4.未来を描く

「はい、結構なお点前てまえでした」


師匠である恵美子にお褒めの言葉を頂いて凜はにっこりと微笑んで見せるがそれに相反して隣に座る紗久良は苦悶の表情を見せる。初めての茶道教室で緊張も有るのだが正座している時間が長くて足が痺れて指先の感覚が殆ど無くなっているのだ。それに気づいた凛は茶目っ気たっぷり、悪戯盛りの表情を見せながら少し体を後ろに反らし、彼女の足の指先を手先でちょこんと突いて見せた。


「ひゃっ!!」


それと同時に強烈な痺れが全身に走り、静まり返った茶室の中に盛大に響くと同時に同じくお稽古を受けていた他の生徒達の視線が一斉に紗久良に注がれた。その突き刺さる視線に紗久良は頬を真っ赤に染めて四川を隣の凛に向け、鬼の形相を見せる。しかし凛は口元に掌を当てながらくすくすと笑っているだけだった。


「ダメよ、凛ちゃん、女の子に悪戯しちゃぁ」


恵美子は一応、凛をたしなめたが紗久良の叫びがかなり可愛くて可笑しかったらしくて彼女も口元を抑えながら笑いを堪えていた。柔らかな春の日差しが差し込む茶室の雰囲気が朗らかに和んで行くが紗久良は渋い表情で周りをおどおどと見渡していた。しかし、注がれる視線がとても暖かくて柔らい物だったから自然と頬が緩んでちょこんと舌を出して見せた。


★★★


「悪くなかったでしょ?」


ファストフード店で二人は向かい合わせに座り、コーラのカップに刺さったストローから唇を離して微笑みながら訪ねた凛に紗久良はフライドポテトの端っこを銜えたまま少し複雑な表情を見せつつ、もそもそと答えた。


「うん、まぁ、勉強にはなったなぁ。けど……」

「けど?」


苦笑いを見せながら紗久良は小さな声で呟いた。


「足が痺れるのはちょっと辛い」


戸惑いの混じる彼女の視線を受け止めて二人は暫く見つめ合ってからどちらからともなく乾いてドスの聞いた笑い声を漏らす。


「僕もお稽古始めた頃は足痺れて立ち上がる時に思いっきり転んだりしてたけど、今はそんな事も殆ど無くなったなぁ」

「あら、今でも有るの」

「うん、師匠だってたまに痺れるみたいだよ。時々足の指先揉んでるもん」

「ふ~~~ん」


土曜の午後と言えば恒例のお茶のお稽古の日。紗久良には特に予定が無い様だったから、あまり乗り気では無い様に見えたが無理やり連れ出して参加させたのだ。そして、紗久良の感想は勉強にはなった、だったが、それ程悪い印象でもない様に凛には感じられた。


「凛君はお茶のお稽古はこれからも続けるつもりなの」

「うん、なんか面白くなっちゃったからこれからも続けるつもりだよ」

「……面白い?」

「うん、なんか奥が深くて落ち着くと言うかマインドフルネスと言うか美的と言うか自然との融合と言うか」


茶道の魅力を嬉々として語る凛を見詰める紗久良は少し苦い表情に変わって行く。


「……凛君って、昔からそう言うとこ有るよね」


その様子を語尾を少し濁らせながら凛は見詰めつつ不思議そうな口調で尋ねた。


「そう言う……ところって?」


紗久良は即答しない、天井に向かってくるくると視線を動かしながら何か言葉を探している様だった。そして凛は彼女が何を言いたいのかに気付き、言いにくそうな紗久良に変わって控えめに答えて見せた。


「……じじむさい」


一瞬の沈黙の後、紗久良はこくりと頷いて見せる。同時に凛の乾いた笑顔を一筋の汗が潤す。


「で、でも、安易な流行りに踊らされるよりも……す、素敵だと思うな。そういう凛君、私好きよ」


明らかにぎこちない笑顔を見ながら凛の乾いた笑顔からはぁっとため息が漏れる。そして、手に持っていたコーラのカップをテーブルに置くと右手で頬杖を突く。


……不自然な沈黙が訪れ、凛の真っ直ぐな視線に紗久良は思わず頬を染める。


「な、なに?」


凛の視線の意味が理解出来ずに紗久良は少しおどおどとした仕草を見せる。その様子を見ながら凛はゆっくりと口を開いた。


「紗久良は、将来、何になりたいの?」


不意に問われ、紗久良の心臓がドキリと脈打つ。


「……僕の夢は紗久良を幸せにする事なんだ」

「え?」

「その為にはどうしたらいいのか、最近色々考えてるんだけど、どうしても思いつかないんだ」

「そ、そう」

「僕は18歳になったら戸籍の性別を女性に書き換えるつもりだから僕達は女の子同士のカップルって言う事になっちゃうよね」

「え、ま、まぁ、そうね。でも、それは別に気にする必要は無いんじゃない、私だってその、お、女の子の方が、好きだし……」


店内のざわざわが少し大きくなった様な気がしたのは、凛が性別を変更するという言葉と自分の発言に周りが反応したのではないかと紗久良は一瞬感じたが、店のドアが開閉して外の音が流れ込んで来ただけだった。


「今のところ同性婚が合法になりそうな雰囲気は無いし、僕達ひょっとした一生、内縁関係で終わるかも知れないじゃん」

「う、うん……」

「そうなった時、若い頃は良いけど、歳を取ったら紗久良を幸せだって思える様に出来るのかなって思ってさ」


凛は紗久良に向けた視線をゆっくりと店の外に向けて、行き交う人々を眺める。その中には男女のカップルや子供連れの夫婦と思われる者達の幸せそうな姿もちらほらと見られた。その楽しげな様子が凛の心に影を落とす。自分は紗久良に幸せを送ることが出来るのだろうかと言う漠然とした不安に包まれながら。

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