~」と、ぐずぐずと泣きながら……。


「本当に……、はなっぺは天使みてーだ……っ!」

「いや、それはあんたがへましたせいでそう見えるだけで、華は人間ですから」

「――そこは空気を読めよぉっ!」


 美百ちゃんの当り前な言葉を聞いて、しょーちゃん。また沈下してしまう……。


 ああ、なんだか不憫だ……。ぬぬ。


「というか必死でボール維持した人に対してその言い方はないだろう!?」

「はい残念そんなことないです。人生結果論です」

「だぁーっ! なんだこのツンデレのデレなし女はぁっ!」


 しょーちゃんと美百ちゃんの口論はヒートアップしている。でもしょーちゃんが劣勢だ。というか、今までこのような光景は何回も見たことがある。しかししょーちゃんが美百ちゃんに勝ったところは、今まで一回もない……。一度もない。


 だから――しょーちゃんが負けることは、誰もが予想していた……。


 私も、その一人……。ごめんね、しょーちゃん……。うにゅ。


「え? なにはなっぺ。なんでそんな悲しい目で俺を見ているの? なんで? え? なんか言ってっ! 無言ヤメテッ!」


 しょーちゃんは私を見て、困惑した顔をして身を乗り出そうとした時だった。


「やめなって翔真」


 そう言って、しょーちゃんの行動を静止させたのは……、うねった長髪が腰まである生徒――メグちゃんこと蓮舫惠れんほうめぐみちゃんだった。メグちゃんは手に持っていたスマホをフリックしながら、しょーちゃんを見ずに面倒くさそうな顔をして(しょーちゃんを見ないで)言った。


「それってもとはあんたのせいで、誰も悪くないし全部あんたが間違ったからこうなったんでしょ? 体育の郷戸ごうと先生にも言われていたし」

「――せめて俺を見ろっ!」


 そうしょーちゃんはメグちゃんに向かって突っ込む。そして郷戸先生の言葉を聞いて、しょーちゃんはぺたんっとイスに座って……、自分を抱きしめながら……、小さい声で青ざめながら……。


「で、でも……、たしかに、あんな赤鬼の郷戸先生、初めて見た……」

「あんたが第一号よ」

「『なんでそんな漫画のようなことができるんだ。お前もう十七歳だろ? 少しは高校生らしくしろっ!』って、それはもうめちゃくちゃ怒られていたからね」

「ああああああああああぁぁ~っ! やめてぇぇ~っ! おもいだしたくないぃぃ~!」


 とうとう泣き出して頭を抱えながら机に突っ伏してしまったしょーちゃん。


 そんなしょーちゃんの頭を、優しく撫でる私。慰めようとしての行動だったのだけど……。


「やめなはなちゃん。そうしたらこいつ調子に乗る」

「そうよ華。あんたはこいつには厳しくすべきよ」


 じとっと、私を見て言ったつーちゃんに美百ちゃん。


 それを見た私は、ぎょっと驚いて、しょーちゃんの頭から手をそっと離した……。何となくだけど、直感が囁いたからだ。触れてはいけないと――。


 私はふと、メグちゃんを見て――メグちゃんの名前を呼んだ。するとメグちゃんはスマホから目を離して「なに?」と聞いてきた。


「さっきから、何を調べているの……?」


 そう聞くと、メグちゃんはスマホを見ながら「ああ、これ?」と言って……。


「RCのホームページを見ているの」とはっきりと言い――


「ええ? またぁ?」


 美百ちゃんが顔を上げてうんざりな顔をしてメグちゃんに言った。


「朝も調べてなかった?」

「朝は朝。今は今よ。更新情報は朝早くからは出ないし、昼時になったら更新履歴にアップされることが多いもの」

「それは……、まぁ、いいや……」


 美百ちゃんは諦めたかのように、肩を竦めて、残っていたクリームパンを口に放り込む。


 ……メグちゃんが言っている更新情報。


 それは、RCが作ったゲームのことを指している。そのゲームは、幅広い世代に人気で、現在――全世界含めて、一億以上の利用者がいるくらいの、社会化現象のようなゲームのことを指していた。



 □     □



 RCが作った画期的VRMMO。


 それは元々医療機関で、最も複雑な病気を治すために使われていた医療器具だったらしいけど、どういう経緯か知らないけど、RCはどんな人も遊べるゲームを開発したのだ。医療器具だったものをもとに……。それが……。



 Medical・community・On-Line Game。



 通称……MCO。


 このゲームは二つの使用方法がある。


 一つはRCを利用しているお客様に、感謝の意を込めて。


 もう一つは……、本命である医療のため。


 このゲームは本来、とある方法で使われていたものを利用して使っていると聞いたことがある。



 それは――精神医療のカウンセリング。



 カウンセリングは話ながら治療をするものなのだけど、近年それは治療を遅くすると、とある医者が論文を出した……らしい。その事実は、ニュースにもなった。


 理由は語られていないけど、RCはそれを聞いてか、その時流行していたVRを使って、そのトラウマを克服しようと、リアルを追求したトラウマ克服ゲームを開発したそうだ。


 事実はどうなのかわからないし、それが本当なのかは定かじゃない。


 でも、それでトラウマを克服して、普通の生活を送っている人は数多い。


 事実、精神病に悩まされていた人達は、ここ近年減少しつつあるのだから。


 それと比例するように、最近では一般の人も遊べるようになっているので、その遊びをしている人が多くなっているのも事実で……。


「あ、あ、あ……」

「「「「?」」」」


 その時、私が悶々と考えている間に、メグちゃんはわなわなと指と体、持っていたスマホを震えさせながら、驚愕の顔でスマホとにらめっこをしていた……。


「……どしたの?」


 つーちゃんが聞く。興味なさげに……。それを聞いたメグちゃんは、震える口で、彼女は、小さい声で……。


「き、きた……」と言った。


「? なにが?」


 私がそれを聞くと、メグちゃんはスマホの画面を私達に見えるように向けてそれを見せた。私達は少し身を乗り出して、メグちゃんのスマホの画面を見る。すると――その画面には、こんなことが書かれていた。


『五月九日更新! MCO大型アップデート開始!』と、ゴシック体で書かれたそれを見て、私はメグちゃんに再度聞く。


「……これ?」


 それだけで、メグちゃんはぐわっと顔を上げて……、そしてテンションが上がったような、わくわくドキドキとした顔で、目をぎらぎらさせて私達に顔を近づけて言った。息が……荒い……。


「そうっ! 大型アップデート! サービス開始して全然アップデートなんてしなかったMCOが! まさかのここで、大型のアップデート! 大型アップデートだから! きっとすごい特典が付いてくるに違いないっ! ああもぅ! 何でゴーグル持ってこなかったのよぉ! むぃきぃいいいいいいっ!」

「ああ、メグがヘビーゲーマー禁断症状に陥った……」

「こうなったら手が付けられないわ。翔真。あんた止めて」

「俺は使いぱしりじゃねぇよぉ!?」


 そんな会話を聞いて、メグちゃんはスマホを自分の元に戻して「今詳細を見るからっ!」と、誰もお願いしていないのに、メグちゃんは進んで行動に移した。


 何回かタップを繰り返す。


 少ししてメグちゃんは目をぎらんっと光らせて「おおぉ!」と声を上げて、そしてもう一度私達に画面を見せてくれた。そこに書かれていたのは……。つーちゃんが読んでくれた。


「ええっと、何々?『このたびはMCOサービス開始十周年記念を祝しまして、MCO大型プロジェクトサービスを開始いたします。日時は五月九日午前零時(五月十日)にて、大型アップデートを開始いたします。尚、午前零時までログインしていただい御方には……、弊社から感謝の意を込めて、MCOポイント……1万リンズを差し上げます。団体様ならもっとお得。おひとり様一万五千Lを贈呈します。これからも、MCOをよろしくお願いします。 RC・CEO……當間純一郎。』だって……」


「へぇ……、太っ腹だね。課金ポイントのLを、一万円分、しかも団体で一万五千も」

「……なんだろう……」

「? はなちゃん?」


 つーちゃんが私を見て心配そうに聞く。私はそれを見て「あ、ううん、独り言」と言って誤魔化した。


 内心は疑問でいっぱいだ。


 課金ポイントであるLを無償で提供して、団体様なら五千プラス……。


 ……、なんだろう……。この、変な違和感は……。


「でもさ、これ怪しくない?」


 そう言ったのは、美百ちゃんだった。美百ちゃんはじっとスマホの画面を見て、すっと目を細めて言った。


「こんな太っ腹なこと、平然とする? ハッカーの仕業ってこともあるし……」

「……確かにねぇ……」


 美百ちゃんの言葉に、つーちゃんも同意の声を上げる。


 確かに最近ハッカーの悪行は目立っている。もしかしたら乗っ取りという可能性もある……。そう思った私も、頷こうとした時……、それを遮る人物がいた。


「一万っっ!? 行く! 俺行く! 帰ったらすぐプレイ!」


 ……しょーちゃんは目をLに変えて、メグちゃんと同様に目をぎらぎらさせながら言う。それを冷たく、そして呆れた目で見たつーちゃん。つーちゃんはしょーちゃんに向かって。


「いやダメだって。何かが起こるかもしれない中で、しかもそんなLに目がくらんだような邪な目をして……、あと二ヶ月で期末だろう? それに集中したら?」


 と言うと、しょーちゃんはというか、しょーちゃんとメグちゃんがぐりんっとつーちゃんをぎらついた眼で睨んで……。


「勉強など……徹夜で一夜漬けだっ!」

「そうよそうよ!」

「だめだこりゃ……。この阿呆とヘビーゲーマーの目がLだ……」

「金に目が眩んだ哀れな人みたい……」

「う、うん……」


 二人の目が……Lだ……。こんな目、今まで見たことがない……。ごくり。


 そんな風に二人を見ていると、メグちゃんは至って平然と、そして普通に――私たちに言った。




「てなわけで――みんなで団体様として行こう。よし行こうよ」




「「はぁっ!?」」

「え?」


 突然のメグちゃんの、無理やりな提案に、美百ちゃんとつーちゃんがウソだろ!? という顔をして身を乗り出し、私は素っ頓狂な声を上げて……やんわりと断ろうとした。


 今日見た夢はきっと、そのゲームのし過ぎで夢になって出てしまったせいだと思い、今後のこともかねて、ゲームは控えようと決めたところなのに……、メグちゃんは私の声、私の言葉を聞かず――


「なお、これは強制参加」と決めてしまった。


「なんでよ!」

「この金欠! あ、違うか、L欠!」

「なによ! 団体様で入れば五千も多くくれるのよ!? お得じゃない!」

「こいつ後でひっぱたきたいっ!」

「愛実に同意よ!」

「みんなで仲良くMCOにログインしよう! そうすれば怖くない!」

「「赤信号みんなで渡れば怖くないみたいに言うなーっっっ!」」


 …………………………………………。


 とまぁ。


 メグちゃんとしょーちゃんのLに目が眩んだ強硬手段により、私達は今日五月九日に団体でログインすることになった。


 集合はいつもの場所で、時間は十一時四十五分。少し余裕をもって行くことに決まった。


 美百ちゃんとつーちゃんは二人の鬼気迫るそれを見て、断っても駄目だと悟ったらしく……、やむなく折れた……。


 私は部活もあるので少し遅れると言い、この話は昼休み中に終わることになった。



 ◆     ◆



「あれ? 郷戸先生? ああ、いつものあれか」

萩野はぎの先生。いつものあれって?」

「知らないんですか? いつものあれっていうのは、MCOのカウンセリング療法のことですよ」

「ああ、郷戸先生って火が怖いんでしたっけ?」

「……トラウマらしいですけど……、今日はやけに静かだな。いつもは『熱い、暑い』って大声で叫んでいるのに」


 ……職員室で休みの間、郷戸先生もMCOのカウンセリングをしていた。


 そんな先生を見る職員をしり目に……、郷戸先生の手がとゴムのようにぶらぶらとしていたが、教室にいた私達には知る由もなかったし……。


 この後起こる事態なんて全然わからなかった。


 これが――悪魔のような事態が起こる数時間前……。

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