2.男の友情……プラス…

それは最悪……いや、そこまで悪い事ではないのだが、凛と傑、そして今野は見事に同じクラスに振り分けられて三年間クラス替えの無いこの高校で机を並べる仲となり、傑が依然言った様に見事にクラスメイトとなった。最初に顔を合わせた時の傑の大笑いは教室に響き渡り、何事かとほかの者達の視線を浴びた。


「御都合主義の権化が俺たちのバックについたという事だな」


傑は机に頬杖を突き、そんな事を思いながら込み上げる笑いを必死にこらえる。そして、自分の前の席に座る凛の背中に視線を送りながら彼女がどんな表情なのかを想像してみる。彼の脳裏に浮かんだのは頬を赤らめながら少し膨らませつつ唇をがらせて天井に向けて視線を送る、そんな表情。見方によってはちょっとキュートな表情で、それは見事に的中していた。凛はしっかりとその通りの行動を見せていた。


そして、傑の頭の中にもう一つの映像が浮かぶ。中学時代のセーラー服ではなく、ブラウスにクリーム色のカーディガンを着てその上から紺色のブレザーを羽織り、蘇芳すおういろの少し渋めのチェック柄、膝上で少し短めのスカートを履き首元には同じ色の蝶ネクタイを着けた凛の姿だった。それはどこからどう見ても女の子でしかなくて、初めて出会った時の幼さを残す男の子の姿とは似ても似つかない。その姿に恋をした自分が遥か昔の存在のような気がしてほうっと大きく溜息をつく。


その息づかいを感じたのか凛が不意に振り向いて少し心配そうな表情を見せる。


「どうか……したの?」


傑は視線だけ上向きにして彼女の顔をじっと見つめてからにっこりと微笑んで見せる。


「これからは今野とおんなじスタンスで行こうかと思ってさ」

「……え?」

「男同士の友情は永遠なんだろ」

「は?」


傑は再び飛び切りの笑顔で応えて見せる。


「一生、付き合えたらいいな」

「え、あ、う、うん……」


彼の笑顔が何故か凛の心にすとんと落ちてくる。それは恋心が友情に変わった瞬間なのだろうか、関係が後退した訳では無い、これは進化なのだと凛は思った。なぜならば今、彼とタメ口で話す事に対する抵抗感が消えたからそう感じられたのだ。


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★


傑が一学年被っている事と、凛がもとは男子だったことに関して担任の教師からクラスメイト達に話しておくかどうかの打診が有った。傑は人生のたかかだか一年など取るに足りない時間であり、誤差範囲に十分治まり何の問題も無い事を告げ、凛も特に気にしないから話してほしいと告げたのだが、ここで彼女にちょっとした憂鬱ゆううつな思いが湧いてくる。自分は元男子だったという実績はこれからも付き纏うのだろうかと言う鬱陶うっとうしさ。


いや、元男子と言うのは正確ではない、凛の染色体はXX型だし体内に子宮も存在して生理も有る。生まれた時の生殖器の見た目が男の子だったという理由でそのまま男子と判定され、本人も男子で有る事を疑わずに一定期間を過ごしただけに過ぎないのだ。


その事を人生の節目、大学の入学や就職、その度にこの話は蒸し返されて毎度々説明を加えて行かなければならないのだろうかと言う面倒くささ。そして多分、手術を受けて学校に復帰した時、女子の間で問題になった『性同一性障害でない元男の子と一緒に着替えていいかどうか問題』……


それを考えると凛の唇を溜息が駆け抜ける。まだ十五歳だから戸籍上の性別は変更出来ず、見た目は女の子だが戸籍は男性と言う中途半端な状態に有る凛は思う、性別なんてどうでも良いじゃないか、人間と言う生物って言う事でひとくくりに考えられないものだろうかと。ただ、それが出来る様になった時、人間が進化のレベルを一つ上げたって言えるのかも知れないと。自分がこんな形でこの世に生まれた意味はきっと何かある筈だ、自分が生きる意味はそれを探す事に有る。そう心の中で言い聞かせた。そして、左手の薬指につけられている銀色の指輪に目をやると、その意味のヒントが見えた様な気がした。


「……


校舎の窓から見える春の淡い青空は婚約者の紗久良が住むロンドンにも繋がっている。彼女の姿を見る事無く暮らす時間は既に一年を経過している。でも、凛の思いは募るばかりでえる事は無かった。今でもはっきりと思い出す事が出来る、紗久良と合わせた肌の暖かさ、息使い、甘い唇、潤んだ瞳、そして心が繋がる感覚。たまに送られて来るメールに添付されている画像には、彼女の眩しい笑顔が弾むが、気分は今の自分と変わらないのだろうなと感じられる物が有る。だがそれが逆に励みになったりもする、赤い糸は繋がっているのだと言う実感と共に。


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★


「はい、良く出来ました」


土曜の午後、茶道教室に何時もの様に顔を出し、凛は師匠である佐々木ささき恵美子えみこの指導を受ける。そして、何時もの様に他愛のない会話が始まる。


「それにしても……」

「え、なんですか?」

「中学のセーラー服も可愛いと思ったけど、高校の制服も可愛いわね」


改めてそう言われて凜は思わず頬を染める。


「男の子だった時も可愛いとは思ってたけど、女の子になってからそれに磨きがかかったわね」

「……は、はぁ」

「見た目がどうのって言うんじゃなくて、未来の目標をちゃんと持ってるって言うところが魅力的に見えるのかしらね」

「未来の?」


恵美子は小さく頷いて見せる。その意味に凜の心にほんの少しかかっていたもやの様な漠然とした不安が、ふっと消えた様な気がした。未来の目標、それは紗久良をちゃんと迎える事。そのためにはいろんなことをしていろんな問題を解決していかなければいけない筈だ。そのためには今をしっかり過ごさなければいけない、それを恵美子は頷く事で今、教えてくれたのかも知れないと思った。

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