7.永遠に処女?
「は~~~い、凜君、こっち~~~」
そう言って元気に手を上げたのは莉子だった。別の学校に進学してしまったから顔を合わせる頻度は中学時代に比べて格段に低くなってしまったが、彼女とは一生友達として付き合っていきそうな予感が凛には有った。ただ、ここは往来のど真ん中、大声で叫びながら手を振るのはちょっとやめて欲しいかなと凛は思った。
「……もう、莉子、恥ずかしいから街中で大声出すのやめてよ」
彼女の傍にとことこと近寄ってから、耳元で
莉子は裏でかなりハードなトレーニングを重ねているらしい、だがそれを表に出さずにさらっとやってのけている様に見せる力量は大した物だと凜は感心しきり、自分もその辺は見習わないといけないと思っていた。難しい曲もさらっと演奏出来る様にならないといけないと。
「さて、じゃぁ行きますか」
「あいよ、
「誰が旦那だ!!」
旦那と呼ばれて思わず突っ込む凛だったが自分も大声で叫んでしまった事に気付いて口に手を当てながら目を見開き、思わず周りを挙動不審に見回した。
「だから、誰も気にしないって。それに凜君は紗久良の旦那様なんでしょ?」
「ん?」
「一応、男の子だったんだから凜君がお婿さんで紗久良がお嫁さん……って言う訳でも無いか」
「うんまぁ、そう言うのはあんまり意識した事無いからなぁ」
二人見つめ合いながら一瞬、不自然な沈黙が訪れる。そして最初に口を開いたのは莉子だった。
「あのさ、と言う事はさ、凜君は…いや、紗久良もそうだけど、
「……え?」
「だって、男の子とはしないんでしょ?」
「え、ま、まぁ……ねぇ…」
あまりにもあっけらかんと言われてしまったものだから凛はその言葉の意味の重さを一瞬失念した。そして、その重圧をじわじわと感じ始めた時、初めて彼女は赤面する。
「それって、おかしな事なのかな……」
おずおずと凛は莉子に尋ねてみたが、彼女は小さく肩を竦めて見せる、そして小さな声でこう言って見せた。
「人生色々、生き方色々、性的指向も色々だからこれがこれに関しては明確な答えってないんだと思う。凛君がこれが答えだと思えばそれが答え」
「……そ、そうなの」
莉子は小さく頷いて見せた。
「り、莉子は、その、しょ、処女、なの?」
かなり躊躇いがちに尋ねた凛の問いに彼女は再び小さく頷いて見せた。
「そ、その、今野とは……」
「うん、まぁ、キスはしたけど、それ以上進んでないわ」
「そ、そう」
「まぁ、彼がそんな度胸と甲斐性が有るとは思えないしね。ひょっとしたら誘うのは私の方からかも知れないね」
そう言ってから莉子はちょこんとウィンクして見せた。
「あ、あはははは、そ、そうだよね、今野は……うん、まぁ…女の子に対しては引っ込み思案で照れ屋で間抜けな複雑な奴だから」
「うん、知ってる。でも、だから私彼と付き合ってるのかも知れないわよ」
「え、なんで?」
「そこなのよ、なんでって聞かれても分かんないのよね?少なくとも見た目にカッコ良さは無いじゃない」
莉子は上目遣いに空に視線を向け、唇に右手の人差し指を当てながらそう呟いた。そう言われて凛は改めて今野の姿を思い浮かべる。小太りでヲタクで、極端な施策を思いつかと思えば、ひどく間抜けな発言をするやつで、少し掴みどころがない感じも有る男だが、あのクリスマスコンサートでは抜群の行動力と瞬発力を見せたから、単なる理屈っぽいだけの奴ではないし、状に脆いところもある。
「そうだね、いい男ってのは見た目だけの問題じゃないと思うよ。今野はいい奴だよ」
「そっか、幼馴染の凛君が言うなら間違いないわね」
そう言いながら莉子は凛に思い切り顔を近づけ彼女の瞳を覗き込む。そして……
「でも、いい人過ぎるのも少し考えもんなのよね」
「え、なんで……」
そのまま暫くの沈黙、雑踏のざわつきが温かな風に乗って二人の頬を撫でて通り過ぎて行く。そして先に口を開いたのは莉子だった。
「凛君は、紗久良と……してるんでしょ?」
「は?」
「ねぇ、初めてはっちから誘ったの」
「そ、それは、その、あの……」
莉子の質問に凛の頭の中は真っ白になって、何も言葉が出てこない。若い彼女だからこんな突っ込みをされた時にどう受け流せばいいかなんて言う知恵がる筈も無く、只管狼狽するしかない。ただ、紗久良と体を重ねる事は自分の愛情表現で有る事には自信が有るから否定するつもりはないし恥ずかしい事だとも思わなかったが、こういう事は秘め事として、二人だけの心に中に仕舞っておきたいのは誰しも考える事ではないかと言うところまでは思いつくことが出来たのだが、凛は莉子の次の言葉にテクニカルノックアウトを食らう。
「あのさ、男の子って、やっぱり……処女が良いのかな」
「はぃ?」
季節確実に過ぎている様で、緩やかだった春風は少し湿り気を帯びて、梅雨に向かう準備をしている気配が感じられた。そんな風が吹く雑踏の中、凛は思考を停止させたまま、呆然と莉子の目の前でどうすることも出来ずに立ちつくした。
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