6.二度目の別れ、でもそれは

日曜の朝、寝起きのキスを交わしてから紗久良は上半身をベッドの上に起こし掛け布団で胸を隠しながら大きく伸びをして見せる。


「おはよう紗久良、眠れた?」


右手で目を擦りながら凛も、もそっと体を起こしながらそう尋ねてみると紗久良はにっこり笑いながらこう言って見せた。


「激しい運動をした後は良く眠れるわ」


その言葉に凛は苦笑いを浮かべながら紗久良の頬にちょこんとキスをする。


「紗久良がとっても感じやすいってのが良く分かったよ」

「あら、凛君だって結構……」


そこまで言ったところで凛が彼女の唇を自分の唇で塞いだ。自分の痴態を声に出して言われるのは流石にちょっと恥ずかしかったから思わず口止めしてしまったのだ。そして、唇を離すと紗久良の少し膨れた顔が目に入る。


「もう……」

「あはは、でも、裸で抱き合うのって気持ち良いね」

「そりゃぁ、人類が有史以来の続けてきた営みだもの、悪い物な筈無いじゃない」

「……は、人類?」


凛は最近の紗久良の発言に時々驚く事が有る。その後ろにある知識や思考の構築方法はどの辺で学んだ物なのだろうかと。日本に本格的に帰国した時、彼女はどんな考えを持つ人物になっているのか、紗久良は今、異国で生の情報を物凄い勢いで吸収して大きく変化して行っているのではないか、そんな気がした。もし、それが完成した時、いや、完成する事は無いのかも知れないが凛はそれについていく事が出来るのか少しばかり不安になったりもする。そして凛は今、苦笑いして見せるしかなかった。


「私、なんか変なこと言った?」

「ううん、全然。なんか凄く、納得した」


凛がそう言った後二人は一瞬見詰め合ってからにっこりと微笑み合った。


「さ、シャワー浴びよ、おかぁさんに又、変な顔されちゃうからさ」

「うん、そうね」


二人はベッドから起き上がり、朝の陽射しにその瑞々しい体を晒すと部屋の明るさがワントーン上がる。そして二人は朝日に包まれ輝く裸体のままもう一度口付けを交わした。


★★★


二人で過ごせる貴重な休日、二人は連れ立って再び外出し、別れ々で過ごした時間と心の隙間を埋めて行く。近所の公園を散策しているだけのデートなのに、繋いだ手から伝わる体温が心地よくて凛の心はまるでゴム毬の様に弾み笑顔が自然と湧てくる。しかし、突然口を開いた紗久良の言葉に凛の心はゴム毬から巨大な鉄球に変わる。


「私、水曜日に帰る事にした」


その場で立ち止まり凛は表情を曇らせながらその視線をゆっくりと紗久良に向ける。


「……ど、どうして?春休みはまだ二週間あるんでしょ?」

「うん、そうなんだけど」

「なんだ、けど……」

「なんか心配になって来ちゃって」

「心配?」

「うん、お母さんが……ね」


お母さんと言うフレーズを聞いて凛の表情は心配げな物に変わる。


「昨日、メールが来ていつ帰って来るんだって……なんか、凄く寂しそうな文面で」

「そ、そう……」


そこまで言って凛の心に複雑な思いが過る、引き留めるべきなのかそれとも帰る事に賛成すべきなのかどうか。その表情に気付いて紗久良は嬉しそうにこう尋ねた。


「あら、私のお母さんの事まで心配してくれるんだ。やっぱり凛君優しいね」

「え、あ、う、うん……」

「でも大丈夫、お母さんの事は私に任せて。ちゃんと英語が話せる様にちゃんと教育するからさ。そうすれば寂しさなんか忘れちゃうから」


その言葉に混じり込む強がりに凛は敏感に感じ取り、紗久良の頬に右掌を当てる。


「そうだね、紗久良が教えればお母さんも直ぐに英語話せる様になるよね」

「うん、言葉なんて直観よ、コツさえつかめばどうって事無いわ」


そうで有る事を凛は心から祈る。そして、紗久良の心も安らぎに包まれて心配事など無くなってしまう事も、何時もの屈託の無い笑顔が戻る事にも。春の陽射しは紗久良を励ます様にふわりと降り注ぎ明るく照らしていた。


★★★


「じゃぁ、また……ね」


紗久良の別れの言葉に凛は小さく頷いて見せる。そしてゆっくりと唇を開く。


「うん、また、必ず」

「そうね、必ず」


羽田空港の出発ロビー、凛は学校を休んで紗久良のお見送り。ざわざわとした周りの声が二人の言葉を搔き消してしまいそうだったが口付けを交わすと言葉以上の感情が二人の間を行き来する。そして、唇を離して再び向き合うと紗久良は凛の耳元で囁く。


「凛君といっぱいエッチしたからエネルギー充填120%てな感じよ」


その言葉に凛は苦い笑顔を浮かべて見せたが暫くの間、紗久良の顔にも体にも触れる事も出来なくなる寂しさが改めて込み上げる。それは恐らく共通の思いなんだろうなと思い、今度は凛が紗久良の耳元で囁いた。


「暫くは僕の事思い出して一人でしてね」


それを聞き終わる前に紗久良の頬は真っ赤に染まり、凛からぱっと離れると思い切り『い~~~っ』として見せる。その表情が可愛らしくて彼女に向けて笑顔を返す。それと同時に搭乗手続き開始のアナウンスがロビーに流れる。


「……じゃぁ、今度はホントに」

「うん、さよなら。じゃない、また会おうね」

「ええ、別れは再開への希望と言う事で、ね」


凛は再び小さく頷いて見せる。それを見届けてから紗久良は搭乗口へと姿を消していった。小さく手を振りながらその姿を見送る凛の頬に一筋光るものが流れ落ちる。


「ホントに、涙脆くなっちゃったかな……」


そう言いながら掌で涙を拭うと踵を返しモノレール乗り場へと向かって歩き始める。後ろ髪を引かれる思いは有るが、今はそれを断ち切るべきだと言い聞かせ、再び溢れ出そうになる涙を唇を噛みながら耐える。そして、家に辿り着いたらおかぁさんに縋りついて思い切り泣いてしまおうかとも思った。それはまだまだ大人になり切れない自分を今だけは肯定したい、そう言う思いからだった。

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