同じ世界、同じ時間軸
◇
今から10年前。ウアロジア大陸にあるユートパクス王国で、革命が起きた。民衆は、自分たちの権利を求めて、立ち上がった。
今まで民を不当に搾取してきたとして、国王ブルコンデ16世夫妻が残虐な方法で処刑された。
王弟初め王族達は、いち早く国外へ逃れた。また、ユートパクスの貴族の大半が王族に従って亡命した。彼らは、国外で亡命貴族軍を結成、諸外国に協力を頼み、革命政府に戦いを挑んだ。
かくして、革命戦争が勃発した。
直ちにユートパクス革命政府は、民から兵を募った。革命を支持する者として、多くの義勇兵がこれに応じた。しかし、彼らを指揮する将官がいなかった。
革命前、軍の将校の大半は貴族だった。彼らは王家に忠誠を誓い、亡命してしまったからだ。
結果、革命軍は、兵士はいても指揮官がいないという事態に立ち至った。その兵士達もまた、昨日までは畑を耕していたり、手工業に従事していた者たちだ。鍬や木槌を、すぐに銃剣に持ち替えられるものではない。
苦戦が続いた。
混乱するユートパクス革命軍の中で、若い将校達が、次々と頭角を現してきた。その中でもひときわ際立っていたのが、オーディン・マークスだった。瞬く間に彼は、敵対する国々を平らげ、ユートパクス有利の形で講和を結んだ。
ウアロジア大陸に敵なしとみたオーディンは、向かいの大陸ソンブル大陸に侵略を開始、サイード国を制圧した。
一方、俺、エドガルド・フェリシンは、貴族としての義務を果たした。
フェリシン家は、古くから続く、軍務の家柄だ。田舎の貴族ではあるが、代々、王家の守護を以って任じてきた。
フェリシン家では、兄弟親族、戦える者は全て、国王に忠誠を誓い、国を出た。俺もまた、亡命にためらいはなかった。というより、ほかの選択肢はあり得なかった。
俺達はデギャン元帥の旗の元に亡命貴族軍にを結成、ユートパクスの国境付近でゲリラ戦を展開した。
俺には、国に残った貴族どもが理解できない。国王の庇護の元にありながら、なぜ、革命政府にすり寄ることができたのか。民衆の名の元に、国王と王妃を処刑することができたのか。
特に、士官学校での同窓生オーディン・マークスが許せない。彼はユートパクスの属州、クルスの貴族の出身だ。厳密にはユートパクス人ではない。だが、父祖の代から国王の庇護を受けてきた貴族であることに変わりはない。現に彼は、王立の士官学校に入学を許されたではないか。
学生時代から、オーディンには邪悪なところがあった。底の知れない残虐さがあるのだ。やつは、執念深く、気位が高い。一度言われた悪口を、決して忘れない。そして、時が経ち、最も効果的な時期に復讐する。
要するに、陰湿でおおらかさの皆無な人間なのだ。皮肉なことに、おおらかさはクルス人の特性なのだけれども。
学生時代、俺達は仲が悪かった。とにかく馬が合わなかった。殴り合いの喧嘩も随分やった。止めに入ろうとした教師(それは若い軍曹だった)が、俺とオーディンに両側から蹴られ、逃げ出したこともある。
卒業してからは、亡命王党派と革命政府側に別れて戦う羽目になった。
ヴァロジア大陸の諸国が制覇され、オーディンの野望が対岸のソンブル大陸に向けられてからも敵対を続けた。彼はザイードを制圧し、俺はタルキア帝国側についた。それまでザイードは、タルキア帝国の領土だったのだ。
嬉しいことに、島国アンゲルがタルキアの味方に名乗り出てくれた。ラルフ・リールの国だ。ラルフは国を捨て身分のない俺を、アンゲルの大佐に取り立ててくれた。
オーディンには随分恨まれていたのだろう。彼の砲撃命令で、俺は死んだ。オーディンに殺されたわけだ。
祖国から亡命し、王の為に戦い続ける道を選んだことに、後悔はない。しかし、こんなに早く死ぬことになるとは。もっともっと、戦いたかった。祖国を王の手に取り戻したかった。正義は成し遂げられなければならない。
その思い切りの悪さが祟ったのだろうか。
どうやら俺は、ウテナ国ジウ王子の体の中へ、転移してしまったようだ。それも、時も空間も超えず、同じ世界、同じ時間軸のザイードにいる彼の体に。
それは、僥倖なのだろうか。再び王の為に戦えと、神は俺に命じたのか。
それにしても、なんと弱々しい体だろう。この華奢な手首では、剣を振り回すことさえ覚束ないだろう。腰回りも細く、これでは体の軸が定まらない。新しい自分の体を見回し、絶望した。
さらに悪いことに、俺は、ユートパクス軍総督の捕虜になっているという。父のウテナ王は、国と王室を守る為に第一王子を差し出したとか。
ジウ王子に関することは、侍従のアソムが教えてくれた。俺はひどく具合が悪かった。看病の傍ら、彼はいろいろな話をしてくれた。アソムはウテナ国からついてきた従者だ。彼が俺、つまりウテナ王子ジウに忠義なことは疑いを入れない。これだけは良い兆候だ。
アソムとはウテナ語で話すわけだが、この言語がユートパクス語と近くて助かった。体が覚えているせいもあって、言葉の問題は殆どなかった。
ウテナ王子としての自分の立ち位置を知った時、エドガルドとしての俺の頭に浮かんだのは、ラルフ・リールのことだった。
アンゲルの海賊だったラルフは、その手腕を買われ、今は、アンゲル海軍の提督代理としてユートパクス革命軍と戦っている。
時間軸が同じなら、アンゲルの海軍将校としてラルフは今もタルキア帝国近海で、オーディン軍と戦っている筈だ。あいつのことだから、かつて海賊だった腕と人脈を生かして、次々とユートパクスの艦船を襲い、撃破していることだろう。
ラルフは、俺の恋人だと主張していた。一度として俺はそれを認めたことはないが。だが、あいつから大きな恩を受けたことは間違いない。俺がタルキア陣営で戦えたのは、ラルフのお陰だ。
オーディン・マークスに屈するわけにはいかない。ラルフの為に。いいや、違う。ユートパクスを王の手に取り戻すためだ。革命政府の、オーディン・マークスの思い通りにさせてはならない。
そこまで考えて、ふと思った。
……ウテナの第一王子という立場は、使えるのではないか。
何に使えるのかはわからない。だが、たとえば俺を捕虜にしている上ザイード総督を殺すことくらいなら、できるかもしれない。捕虜とはいえ、外国の王族なのだから、総督に近づく機会もあるだろう。その場合はもちろん、こちらも無事では済まされないだろう。だが、もともと一度死んだ身だ。惜しい命ではない。
上ザイードの総督は、ユートパクス遠征軍の将軍だ。勇敢な将軍で、上ザイードを平定したのは彼だという。その功績から、また、彼以外の適任者はいないという理由で、オーディン・マークスは征服地、上ザイードの統治を彼に任せたのだとアソムが教えてくれた。
オーディンの部下を殺す。有能な、麾下の将軍を殺す。
ひ弱な体に転生し打ちしおれていた俺だが、この考えに気力が湧いてきた。勇敢だけではなく、占領地の統治までできるような能力のある将軍は、そうそういない。総督を失ったらオーディン・マークスは相当の痛手を蒙るに違いない。運が良ければ、オーディン自身に近づくチャンスも得られるかもしれにない。
今は、ユートパクスの亡命貴族、エドガルド・フェリシンの名は、極力、隠さねばならないと思った。ウテナ国第一王子、ジウになりすまし(というか、体は、彼そのものなのだが)、その時が来るまで、じっと耐え忍ばなければならない。
幸い、脳のどこかに、本物のジウ王子の記憶が残されていた。ジウ王子の記憶に従って行動すれば、怪しまれることはなかった。話が合わない点や、ちょっとした癖の違いは、病み上がりだということで従者たちは納得してくれた。
気の毒なこの王子は、恥ずかしがり屋で、ろくな個性もなかったようだ。彼になりすますのは、容易いことだと思われた。
だが俺は、間違っていた。ジウ王子は、おとなしいだけの内気な王子などではなかった。
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※ユートパクス革命軍(オーディン・マークス、シャルワーヌ・ユベール他)
VS
アンゲル王国(ラルフ・リール)
タルキア帝国
ユートパクス亡命貴族(エドガルド・フェリシン他)
の構図です
地図(みたいなもの)をあげておきました
https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330665628327154
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