亡命貴族の仲間たち
※
◇ からジウ視点に戻ります
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「ラルフ? ラルフ!」
「ああ?」
何度も呼ぶ声に、ラルフは我に返った。不服そうなジウ王子の顔が目の前にあった。
いや、違う。
ジウ王子なんかじゃない。
これはエドガルドだ。
「なんだよ。急にぼんやりしちゃって」
「なんでもない」
「それとも……」
俄かに声が不安げになった。
「迷惑だったか? 俺が君を恋人だって言ったこと」
無言でラルフはエドガルドを抱きしめた。
それは知らない抱き心地だった。固く細い、異国の少年の体だ。
「君は本当に、覚えていないのか? シャルワーヌ・ユベールのこと、」
言いかけた言葉は怒りの声に遮られた。
「こんな時に、他の男の話をするな!」
過去から呼び戻されたセリフに、思わずラルフは白い歯を見せて笑った。
勝利の笑みだ。
シュール港で初めて会った時、彼は、出遅れたと感じた。エドガルドと会うのがほんの少し遅れたばかりにシャルワーヌに取られてしまった、と。
けれど全能の神は、今、自分に彼を返してくれた。しかも全く手の付けられていないまっさらな状態で。
その上彼は、ラルフのことを、エドガルドだった時からの恋人だと思っている。
神の摂理か、転生のショックか。エドガルドは完全に、シャルワーヌの記憶を失っている。
ラルフには、体しか与えられないと豪語していたあの男が!
「何を笑ってるんだ?」
怪訝そうな声が問う。
「いや」
ラルフは惚けた。
3度目の性交で彼がシャルワーヌの名を口にしたことは、エドガルドの生前も二人の間で蒸し返されることはなかった。無我夢中で口走っただけで、どうやらエドガルド自身、覚えていないようだった。
ただ、ラルフの心の傷となって残った。
けれどそれももう、おしまいだ。だって彼は自分のものだから。エドガルドの頃からラルフだけを愛していたと、彼自身が信じているから。
あの辛い記憶には永遠に蓋をして、葬り去るのみだ。
「君と俺の記憶は細部まで一致した。もう疑う理由はない。さて、君のことを何と呼ぼうか」
「ジウと呼んでくれ」
ためらいがちな声が、頼むように告げた。
「死んでしまった気の毒な王子の存在を消し去ることなんてできない」
エドガルドらしいと、ラルフは思った。
本当は彼のことをエドガルドと呼びたかったのだけれど。
けれど彼はここにいる。自分の傍らに。
それで十分だと、ラルフは思った。
◇
ラルフの元には、
ウテナの少年となってしまったエドガルド・フェリシンに、彼らは猜疑の色を隠せなかった。しかし、話していくうちに、次第に俺をエドガルドと認めるようになった。亡命貴族だけが知っている極秘の情報を知っていたからだ。
特に副官のルビックは、
「貴方の技術は素晴らしかった。俺は、貴方が残した要衝を仕上げただけです」
目にいっぱい涙をため、ルビックは言った。同じ亡命貴族として苦楽を共にしてきた部下の賞賛の言葉に、俺も涙を禁じえなかった。
「ところで、ラルフ。君はとうとう、彼を手に入れたわけだな」
国際スパイのビスコが口を挟んだ。
「とうとう?」
怪訝に思い、首を傾げた。だってエドガルドだった頃から俺は、ラルフの恋人だったはずだ。ラルフだって、それを認めてくれた。
「うむ。何しろエドガルド、君は革命軍将校、シャル、」
「うわっ! 黙れ、ビスコ!」
唐突にラルフが叫んだ。
「シャルワーヌのことか?」
俺は言葉を継いだ。
「おい、ビスコ!」
悲鳴のようなラルフの声。
「そのシャルワーヌだ。君は彼を好きだったんだろ?」
凄い目で睨んでくるラルフを無視し、ビスコが問うた。
「そうだよ」
どうしてビスコが知っているのか不思議に思いながら、俺は答えた。もしかしたら、オーディンの船で殺されそうになった時に、シャルワーヌの名前を口走ってしまったのかもしれない。それを助けに来てくれたラルフの手下のルグランに聞かれたのだろう。
でも、あれは、ジウの残滓だ。ジウの意識が残っていて、シャルワーヌに助けを求めたのだ。
エドガルドの意志ではない。
ビスコはにやにや笑っている。その傍らで、ラルフが息を詰めていた。
早急に誤解を解く必要を感じた。
「ジウは、彼を愛していた」
「は?」
「つまり、この体の元の持ち主だ。仕方のないことなんだ。ジウは、世間知らずな王子だから」
「ジウ? 何の話だ? 俺が言いたいのは、」
「いいじゃないか、革命軍の将校のことなんか」
ラルフが割り込んできた。俺の肩を強く抱く。
「大事なのは、ジウは俺たちの味方だということだ」
「うわあ、ラルフ代将が少年の体に触れてる……ものすごく犯罪的です、それ」
遠慮がちに、俺の副官だったラビックがつぶやいた。
そっと、肩からラルフの手を外す。
「そんなことより、ラルフ。なぜオーディンを逃がした?」
ラルフの船「リオン号」は、オーディンを乗せた戦艦から、刻々と離れつつある。このままでは、オーディンはユートパクスへ帰りついてしまう。
肩からどけられた手を、ラルフは残念そうに見つめた。
「エイクレ要塞防衛で、武器も水、食料も使い尽くしてしまってな」
言いながら頭を掻いた。
「この船には、ユートパクス戦艦を追いかけるだけの物資は残っていないのだ」
「そんな状態で、俺を助けに来たのか?」
今更ながらに背筋がひやりとした。
「うん。敵船に乗り移って君を救助するだけだからな。武器弾薬がさほど必要なわけではないし、砲撃の必要もない。それに、ユートパクス艦にはすでにルグランが乗り込んでいたし」
ラルフはけろりとしている。俺は呆れた。
「ラルフ。君にもしものことがあったら、どうするつもりだったんだ?」
「心配してくれるのか? 嬉しいなあ」
浅黒い顔がにやけた。
「そんなことを言ってる場合か! だいたい、君は自覚が足りない。君はこの船を率いているんだぞ。その君にもしものことがあったら……」
俺が心配じゃないか。という言葉は、危ういところで呑みこんだ。ラビックが俯き、ビスコがにやにやしているのに気がついたからだ。
失われかけた威厳を取り戻そうと、話を元に戻した。
「おかげで、オーディンを逃がしちゃったじゃないか!」
「大丈夫だよ。今頃は、アップトック提督が追尾している筈だ」
「アップトック提督?」
例の、ラルフとそりの合わない上官だ。
「うん。彼に、信号を送った。ほら、俺は彼の覚えが悪いだろう? だが、俺の入れ知恵でオーディンを捕まえることができたら、アップトック提督もきっと、俺のことを見直してくれると思うんだ」
「……………………」
絶句した。
敵の総司令官オーディンを捕まえれば、大変な手柄になる。ラルフはそれを、上官に譲ったというのだ。
「俺なんか助けてないで、ラルフ、君は、オーディン・マークスを捕まえるべきだった。……前に君は言っていたな。オーディンに
ラルフが首を傾げた気がした。だが一瞬のことだった。
「何を言う。君を助けることができて良かったよ、エドガルド。いや、ジウ。俺は今、深い満足の中にいる。もちろん、功労者のルグランにもボーナスを弾むつもりだ」
満足げにラルフは微笑んだ。
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