ラルフの企み


*ここから2話に亙ってアンゲル将校、ラルフ・リールが視点人物を務めます

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 シャルワーヌが自分の戦艦へ来ると決まった時、ラルフは、彼の訪問をエドガルド……ジウはどうしても、ラルフにとってはエドガルドだった……に隠し通そうと思った。

 一時的にエドガルドを陸に上げるか、友人の戦艦に移してしまおうかとさえ考えた。


 しかし、たとえ一時でも、彼が自分の目の前からいなくなってしまうのは耐えられなかった。友人に託す? とんでもない!

 もっとも、17歳未成年を主張するエドガルドは、ラルフに指一本触れさせてくれなかったのだけれど。


 ただでさえシャルワーヌは、前世のエドガルドの想い人だ。ラルフとの情事の最中にその名を口走ってしまうほど、エドガルドはシャルワーヌを愛していた。

 転生して、彼は、シャルワーヌへの恋心を忘れてしまったらしい。前世での恋人はラルフだと思い込んでいる。


 上ザイードを訪問し、初めてジウと出会った。シャルワーヌ・ユベールを訪ねたのには、二つの理由がある。現在のユートパクスの危機的な状態を教えて戦意を挫くのと、それからこっちが主なものだが、亡命貴族エドガルド・フェリシンの死を伝えることだ。


 エドガルドの死に、シャルワーヌは酷いショックを受けたようだった。悲しみに打ちひしがれる彼に、ラルフは、自分とエドガルドの関係を匂わせた。絶望に打ちひしがれたシャルワーヌが、どこまで理解できたかは、定かではない。


 当時はまだ、エドガルドのジウへの転移を知らなかった。口頭で言われても、恐らく信じなかっただろう。

 だか、ジウは、エドガルドしか知らないはずのことを知っていた。二人が初めて出会った時の言葉だ。その上彼は、シャルワーヌへの強い害意を口にした。それまでの様子から、てっきり彼は、上ザイード総督シャルワーヌに恋していると思っていたのに。


 ジウのあまりに必死な様子に、試しに、一人でイスケンデルまで来るよう誘ってみた。いかにも世間知らずな外見にも関わらず、彼は約束を違えず、期日内に上ザイードから来てくれた。

 上ザイード総督、彼の保護者でもあるシャルワーヌを捨てて。


 そして、彼の記憶は、細部までラルフのそれと一致した。ラルフだけじゃない。亡命貴族の仲間たちとも。

 間違いない。これは、エドガルドだ。


 願いが叶った。エドガルドをようやく独り占めできた……。ラルフは嬉しかった。宗教を否定したユートパクスと違ってラルフの祖国アンゲルには、国王の定めた神がみそなわす。遠慮なく跪いて、神への感謝の祈りを捧げたいところだ。


 ただ、シャルワーヌの名を聞いた時のエドガルドの反応が、ラルフを不安にさせた。頬を赤らめ胸を抑え、まるで恋する少年のようなのだ。いや、エドガルドは今、少年なのだが。

 エドガルド自身は、これはジウの反応なのだと説明している。彼の体に残されたジウの思念が、シャルワーヌの名を聞くと、勝手に脈を上げ、頬を紅潮させるのだ、と。


 エドガルドを疑う理由なんてない。恋人の言うことを信じられないなんて、最低の男だ。

 けれど、不安はなくならなかった。できることなら、シャルワーヌには会わせたくない。シャルワーヌだけではなく、いっそ全人類から、彼を隔離させたい気持ちだった。


 そんな折、ユートパクス軍の新司令官オーディン・マークスの後任ワイズ将軍から、リオン号に全権大使を送る、と、通告してきた。そのうちの一人が、シャルワーヌだった。


 もしエドガルドの……ジウではない……心の裡に、シャルワーヌへの恋心が残っているのだとしたら?


 シャルワーヌが来ると知らせず、エドガルドをリオン号から遠ざけてしまうのは、フェアでない気がした。ただでさえ自分は、シャルワーヌから「ジウ王子」を奪った。また後にエドガルドが、リオン号にシャルワーヌが来たと知った時の言い訳にも困る。

 この件を、彼に伝えないわけにはいかなかった。エドガルド自身が、シャルワーヌには会いたくもないから他の船へ移る、と言ってくれることを、ラルフは密かに期待した。


 ところが、意外なことをエドガルドが言い出した。


 オーディン・マークス。

 ラルフの宿敵で、かつてのソンブル大陸遠征軍総司令官、そしてアンゲル側の監視をすり抜け、ユートパクスに帰国してしまった男が、シャルワーヌに恋をしているという。


 さらに、シャルワーヌと一緒に来る予定の、もう一人の大使、ペリエルクへの、驚くべき疑惑が浮上した。

 半年ほど前、彼が上ザイールに到着してすぐ、ジウ王子は病に倒れた。加えて、オーディンの口からペリエルクの名を初めて聞いた時、ジウの体は激烈な反応を示したとエドガルドは語った。


 ペリエルクはジウに何か仕掛けたというのか。そうだとしたら、なぜ? ユートパクスの文民とウテナの王子には何の接点もない。

 それが何かはわからないが、この件が、総司令官のオーディション・マークス絡みであることは明らかだ。


 もうひとつ、気になることがある。


 オーディン・マークスが、ジウの死とシャルワーヌの生存を、表裏一体として認識していたことだ。彼は、ジウが生きていたことを知ると、シャルワーヌの死を確信した。そのくせ、オーディンは、彼の無事を確認しなければいられなかった。シャルワーヌを愛しているからだ。


 ……「良かった。計画は失敗したのだな」

 シャルワーヌの生存を確認したオーディンは、そうつぶやいたという。

 「計画」というのは、何だろう。その計画が失敗して、シャルワーヌは生き残った。それなら、突然のジウの「重病」は何を表すのだろう。「計画」が「成功」すれば、ジウは無事でシャルワーヌは死に、「失敗」すればシャルワーヌが生き残る変りにジウは死ぬ……。エドガルドの理解では、どうやらそういうことになるらしい。


 この件のキーパーソンとなるペリエルクが、ラルフの船に来る。もう一人の関係者、シャルワーヌと一緒に。


 あの後、ラルフは、シャルワーヌへの嫉妬とは別の意味で、リオン号を降りるよう、エドガルドを説得した。

 彼の身の危険を感じたのだ。


 シャルワーヌが無事であることは、ペリエルクも知っている。なにしろ二人はワイズ将軍の大使として、一緒にこの船に来るのだから。

 けれど、ジウの無事は知らないはずだ。オーディンの言っていたことが本当だとしたら、シャルワーヌが生きていると知った時点で、ペリエルクは「計画」の「失敗」を悟り、同時に、「ジウの死」を確信したはずだ。

 それなのに、リオン号でジウが生きていると知ったら、ペリエルクはどう出るか。


 いずれにしろ、エドガルドジウの身が危険に晒されることを、ラルフは危惧した。少しの間、ペリエルクから……リオン号から、彼を離しておきたかった。


 しかしエドガルドは、頑として聞き入れなかった。

 謎が気になるのなら、まだ話は分かる。

 ところがどうやらエドガルドは、プシエルクと行動を共にするシャルワーヌの身を案じているようだった。

 もちろん彼は、そんなことは一言も言わなかったけれども。


 それがかえって、ラルフに疑惑を抱かせた。

 シャルワーヌの身を案じているのは、ジウではない、エドガルド自身ではないのか。


 つまり彼は、未だにシャルワーヌを愛しているのではないか。ただ彼が、それを認識していないだけで。転生のショックで、一時的に忘れてしまっているだけだとしたら。シャルワーヌへの愛を。


 いいや。

 ラルフは首を横に振る。

 エドガルドはまだ、ラルフを愛してくれている。18歳の誕生日を過ぎたら、彼に身を任せるつもりでいる。

 それは、彼の初めてであるはずだ……。


 彼の前世では、ラルフに先んじて会ったというだけで、シャルワーヌはエドガルドの心を掴んだ。

 一生涯。

 今回も、最初のチャンスはシャルワーヌにあった。けれど彼はそれをものにしなかった。そして今、ラルフは礼儀正しく、許される日、即ちジウの誕生日を待っている。新たに生まれ変わったエドガルドの傍らで。


 もしかして自分は今、シャルワーヌを永遠に退ける大きな岐路に立っているのかもしれないと、ラルフは思った。

 前世のエドガルドに、先に手を出したというだけの理由で、彼をさんざん独り占めしてきたあの男シャルワーヌを、今こそ、永遠にエドガルドのそばから追い払えるかもしれない。








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