4.眼鏡の紗久良
帰宅して自室に戻り、木目模様のローチェストの上に置かれた大きめの鏡の前で腰を屈め自分の顔を映すと指で瞼をむにゅっと持ち上げて、目に何か異常が無いかどうかを確かめる。そして、髪の毛を
文面は他愛の無い日々の日記的な内容だったが添付されていた画像を見て凛はおやっという表情を見せる。
「ん?」
その画像にはクラスメートと思しき数人の女子達に紛れて紗久良の姿が有ったのだが、彼女は眼鏡をかけていた。赤くて細いアンダーフレームの眼鏡姿の彼女は周りの女子達の表情に相対してあまり楽しそうではなかった。ロンドンと東京の時差は九時間で東京の方が進んでいるから紗久良は今、朝の八時頃の筈だから学校の始業前に撮影された物だろうか。
それにしても、彼女はそれ程目が悪い訳では無かった筈だ。近視か遠視か乱視かは不明だがなんだか追い詰められた生活をしているのではないかと少しの不安が心を過る。凛はスマートフォンを操作して返信の文面を入力し始める。もっとも、その返信の文面は『眼鏡、可愛いよ』の一言だったから一瞬で入力を終わり、送信した。すると、一分もたたないうちに彼女からの返信、文面には『♡』が一個書き込まれていただけだったが凛の頬が思わず緩む。おそらく授業中なのだろう、ならば文面的にはこれが精一杯なのであろうと推察出来る。
そのハートマークを眺めながら机に左手で頬杖をつき、夏休みには会えるかな、などと紗久良に対する思いを巡らせる。直線距離で約9,600キロメートルは宇宙規模で見れば砂粒以下の微細さではあるが、地球の表面に住む人間にとっては大冒険と言える途方もない距離で羽田からの直行便でも到着まで10時間から12時間の時間が必要だし費用も馬鹿にならなくて、凛が今、捻出出来る金額ではない。
紗久良が出発する前に何度か二人で体を確かめ合った時間の震える様な思いの高鳴りを昨日の様に思い出されるがそれは心の中で反芻するしか無い思い出でしかない。紗久良の温かさを思いながら自分の体を慰め指先を濡らした事が有るのは事実、そしてその後に残るのは彼女を
「はぁ……」
早く大人になるしかないのだろうかと思った瞬間大きなため息が一つ……しかし、生き急ぐだけでは中身の無い薄っぺらな人間になってしまいそうで凛にそれをすることは出来なさそうだった。刻まれて行く時間に学びながら脚を進めるしか紗久良と再会する手段は無いのだ。女の子の体の事を考えながら悶々とするのは男の子時代の名残なのかも知れないが、孤独の不安の裏返しでもある。
頬杖を付いた頬っぺたの重さが増したような気がした。そしてスマーフォンを机に置くとそのまま右手が制服のスカートの裾を小さくたくし上げ、少し開いた太腿の間に割り入ってショーツに触れそうになる……その瞬間、かんかんと言う扉をノックする乾いた音が部屋の中に響く。
「ひゃっ!!」
心臓が飛び出しそうになると同時に自分は何やってんだと言う表情を作りながら、ノックの音に応える。
「は、はぁい」
間も無くかちゃりと言う音とともに扉が開き、母親の
「どうしたの?」
「え、う、ううん、何でもない」
「顔赤いわよ、熱っぽいの?」
「う、ううん、全然、大丈夫だから心配しないで。それよりこれ見て」
凛は机の上に置いたスマートフォンを手に取るとモニターにさっき届いた紗久良の画像を表示して遥に見せた。
「……あら、紗久良ちゃん、眼鏡?」
「そうなんだよ、さっき、来たんだけど、眼、悪くしちゃったのかな」
「紗久良ちゃんの家族の中で眼鏡かけてる人いないわよね」
「うん、だから、遺伝とかそう言う問題じゃないよね」
「勉強大変なのかしらねぇ」
遥はそこまで言ったところで凛と視線を合わせる。
「あんたも気を付けないと駄目よ。いくら勉強が大変でも体に何か影響出したら取り返し付かないからね」
「あはは、ぼ、僕はそこまでのめり込む方じゃ無いから……」
後頭部をぼりぼりと掻き、照れ隠しをしながら凛は笑顔でそう答えて見せたがそれを聞いた遥の表情がキリっと厳しい物になる。
「やらなさ過ぎも駄目……」
両手を腰に当てて椅子に座っている凜を見下ろしながら少し威圧的にそう言って見せた遥だったがその表情は直ぐに柔らかな物に戻った。
「さ、晩御飯にしましょ、いらっしゃい」
「あ、う、うん」
遥に促されて凛は椅子から立ち上がる。
「着替えてから行く」
「そう、じゃぁ待ってるから」
遥は笑顔で部屋の中から出て行った。それを見届けると凛は胸に右掌を当てて大きく溜息をついて見せた。はしたない姿とその心持ちを悟られずに済んだ事に対する安堵の溜息はかなり深い物だった。そして顔を上げた瞬間、部屋の扉が細く開いている事に気が付いてぎくりとする。
「凛」
「え、あ、な、なに?」
「……紗久良ちゃんをオカズに一人でしようとした事は黙っててあげる」
「えっ、な、な……」
母親は娘のその手の行動には敏感に反応する物らしく、部屋に入る直前に彼女が何をしようとしていたか、直感的に察していた様だった。そして凛は羞恥に頬を真っ赤に染めた。
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