第3話

 既婚者であることを隠したかったのに指輪をうっかりつけたままだし。そのうっかりさがあるからこそ敦子をここに誘き寄せれたのよ。本当助かったわ。


 夫の夏彦とは社内恋愛で彼の方が少し上の先輩。優しくて何でも教えてくれる気前のいい人。

 今までろくな男に引っかかってばっかりだった私の中で一番いい人……のはずだったけど結婚してからそうでもない、なんなら一番最低な人だった。


 結婚してから手のひら返すように悪態をつき、私のことを罵って自分を優位に立たせる。

 義父母たちも私のことを完全に「嫁」という扱いで都合の良いように使われていた感じだった。

 特に義母が口うるさく、過干渉過ぎて困った。それが嫌で実家に寄り付かず少し距離のあって困った時は行きやすいようなこれまた都合の良いように逃れて自由気ままに過ごす義弟夫婦たちも本当に気に食わなかった。


 義母の無茶振りを見過ごす夏彦に対して腹立たしいものだったが楯突くと嫁のくせに! と怒鳴りつけて説教である。

 この時も夏彦も見て見ぬふり。


 彼も彼で家では私の料理や家事にケチをつけたり文句を言ったり上手くできても粗探しをして罵った。私は先回り先回り何かをしてもダメだった。

 夏彦自身に何か損害をきたすようなものがあったら何でお前はこんなことしたんだ! の説教。義母と同じだ。


 だから私は自分を押し殺してきた。


「……敦子さんは彼と今後どうなりたいのですか?」

「まだ関係を続けたいのですが」

「ご主人いるでしょう。ご主人とは失礼ですが身体の関係は」

「ないです。夏彦……ナツの身体みたいに引き締まってないし、ナツはセックスしたら優しくしてくれるし」


 ……こりゃ溺れているわ。夫婦の関係も破綻。


 ちなみに私は夏彦との身体の関係はもうしばらくない。


 私から拒否した。モラハラしてくるやつになんて愛情抱けないし、顔が年々私をいびってくる義母に似てくるの。だから顔を近くにした途端吐き気がしてきて拒否をした。


 もちろん拒否し始めた途端に生活費渡さないぞ! と脅してきたり(結局は渡してくれたけど)拗ねたりめんどくさかったけど次第になにもしてこなくなった。


 今まで彼は結婚前とか浮気とかそんなことをするようなタイプじゃ無かったし。

 まず持って色々とめんどくさがりな性格を知ってからは他に女を作るのは面倒、ケチさを知ってからは他の女に金を出すのは嫌だとかそんな男だし、ましてや離婚を叩きつけても仕事が忙しくてーといろんな話を延期したり流したりしてきた男だからもうそんなことはできないと私は諦めていた。


 私は仕事も貯金もなし、うまく家事ができないし、セックスも拒むし……私しか目に見えての非が無くて。

 外面が良過ぎて給与も良い夫の勝ち目しかなかった。もうこのまま死ぬまでこの家に縛り付けられてしまうんだと諦めていた。



 と思っていた矢先。とある出来事が起きたのだ。


「先生? で、私はどうすれば」

「あ、すいません……今カードを深く読み込んでいまして。ですね……」

 私はぼやっとしている場合ではない。敦子側のカードをめくると出てきたのは馬に乗った騎士が描かれたカードが逆さまに出た。そして塔に雷が直撃している絵が書いてあるカード。


「あなたの暴走が歯止め効かなくなり大事になります」

「えええっ! ……そんな!」

 すると敦子のスマホの着信が。タイミング悪い。しかも連続で。


「す、すいませんー。きっとPTAの連絡。今年のね、役員のリーダーが専業主婦でね。時間お構いなしに連絡してくるのよーはぁ。こっちは働いてるんだし他のみんなも働いてるのに! 専業主婦って本当腹立つ。暇人め! すいません、着信うるさいけど無視無視ー!」

 と画面見て既読スルーでスマホをカバンにしまい直した敦子。


「いえいえ。……あなたは本当にバイタリティの強いお方で。それは良いのですが。育児家事仕事PTA、そして彼氏さんと。本当に素晴らしいけどそれがいつか暴発します」

「……」

「敦子さんはどれが一番ですか?」

「……どれもこれも……」

 欲張りね……。


「とりあえず彼氏さんはやめた方がいいですよ。もう身体以外では繋がれませんから」

「うううっ」

 敦子は泣きそうな顔をしている。そんなに夏彦が好きなのか? あんなケチで自分本位のセックスをする男! 釣った魚に餌やらない、まさしく今はあなた……都合の良い女。


「あ、仕事を辞める、でもいいですよ」

「そ、そ、そ、んな!!! 嫌です、うちの夫は金あるくせに家に金入れてくれなくて……私が働かないと……生活できません!!!!」

「あら……お子さんもいるのに? ご飯代もかかりますよね。おいくつ?」

 だんだん顔が歪んでいく敦子。

「息子は中学生ですが……下にも小学5年の娘がっ……」

「子供達にはお金をかけてもらっていますか?」

「学費や教材費や基本的なものは何とか……っ。でもお金かかるんですうううう!! 年頃の子供達はっ! しかも上の息子っ、去年中学受験失敗した途端、夫が息子をグズ呼ばわりしてさらにお金を入れてくれなくて!!!!!!」

 と机をどんどん叩き出した。


「……お友達のリンくんは……受かったのに!!! うちの息子の方が賢かったのにいきなり追い抜かれて!! 悔しいいいいいい!!!!」

 バーカ、あんたが浮気で家庭を顧みなかっただけだよっ。

 それにあんたの息子の章介くんは誰にも相談できなくて寂しいって塞ぎ込んでしまってテスト中に吐いたらしいの。


 って息子の倫太郎から聞いたわ。


 そう、目の前にいる敦子は私のママ友でもある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る