ぶっとびかおる子

雪鈴

第1話  薫子さん

この子は、薫子ちゃん。

当サロン一、ぶっとんだ女子だ。

深夜のネット予約。朝一のご来店。それが私たちの最初の出会い。

お住まいは練馬区。「朝一番、わざわざ練馬区からいらしたの?」という私の問いから、会話は始まった。

「昨夜は、久々に新宿で集まりがあり、終電を逃すまで楽しんでしまった結果、この近くに友人がいたことを思い出し、昨夜は友人のもとで一泊。」との事だった。

練馬区への帰宅の前に、美容室を探したところ、ここへたどり着いたようだ。

なかなかの行動派だ。

どうやら昨夜の友人は男性の様子。

「彼氏?」

の問いに首を振り、

朝方、あわよくばの「よろしければご一発」行動があったので、早々に退散して来たとの事だ。

そんな会話の流れから、話は、最近の気になる男子へと移行していく。

先月の四国旅行での事。現地で知り合った、15歳も年上の男性に気に入られてしまい、戻ってからも、連絡が絶えないのだそうだ。

聞けば、その男性はもう何度か、既に、彼女に会いにこちらを訪ねており、大変誠実で彼女に夢中な様子。彼女の心にはまだ、彼への感情は芽生えてはいないようであったが、そのような状況での「お付き合いの始まり」は、結婚相手として、良い兆候ではないかと、助言し、見送った。


後日、ヘアーを整えに再来店した彼女は、その後よく考えた結果、お付き合いを始めることに同意したとの事。

話はトントンと進み、この数か月の間になんと婚約に至っていた。ビックリだ!!

そしてやはり、なかなかの行動派がなせる業だと納得する。


その後、ご両親への結婚のご挨拶に訪れた際、二人でサロンを訪れヘアーを整えた。

男性に対し、こちらから、ご来店のお礼を伝える前に、彼の方から先に、頭を下げ、お礼を切り出した。

笑顔が似合い、整った顔立ちの、人のよさそうな男子であった。

その様子から、「彼女と結婚出来るのは、私が放った、彼女の背中を押すひと言であったのだ」ということを、彼女自身の口からコンコンと伝えられているのだと悟った。

礼儀正しく、優しい笑みを始終浮かべている。

ひ弱な印象が、想像していた通りで笑えたが、結婚相手にはちょうど良い、好青年であった。 あの時彼女に伝えた言葉に間違いは無かったと胸を撫でおろした。


             2

彼女には、「魔性の少女」という称号を与えることとなる。

美しい見た目の中に、いたずら好きな子供の顔を見せ、男心をわっしりと掴み取る。絡みつき、程よい力でしばりつけ、時たま放置する。といった行動が、男たちの心には、何か特別な魅力を植え付けるのであろう。

彼らは、その魔力にどっぷりとハマっていく。

女王蜘蛛の罠にかかった獲物にしか見えないのだが、幸せそうな様子ではあるので、こちらも微笑む。

その後も、結婚準備の事あるごとにカップルでサロンを訪れた。

そして、これが最後という日、私は四国で新生活を送るという二人を見送った。

               

                3

何度か、年賀状のやり取りをした後の初夏

久しぶりに、ネット予約の通知が、「魔性の少女と連れ」のご来店がある事を知らせてきた。

連れは、40代後半の幼い顔をした好青年であった。

旦那じゃない。

「???。今回は1人で帰省?」

「四国のレジのパートで一生を終えるのだと思ったら、耐えられなくなって...」

「月に一度、四国に戻ることを条件に、東京に戻ってきました。」

笑顔で話す。

「あのご主人が、よく許可したね~」

「ダメなら、離婚してでも戻ると言ったらシブシブ。」

「そう言われたら、ご主人も許可するほかなかっただろうね。いつ戻ったの?」

「3ヶ月前。今、”ららぽっと”でアクセサリー屋に勤めてます。」

「でね♪♫。 私、出会ってしまったのー。」

「まさか、本物の愛に目覚めた。とか言わないよね~?」

「初めて、恋に落ちましたー。」

「それがこちらかな?」

連れが頭を下げた。

「どもっ。」


彼女が実家に戻ったのは3月の事。働き始めたアクセサリー屋の隣のブースに、

一ヶ月間の短期出店の為に訪れた「連れ」は、あっとう間に薫子に落ちた。

毎度の事であるはずの彼女も、最初は、蜘蛛の巣にかかった「連れ」を振り回していたようではあったが、徐々に心を奪われていくこととなる。

女が男に夢中(ミイラ化)になった途端、男とはミイラ女に飽きるというのが世の常。

少々気になった私は、

「なんか、彼女本気みたいですけど... 大丈夫ですか?」

とやんわり攻撃してみる。

少年顔の彼は、戸惑いながらも

「大丈夫かって... 僕も本気ですから...」 

...。...。...。 そうですか ...。...。...。

あれから数年が経ち「魔性の女神」へと変化した、彼女と「連れ」は

現在も、週に8回.9回のデートを重ねているという。


「??? どうゆーこと?」

彼は横浜でカフェを経営しており、使用するカップや陶器は、こだわりの作家のオリジナルなのだという。 

短期出店の際、販売していたものは、その食器類であり、店舗運営は弟に任せ、自身は ”らぽっぽ” の他、”大鷲の森” ”~タウン”等を渡り歩く、商人なのだ。


朝、女神の元(実家)へ迎えに来て、勤務先へ送り届けた後に出勤し、

昼、女神の休憩時間に合わせて車を走らせ一緒に昼食。

夜、女神の就業終わりに合わせて再度お迎えに上がりデートを続けるという。


なるほど。時間とゆとりがある者が成せる技だ。

「千葉と東京の間でも高速使ってくれるんですぅー。」

なるほど。

男「彼女、ダウジング出来るじゃないですか~。僕が時計を失くした時、あらゆる場所を探しても見つけられなかったそれを、ダウジングで探し出したんです。すごいでしょー。」

確かに、薫子は以前、人間が本来持っているという、潜在能力を覚醒させるという塾に通っており、その能力を開花したと話していた。

「どーやって時計のありかを見つけたの?」

「ダウジングを始めたら、そこは家の中で...男の子が何度も通り過ぎる映像が見えたから...その辺りじゃないかって思って。」

「そう言われて、ああ。あそこかな?って感じで。見つかりました。」

「???男の子って...?」

男「ああ。俺の子です。」薫子「彼の子供。」

「お互いにパートナーと子がいることを知ってるの?」

「はい。」「うん。」

「そっか。お互いに、ただ出逢うのが遅かっただけってことなのね?」

「はい。」「うん。」

ま~お二人幸せそうだし... 複雑な気持ちではあるが...

月に一度の、四国へ帰省の際も、「連れ」は彼女を空港まで送り、

そしてそのまま、自分のチケットを買ってしまうのだという。

四国到着までの間デートは続き、一瞬、旦那に薫子を返却し、共に東京へ戻る。

そんな愛され方もあるのだと、羨ましくもあった。

「今しばらくは、バレないように気を付けないとね。」

ご主人がそれを知った時、その怒りは100%「連れ」に向かうだろうと予測がたつ。

「その時は、一発ぐらい殴られても構わないという心境なのですか?」

男「いえ。その時は、3人で楽しく食事でもしましょう。」という心境です

「連れ」は穏やかに微笑んでそう言った。


世の中には、関わったら負けという理不尽が、いくつかある。 

薫子に夢中になった時点で、四国のご主人の完敗と云う事だ。







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ぶっとびかおる子 雪鈴 @yukkin009

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