3.彼女の言い分
「え、そ、その……」
その視線に戸惑った仕草を見せる凛の様子に気付いた彼女ははっとした表情になり徐に背筋を伸ばして居住まいを正すと済まなそうな口調でこう言った。
「あ、その、ごめんなさい。相談事を持ち掛けたのは私なのに失礼な態度でしたね」
肩を
「あ、いえ、そ、そんなに気を使わないで下さい」
背中を冷たい汗が一筋流れ落ちて行くのを感じながら凛は申し訳なさそうな態度でそう言って見せた。なんだか謝罪合戦に突入している様に見える二人に違和感を感じたのか周りの視線が集中する。それに気づいた二人は同時に頬を朱に染めながら背中を丸めて周りの様子を伺いながら黙り込む。
そして、視線を合わせた瞬間、自分達の滑稽さに気付くと同時に何故か笑いが込み上げてくる。そして二人顔を見合わせながらくすくすと声を殺して笑い続ける。そして暫くして彼女ははっと何かに気付いた様に少し慌てた表情を見せながらこう言った。
「そうだ、私、まだ名前行ってなかったわね」
そう言えば確かにそうで、凛が受け取った手紙にも名前は書かれていなかった。だから、少し警戒していたのだが、こうして顔を合わせて見てその心配は何処かに行ってしまってた。
「私は
「じゃぁ僕も改めて、草薙凛です凛で良いですよ」
「そう、じゃぁ凜ちゃん、宜しくね」
茜はそう言うと凛の前に右手を差し出した。それに応えて凛は手を握り握手を交わした。暖かな女の子の華奢な手の感触と暖かさが伝わって、凛は何故かほんのり頬を染める。
「可愛い、凛ちゃん」
その様子を目を細めて見詰める茜の視線に凛は更に赤くなる。そう言えばこんな風に年上の女性に見詰められたのは初めての経験だった。
「そ、そんな、僕は……」
苦し紛れに吐き出した言葉に茜はちょっと不思議そうな表情を見せる。
「凛ちゃんって、一人称代名詞が『僕』なのね」
「え?」
尋ねられて凛は初めて気付く、今迄自分を僕と言う事に全く違和感を感じていなかったのは男の子時代からの癖を引き摺っているからだった。ただ、初対面の人物がそれを聞くと女の子が僕と言うのは確かに違和感を感じてしまう。
「あ、その、それは……」
そこで凛の心の中で葛藤が起こる。正直に自分の素性を離してしまうかそれとも暫く黙っておこうかと。
「そう言えば凛ちゃんって何となく男の子っぽいわね。ううん、変な意味で言ってるんじゃないわよ、ボーイッシュな女の子って結構可愛い子が多いじゃない」
「は、はぁ……」
「そっか、だから私、凛ちゃんに魅かれたのかな。私が女の子しか愛せない言い訳……みたな」
その言葉に凛は苦笑いを見せながら呟いた。
「僕はあんまりそう言う事は考えた事無いなぁ」
「ふ~~~んそうなんだ。凛ちゃんは自分が男の子に生まれれば良かったって、思った事有る?」
「え……」
茜の言葉に凛の心臓は周りから見ても分かるんじゃないかと思う位に大きく脈打ち図書室に響き渡ったんじゃないかと思われる位にどきりと音を立てる。
「そ、それは……」
「そうよね、いきなりこんなこと聞かれても困っちゃうわよね」
「え、ええまぁ」
「私、私が女の子しか愛せない理由はひょっとしたら中身が男の子だからじゃないかって思う事が有るの」
凛の心臓は再びどくんと大きな音を立てて脈動する。こんな事を何回も続けられたら心不全で倒れるんじゃないかと言う不安が過る。
「だから私はビアンじゃなくてヘテロなんだって」
「あの、そ、それって、トランスジェンダーって言う事、ですか?」
茜が黙り込むと同時に少し重い沈黙とまとわりつく霧の様な雰囲気が二人を包む。そして彼女が再び唇を開いた時その重い空気はさっと蒸発する様に消えていった。
「わかんない……」
少し語尾が掠れたが妙に明るく答えて見せた茜は少しはにかんだ表情で更に言葉を続けた。
「だって、持ってる服はスカート系が多いし、お化粧するのは苦にならないし、可愛いって言われれば嬉しいし……男の子の要素は無い気がするんだけどな」
そう言いながらコケティッシュで透明な笑みを浮かべる茜は少なくとも凛の目には男の子に見えなかった。
「そうですね、柄澤さんは僕の目から見てもしっかり女の子です」
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも私は男の子には興味が無い、私の恋愛対象はあくまでも女の子……って断言ちゃうと変な奴ってやっぱり思われるんだろうな」
「……あはは、それなら僕だって」
凛は苦笑いを浮かべてそう言いながら左手の薬指を見せる。そこには何時もつけている紗久良との婚約指輪が輝いていた。
「お相手は女の子?」
茜の問いに凛は小さく頷いて見せるとそれに合わせて茜は小さなため息を吐と共にこう言葉を吐き出した。
「いいな、私も恋人が欲しい。いっつも私の傍でにこにこしていてくれる彼女が」
それを聞いて凛は少し頭を傾けながら恥ずかしそうに頭を掻いて見せた。図書室の窓からは斜めに陽射しが差し込んで、机に乱反射して二人の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。その風景は既に親しくなった友人同士の雰囲気を醸し出していた。
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