8.僕の初体験
そして、莉子は更に強烈なパンチを繰り出して、凛を完全にノックアウトする。
「初めてって……痛い?」
生理の二日目にたまに感じる貧血時のくらっとした感覚に襲われて凛はその場に片膝をついて崩れ落ちそうになったが、ここは往来のど真ん中、そんなことになったら大騒ぎになる事は目に見えていたから気力でその場に踏ん張ると、莉子に対してこう言った。
「あ、あの、場所変えない?」
「え、なんでさ」
「いや、こんな大通りのど真ん中でする話じゃないんじゃなんて思ってさ……」
「そうかな」
「そうだと思う」
そう言ってから凛は莉子の右ひじに腕を回して横にペタリと張り付くと彼女を引きずる様にその場を後にした。
★★★
場所を変えると言っても、高校生の二人だからそれ程予算が潤沢な訳では無い。更に、凛の通う高校はアルバイトは禁止と言う校則迄有ったりするから、母親から支給されるお小遣いと小さい頃から貯めてきたお年玉程度の経済力しか無かったりする。そうなれば行く場所などはおのずと限られ、低予算で長居出来る場所の代表格、ファストフード店という事になる。その店の奥の出来るだけ人目につかなそうな席に陣取った二人のひそひそ話は更に続く。
「でも、男の子は女の子が処女が良いのかどうかって言うのは僕に聞かれても……ちょっと…」
「元、男の子でしょ、考えた事無かったの?」
「そんなこと考える前に女の子になっちゃったから」
凛は性同一生障害とは全く関係無かったから表現としては適切ではないのかも知れないが、所謂、性別適合手術を受けたのは中学二年の夏休み直前だった。凛の体は男性器と子宮を同時に持ち合わせてしまったが故に、初潮が訪れた時に行き場を失った経血が体に回ってしまい授業中に倒れてそのまま救急車で病院に緊急搬送、各種検査をした結果、染色体の型から実は男の子では無くて女の子だったことが判明したのだ。そして、命の危機を医師から宣告され、外科的手術により女の子の体になり、その後の経過観察はまだ続いており今でも病院に通う生活をしていた。
「……そうかぁ、そうだよね。それじゃぁわかんないか」
「うん、ごめんね」
別にそれが凛のせいな訳では無いのにすまなそうな表情で背中を丸める凛を見ながら莉子はにっこりと微笑んで見せる。
「ほんとに、可愛いなぁ凛君。私が惚れた女の子だけの事は有るわ」
莉子はそう言いながら始めて好きだと言ったあの時の様に目を少し細め、ちょっと挑発するような表情でそう言って見せると凛は思わず頬を染めながらもなんとか反撃に出る。
「い、今は今野に惚れてるんでしょ」
しかしその攻撃を莉子はしゅるりと
「まぁね」
背筋を伸ばし、気高くそう宣言した彼女の姿が凛には神々しくさえ見えた。自信に満ち、誇りに昇華してしまうのではないかと思われるくらいの清々しさが凛には羨ましく思えたのだが、そんな事を考える暇を与えず莉子は再び凛に尋ねた。
「もしも凛君が男の子のままだったら、紗久良と……する?」
「は?」
「だから、紗久良の処女は凛君が貰うのかなって事よ」
「……うん、それは」
彼女の質問と同じような事を凛は依然考えたことが有る。もしも自分が男の子のままだったら、紗久良と抱き合うような関係になっただろうか。おそらく、紗久良が海外に引っ越すと決まった時点で彼女との関係は幼い頃の淡くて甘酸っぱい思い出となり、つながり自体が無くなってお互い新しい道をそれぞれに歩むだろうと。そして再開したとしても、沸き上がるのは懐かしい思い出だけで恋心には結びつかないだろうと。そして凛は曖昧に笑って見せる。
「たぶん、それは無いんじゃないかな」
「ふ~~~ん、紗久良の引っ越し話が無かったとしても?」
「ネットでちらっと見たけど幼馴染同士で恋愛感情に発展する事ってあんまりないみたいだから」
「あら、どうして?」
「近すぎて、ある意味肉親みたいな気分になっちゃうみたいだから」
その言葉に莉子は眉を顰めて見せてからテーブルの上のカップを持ち上げストローに口をつけると一口啜ってから再びカップをテーブルに静かに戻した。
「男の子として紗久良と経験出来なかった事はプラス、それともマイナス?」
「え、な、何に対してのプラスマイナス……」
分かってないなと言う少し呆れ気味な表情でに眉間に皺を寄せ、莉子は地の底から湧き上がるような声でこう言った。
「凛君の人生に対してよ」
背筋を正し椅子にちょこんと座り直して、少し引き攣った笑顔を張り付けながら凛はピクリと口元を動かした。
「ど、どうなんだろうね…そもそも、紗久良は女の子にしか興味なくなっちゃったみたいだから僕が男の子のままだったら、その関係すら成立してないんじゃないかな」
「でも、その、紗久良が女の子好きになる引き金を引いたのは凛君でしょ」
「……あ、うん、まぁそう…だね」
凛がそう答えを返したところで莉子はテーブルに右手で頬杖を突くとにやりと不敵に嗤って見せた。
「つまり、いずれにしても凛君の初体験は紗久良以外の選択肢は無かったって言う事だね」
その言葉に反応して凛は頬を染めながら恥ずかしそうに右手で後頭部をぼりぼりと掻きながらか細い声でこう言った。
「と、とっても幸せな気分になれたよ」
莉子は目を細めながらひゅうっと口笛を吹いて見せた。凛と紗久良の初体験は甘酸っぱくて胸が締め付けられるような感覚と共に、幸せな思い出となる時を二人に与えてくれた様だった。細くて鋭い視線に射貫かれながら只管照れまくる凛の表情を見ながら自分の初体験もそんな幸せな物であることを莉子は祈る。そしてその時は直ぐに訪れるであろう予感も感じながら。
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