コモドール歓迎

※「現在」に戻ります

※途中の◇からジウ王子に転移したエドガルド視点に戻ります

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 シャルワーヌ・ユベール上ザイード総督ラルフ・リールアンゲル海軍将校、二人きりの密談が済むと、ユートパクスの諸将は、会議室へ招じ入れられた。

 アンゲル海軍の将校から、話があるという。

 待ち構えていた諸将は、雪崩を打って中へ入った。


 「今、ユベール将軍に伝えたばかりだがね」

軽い調子でラルフが切り出す。

「君らはソンブル大陸に遠征に来たわけだが、海の向こうのウアロジア大陸では、君らの祖国がボロ負けをしているよ」

「ボロ負けだと!」

憤然と叫んだのはベリル将軍だ。

「そんなはずはない。最後まで残ってたウィスタリア帝国軍も、オーディン・マークス将軍に降伏した。ユートパクスは勝利したのだ」


 ウィスタリアは、多くの領邦、都市国家を含む巨大帝国だ。その宮廷は、革命で処刑された王妃の実家でもある。


「君らの敵は、今や、ウィスタリア帝国だけじゃないんだ」

わざとらしい遺憾の表情をラルフは浮かべた。

「北の大国ツアルーシ帝国と、それから、タルキアも参戦したぞ」

「タルキア!」

ユートパクスの諸将は顔を見合わせた。


 タルキアは、ソンブル大陸とウアロジア大陸を結ぶ場所に位置する。マワジザイードの首都を陥落させ、シャルワーヌ軍が上ザイードに向けて出発した後、オーディン・マークスは、この帝国に攻め入った。

 そして、帝国入口にあるエイクレ要塞包囲に失敗、マワジに撤退した。


 しかし、上ザイード他の各地には、戦いは常にオーディン軍勝利と伝わっている。


 アンゲル海軍将校ラルフは、互いに顔を見合わせているユートパクスの諸将を、興味深く見守った。

「オーディン・マークスが余計なちょっかいを出すからだな。タルキアに侵攻したりして。だから、タルキアも同盟に参加したのだ」

「余計なちょっかいだと!?」

ユートパクスの将軍たちから、憤怒の声が上がった。

「同盟軍には、もちろん、わがアンゲル王国も加わっている。ああそうだ。諸君に敗けたウィスタリア軍は、再編を経て、より強固になっている」

「嘘だ!」


 もはや一触即発の怒気を漲らせ、ユートパクスの将軍たちはラルフに詰め寄る。


 「リール代将の言うことは正しい。ユートパクスは負けた。莫大な犠牲を支払って」


 それまで黙っていたシャルワーヌが口を出した。普段から色の悪い顔が、一層、青ざめている。彼は、怒り狂う部下たちに、さきほどラルフから渡された新聞を配った。


 ウアロジア大陸全土で、再び戦争が始まっていた。至るところで、ユートパクス軍は敗北に追い込まれていると、新聞は報じていた。ソンブル大陸に渡る前に、オーディン・マークスが獲得した領土は、その大半が奪還されてしまった。


 ユートパクス諸将の間に、深い沈黙が降り積もる。

 その沈黙を、軽薄な声が破った。


 「そういうことだ。私は諸君に情報を齎した。むしろ感謝して欲しい。今夜は歓迎の宴を期待しているよ」





 ラルフ……。

 どうしても彼に会いたい。

 だが俺は捕虜の身だ。勝手に歩き回る自由はない。まして、ユートパクスの敵国の将校に会うなど、許されるはずもない。

 でも、会いたい。

 これは、チャンスなのかもしれなかった。砂漠から抜け出し、王党派の仲間に合流する為の。


 エドガルド・フェリシンがジウ王子の体に転移した……。そんなことは、一朝一夕には信じてもらえないかもしれない。

 でも、ラルフなら!

 破天荒なあの男なら、なんらかの信頼を寄せてくれるに違いないと思った。

 でもいったい、どうやって彼に会いに行けばいいのだろう。


 階下に大きな声が上がった。集まって軍議を開いていた将軍たちが戻ってきたらしい。喧騒が、広がる。怒りと……それから、これは、戸惑い? 



 夕刻、サリが訪れた。珍しく沈鬱な面持ちの彼は、ユートパクスの危機を語った。

 彼の話で、俺は初めて、エドガルド・フェリシンとしての自分が死ぬ間際に果たした役割を知った。

 思った通り、ユートパクス軍の砲撃で古いエイクレ要塞は一挙に崩れ去った。恐らく、一緒にいたタルキア人兵士達も助からなかったろう。

 だが、俺の遺した半月堡ラヴリンは、立派にその役割を果たした。オーディン・マークスは、タルキア帝国中心部への侵攻を諦め、ザイードへ撤退したという。


 安堵の涙が溢れそうだった

 もちろん、彼を破ったのは俺だけの力じゃない。堡塁の前で立ち往生している敵を、アンゲル戦艦が海から側面攻撃したのだ。


 ……ラルフ。


「……聞いてる? プリンス」

サリの顔がアップで迫った。

「え? あ、はい」

慌てて、俺は今の自分……ジウ王子に戻った。

「この後、食事会があるんだ。憎い敵ではあるが、リール代将は、情報を運んで来てくれた。もてなさなくちゃならない。ユートパクス人は恩知らずじゃないからな」


 それからさんざん愚痴をこぼした後、サリは、俺を見据えた。


「あれ。ほら。あれを頼む」

「あれ?」

「いつか見せてくれたろ? 剣を持って舞う……。あれは大層、美しかった」

「ああ、剣舞でございますね」

アソムが応じる。


 剣舞は、ウテナの伝統芸能だ。緩やかでありながら、筋肉を大きく動かす動きが多い。

 無理のない範囲で体を動かすのに最適だということで、アソムが指導を始めた。ジウ王子の体が覚えていたらしく、少しすると自由に踊れるようになった。

 そういえば、以前、退屈しのぎに、サリの前で、舞ってみせたことがあった。


 わが意を得たりとばかり、サリが手を打った。

「うん、それ! 見たこともないくらい優雅でエキゾティックで……。きっとリール代将も喜ぶと思うんだ」

「反対です!」

断固として、アソムが表明した。

「なぜ、うちの王子が、アンゲルの海軍将校をもてなさなくちゃならないんです?」

「だって、おもてなしはウテナの伝統だろ?」

「それはまあ、そうですが……でもなぜ、アンゲルの野蛮人を、うちのプリンスが!」


「いいよ。踊るよ」

 傍らから、俺は口を出した。

「おお! さすが、ウテナ王子!」

サリは大喜びだ。


 ……ラルフの所へ行ける。

 俺にとっては、むしろ、渡りに舟だった。




 食事会は大盛況だった。久しぶりの宴会ということで、ユートパクス兵も、ラルフが連れてきたアンゲル兵も、入り乱れて飲み食いしている。

 敵味方同士のはずだが、酒が入ってしまえば、目立った対立もない。このところシャルワーヌ軍は、褐色の肌のムメール族とばかり戦ってきた。そのせいで、自分たちと同じ色の肌のアンゲル人に対しては、抵抗が薄れたようだ。


 新聞はまた、タルキア遠征で傷つき、置き去りにされたユートパクス兵達を、アンゲル海軍が救ったと報じていた。ラルフの艦隊だ。そうした事実もまた、ここの兵士達のアンゲル人への警戒を解かせていた。


 「本当にあれは、地獄だった」

 アンゲルの海軍将校ラルフ・リールとベリル将軍が話している。そこだけ人が寄り付かず、二人きりだった。

「ほほう。すると貴方もシュエル地方にいたのですか、ベリル将軍?」


 シュエル地方?

 俺の体が固まった。二人の会話が聞こえる所まで、じりじりとにじり寄っていく。


「いたもなにも……。俺はシュエル出身だ。蜂起が起きると、真っ先に鎮圧隊として派遣された」


 ベリル将軍が、シュエル地方蜂起の鎮圧軍にいたとは、初耳だ。

 エドガルドだった頃の俺は、どこかで彼と擦れ違ったかもしれない。蜂起に加勢する王党派亡命貴族と、革命政府の鎮圧軍将校。真っ向から殺し合う敵同士として。


「それは……お辛いことでしたな」


珍しくしんみりした声で言い、ラルフがグラスをくっと開けた。すかさずベリルが、血のように赤いワインを継ぎ足す。


「同じユートパクス人同士の殺し合いだった。あんな目には、二度と遭いたくない」

「蜂起鎮圧後、大勢の王党派が、処刑されました」

「ああ。まだほんの子どももいた。自分がなぜ殺されるのか、全くわかっていなかった」

「むごいことです。本当にむごい……」

「あんたらアンゲル艦隊は、ボートで沖に逃れた王党派の市民を、大勢助けてくれたんだってな。今回、タルキア遠征で、傷ついた我が軍の兵士を救護してくれたように」

「アンゲル国王の大義は人道です。我々は陛下の御名の元に、大勢の王党派を救いました。たしかに、あれはひどい戦いでした。しかし……」


再びラルフが盃を干す。ゆっくりと続けた。


「非道にかけては、タルキア戦で見せたユートパクス軍の比ではない」

「非道? 戦争に非道はつきものだ」

「傷ついた兵や、疫病に罹った兵を、オーディン・マークスは置き去りにしました。それどころか、薬を渡し、自ら死ぬようにと……」


 その話を、俺は、オットル族の族長の息子、エスムから聞いていた。あれは、やっぱり本当のことだったのだ。


「ありえない!」

ベリルが叫んだ。

我らの総司令官オーディン・マークスが、そんなこと、するはずがない!」


 ざわざわしていた広間が、しんとした。


「どうした、ベリル」

遠くから、参謀長のロットルが声を掛ける。


「こいつが総司令官の悪口を……」

「事実です」

「まだ言うか!」


ベリルのがっしりした体から、恐ろしいほどの殺気が立ち昇る。が、ラルフは一向に動じない。


「やれやれ。貴方がたは、どうしてそう、あの男オーディン・マークスを信奉できるのでしょうねえ。貴方といい、シャルワーヌ将軍といい」

「彼が英雄だからだ」

「ほお。タルキアでは、彼は、ケビール大王と呼ばれていますよ。ケビールは、悪魔という意味です」


 これも、オットル族のエスムの言った通りだ。


「貴様……」


「ベリル!」

ロットルが叱りつけた。

「歓迎の場だ。充分にもてなせと、シャルワーヌ将軍から指示を受けている」

「ユートパクス軍の総司令官を悪く言われて黙っているわけには、」

「シャルワーヌ将軍に逆らうか!」

「しかし!」

「席をはずせ」


 不承不承、ベリル将軍は立ち上がった。ややよろめく足取りで、部屋を出ていく。彼は、相当呑んでいるようだった。


 「うちのベリルが失礼をしました」

今までベリルがいたクッションに脚を組んで座り、参謀長ロットルが言った。

「ふ、」

ラルフは笑っただけだった。

「ところで、シャルワーヌ将軍は? 姿が見えないようですけど。遠路はるばるの珍客をもてなして下さるんじゃなかったのですか?」

「申し訳ない。将軍は、ご気分が優れないのだそうです」

「無理もない」

「無理もない?」


 不思議そうにロットルは眉を上げた。

 もちろん、俺にもさっぱりわからない。

 ただ、すごく気になった。

 具合が悪い?

 あの、殺しても死ななそうなシャルワーヌ将軍が?

 もしかして、重大な病気なんじゃ……。


「合同軍議が始まる前に、彼にとって衝撃的な事実をお伝えしたものですから」

ラルフの声が聞こえる。

「はあ」

ロットルは、無理矢理納得した表情を装った。


 煙に巻かれたのは、俺も同じだ。

 精神的な負荷がかかって、体調が悪くなる? あり得ない。彼がそんなにデリケートなわけがない! やっぱり、シャルワーヌ将軍は、ひどい病気なのかもしれない!


 漠然と湧き上がってくる不安に沈んでいると、背後でロットルの声がした。


リール代将コモドール・リール、軍議の後で、あなたはおっしゃいましたね。シャルワーヌ将軍に」

「……あなたのオーディン・マークスは、間もなく、ザイードを捨て、ユートパクスへ戻るでしょう」


 皆まで言わせず、するするとラルフは口にした。

 思わず俺は、耳をそばだてた。

 ユートパクスへ帰る? オーディンが!?


「それは、どういう……」

「絶好の機会だからですよ。諸外国との戦争に、革命政府は負け続けている」

「ああ、彼は、常勝将軍です。共和国の為に、総司令官オーディン・マークスの力は、是非とも必要です」

「そして、彼自身の虚栄心を満たす為にも」

「虚栄心?」

「ところで、」


ラルフはグラスを置いた。何の前触れもなく、後ろを振り返る。

「この可愛い少年は誰です? さっきからずっと、ここにいますが?」


 息が詰まるかと思った。


「ああ。彼がジウ王子ですよ。ウテナのプリンスの」

 ロットルが答えた。







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※ウアロジア大陸の国々です

https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330666196820733

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