第361話(終・第九章第41話) 悲しき怪物の末路2

~~~~ 第十六層不思議エリア「ナゾナゾの街」 ~~~~



【三月十九日(月曜日)・夕方】



 ロードは耳にした。

 セツとススキの会話を。


 動物がどうのとか、「ちけん」とか、ロードには理解できない言葉が多かった。

 ただ、ススキが発した「パパ」という単語だけでなんとなく察した。

 この会話が、現実のことについてである、ということを。

 そして想起される先ほどの発言――



『セツちゃんがつくった薬、チョーいい感じ!』



「あいつ、まさか……。現実でもここでやってるみてぇなことしてんのか!?」


 ロードは衝撃を受けた。

 幼馴染が現実でも薬をつくっている、その事実を彼は知って。

 根拠としては乏しいものであったが、これまでの経験から、あいつなら成功する、という確信めいたものがロードにはあった。

 現実で栄光を掴むであろう刹那セツのことが、ロードはたまらなく羨ましかった。


「なんで! どうして! いつも、あいつだけ……!」


 注目されるのは決まって刹那セツの方だった。

 自分だってちやほやされたい、褒められたい、認められたい――ロードの中でその思いが強くなっていく。

 肥大化した羨望は嫉みに変わる。

 怨恨の感情は膨れ上がり、ロードはそれに呑まれた。


「……面白くない。面白くない、面白くない、面白くない、面白くない……! 俺はこんなに頑張っても誰も評価してくれないってのに! なんであいつはいつも、いっつも上手くいくんだよ! 不公平だろ、こんなの!? 理不尽だ! あいつも上手くいかなくならないとおかしい!」


 ロードは考え始めた。



――上手くいきすぎている刹那セツにどうにかして挫折を味わわせられないものか、と。



 あまり発想力のない彼なのだが。

 この時は、彼にとっての妙案が思い浮かんだ。

 ……もちろん、刹那セツにとっては迷惑でしかない最悪な案を。


「そ、そうだ! あいつの仲間の親父が出てきてた! 薬のことはよくわかんねぇけど、そいつが刹那に協力してんだろ、きっと! だったら……!」


 ロード……あゆみは慌ててログアウトした。

 それからインターネットの適当なサイトに匿名で書き込んだ。



『子どもに薬をつくらせてるところがある』――と。



 なんの根拠もない、たったの18文字に力なんてない。

 ネットにその文を載せた時は小さな波紋も起こさなかった。




 ……だが。

 約二週間後。

 四月六日、金曜日。

 あゆみ……ロードはすっかりそのことを忘れており、その日も刹那セツを出し抜くための情報を得るべく盗み聞きを続けていた。

 すると、湿っぽさを含んだ声のセツとマーチの会話が聞こえてきた。


『……ごめん、ごめんね、マーチちゃん……失敗、しちゃった……っ』

『っ、そう……。それって、ボクのためにやってたことが、ってこと、だよね……? そっか……、失敗、しちゃったんだ……。でも、ありがとう。ボクのために頑張ってくれて。すっごく嬉しいの、お姉さんっ』

『うぅ……っ!』


 ロードはどうしてこのような展開になっているのかよくわからなかったが……。

 セツが挫けている様子に気分が高揚していくのを感じた。


 刹那セツが現実でも薬をつくっていたことを思い出したロードはすぐにログアウトしてネットで調べた。

 検索すると、すぐに出てきた。


『吾妻製薬は知識のない子どもが考えた薬をヒトで試そうとしている』


 この書き込みが。

 しかも、音声データも一緒に載せられているではないか。

 それは室内で、吾妻製薬の社長の子どもの一人(ススキ)が社長と話している記録であった。

 その子どもが社長に訴えていた。



――『あの子の薬を早く試せるようにして』



 と。

 子どもは明言をしておらず、あの子がつくった薬、とも、あの子のための薬、とも受け取れるが、そのサイトは大いに盛り上がっていた。

 社長の子どもがねだっているのは非人道的な薬なのではないか? とか、社長は架空の人物をつくり上げることで自分の子どもにヘイトが溜まることを避けようとしたのではないか? とか。

 吾妻製薬に対して好き勝手言う者も現れていて。


 そのサイトには、『一つの病院が吾妻製薬との提携を解除する旨を吾妻製薬に伝えた模様』という書き込みもあった。

 これを見つけたあゆみは理解した。



――刹那セツがつくった薬が評価されなくなったのだ!



 あゆみは嬉しくてたまらなくなった。

 今まで上手くいっていた刹那セツが目に見えて大きな失敗をしてくれたことに。

 高みに行っていた彼女が自分と同じところまで落ちてきてくれたことに。


 調べることを続けていたあゆみはさらに嬉しくなった。

 何故なら、刹那セツが上手くいかなかったのは



――自分がネットに書いたあのたった18文字の文から始まっていたことを知ったからだ。



 誰かがあの文を見て、行動を起こしたらしいのである。

 即ち、あゆみ自身が刹那セツに失敗をさせ、自分より上を行っていたのを自分と同じ位置にまで落とした、ということになる。

 その事実が、あゆみにはたまらなく気持ちがよかった。


「あは、アハハハハハハハハッ! お前は恵まれすぎてたんだよ、刹那! 何もかもできて失敗しない、なんてさ! 恵まれてない奴はこれが日常茶飯事なんだ! 少しは俺の苦労を知れ! アハハハハハハハハッ!」


 あゆみの高笑いは部屋の外にも響いていた。



 この時、ゲームの世界ではとある進展があった。

 シニガミ、アンジェ、ベリアの三人がセツのために動いていたのである。

 そのことを現実で悦に浸っていたあゆみは知る由もない。


 また、こっちのこともあゆみは知らなかった。

 標的を見つけたと言わんばかりに吾妻製薬のことを誹謗中傷していた者たちがどうなっていっていたのか、も。

 その者たちの個人情報はネット上に晒されていた。


 薬に何か混ぜているのではないか? と書き込んだ者は、ゲームの世界で背の低い女の子を騙して偽物の装備を売らせる詐欺を働いていたことを、

 他人の身体のことなんてなんとも思っていないのでは? と書き込んだ者は、ゲームの世界で他人の大切なスキルを奪って回り大暴れしていたことを、

 薬で国のトップを脅してるのかも? と書き込んだ者は、ゲームの世界で他のプレイヤーたちが建てたギルドハウスを乗っ取ろうとしていたことを、

 薬で人間を支配しようとしてるんだ! と書き込んだ者は、ゲームの世界で女性プレイヤーばかりを狙って洗脳をしていたことを、

 そんな会社の製品をつくる奴らも買う奴らもどうかしている、と書き込んだ者は、ゲームの世界で他者を罠に嵌めたり駒に使っていらなくなったら切り捨てていたりしたことを、


 備考で添えられて。

 そして、証拠を押さえた、とそれをネットに載せていた人物の個人情報も。

 この者は、サクラたちが吾妻製薬から出てくるのを捉え、彼女たちを尾行し、我妻家を特定、邸宅内に侵入し、機器を仕掛けて盗聴していた。

 それで入手したものを証拠と言ってネットに上げていたのだ。


 彼らが破滅の運命を辿ったのは言うまでもない。

 それこそ、証拠が押さえられていたから。

 誰もが晒された内容を信じた。

 この者たちがこうなった要因、それは――



――人知を超えた存在の怒りを買ったことにある。

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