王の陰謀


※エドガルド視点です

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 武器弾薬の不足から、ゲリラ的な活動を続けることを余儀なくされていた蜂起軍には、情報がなかなか入ってこなかった。

 だからシャルワーヌが、無事、帰国したかどうかは、誰も知らなかった。


 だが俺は、彼の帰国を信じていた。ラルフが介在している以上、悪いようにはしないだろう。いすれにしろ、気にしてもどうしようもないことだ。だってシャルワーヌは、オーディンの元へ帰っていくのだから。


 憂愁を吹っ切るように軍務に邁進した。


 砲兵としての俺の知識は、蜂起軍でも重宝された。おかげで、めきめきと階級を上げていった。

 今は少佐だ。元がアンゲルの大佐だから、それだけの実力はあると自負している。


 しかし、この見かけだ。

 どこまで信用されるか未知数だったが、ここでは、能力ある者が正しく重用される仕組みになっていた。


 幹部には農民出身者が大勢いたし、外国人の師団長も何人かいた。

 フランは地方貴族出身だが、もう少し南で共闘している蜂起軍のリーダーは、元行商人だという。


 革命は平等を謳ったが、それが実現されたかどうかはわからない。

 けれど、反革命を掲げる蜂起軍では、昇進は全く公平な実力主義だった。革命とは反対の陣営で、革命の理念が実現されたのだといっても、過言ではない。


 俺たちの戦う相手は、オーディン政府から派遣された鎮圧軍……つまり、同じユートパクス人だ。


 デギャン元帥麾下の亡命貴族軍にいた時から、俺たちの敵は同国人ユートパクス人だった。その中の一人が、シャルワーヌだったわけだけど。


 もういい加減、慣れてもいい頃だ。でも、同じ国の民と戦うことは、やはり辛い。この兵士を、将校を殺さないで済めばいいのにと、何度思ったことか。特に一般の歩兵は、徴兵だ。ちょっと前まで、農民や職工だった人たちだ。反乱軍の農民兵と、どこが違うというのか。


 それが、内乱の正体だ。

 内乱に、救いなんてない。


 それでも戦い続けなければならない。革命の名のもとに多くの人が死んだ。前世では、俺自身、たくさんの敵を殺した。

 今更自分の主義を変えることなんてできない。俺は、王の為に戦い抜く。



 ル・ポン橋の見回りを終えて陣営に帰ってくると、顔見知りの大尉がやってくるのに出くわした。

 妙にそわそわしている。あたかも、人に見られるのを恐れているかのようだ。


「キュリア大尉」

呼びかけると、文字通り飛び上がった。

「どこへ行くのだ。もう日も暮れるぞ」

「さ、散歩に……」


 それにしては、大荷物だ。腰に銃剣を帯び、武装もしている。

 すぐにわかった。


「君もか」

「許してくれ、ヒュバート少佐。俺には妻と娘と息子がいる。生まれたばかりだった息子も、もう十歳だ。子どもたちに、きちんとした教育を受けさせてやらねばならない」


 つい先ごろ、オーディン政府が意外な公布を出した。

 亡命貴族の帰国を許可するというのだ。

 売却されていない場合は、国内に残された財産の返却も認める。もちろん、王族や、一部の「反抗的な」貴族は除くが。


 アンゲルや東のウィスタリア帝国に逃げていた元貴族らが、ユートパクスに戻りつつあった。

 またオーディン政府は、武器を捨てて投降すれば、王党派蜂起軍の兵士にも、恩赦を与えるという。


 罠だと、フランは口を極めて麾下の兵士達を説得した。投降すれば、捕まって処刑されるばかりだと。

 俺もそう思う。

 あのオーディンが、自分の敵を、無条件に赦すわけがない。


 だが、蜂起軍の中には動揺が走った。

 幾人かの貴族将校が姿を消した。亡命者名簿から抹消してもらうべく、オーディンの政府と和解したのだ。

 彼らがその後どうなったかについては、情報が入らないからわからない。無事でいればいいのだか。


 蜂起軍の農民たちの中には、武器を持つことを拒否する者も出てきた。武器さえ携行していなければ、一般の農民と区別がつかないからだ。


 キュリア大尉は、首都シテ出身の貴族だ。西海岸に赴任中に革命が起きた。軍は革命政府のものとなったから、大尉は辞職を申し出た。そしてそのまま蜂起軍に加担した。

 シテに残してきた妻子は、革命政府に財産を取り上げられ、困窮しているという。


 「行くがいいさ」

彼に背を向け、俺は歩き出した。

「帰る場所のあるやつは幸せだ」



 キュリア大尉の脱走を聞いても、フランは動じなかった。仕方のないことだと諦めているのだろう。

「エドゥ、君もウテナへ帰りたいのなら……」

「馬鹿を言え」

言いかけたフランを、俺は遮った。

「君こそ、気をつけろ。オーディン・マークスが鵜の目鷹の目で探しているという情報があるぞ」


 周辺の蜂起軍リーダーたちも、次々とオーディンの軍門へ下りつつあった。

 恩赦を与えたにも関わらず、蜂起軍を率い続けているフランに、オーディン・マークスは怒りを露わにしているらしい。


「せめてロロだけでも逃がしたいのだが……」


 フランの思いは、やはりどうしても、最後には弟へ行きつくようだ。

 だが、ユートパクスへ帰ってきたのは、ロロの意思だ。そこを認めてやらないのは、彼が気の毒だ。



 蜂起軍の幹部たちが集まってきた。幹部会議が始まった。

「それで、フラン。国王陛下の方はどうなった?」

 幹部の一人が尋ねる。

「このところ、海岸沿いの政府軍はおとなしくしている。陛下をお迎えするには絶好の機会だと思うのだが」


 アンゲルに滞在するブルコンデ18世には、何度も、ユートパクス西部からの上陸を願い出ている。

 国王が来臨しさえすれば、人心を一気に引き戻すことができるからだ。


 幸いなことに、国王陛下は、アンゲルに滞在されていた。アンゲルなら、ここからすぐ、対岸だ。


 だが、一向にブルコンデ十八世は姿を現さない。返事は来るのだが、はっきりとした上陸の日付が示されたことはない。

 要請している援軍も、待てど暮らせど到着しない。


 俯いたフランの顔色は青かった。


「実は、ブルコンデ十八世陛下の側近から指令があった。陛下が到着する前に政府軍を掌握せよ、とのことだ」

「ユートパクス軍を掌握だって? 俺たちの主戦力は、農民だぞ?」

 俺は呆れた。


 政府軍の歩兵もまた、徴兵制で集めた民間人が中心だが、彼らを率いているのは、諸外国との戦争で実績のあった将校らだ。中には、傭兵出身のやつもいる。もちろん歩兵だけではなく、騎馬兵、砲兵、工兵に至るまですべてそろっている。


 つまり、戦闘のプロ集団だ。

 その軍を掌握せよ、とは……。


 周囲にいた幹部たちも同じ気持ちだったようだ。


「そんなことができるものか!」

「正直、このままでは、首都へ進軍するのさえ危ういぞ」

「うむ。到着する前に、糧食不足で道端に屍を晒す羽目になる」


 ざわざわとざわめきが走る。


「諸君!」

 フランが立ち上がった。気力を絞っているのがわかる。

 この計画には、フランだって疑念を抱いているのだ。

「陛下は、暗殺部隊を送られた。彼らの使命は、オーディン・マークスの暗殺だ。アンゲル艦に乗船し、既にユートパクスに上陸している。おそらく今頃は……」


 思わず俺は息を飲んだ。俺だけじゃない。沈黙が一座を支配した。

 さらにフランは続ける。


軍最高司令官オーディン・マークスが殺されたどさくさに紛れて、各地に潜伏した我々王党派が首都へ進撃、軍を掌握する……こういう手はずだ」


 オーディンを暗殺。

 あのオーディン・マークスを。

 学校の鐘の音が、狂ったように耳元で鳴り響く。

 冷酷で非道、残虐な男だ。

 俺から大切なものを奪った。

 けれど、

 ……殺す。

 いや、もしかしたら既に、オーディンは暗殺されているのかもしれない。



 「大変だ!」

興奮冷めやらぬ幹部らの前へ、守備兵が飛び込んできた。

「政府軍に、シャスール師団が捕獲された!」

「シャスール師団! ロロのいる軍だ」

 悲痛な声で、フランが叫び、立ち上がった。

 そのまま崩れ落ちた。




 数日後。

 捕まえた捕虜の中に、蜂起軍のリーダーの弟がいたと知った政府軍から、手紙が届いた。

 恩赦を受け入れず、政府に逆らい続ける諸君らの行動は、万死に値する。

 しかしながら、幼い少年の処刑は、寛大なる革命の精神に反する。

 今から3日以内に、フラン司令官自らが出頭せよ。さすれば、少年は解放されるであろう。

 なお、師団の構成員のうち、成人については、己の責任能力において、政府に反逆したと判断できる。よって、シャスール大佐はじめ全員を、明朝明け方、死刑に処す。


 翌日、政府軍の駐屯地からほど近い河原に、幾つもの十字架が建てられた。

 それぞれの十字架には、十字の形に両手を広げ、そろえた両足を伸ばした死骸が張り付けられていた。

 その日の明け方、裁判もなしに処刑されたシャスール師団の将校、および兵士達だった。








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