破られた不敗神話

※ラルフ・リールの目線になります

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 上ザイード総督邸にやってきたアンゲル艦隊の司令官は、ラルフ・リール代将コモドールを名乗った。

 港町ハラルに上陸した彼は、砂漠を横断し、伝令と共に司令部に到着した。敵意をむき出しにして、今にも襲い掛からんばかりの守衛に、上ザイード総督シャルワーヌ・ユベールとの一対一の会談を申し出た。



 「初めに言っておくが、俺は、アンゲル国に対して、いい感情を抱いていない」

 客人の待つ部屋に入室したシャルワーヌ・ユベールは、開口一番、宣言した。

「ユートパクスの子どもは、特に士官学校の生徒は、アンゲルへの憎しみを叩きこまれて育つということをご存じか?」


けろりとしてラルフ・リールが応じる。


「昔から、アンゲルとユートパクスは犬猿の仲でしたものね。しかし、時代は変わるものです。貴方はそうおっしゃるが、ユートパクス人であっても、アンゲルに親しみを抱き、われらが国王陛下の慈悲深い腕の中へ飛び込んでくる軍人もいるのですよ」

シャルワーヌへ流し目を寄越した。

「王党派とかね」


 この挑発に、シャルワーヌは乗らなかった。ただぐっと奥歯を噛みしめただけだ。

「アンゲル軍は、わがユートパクス遠征軍の船を焼いた。お陰で我々は、祖国へ帰ることができなくなった」


 ユートパクス軍がザイードの首都マワジを陥落させた翌日。港に停泊していた艦隊に、アンゲル海軍が攻撃を仕掛けた。

 ユートパクス艦隊は、陸を背にアンゲル軍を迎え撃とうと目論んだ。陸側は浅瀬なので、敵の船に回り込まれる恐れはないだろうと踏んだのだ。


 ラルフは肩を竦めた。

「座礁を恐れていたら、海戦などできやしません。ところで臆病だったたのは、ユートパクス艦隊の方でしたね」


 ユートパクス艦隊は、浅瀬ぎりぎりまで船を陸地に近づけることをせず、余裕を持って繋留していた。そこへすかさず、アンゲル艦の何隻かが割り込んだ。陸側に割り込んだ戦艦と、沖に残っていた船団から挟み撃ちにされ、ユートパクス艦隊は全滅した。


 シャルワーヌの目が、ちかりと光る。

総司令官オーディン・マークス他、主だった将軍達は、勝ち取ったばかりの首都にいた。もちろん、この俺もだ。主力軍の留守を狙うなど、卑怯もいいところだ」


 もちろん、ラルフも負けてはいない。


「貴方がたこそ、我々の隙を突いて出航したじゃないですか。ユートパクス軍の目的は、メドレオン海における権益だ。最初から、われらが陛下アンゲル国王の利権を奪う為の遠征ですものね。強欲な方たちだ」

「何を言う。アンゲルの植民地主義は許せないものがある。人はみな、平等であるべきなのだ」

「私には、罪なき国王はじめ、品位ある有能な人々の首を次々と切り落とすあなた方のほうが理解できない」


 ユートパクスの革命は、王の退位、そして最終的には死を要求した。そればかりか、国内に残った王党派や政府に反対する者は、ろくな裁判も受けさせぬまま、日々何千人という規模で処刑した。

 それをこのアンゲル人は皮肉っているのだ。


 シャルワーヌは憤った。

「外国人に介入されたくない。俺は兵士だ。兵士は、上から命じられたままに動く」

「思考停止ですね」

ラルフは応じた。

「貴方は誰の命令で動くのですか?」

「もちろん総司令官、オーディン・マークス将軍だ」

深い敬意と尊敬のこもった声だった。

「オーディン・マークス。オーディン・マークスね」

揶揄するように、アンゲル国の海軍将校ラルフ・リールは繰り返す。

「何が言いたい?」


 尋ねる声は、剣呑だった。

 青く澄んだ目が輝いた。


「私が貴方に伝えるのは、真実です。品位ある侵略者。公正な配分者。シャルワーヌ・ユベール将軍。貴方に」

 濃い色の瞳が暗い色合いを帯びて、相手を睨み据える。

「アンゲル人の言うことなんか、信じられるか」

 低い含み笑いが漏れた。

「貴方はご存知ですか? オーディン・マークスは、エイクレ要塞包囲戦で敗北しました。彼は、不敗でも常勝将軍でもなかった」

「嘘を言うな」

怒りに満ちた声が反撃する。

「俺は、ダミヤンで聞いたぞ。エイクレ要塞は陥落したと。オーディン総司令官が、ユートパクス軍を勝利に導いたと」


 シャルワーヌは、命じられてダミヤンまで援軍に赴いたが、戦闘には間に合わなかった。その際、つい数日前に、総司令官麾下の軍が、エイクレ要塞を陥落させたばかりだと、駐屯軍の将校から聞いていた。

 この情報を疑う理由などない。

 だが、ラルフ・リールは平然としている。


「それならなぜ、彼はタルキア帝国の中心部に向けて進軍を続けなかったのです? なぜ、ダミヤンまで引き返してきたのでしょう」

「タルキア軍が降伏したからだ」

「はんっ!」

アンゲル国の海軍将校は鼻で笑った。

「オーディン・マークスは、降伏した敗軍の兵を、必ず皆殺しにします。彼らを残して進めば、背後から襲われる可能性がある。かといって、捕虜全員を連れて進軍する余裕などない。だから、全員を殺す。それなのに、私はこうして生き残っている。エイクレが勝利した、何よりの証拠です」

「無益な殺生は慎むべきだ」

「オーディン・マークスはそうは思っていない。彼は臆病な司令官なのだ」


 シャルワーヌは激高した。

「臆病だと? 俺の将軍を侮辱するか!?」

ラルフ・リールは眉を釣り上げた。

「貴方が彼をどう評価しようと、これは事実だ」

「降伏してきた捕虜を殺すなど……。マークス将軍が……。嘘だ!」

「嘘ではありません。彼が最初に陥落させたジャフェ要塞がそうだった。降伏したタルキア軍の兵士たちは、一人残らず、銃殺されました」

「貴殿を信じるべき義務などない」


 ラルフ・リールは肩を竦めた。


「いずれ、真実は伝わるでしょう。彼は、残酷で情け容赦のない男だ。貴方も薄々知っているはずだ、シャルワーヌ・ユベール将軍」

「違う! オーディン・マークスは、才気溢れる高潔な将軍だ。弱い者を殺すなどということはあり得ない!」

 だん、と机を叩く。上に置かれていた水差しが震え、貴重な水が溢れた。

「俺の将軍を侮辱するな!」


 ラルフはため息をついた。


「エドガルド・フェリシンが死にました」

「……え?」

「エドガルド・フェリシン大佐は、エイクレ要塞を防衛し、殺されました。あなたの、オーディン・マークスに」


 穏やかな声だった。だが、効果は激烈だった。

 元々悪かったシャルワーヌの顔色が、みるみる青ざめていく。


「死んだ? エドゥが?」

「エドゥ?」


 ラルフは繰り返し、僅かに不快そうに眉間に皺を寄せた。しかし、シャルワーヌがエドガルドを愛称で呼んだことに関しては、何も言わなかった。


「ええ。オーディン・マークスに砲撃されて。彼が、エドガルドを殺したのだ」

「嘘だ!」


 激した声だった。

 冷静に、ラルフは答えた。


「いいえ。エドガルドは死んだ。オーディン・マークスは、彼の遺体を探して、長いこと、戦場をさまよっていました。けれど、見つけることはできなかった。エドガルドの遺体は、私の船から水葬に付しました。藍色の旗にくるんでね」


藍色の旗は、ユートパクス王家の旗の色だ。


「彼は、本当に死んだのだな」

今更ながらにシャルワーヌが尋ねる。途方に暮れた声だった。


「はい」

「いつ?」

「花の月の2日、朝」

「……」


 まるで嘔吐を堪えるかのように、シャルワーヌ俯いた。その肩が、細かく震えている。

 彼の顔を上げさせないのは、騎士の情けだと、ラルフは思った。エドガルドが死んで、悲しいのは、自分も同じだ。


「エドガルドの名誉の為に言っておきます。タルキアの工兵隊を指揮し、彼が修復したエイクレ要塞は陥落した。けれど、彼が造営した半月堡ラヴリン*は、見事に、オーディン・マークス軍を撃退したのです」


 自分が率いた2隻のフリゲート艦が、半月堡ラヴリンの前で立ち往生していたユートパクス軍を砲撃したことは、このアンゲル海軍将校は、口にしなかった。


「オーディンは、エドガルドに負けたのです。オーディンの不敗神話は、エドガルドが破った」


 黒く硬い髪を掻きむしり、シャルワーヌが呻いた。







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半月堡ラヴリン

堀の外側に造られた凸型の要塞。凸型の為、敵はどこを襲っても、側面攻撃を強いられる。また、分散を強いられるため、(この場合は)海からのアンゲル軍の攻撃を受け、全滅しやすい。


*ザイードの地名を載せた地図を上げておきました。メドレオン海からラルフ・リールの来た道筋が茶色の矢印で付してあります

https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330666143167794

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