第363話(終・第九章第43話) 悲しき怪物の末路3

~~~~ 現実・あゆみの部屋 ~~~~



 五月に入ってすぐのことだった。

 こんなニュースが飛び込んできた。



――『子どもがつくった薬が「DtoDダイブ・トゥ・ドリーム」による事故の被害者を救済した』



 ネットはこの話題で盛り上がることになる。

 吾妻製薬はすごい子を発掘したものだ、や、能力があるのなら活躍させてあげるべき、という賛成の意見が多くみられる。

 中には、子どもにつくらせてもし重篤な副作用が出たらどうするのか、という否定的な意見も若干見受けられたが……。


 それまでは子どもに薬をつくらせているということで吾妻製薬は散々コケ下ろされていたのだが、事故によって歩けなくなっていた人たちを再び歩けるようにした、という記事が出ると、人々は今度は吾妻製薬を持ち上げだす。

 えげつない手のひら返しであった。


 その子どもがつくった薬だが、事故の被害に遭った二人が驚きの回復を見せたことで、同じように被害に遭われた他の方(もしくはその関係者)たちもその薬の臨床試験に協力したいと手を上げてきたという。

 吾妻製薬は名乗りを上げた全員に試験を実施した。

 経過は今後も観察を続ける必要があるが、目立った……どころか副作用自体現れてはおらず、試験は順調そのものだった。

 その子がつくった薬は高い評価を得られるだろう、と期待されていた。


 この展開に納得がいっていなかった人物がいる。

 あゆみである。


「……くそ! くそくそくそくそ! なんで毎回毎回あいつはいい方に転がるんだ! どんだけ恵まれてるんだよ、ちくしょう!」


 動画サイトで適当なものを見て暇を潰していたら、以前薬をつくっているところについて調べていたことがあったためにお勧めの動画の欄に表示されたのが目に留まり気まぐれで見てみるとそれが、子どもがつくった薬が苦しんでいる人たちの希望になるかもしれない、と絶賛している動画だった。

 その子どもというのが、刹那のことであることを知っていたあゆみは、


「あいつがやっと失敗をしたと思ったのに……! 特別なんかじゃなくて、やっと普通の人間になったと思ったのに……っ!」


 発狂して頭を掻きむしりだす。

 刹那が成功していることが、あゆみにはどうしても喜べなかった。

 自分にないものを持っている刹那がさらに何かを得て自分を引き離すことが、あゆみは耐えられなかった。


「幼いころから一緒で、そんなに俺と違うことなんてしてないじゃん! なのにどうして、どうしてこんなにも差ができてるんだよ!? あいつにできるなら俺にもできないとおかしいだろぉ!?」


 あゆみはしばらくの間、癇癪を起して机の上にあったものを床へ払い飛ばしたり、ラックなどをなぎ倒したりしていた。

(こういう部分が大いに違っていて、刹那はちゃんと努力をしているのだが、そういったところを全く見てきていないあゆみである)



 夕食時、あゆみは親から先ほどの癇癪を注意される。

 あゆみはそれを口うるさいと感じていて、うんざりしていた。

 言ってもあゆみが聞かないのであゆみの親であるナオは溜息を零す。

 頭を抱えていたところ、ゴールデンウィークでちょうど帰省していた逸身がナオに別の話題を振った。


「……そういえば知ってる? 子どものつくった薬が怪我で苦しんでる人を救った、ってニュース」

「……うん。そんなすごい子がいるんだ、って、驚いた」


 ナオは逸身が提供してくれた話を広げる。


「……その子、刹那ちゃん」

「……うぇ?」


 逸身からの重大発表でナオは妙な声を漏らした。


「嘘っ。……ほんと? 刹那ちゃん、すごい……っ。そんなことができたなんて。……娘にしたい。……嫁でもいい」

「刹那ちゃんが妹、憧れる」

「……どっちかというと姉。刹那ちゃんの方がしっかりしてる。イチはどう見ても妹」

「……デジャブ」


 刹那のことで盛り上がる二人。

 横道家のダイニングは和気藹々としていた。

 ……一人を除いて。


 あゆみにはこの空間がひどく歪んで見えた。

 違う家の子が褒められていることに激しい憤りを感じる。

 家族が誰も自分のことを見てくれていない……! そんなふうにあゆみには捉えられた。


「……でだよ……っ」

「……あゆみ?」

「刹那、刹那って……! いつも、いつもいつもいつもいつも! 家族の俺を見ねぇであいつばっかり見るんだよっ!」


 あゆみの中で何かが切れた。

 あゆみは支配されていた。

 沸き立つ激情に。


 家族は大事にするものだろう!? それなのに……それなのにっ! 家族を大事にしないこいつらはもう家族なんかじゃないっ!


 それで思考が埋め尽くされたあゆみは、気がついた時。



――キッチンにあったナイフで母親の腹を刺していた。



「ぐ……っ!?」

「母さん!?」


 床に崩れ落ちるナオ。

 彼女の元に駆けよる逸身。


 あゆみの手には血がべっとりとついてナイフが握られていて。

 あゆみの頭の中は真っ白になった。


 逸身がどこかに電話を掛ける。


「お、お願い! 助けてっ!」


 あゆみはそれが警察に掛けたものだと思った。

 このままでは自分の人生がめちゃくちゃになる、そう察したあゆみはほぼ無意識に逸身のことを黙らせようとした。

 にじり寄るように逸身に近づいていくあゆみ。


「い、いやっ!」


 逸身の短い悲鳴が発せられる。


 逸身に向けて刃物を突き刺そうとするあゆみ。

 その寸前、誰かが逸身とあゆみの間に割って入った。


「やめ――うぐっ!?」


 それは、刹那。

 逸身が連絡していたのは刹那で、逸身の異変を感じ取った彼女は横道家に駆けつけたのである。


 刹那は逸身を守り、あゆみを止めようとするが……。

 あゆみは止まらず刹那の胸をナイフで貫いた。


「刹那ちゃん!?」


 逸身が動転する。


 刹那は傷口から溢れる血を確かめて顔をしかめる。

 力を入れられなくなって床に膝をつく刹那。

 その時、血を流して倒れているナオの姿を刹那は捉えた。

 刹那はふらふらになりながらもナオの元へと寄って行き、持ってきていたポーチの中から液体の入った容器を取り出す。

 その液体を、刹那はナオの傷口にふりかけた。

 すると、蒼褪めて苦痛に歪められていたオナの顔が穏やかになっていく。

 その液体は刹那がつくり上げた薬であった。

 すぐに傷が跡形もなく消えるほどではないが、血と痛みを止める性能は既存のものより格段に高い。


「す、すごい……。これが、刹那ちゃんがつくった薬の効果……」


 初めて刹那がつくった薬の力を目の当たりにした逸身は感嘆した。

 その言葉を耳にしたあゆみの眉がぴくりと動く。


「どいつもこいつも刹那ばっかり褒めるんじゃねぇっ!」

「っ!?」


 あゆみが突然叫び出した。

 その所為で刹那は自分にも薬を使おうと取り出していた容器を驚いて落としてしまい、当たりどころが悪かったのか割れてしまう。

 飛び散ってしまった薬。

 これでは使用することができない。


 刹那は、ポーチに入っていた最後の一個を取り出そうとするが。

 あゆみが激昂して向かってきていて、その手が止められる。


「お前さえ……お前さえいなければ……っ!」


 振りかざされたナイフ。

 万全の状態ならいなすことができたが、深手を負い力が入らない今の刹那ではどうすることもできない。

 衝撃に備えて固く目を閉じることくらいしかできなかった。

 ナイフが振り下ろされる。



 だが、それが刹那に当たることはなかった。

 刹那が薄目を開けて見ると、救世主の後姿が視界に入ってきた。



――コエ。



 彼女があゆみを床に押さえつけていたのだ。


「あだだだだっ!? なんなんだよ!? 誰なんだよ、お前は!?」


 抗議しようとするあゆみに冷たい視線を向けるコエ。


「……刹那さんにこんなことをして……。……消してやりましょうか?」


 殺気立つコエにあゆみは、ひゅっと息を呑む。

 あゆみの首元に手を伸ばそうとするコエを刹那は止めた。


「……ありがとう。でも、もういい、よ、コエ、ちゃん……。コエちゃんが悪、者に、なる、必要、なんて、ない……」


 刹那はコエが少しでも批判されることになるのを良しとしなかった。


「……刹那さんがそういうなら」


 刹那の、罪を犯さないで、という言葉をコエが聞き入れた時。



――刹那は出血により意識を失った。



「刹那ちゃん!?」「っ! 刹那さん!」




 このあと、

 刹那は逸身から連絡を受けた救急隊員によって病院に搬送され、

 あゆみは同じく連絡を受けた警察によって留置施設に連れていかれることになる。

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