5.それでも僕は

凛のあまりにも自信無さげな言葉を聞いて紗久良は眉間に皺を寄せ右手をゆっくりと凛の顔の前に伸ばす。そして、思いっきり鼻を摘まむと少し強い口調でこう言った。


「何、自分勝手に黄昏たそがれてるのよ」

「ふぁ……ふぁい?」


ちょっと痛そうに凛はちょっとだけ顔をしかめて見せる。


「あのね凛君、幸せって言うのはあげたり貰ったりするもんじゃないと思うよ」

「え、う、うんまぁそうかも知れないけど」

「私は凛君から一方的に幸せを貰おうとは思ってないわ」

「……え?」


そう言って紗久良は凛の鼻から手を離し、膝の上に置いて背筋を伸ばしてにっこり度微笑んで見せるそしてこういって見せた。


「私は凛君とこうして出会えた事がとっても幸せ、二人で過ごす時間がとっても幸せ、それが未来まで続いてくれたらもっと幸せ」


目頭がじんわりと熱くなる気がした凛は、その恥ずかしさを隠す様に何気ない仕草に見える様にちょっとわざとらしい演技で目頭を右手で拭うがその姿が壺ったのか紗久良はくすくすと笑い始めた。


「もう、女の子になって涙脆くなっちゃったの、凛君」

「そ、そんな事……」


それは有る意味美しい姿だった筈なのだが、凛は恥ずかしいところを見られてしまった様に感じて照れ隠しも込めて頬をぷくんと膨らませ、唇を尖らせて見せる。


「大丈夫、いじけなくて良いわよ、私、凛君のそういうところが好きだから」

「そ、そう……」


凛はテーブルに置かれたコーラのカップを持ち上げてストローを銜え一口啜ってから再び口を開く。


「でも、僕はやっぱり紗久良に幸せをあげたい、それは僕の役目のような気がするんだ」

「うんまぁ、分からないでもないけどそれは昔の男の子の考え方じゃないかなぁ」

「昔……の?」

「そう、男は外で働いて女は家庭を守る、それが正しい有り方だって言う少し凝り固まった考え方」

「……そうなのかな」


紗久良もテーブルの上に置かれたカップを持ち上げてストローを銜え、中のシェイクを一口啜る、そして眉間に皺を寄せて見せる。


「なんて言うのかな、養われたくないと言うか」

「養われる……」

「そう、一方的に与えられたくない。私も凛君の為に何かしたい、そう言う事かな」

「ふうん」


少しきつめだった紗久良の表情が今度は心配げな物に変わって行く。


「だって、考えてみてよ、私より凛君の方が生きて行くのに色々と障害が多いんじゃないの?」

「そ、そうかな……」

「18歳になったら性別変更するって言ったわよね」

「う、うん」

「書面上の手続きは終わったとしても元男の子って言う事実は消えてなくならない訳でしょ。性別に関して考え方はだいぶ変わって来てはいるけど、私はそれに対する差別って未来永劫、完全に無くらないと思うの」

「……どうして?」

「存在してるからよ、男と女が……でしょ?」


凛は思わず黙り込む。そして何事かを考えてから徐に口を開いた。


「何億年後かに人間が劇的進化を遂げて、性別の無い生き物になる……」


そこまで言ったところで紗久良が乱暴に凛の言葉をひったくる。


「それはSFの世界の話!!」


紗久良の剣幕に苦笑いの凛だったが、今の言葉を実は本気で期待していたりするのだ。だが、紗久良の剣幕は一瞬で消え、険しさはしゅるしゅると消えていく。


「でも、女の子同士でも子供作れたら良いかも知れないわね」

「……そ、そう、だね」

「凛君は男の子と女の子、どっちがいい?」

「うん、女の子二人と男の子一人」


その凛の答えに紗久良は複雑な表情を見せながら呟いた。


「なんか真ん中な答えね」

「うん、まぁそうかも知れないけど、子供は最低三人は欲しいかなぁ」

「……どうして」

「だって、兄弟三人居れば親が居なくなっても何とかなるんじゃないかなって。三人寄れば何とかって言うじゃない」


それを聞いて紗久良は椅子に座り直して視線をまっすぐに凛に向ける。


「子供三人って言うのは親が居なくなる前提の話なの?」

「だって、僕んちお父さんが早くに亡くなっちゃったから、おかぁさん一人に育てられたようなもんだから」

「あ、そうか……」

「なんか、おかぁさんのこと見てて結構大変そうだなって思ったし」

「そうね、シングルマザーはきついわよね……でも、凛君は死なないでしょ?」

「……え?」


紗久良は居住まいを正すとまっすぐな視線のまま凛に向かってこう言った。


「だって、凛君さっき、私の事、し合わせにしてくれるって言ったじゃない」


その言葉に答える様に凛は輝く笑顔を湛えながらちょこんと頷いて見せた。紗久良にとって彼女からの答えはそれで十分だった、心の奥からじんわりと温かい泉が沸いてくる様な気がした。そしてそれは目頭にまで達すると、体がぷるんと震えた。


「なんだ、紗久良だって涙脆いじゃないか」


さっきの仕返しの様な凛の突っ込みに紗久良は目頭を押さえながらちょっと震える声でこう言った。


「……私達って、似たもの夫婦って言われるのかな」

「そう言われたら嬉しいね」


テーブルに右手で頬杖を突き、笑顔のまま桜を見詰める凛の視線がちょっとこそばゆく感じた紗久良はシェイクの入った容器を手に取るとストローを咥えて意味も無くちゅうちゅうと吸い込んで見せる。その姿を見ながら凛は思う、紗久良が望まなくても、それでも僕は彼女を幸せにしようと。それは自分にとっても幸せな事なのだと。

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