Ⅱ 海から吹く風
船賃はボタン
※Ⅱ章に入りましたので、ざっとここまでの経緯を。
どうしても上ザイードのシャルワーヌ総督の元を脱出したいというジウに対し、アンゲル海軍将校のラルフ・リールは、ルビン河を下り、首都マワジまで来るようにいいます。そこに自分の部下がいるから、と。部下と合流し、河の下流、イスケンデル港まで下れば、自分が船で迎えに行く、というのが、ラルフの計画です。
王党派の仲間と会い、革命軍と戦うべく、ジウ(中身は王党派の亡命貴族エドガルド・フェリシン)は、ルビン河を下ります。
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細かなさざ波が、日の光を受けて無数にきらめいている。洋々と流れるルビン河を、船は下っていく。
途中、何隻ものガレー船と擦れ違った。いずれも、喫水線の上限ぎりぎりまで、荷を積んでいる。
船着き場で、首都へ向かう商船を見つけた。けれど船に乗るには、船賃が必要だ。俺は捕虜だから、もちろん現金など持っていない。唯一、売れそうだったカシミヤは、奴隷の少女にあげてしまった。
途方に暮れたが、ふと、船主がじっと俺の胸元を見ているのに気がついた。変な意味ではない。彼は、俺の服に縫い付けられたボタンを見ていた。
意外なことに、ここザイードの現地人たちは、ボタンに熱狂していた。そういえばユートパクスの兵士の中には、軍服の前がだらしなく開いていたやつがけっこういた。
そういうわけで、河風に服をひらひらさせながら、俺は、首都マワジに到着した。
首都の船着き場には、大勢の商人が集まり、港町は活気に溢れていた。いろんな人たちがいた。褐色の肌をしたタルキア人や、黒く輝く肌のザイード人、さらに、ウアロジア大陸の民との混血の、彫りの深い顔立ちの人々。中には、ユートパクスの民間人の姿も見えた。
この雑多な人の中にあっても、ほぼ水色の髪の色と、病的なまでに白い肌の俺は、ひどく目立つ。それで、ボタンのない上着を脱ぎ、頭から被った。
早足で歩きだす。
このどこかにルグラン……ラルフの言っていたアングル人の手下……がいるはずだ。早く彼を探し出さなければ。
歩き回っているうちに、日暮れが近づいてきた。人の流れが途切れがちになる。ルグランは見つからない。マワジまで来れば手下に会えると、ラルフの奴、自信満々だったけど、よく考えれば、到着日を知らせてあるわけではないのだ。そんなに簡単に会えるものだろうか。
川下へ向かう船の船着き場に向けて、俺は歩き始めた。ここザイードに、王党派はいない。なんとかしてユートパクスへ帰らねば。ラルフの手下に会えない場合は、独力で港町のイスケンデルまで下り、そこから海を渡らなければならない。
不慣れな港をさ迷ううちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。あんなにたくさんいた商人たちも、みんなどこかへ散って行った。辺りは閑散としている。粗末な看板を見ると、船の出航は、とうに最終便が出てしまっていた。
しかたがない。今夜はここに野宿するしかなさそうだ。幸い、南国の大陸だから、凍死することはないだろうし。
僅かな木立を見つけて潜り込んだ時、遠くから人の気配がした。
一人ではない。7~8人はいる。
木々の枝の間から外を覗いてみた。
やってきたのは、現地人ではなかった。服装から、ウアロジア大陸の人間だとわかった。
「お足元にお気を付けください」
声が聞こえた。ユートパクス語だ。
「この先に、平船が繋いであります。それでイスケンデルまで向かいます」
……イスケンデル?
俺は聞き耳を立てた。なんとかしてこの一行に紛れ込めないだろうか。
「フリゲート艦の用意は、してあるのだろうな?」
列の中ほどの誰かが言った。聞いたことのある声だ。
「御意」
「急なことだから仕方のないこととはいえ、この俺、オーディン・マークスが、第三国の商船に乗って、こそこそとソンブル大陸を離れるようなことは、あってはならぬ」
オーディン・マークス!
俺の胸は高鳴った。まるで、愛しい人に再会したかのように。
「メドレオン海は、アンゲルの艦隊に封鎖されております。なんとか彼らを撒いて、ユートパクスの港に上陸せねば」
メドレオン海を巡回しているアンゲル艦隊の一隻が、ラルフの船だ。彼の船はきっと、イスケンデル港の近くにいるだろう。出航するユートパクスのフリゲート艦を見つけたら、しつこく追いかけるに違いない。
オーディンが鼻で笑う声が聞こえた。
「アンゲルの艦隊が襲ってきたら、撃破するまでだ。手土産があった方が、俺のユートパクスへの帰還に、花を添えられるというもの」
アンゲル艦隊を打ち破る? すると、港町イスケンデルには、かなり強力なフリゲート艦が待機しているとみていい。
ラルフは大丈夫だろうか。
「我々は、来るときもアンゲル艦隊に気づかれずに、ソンブル大陸に上陸したではないか。運は常に、わが味方だ。これは、
……こっそりと?
オーディンの奴、味方に内緒で、ほんの少しの随身を連れただけで、こっそりと祖国へ帰ろうとしているのか!
あんなに彼を崇拝しているシャルワーヌにさえ、一言も告げずに?
怒りが込み上げてきた。
そうだ。オーディン・マークスというのは、そういうやつだ。平気で人の信頼を裏切る……。
我知らず俺は、所持品の入った袋の中に手を入れた。
指先に、剣の冷たい柄が触れた。
俺はそれを、ぎゅっと握りしめた。
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※ご参考までに地図、再掲しておきます。
青のルビン河に沿って上へいくのが、ラルフが提案した、ジウの脱出ルートです。今、エドガルドは、首都マワジまで来ています。ここでラルフの手下と落ち合ってから、その男の手引きで再び河を下り、メドレオン海に面した港町、イスケンデルへ出たいのですが……。
https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330666143167794
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