不遜!
降ってわいた戦勝に、要塞は沸いた。増援部隊を招き入れ、賑やかな祝宴が始まった。
フランら、王党派の顔も見える。ビスコやラビック達、少し前にリオン号から合流した仲間もいた。酒の代わりに炭酸水を渡されたロロが、甲高い声で革命歌を歌っている。
革命歌……王党派のロロが、誇らしげに。傍らで兄のフランが穏やかな顔で聞いている。
ザイードから引き揚げてきたワイズ将軍の隣には、いつの間にか、きれいな女性が座っていた。彼には妻がいたはずだが、そしてこの女性は彼の妻ではないのだが。
ロットルやベリル、サリの姿もあった。シャルワーヌの姿を認め、こちらに駆け寄ってこようとするサリを、ロットルが何か言って引き留めた。
「さ、行こうか」
さりげなくシャルワーヌが手を掴んだ。戦闘が始まってから、いやに体の接触が多い気がする。
「行くって、どこへ? みんなと酒宴じゃないのか?」
俺は口を尖らせた。
「せっかく18歳になったというのに。やっと酒が飲めるようになったんだぞ?」(*)
「だからだよ!」
一瞬、シャルワーヌは泣きそうな顔をした。すぐに表情を消し、俺の手を掴んだまま、ぐいぐい歩き続ける。
向こうでベリルが親指を突き立てたのが見えた。
車寄せには、立派な馬車が止まっていた。磨き込まれ、黒光りしている。よく今まで略奪されなかったと感心するような馬車だ。
「良い馬だな」
立ち止って見惚れた。繋がれていたのは黒毛と葦毛だ。どちらも毛並みがきれいで、良く躾けられている。
馬が大好きなシャルワーヌなのに、彼は、立派な馬にはまるで目を向けなかった。無言で俺を馬車に押し込んだ。
「おい、どこへ行こうとしているのだ?」
馬車が動き始めると、俺は尋ねた。
「ドラッティ侯爵の邸宅へ」
「ドラッティ侯爵?」
馬車に乗ってから、彼は言葉少なだった。俺の向かいに腰掛け、殆ど何もしゃべっていない。
なんだか不安になった。
ドラッティ侯爵というのは、地元クルスの有力者だ。オーディンの同郷人でもある。もしかしたらオーディンの身に何かあったのだろうか?
先頭の後、要塞の南の門は開け放しておいた。オーディンがそこから脱出できるようにだ。このまま軍にいても、ワイズ将軍の摘発で、軍法会議にかけられるだけだから。
オーディンは、軍や政府に内緒で
「オーディンは無事脱出できたかな?」
小声で尋ねると、小さな舌打ちが返ってきた。
え? 舌打ち?
なんで?
「彼なら大丈夫だ。もう、アンゲル艦に乗り込んでいるだろう」
「アンゲル艦?」
「ラルフ・リールの船だ。マークス将軍をアップトック提督に渡したら、八つ裂きにされかねないからな」
確かにアップトック提督はラルフの上官だが。そして、オーディンに対して怒り狂っている。オーディンの遠征軍がザイードに上陸したことによって、メドレオン海提督としてのメンツが丸潰れになったからだ。
それにしてもなぜここにラルフの船が? 彼は、タルキア沿岸にいるのではなかったか?
「シャルワーヌ……もっと詳しく」
シャルワーヌの計画、いうか、目論見について、俺は何も知らされていなかった。おそらく、ずっと戦場で指揮を執っていたワイズ将軍もそうだ。
「リール代将は、」
さもいやいやと言った風にシャルワーヌはその名を口にした。
「アップトック提督の手助けをする為に、南クルスに呼ばれたのだ。彼は、地元の蜂起軍に武器弾薬を補給していた」
まさにラルフの得意とする分野だ。
「よかった。アップトック提督のラルフへの誤解が解けたんだな」
「君が提督に、何か言ったんだろう?」
「?」
確かに、ユートパクス上陸の際は提督の世話になったが……。
「提督はロロと、ダンゴムシがどうとか話していたが、俺自身は特に何か言った記憶はないぞ」
「ともかく、だ!」
だん、と、シャルワーヌは自分の膝を叩いた。痛かったのか、顔を顰めた。
「南クルスに配属されたリール代将が船を回して、ここから直近の浜でマークス将軍を拾う。それから、第三大陸へ向かう商船を捕まえ、彼を乗船させる……という手はずになっている。もちろん、アップトック提督には内緒だ」
「第三大陸……」
ウアロジア大陸やソンブル大陸から遠く離れた大陸だ。
「オーディンはそこからのし上がってくるのだな」
「彼にやる気があるのなら」
俺はまじまじとシャルワーヌを見つめた。
「君はラルフと連絡を取り合っていたのか?」
「仕方なく、だ」
「オーディンを救うためだもんな」
その言葉に、少しの嫉妬もなかった。
俺ははっきりと理解した。
シャルワーヌのオーディンへの気持ちは、単に称賛と敬意、そして憧れでしかない。
俺が王へ捧げたのと同じ、忠誠だ。
決して、愛などではなかった。
ただ、オーディンの方はどうなんだろう。彼はシャルワーヌを諦めただろうか。こんなに勇敢でまっすぐな、人間的にも秀でた、得難い男を。
もちろん俺は、シャルワーヌを信じているけど。
「ジウになった俺を見て、エドガルドだ、ってすぐに見抜いたのは、オーディン・マークスだけだったんだ」
シャルワーヌもラルフも、ジウに転移したばかりの俺を、エドガルドだと見抜けなかった。シャルワーヌはともに日々を過ごすうちに徐々に、そしてラルフは、互いの細かい記憶を照らし合わせて初めて、俺をエドガルドだと認めた。
ただ一人、初見でジウの中に俺を見たのは、オーディン・マークスただ一人だ。彼の直感が、ジウの中に俺を認めた。
自分が愛する男に、他の誰かが好意を持ったら、それはすぐにわかるものだ。たとえばジウ王子が、オーディンのシャルワーヌへの愛着に気がついたように。
そう思うと、オーディンが哀れにも思えた。彼は、本当にシャルワーヌが好きだったのだと思う。だからこそ、彼の傍にいたジウに、俺の影を認めた。
シャルワーヌの眉間が曇った。
「君がエドガルドであると見抜いたのは、マークス将軍が未だに君のことを愛しているからだ」
驚いた。
「何を言うんだ、シャルワーヌ。彼が愛しているのは君だ。君を愛しているからこそ、必要以上に俺を警戒して、」
「違うよ、エドガルド。俺が差し出したのは忠誠だけだ。だが君は、本物の愛情を彼に与えただろう?」
庇護欲。かわいいという気持ち。
「学生時代の幼さを、愛情だというなら」
「それは、愛だ。だから彼は、もう一度君に抱かれたい、などと不遜なことを口走ったのだ」
不遜、と言った。
確かに。
シャルワーヌがオーディンのことを悪く言うのを初めて聞いた。さっきの舌打ちといい、まさにシャルワーヌは、憤懣やるかたないといった風だ。
「彼が愛していたのは、士官学校時代からずっと愛し続けていたのは、間違いなく君だ、エドガルド」
俺は呆気に取られた。違う。オーディンが愛していたのはシャルワーヌで、だから……。
「彼が俺に執着したのは、俺が君の男だから。俺は最初から君の名を隠さなかった。いいや。君の名を言い当てたのは、彼だ」
「それは……」
言いかけた俺を、シャルワーヌは制した。
「だから彼は俺を殺すことを思いついた。残忍な猫が、愛する飼い主の持ち物をいたぶるように。複雑で理解し難いやり方だ。2種類の毒を使うなんて!」
「違う!」
俺は叫んだ。
「あれは、君を愛するがゆえの一時的な気の迷いだ。だって君の無事を知った時、オーディンは本当に安堵していた!」
軍を置き去りにユートパクスへ帰るフリゲート艦の中で。
「それは、忠臣の無事を喜んだに過ぎない。俺は彼に、絶対の献身を誓っていたからな。だか、言ったろ? 俺を殺そうとしたのは、オーディンの気まぐれだ。君への歪んだ愛が、そうさせた。」
「シャルワーヌ……」
激しく混乱した。オーディンがずっと俺を愛し続けていた? 憎んでいたのではなく?
にわかには信じられない。
シャルワーヌの目が、すうーっと細くなった。
「君も君だ。
「しっ、下心?」
「そうだ。あのな、エドガルド。よく覚えておけ。俺以外の男はみんな、君に下心を持っているんだ」
「そんなことは……」
ない、まで言わせてもらえなかった。噛みつくようにシャルワーヌは続けた。
「その上、彼を励ますようなことまで言って! 力を尽くしてのし上がってこい、だなんて」
「あれは……」
オーディンは学友じゃないか。悪い運命に絡めとられてしまったが、公平に見て、実力だってある。
危機に瀕した彼のとどめを刺すような真似は、俺にはできない。
「わかってる。君はそういう人だ。油断して隙だらけで、誰でも無条件で受け止めてしまう。だか、そういうずぶずぶなところも含めて、俺は大好きなんだ」
「ずぶずぶ?」
随分な言われようだ。
「でも、約束しておくれ」
シャルワーヌは俺の目を見つめた。視線を絡めとろうとする。
「俺以外の男に目を移さないって」
「当たり前だ」
濃い色の瞳をしっかり見据えて答えた。
「エドガルド……」
我慢できないという風にシャルワーヌは、座席を隣に移ってきた。大きな腕を広げ、俺を抱きしめる。
「ドラッティ侯爵は、俺の古い友人だ。彼は、数日の間、自宅を明け渡してくれたのだ。俺たちが自由に使えるように」
「俺なら、要塞に雑魚寝で十分だったのに」
「そういうわけにはいかんのだ!」
再びシャルワーヌが叫んだので、ぎょっとした。
「どこのどいつが、初めての夜を、男だらけの要塞で雑魚寝して迎えるものか!」
「初めての……、夜?」
その言葉が意味を結び、俺は真っ赤になった。
「だってシャルワーヌ。君は全く興味がないと思っていたよ。フランの城で再会できたのに、君は一向に手を出そうとしない……」
それは、俺が成人してからずっと、ということだ。
ジウの体になってしまったせいだろうか、と危惧していた。成人になっても、まだまだ少年のような体を抱くことに、シャルワーヌは嫌悪を抱いているのかもしれない……。
「背中に傷のある恋人に襲い掛かれるか! 俺は……俺は、どんなに我慢してきたことか!」
「えっ!?」
「せめてクルス戦が終わるまで我慢しろと医者にいわれたのた。俺は君を殺しかねない、って」
「フランの城のあの医者か?」
白い髭の医者を、俺は思い出した。
シャルワーヌが頷く。
「だから俺は耐えた。そして、がむしゃらに戦って勝利した。……もう、我慢できない」
めちゃくちゃにキスをし始めた。口を塞がれ、あっけにとられている俺の服を、器用にめくり上げようとする。
「ちょ、ちょっと待て」
「いや、待たない。俺は待った。充分、待った」
ぎゅうぎゅう抱きしめ、次にズボンの紐に手を伸ばす。
さすがに俺は暴れた。
だってどこに、ウィスタリア軍の残党が潜んでいるかわからない。裸で彼らに対峙して、負けるつもりはないが、勝てる気がしない。
だが、圧倒的な体格差で、座席に押し倒されてしまった。ボタンがはじけ飛び、服がむしり取られる。
馬車が大きく後ろに傾いた。
________________
*この世界の飲酒は、成人と見做される18歳から許可されています
※戦争やら政争やら続きましたが、もう、うるさいこと言いません……
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