月下麗
ぐらりと視界が歪んだ。熱がある。体が熱く火照っている。
だがそれは、病弱なジウの体が知っている発熱ではなかった。
もっとずっと乱暴で、有無を言わさぬ強引さ、そして……。
「目を覚ましたか」
誰かが枕元で囁いた。
「シャルワーヌ?」
覚えず、その名を口にしていた。前世の俺が愛した男の名を。
もはや自分を騙しようがない。騙す必要もない。
「いいや。私はカンダーナだ。2世である」
「タルキア皇帝!」
一瞬で今の状況を思い出した。
慌てて飛び起きる。皇帝の前で眠りこけてしまうなど、そんなことがあっていいのか。というか、許されるわけがない。
「うっ」
部屋がぐるりと回って見えるほど強烈な眩暈に、思わず呻いた。体の後ろに残る僅かな異物感。そして……。
「良い。そのままで」
畏れ多くも皇帝は、自らの手で俺の体を寝台に沈めた。足元に丸まっていた毛布で全身を覆う。
「わが軍の者らが申し訳ないことをした。今しばらくそのまま休むがよい」
俺は、自分が着替えさせられていることに気がついた。一枚布のゆったりとした寝巻が体を覆っている。
そこは、さっきまでいたがらんとした部屋ではなかった。暗くてよく見えないが、声の通りが全然違う。柔らかな絨毯やカーテンに包まれ、豪華な家具調度が置かれているらしい。俺が寝かされているベッドも、天蓋付きの豪奢なものだった。
キャプテン・アガと話していた部屋に、大勢の人が入ってきたことまでは覚えている。
アガと話している途中、ひどい目眩を感じた。気を失いかけたところへ、大勢の男たちが入ってきた。だが激しい頭痛が襲ってきて、その後の記憶が全くない。
欠けている記憶は、皇帝が補足してくれた。その場にいた軍人達を拷問して吐かせた自白と、医師の診断を兼ね合わせて、再構成したという。
彼らは俺の衣服を剥ぎ取り、狼藉を働いた。さらに、性交を可能にするために、潤滑油を塗り込んだらしい。
「朕は謁見の間に赴いたが、広間は空だった。召使の話では、大使は別棟に連れていかれたという。すぐに従者を使いにやった」
使いの従者が、皇帝付きの将軍だったことが幸いした。皇帝の名の元に将軍は軍人らを縛め、気を失っていた俺を保護した。
「近衛将軍を使いにやったのは、そなたが連れ込まれたのは、遠征軍が使っている翼だと聞いたからだ」
皇帝は曖昧に言葉を濁した。どうやら、語った以上の事情がありそうだ。タルキア軍の内部情報だ。詳しく知りたいと思ったが、今の俺には探り出す気力がない。
「大使の名誉の為に言っておこう。あやつらの行為は未遂に終わった」
最後に皇帝は付け加えた。
今一度、俺は起き上がろうとした。たとえ非がタルキア将校にあろうと、皇帝の前で寝そべっていていいわけがない。
「あぅ……ん」
それなのに、体を横向きにしようとして、変な声を上げてしまった。自分でも聞いたことのないような甘い嬌声だ。
慌てた。羞恥で耳まで赤く染まる。
「もっ、申し訳……」
「そなたが謝る必要はない」
「ですが……うくっ」
これが謝罪せずにいられようか。否、謝ったって許されることではない。
俺の体の一部は立ち上がっていた。のみならず、快楽を渇望してうち震えている。発熱はそのせいだ。
意識が戻ったせいか、熱が一層の強さで内側から蹂躙している。戻ったばかりの意識が薄らぐほど、強烈に翻弄される。
「あん……、っは」
俺はエビのように体を丸めた。熱い先端に触りたくて仕方がない。両手で掴んで強くこすり上げ……、
……ダメだ。皇帝の前だ。そして俺は、アンゲルの大使だ。
「月下麗……媚薬を使われたのだ。そなたのせいではない。医師が洗浄を施した。そなたは気を失っていたが」
まるで覚えていない。
体の先端から絶え間なく雫がこぼれている。恥ずかしさと申し訳なさと、それ以上に込み上げてくる原始の欲求に、俺はただただ、震え続けるしかない。
「意識が戻ったのなら、薬湯をもって来させよう。それで気分は幾分、マシになるはずだ」
慈悲深い目が見下ろしている。
ほっそりとした美しい指が伸びてきて、熱の膜で覆われたようになっている俺の両手を握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます