2.差出人

 帰宅して母と夕食を共にした後自室に戻り、さっきの手紙を鞄から取り出すと机の照明に翳して中身の様子を窺ってみるが、結構厚手の封筒が使われているらしく、中が透けて見える事はなかった。まぁ、無駄な行為だとは思ったのだが一応お約束と言う事でやってみただけだった。


「……う~~~ん」


 そして一度小さく唸った後、凛はペンケースからカッターナイフを取り出して蓋の部分に慎重に差し込んで丁寧に封筒を開封する。そして中から手紙を取り出すと、それは薄いピンク色の便箋でほんのりと花の香りがした事で凛は眉間に皺を寄せながら考え込んだ。


「女の…子……」


 そう、まだ文面を読んだ訳ではないから断言する事は出来ないが、この手紙の総合的な雰囲気から鑑みると差出人は女の子である可能性が高い様に感じられた。そして、少し躊躇いがちに便箋を開くとその文面を読み始めた。


 書かれた手紙の文面を凛は五回程読み返しその内容を反芻した。それによれば差出人は一つ上のクラスの女子で自分がビアンで有る事を認識していてそれにかなり悩んでいる様子だった。だが、凛の左手薬指の指輪に気付き、更に何かのつてで婚約者が女の子だと言う事を知ったらしく、ある意味縋り付くような思いが切々と綴られていた。そして、一度会って話をする事が出来ないかと言う言葉で締め括られていた。


「ふむ……」


 小さく溜息の様な呟きを吐き出した後、凛は机の引き出し奥深くにその手紙をしまうと頭の後ろで手を組んで背を反らせ天井に視線を移す。


「ビアン……かぁ。僕も、そうだよね」


 そこまで言ったところで凛は激しい違和感に襲われる。確かに体は女の子になってしまったが頭の中身の基本構成は男の子なんだからこの表現は自分には当てはまらないのではないかと言う考えが過る。そして体を真直ぐに戻し視線を少し下に向ける。その視界に入って来たのはふんわりと膨らんだ自分の胸、それはある意味女の子の象徴に感じられた。そして、右側の胸をゆっくりと右掌で包み込んでみる。掌に柔らい暖かさを感じた時、何故か紗久良の顔が思い浮かぶ。


「……紗久良」


 そう呟いた後、更に頭の中を過ったのは彼女に対する恋愛感情は女の子同士の物では無くて、普通に男の子と女の子の思いなのでは無いかと。そして心の芯に紗久良の体を求める小さな灯がぽつんと光ると、それはあっという間に体を満たして凛は彼女の肌触りや香り、そして吐息を思い出しながら溢れる喘ぎを堪えつつ指先を濡らした。


 そして体を満たし果てた後、机に突っ伏して紗久良の事を思った時に凛は彼女を自分の欲望で汚してしまったのではないだろうかと言う激しい後悔の念に襲われ大きく溜息をついた。


「僕、やっぱし、頭に中は男の子なのかな……」


 ポロリと出た言葉のが自分の耳に届いた時、紗久良の目線を感じて凜は思わず頬を染める。この痴態を彼女が見たらどう感じるだろう、これは彼女に対する自分の思いである事を察してくれるのか、それともただ単に嫌らしくて卑猥で不潔な行為と見えてしまうのだろうか。まだ少し疼く女の子の部分を感じながら凛は体をゆっくりと起こすと再び背筋を反らし天井に視線を向ける。そして再びふっと小さく溜息をついた。そして決心する、この手紙の差出人に会ってみようと。


 文面には会って欲しい日時と場所の指定が有った、それに応えて話を聞いてみようと。


 ★★★


 凛は思わずつばをごくりと飲み込んだ。指定の場所に現れたのは、所謂、お嬢様然とした女の子で一つ上の学年の人だった。放課後の図書館、しんと静まり返り数人の生徒がそれぞれ本に視線を向け、有る物はその物語の中に没入し、有る物はノートにペンを走らせる。学生達にとっては日常の風景だったがその隅っこで対峙して座る二人は少し異彩を放っていた。


「ありがとう、本当に来てくれるとは思わなかったわ、草薙さん」

「あ、え、ええまぁ……」


 普段、名前で呼ばれる事が多かった凛は、名字で呼ばれたことに少し違和感を感じた。自分の事を名字で呼ぶのは学校内では教師位の物だったから何だか彼女が妙に大人に感じた。もっとも、上級生で有るのだから目上なのは事実ではある。そして嬉しそうに微笑んで見せた彼女の視線に思わず頬を赤らめる。どうしてそうなるのかは自分でも不思議だったが、体の芯がじんわりと熱くなるのを感じたのだ。


「私ね……」


 そう小さな声でそう呟いた彼女の唇が艶やかに輝くのを見た時、心臓がどきりと大きく脈打つのを感じた凜は思わず体をピクリと動かす。そしてそれを悟られていない事を心から祈った。


「入学式の時、体育館に入って来た草薙さんを見て直ぐに私とおんなじだって感じたの」

「……え、ど、どうして?」


 彼女は不思議な笑みを浮かべると机に右手で頬杖を付き、少し目を細めながら凛にちょっと煽情的な視線を送る。


「だって、沢山居た新入生の中であなたしか目に入らなかったんだもの」

「ぼ、僕……だけ?」


 コクりと頷いた彼女の目線は頬杖を付いている関係で少し下から見上げる様なポジションになっているのだがそれが何故が刺さってくる様な感じがする。それは特段不快な物では無かったがその熱量は壁ドン状態のプレッシャーに感じなくも無かった。

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