第359話(終・第九章第39話) 最高のチーム7

――『吾妻製薬は知識のない子どもが考えた薬をヒトで試そうとしている』



 ……なんで。

 なんで、こんな記事が……っ。


 どこから流れた情報なのかわかりませんが……。

 特ダネだと捉えられたのでしょうか?

 真相に迫ろうとした記者たちが吾妻製薬に群がり始めました。

 吾妻製薬で働いている方たちを取り囲んで質問攻めにしている映像がたびたびニュースで流されます。

 皆さん、私のことは何も話さず、わからない、の一点張りを決め込んでくれていましたが、かなり面倒くさそうにしている雰囲気が、私には感じ取れました。


 柳燕さんも記者たちに囲まれて、記事のことを問われていましたが、その時に……。

 何故知識のない子どもがつくった薬を試験しているのか!? と一人の記者に怒鳴られるように言われた彼は感情的になって返してしまっていました。


「違います! あの子は知識のない子どもなどでは決してありません! 製薬の知識をちゃんと持っている子です!」


 と。

 それで記者たちはヒートアップ。

 「製薬の知識を持つ子ども」の情報を得ようと躍起になったのです。


 柳燕さんは失言に気づいてそそくさとその場を立ち去ってしまったことがよくない事態を招くことになりました。

 ネット上で憶測が飛び交うことになったのです。

 中には根も葉もないひどいものも混じっていました。


――本当に薬をつくる知識を持った子どもなんているのか?

――社長、逃げるように離れていったけど……

――それが全てだろ、いるわけない

――薬の知識ってどこで学べるの?

――薬学部とか理学部とか、大学で学ぶ内容

――小さな子が知ってるわけない

――じゃあなんで社長はあんなことを?

――知らん

――あっ、あれじゃね? 娘のわがままとか

――あー、その娘に、こういう効果の薬をつくって、ってねだられた、ってこと?

――あり得る

――どこの偉い奴も娘には甘々かよ

――それで知識がある子をでっちあげる意味がわからん

――従業者の誰かがリークしたんだよ、きっと

――本当は、、だけどそれだと体裁が悪いから社長は、、に無理やり置き換えようとしたってこと?

――あり得る

――娘が考えた薬の効果もとんでもないものなのかもな

――洗脳とか? 社長の娘、見るに堪えない容姿をしてたりして


「……っ」


 サクラさんたちを貶めるようなものから始まり、


――吾妻製薬は人体に有害な物質を薬に混ぜている

――吾妻製薬は危険な人体実験をしようとしている

――吾妻製薬は劇薬で政府を脅し言いなりにしている

――吾妻製薬は劇薬で全人類を支配しようとしている

――吾妻製薬は社長も関係者も薬も全て腐っている

――そんな吾妻製薬の製品を買う奴らも総じてゴミ


「~~~~っ!?」


 吾妻製薬を誹謗中傷する書き込みが……っ。


 自室で調べものをしていた時にこの書き込みを見つけて、胸が張り裂けそうになりました。

 私がひどく言われるよりもサクラさんや柳燕さんたちが悪く言われるのはたまらなくつらかったです。


 私は柳燕さんに連絡をしました。

 電話に出てくれた柳燕さんにネットで大変なことになっていることを伝えます。

 私のことを明かした方がいいのではないか? と相談しました。

 ですが、柳燕さんは力のない声で私の提案を却下しました。

 それだとつらくなるのが君に移るだけ、大人として子どもの君を矢面に立たせるわけにはいかない、と。

 その声はかなりこたえている様子で、私は柳燕さんに何があったのかを尋ねていました。

 ネットだけでこうなったとはとても思えなかったから。


 柳燕さんは答えてくれました。

 やはり彼はネットのことを知っていて……。

 そして、彼を苦しめていたのはそれだけではなくて……。



――決まりかけていた臨床試験の話を病院側から、なかったことにしてほしい、と言われていたそうなのです……っ。



 ……っ。

 それを聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になりました。

 そこは恐らく、マーチちゃんがいる病院……。

 ……一年ほど前のゲーム機による事故で入院している患者さんがいる、という情報を柳燕さんが聞きだしていました。


 私がつくったのは、幹細胞に働きかけて人体の再生力を格段に高め、治療が完了したあとは信号が送られて正常の働きに戻るという効能がある薬。

 それをマーチちゃんが飲めば彼女の足が回復して歩けるようになる、という計算だったのですが……。


 柳燕さんによると(私は話せる状態ではなかったのですが、彼は話し続けてくれました)、その病院が吾妻製薬の最近のよくない噂を耳にして、患者さんが不安がって受けたくないと言っている、と断ってきたのだとか……。

 その患者さんはマーチちゃんのはずなのでそんなことを言うわけがありません。

 柳燕さんはサクラさんたちにマーチちゃんのことを聞いていたようで、ネットの情報を鵜吞みにしたあの病院が保身に走って、けれど大手に真っ向から立ち向かう勇気はなかったから角が立たないようにあくまで患者の意思を尊重したという形を取ってきたのだろう、と解釈していました。


 それから、何かあったらこちらから連絡する、と柳燕さんが言って通話は終わりましたが……。

 私は、しばらくの間スマホを耳に当てたままの状態で固まっていました。




 まさか、病院が断ってくるなんて……。

 完全に想定外です。

 気がついたら私は、「ギフテッド・オンライン」の世界に来ていました。


 そこでマーチちゃんの姿を見つけて。

 私はたまらなくなって、彼女を抱きしめに行っていました。


「……ごめん、ごめんね、マーチちゃん……失敗、しちゃった……っ」


 謝ることしかできなかった私。

 マーチちゃんは私の様子を見て悟ったのだと思います。

 私の背中を擦りながら、


「っ、そう……。それって、ボクのためにやってたことが、ってこと、だよね……? そっか……、失敗、しちゃったんだ……。でも、ありがとう。ボクのために頑張ってくれて。すっごく嬉しいの、お姉さんっ」


 優しくそんなことを語りかけてくれて……。


「うぅ……っ!」


 目頭が熱くなります。


 どうしてこんなにもいい子が苦しい目に遭わなければいけないのか。

 どうしてこんなにもいい子を私は救うことができないのか。

 どうしてこんなにもいい子に奇跡が訪れないのか。

 どうしてどうしてどうしてどうして――。


 頭の中が、どうして、で溢れ返ります。

 そんな時。

 私を抱きしめ返してくれていた彼女が私から少しだけ離れて私の顔を見つめてきました。

 その笑顔に。

 私は思い出させられます。



――まだ終わっていない、って。



 今回はダメだったかもしれないけど、何回でも、何十回でも。

 どれだけかかったとしても絶対に彼女を救って見せる――私はそう決意を新たにしました。


 私が次の作戦を考え始めた時、アンジェさんたちが私たちの元にやってきます。

 彼女たちはずっと私のことを探していたようで……。


「あっ、やっと見つけたっす! セツさん! 僕たちもセツさんの夢が実現するのに協力できないか? ってずっと考えてたんすけど、僕たちにできることってこれくらいしかなくって……」

「でも、チャットで呼び掛けたら見つけたんだ!



――セツちゃんの力を必要としてる人たち!」



 彼女たちが取ってくれていたこの行動が、事態を好転させる切り札になったのです。

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