第364話(第九章第44話)
~~~~ 五月視点 ~~~~
月日が流れるのは早いもの、なのかもしれない。
あれからもう四年になるの。
「お見送りまでしてくれなくてもよかったの……」
「……するに決まってるよ。心配なんだもん」
ボクは今、空港にいた。
ある場所に向かうために。
そして、ボクの目の前には白衣を着た少女がいる。
この国で飛び級制度を認めさせるきっかけをつくった才女。
十五歳にして「再生医療の権威」とまで言われるようになった
弥生は、外部から電気による信号を送ることで細胞を活性化させ人体を再生させる方法を編み出し、お姉さんがつくってくれていた薬と合わせてボクの足を完璧に治してくれた。
有言実行してくれたの。
……ほんと、大先生だ。
ボクは弥生に挨拶をして、搭乗手続きをするためにカウンターへと向かおうとした。
その時、
「ま、待ってー! 待って、待って、メイちゃん!」
一人の人物が駆け寄ってくる。
その人物は、弥生が勤めている病院で資格がなくでもできる仕事のお手伝いをしている看護師志望の学生さん。
名前は川崎さん。
彼女はボクの元まで来ると息を切らしながら何かを渡してきた。
「あそこ、行くんでしょ? これ、持っていって?」
「これって……」
「私、なかなか行けてないんだよねー……。忙しさも全然落ち着かないし……。だからお願い、頼まれて? ……ほんと、遠いとこに行っちゃったね、あの子……」
それは花束だった。
大学生になって忙しくて行けないから代わりに持っていって、と預けられたの。
弥生が川崎さんに対して、自分で行きなさいよ……、と盛大に呆れていた。
ボクは苦笑を浮かべていた。
それから二人に挨拶をして、今度こそ搭乗手続きをしにカウンターまで走っていった。
受け取った花束をしっかりと手に持って。
無事に飛行機に乗れて。
これからの予定を考えていると、タブレットに連絡が来る。
メッセージの送り主は
メッセージの内容は、材料が揃ったから送った、という旨と、四年前に弟子入りを志願してきた三人がやっと使い物になるようになってきた、という近況報告。
この三人というのが、
それを初めて知った時はとても驚いた。
赤穂さんに返事を送っていると、別の人からメッセージが届いた。
それは吾妻松里からのもので……。
この名前を見て、約四年前にあったことを思い出す。
「未来薬学の先駆者」と呼ばれたお姉さんがつくっていた薬は、再生力を向上させるものだけではなかった。
遺伝子に作用してヒトの性別を変えてしまう薬……それもつくることができてしまっていたの。
まあ、コエのレクチャーがあったからできた、という部分は大きいと思うのだけれど……。
この薬で人生がいい方向に変わった、っていう人が多くいる。
そのうちの一人が福知山美珠なの。
彼女は……ううん、彼は、それで心と身体の差異に悩むことはなくなった。
そして、宝塚熾織と結婚した。
彼らの結婚式には、みんな呼ばれていたのだけれど、ボクが知ってるのは烏丸阿月くらいしか来ていなかった。
……仕方ないの、みんな忙しかったから。
それに、お姉さんは……。
烏丸阿月もお姉さんがつくっていた薬で性別を変えている。
阿月は元々、熾織と付き合っていたのだけれど、あれは阿月が熾織に交渉したものだったらしい。
自分と付き合えば美珠の気を惹けるかもしれない、と。
ただし、振り向いてもらえなかったら自分と一緒にいてほしい、と。
美珠との関係を変えたかった熾織は阿月からの挑戦を受け容れた。
結果、美珠の意識は変わった。
ただの幼馴染から気になる人へと。
そこに至るまでにはかなりの紆余曲折があったのだけれど、それはまた別のお話……。
失恋した阿月は現在、新しい彼氏をつくるために奮闘しているのだとか。
美珠と熾織の現在なのだけれど、二人の間には子どもができたらしい。
身ごもっているのは熾織の方。
熾織の覚悟の決まり方はすごかった。
子どもはほしいけれど自分で産むことはどうしても考えられない、という美珠の思いに熾織が全力で応えたの。
だから今、熾織は女の子になっている。
今後の夫婦の新しい形……なのかもしれない。
それで、えっと、松里、なのだけれど……。
彼は……今、女の子になってしまっているの。
吾妻月見に「お姉さんがつくった薬」を盛られて……。
お姉さんがつくった薬はすごくて、男の子になる薬と女の子になる薬で何度だって性別を変えることが可能なのだけれど、松里には不運なことに男の子になる薬は受け付けない体質だった(松里以外には確認されていない)。
男の子に戻れなくなった松里は当初、塞ぎ込んでいたのだけれど、吾妻桐生が彼を無理やりにでも立ち上がらせた。
彼女たちは今、二人でお姉さんがつくった薬の広告塔(アイドルみたいなこと)をやっている。
(マネージャーが月見っていう不安要素はあるのだけれど)
松里は開き直ってそれにやりがいを感じられるようになって、立ち直れたみたいなの。
(確認はしてないけど絶対、真夜中の蜘蛛、横切る黒猫、桜の木の下なの……松里様・桐生様が言うことは絶対! とか、松里様・桐生様を貶すものは
……でも、松里たちの一番のファンは吾妻柳燕かもしれない。
あの人、彼女たちの応援を最前列でしてるから……。
(ちなみに桐生は、お姉さんがつくっていたまた別の薬で胸を大きくしている……女の子になった松里の方が大きかったのが納得できなかったみたいで)
松里にも返信して。
まだ目的地に到着するまで時間があったから、ボクはこの四年間であったことを思い返していた。
お姉さんがつくっていた薬で救われた、っていう人が何人も連絡をくれているの(連絡を受けたのはライザだけれど)。
キンジンこと
ダイヤこと
背が低いことに悩んでいたピグミーヒッポこと
他にもいっぱい……。
治ったと言えば、クロ……逸身の相貌失認もお姉さんの薬が治したの。
その時、お姉さんはもう遠くに行っちゃってたから、逸身は、刹那ちゃんのご尊顔を拝めなかった! ってむちゃくちゃ悔しがってたけれど……。
その逸身は今、ライザ……未来と一緒に超高性能な義肢の開発に取り組んでいる。
流石にお姉さんの薬でも失った手足は再生できなかったみたいだから。
未来は今、逸身と一緒に義肢の性能向上を行っているけれど、初めてリアルで顔を合わせた時は絶叫したらしい。
前に、逸身が他人の顔を認識できない状態の時に襲われたことがある、とかなんとかで……。
逸身の相貌失認が治ったことでロリコン症状も収まったのは本当によかった、とボクに連絡してきたことがあるの。
あとは吾妻桜子。
彼女は吾妻製薬で働くために大学院に進学している。
そこで薬学を学んでいるのだそう。
本当にいろんなことがあったな、って思っていると、飛行機が目的地に着いたみたい。
ボクは飛行機を降り、手続きを済ませて空港を出た。
それから、多くの乗り物を乗り継いで。
やってきたのは森の中にある簡素な一軒家。
敷地内に入ってノッカーに手を伸ばそうとする。
その時、
「インプット、成功しました。薬品での生成……完璧な再現です」
「りゅりゅー!」「るーりるー!」
「ま、待って! 久し振りに会えて嬉しいのは私も同じだけど……! こっちの私、
――ガシャン、ガシャーンッ!
中から騒がしい音が。
本当に久しぶりだというのにムードもへったくれもないの……。
ボクが呆れていると、こんな言葉も聞こえてきて。
「ああ……! 今日、マーチちゃんが来るって言ってたから、リゼがこっちいたら驚くかな? って思ってこの子たちの身体をつくり上げたけど、二人が興奮したから研究所がめちゃくちゃだよぅ……。これ、マーチちゃんが来るまでに片づけられるかなぁ……」
彼女の情けない声に、悪いとは思いつつもついくすっと笑ってしまう。
すごい薬をつくりすぎた所為で何者かに命を狙われたり、その技術を欲しがった悪い組織に誘拐されそうになったりして、身を守るために隠れて生活することになっていた彼女。
そんなすごい彼女のちょっと抜けている部分を見れたことで、遠くに行っちゃったんじゃない、って安心できて……。
改めてノッカーに手を伸ばして鳴らすと。
「えっ!? も、もうそんな時間!?」
ドタバタと足音が聞こえてきて、ガチャリと鍵が開けられた音がして。
ドアが開いて、彼女が出てくる。
赤みかかった少し長めのボブカットでボクよりも幾分か身長が小さくて。
目と眉はちょっとだけ垂れていて、長い睫毛をしていて。
赤縁の眼鏡を掛けていて、そばかすの数はゲームの時よりもちょっと多くて。
背は低いのに胸は大きい少女(ボクよりあるかも)。
ゲームで会っていなかったらきっと、彼女に対してこうは言わなかったんじゃないかな? ってちょっと思う。
でも、ゲームで会っていたから、目を丸くしている彼女にボクはこう言った。
「はじめましてなの、
――お姉さんっ!」
第364話(第九章第44話)・最終話
「あなたとこれから」
『戦う薬師のサイキョーセツ! ~MMORPGギフテッド・オンラインの猛者~』
―――― おしまい ――――
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