第2話 恋と書いて死と読む
「試験どうだった? 優磨、」
僕はついさっき藍才高校の入学試験に受けたのだ。
手応えはあったものの、流石は難関校かなり難しかった。
特に時事問題には手こずった。総理大臣がまったく知らない人だった。
9年も経ったんだ、変わっていないわけがない。あらかじめ調べておけば良かった。
「まぁまぁ、だった」
「そうか、昼ごはんできてるから。手ぇ洗ったら食べな」
僕は机に置いてあった、カレーを口に運んだ。
カレーのルーとご飯が絡めあって、口の中で広がった。
「うまっ!」
頭を使った頭に味が染み込んだ……美味しい。
数年ぶりの昼食、スプーンがよく進む。
「優樹、お前って料理うまかったっけ? 調理実習でクッキー焦がしてなかったか」
それは9年前の5月のこと、今でも最近のことのように覚えている。
僕らは調理実習をしていた。優樹は別に料理が得意でもないのにいつものようにクールぶって、クッキーを焼いていた。
優樹は案の定クッキーを焦がした。
それでも優樹は無理に表情を抑えながら、クッキーを食べていたことに、腹を抱えて笑ったこと……。
それも懐かしい思い出の一つだ。
「上手くなったんだよ、あれから練習して」
優樹は僅かに懐かしそうな笑みを浮かべていた。
優樹はみんなが思っているほど完璧で、初めからなんでもできる訳ではない。
意外とおっちょこちょいな所もある、努力家でもある。
そんな彼女だからこそ僕の親友なのだ。
優樹は小学校からの長い付き合いだ、いつでも一緒にいた、特に話す話題があるわけでもないのに。
僕はどんな人よりも優樹のことを知っている自信がある。
小学生の時、同い年の男の子にカップルだと言われ、冷やかされたこともあった。
普通ならだんだん距離が離れていくものだが、距離が遠ざかることはなかった。
僕がグイグイ話しかけたのもあるが……。
きっと僕が死んでいる間もそばにいてくれたのだろう。
優樹には今まで沢山のことで助けられた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「今日から僕の輝かしい青春時代が再起動する‼︎」
そんなことに期待を膨らませていた。
あれから、藍才高校の入試に合格した。
そして僕は川窪優樹という名でこれからの生活をする。
9年前の僕は、クラスで目立たない方だった、果たしてそれは輝かしい青春と言えるだろうか。
僕はこれから、前の青春の失敗を糧に、性格などを改めて、前よりも華やかな、そしてモテモテな高校生活を送る! それはもう高校デビューならぬ、
"人生デビューだ!"
まずは第一印象が大事だ。
自己紹介ちょっと気合いを入れるか!
もちろん部活にも入るつもりだ、前の青春は部活なんかに入らず、友人関係に困ったからな。
入るなら運動部か軽音部がいいな。……モテそうだし。
でも、運動とか楽器、苦手なんだよな。
恋愛について考えると、いつも柏葉さんの顔が頭に浮かぶ。忘れたつもりなのに忘れられない。初恋とはこういうものなのか。
柏葉さんは今はもう誰かと、幸せに過ごしているのか。そんなことを思うこともある。
僕は、これだけは誓ってしないと決めた。これとは "絶対に恋に落ちない" ということ。
僕は前の人生は恋に落ちて、全てを失った。もう2度と同じ過ちを犯したくないのだ。
だから絶対に僕は誰かを好きにならない。
ただモテているだけでいいのだ。
モテて、楽しんで、笑い合って、素晴らしい青春だったと、後からの思い出として悔いがのこらなければ、それでいいのだ……。
見慣れた通学路を歩いていた。新しい発見もあるでも基本的には何も変わっていない。たまに知らない建物がある程度。僕としては何も変わっていない方が安心して良いのだ。今では遠い思いでも景色が思い出させてくれる。小さい頃よくゲーム機を持ちあって遊んだ公園、じゃんけんで負けて三人分のランドセルを持った道。高校の入学式の緊張感。
こんな思い出に浸る日が来るとはその時には夢にも思わなかった。
気づけば僕は、学校に着いていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
優磨は何事もなく、入学式を終え。教室に移動した。
僕のクラスは前と同じ、1-C組だった。
流石は国立、教室はほぼ変わっていなかった。変わったことといえば、黒板が上下に動くようになったことくらいだ。
僕はまたここで青春を過ごすのか。前のような初々しい緊張感はなかった。
僕はぼーっとしていると、後ろから何かに指される感覚があった。振り向いてみるとそこには金髪の青年がいた。
藍才高校は特に厳しい校則がなく髪の色も自由なのだ。おそらくこの青年も高校に上がって思い切って染めたのだろう。
青年も新しい青春に新しい自分を取り入れようとする、僕と同じ側の人間なのだろう。
「こんにちは、今日からよろしくね」
その言葉は明るく発せられたが、まだ言葉の奥底には違和感があった。
「よろしく」
僕も笑顔で返答した。
僕も青年と同じ人間、こういうことには慣れない。前までは割と適当に生きていたから、こう意識するのは難しいものだ。
「俺の名前は、無辜優介(むこゆうすけ)。君は?」
無辜優介、聞いたことのある名前だ。しかしよく思い出せない。
後ろにマ行がいるということは席順は名前順じゃないようだ。
「僕の名前はひる……えっと、川窪優磨」
こう違う苗字で言うのは違和感と共に恥ずかしさを感じる。つい間違えてしまう
。
「ところで無辜くん?」
「優介でいいよ」
「じゃあ優介、その髪、随分思い切ったね」
高校生らしい会話をしたことがなかった僕は何を話せば良いかわからなかった。
「え〜。これわかっちゃった」
「結構わかりやすい」
「まじかよ! バレないようにしていたつもりなのに〜」
優介は前髪を指で掴み、髪を見上げていた。
「それで、どうして髪なんて染めたんだ?」
このクラスで金髪なのは優介だけだ。
1人だけ浮いている。
「実は俺な、中学の時勉強しかしてこなかったからな、ろくに友達ができたことないんだよ。だから俺は高校で変わってやろうと思ったわけ。俗に言う高校デビューってやつ」
優介にはどこか共感できる。やはりこいつは此方側の人間なのだろう。
2人の間に数秒、無言が続いた。
その沈黙を切り裂くように優介は言った。
「なぁ優磨」
優磨と呼んでくれたのは、優樹と生徒の事をしたの名前で呼ぶ親身的な中学の時の担任ぐらいだったので、優介がそう呼んでくれたのは嬉しい限りだ。
「このクラスに可愛いと思う子いる?」
こ、これは‼︎‼︎ 高校生らしい会話じゃないか! 乗らないわけにはいかない。
「そうだな〜」
僕は周りを見渡して、女子生徒の顔を眺めた。
……わからない! 可愛いってそもそもなんだ? 柏葉さんみたいな人だろ、でも僕は柏葉さんの性格に惚れたんだ。外見だけではとても……。
「ごめん……わからない」
「そうか、お前の可愛いのハードルは高いんだな」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
「ちなみに、俺はだな……」
優介は僕に身を寄せ、右後ろを指差した。
指先の方向には、サラサラな長めの髪を持ち、すらっとした体型をした、可憐な女性がいた。
彼女を見ると、僕の心臓の鼓動が増した。鼓動が早くなっていくのがわかる。
僕はあの人に恋をしてしまったのか……でもこれは恋に落ちたわけではない、言い切れはしないが、わかる。
これはまるで何かが彼女に訴えかけているようだ。僕にはない何かが。
胸に手を当てて、深呼吸をした。
一旦心を落ち着かせた。
「どうだ、あの子。可愛いくないか」
「…………」
不思議な感覚だ僕の心でこの鼓動が起きているわけではない。この鼓動は初恋に似てなくもないが……。
彼女には僕にとってなにかがある、そう確信した。
「おーーい」
「え、あ、うん。た、確かにね」
つい自分の心の中に没頭して、新しい友達の質問を聞きながしてしまった。これは僕の悪い癖だ。
「僕、あの子に話しかけてくる」
僕は席から立ち上がり、彼女の座る席の方向に歩き出した。
僕の体が彼女を求めていた。
「え? おい…………行動力すげーな」
優介は唖然とした表情をした。
彼女の席の前に着くと、僕は彼女に話しかけた。
「き、君。名前なんていうの?」
彼女はそう言う僕の体を下から上へと見渡した。
突然、彼女は僕の手を掴み、握ってきた。
「え、ちょ」
優磨は突然、女子に手を握られたことで、童貞特有の戸惑いを見せた。
彼女も自分が僕の手を掴んだことに驚いた様子だった。
「あ、ごめん、なんか無性に触りたくなっちゃって」
「そうか……全然気にしてないからな」
不思議な子だ、流石に昼山優磨26歳もドキドキしてしまった。
「それで私の名前だよね、私は君塚優衣(きみずかゆい)だよ。きみは?」
「僕は川窪優磨よろしく」
周りの人からの視線を感じる。それもそうだろう、美少女と話したうえに、手まで触ったからな。
「川窪くんはどうして私に話し掛け合いきたの?」
特に話しかけた理由はない。僕はただ君塚さんのもとへ行きたいと、心が訴えかけてきたから話しかけただけだ。
「いや、あの。その〜」
「君塚さんが気になったから。みたいな」
優磨はほっぺをかきながら答えた。
すると、君塚さんの顔はみるみる赤くなっていった。
(僕、なにか変なこといったか?)
君塚さんは恥ずかしそうに答えた。
「川窪くんが嫌ってわけではないけど、私たちまだ初対面だからさ……」
そんなに照れながら言う意味がわからない。
まるで僕が告白したようではないか…………⁈
いや、僕が言ったこと、告白と捉えてもおかしくないか……。
だとしたら僕はなんて恥ずかしいことをしたんだ。
「そういう意味じゃないんだよー!」
優磨はそう言って自分の席に走って行った。
「いやー。お前すげーよ。いくら可愛いといっても初対面の相手に告白するなんてな」
「やっぱりそう捉えられてしまったのか……」
優介の顔がニヤついている。
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