第358話(終・第九章第38話) 最高のチーム6
未来のおかげで希望を繋ぎ止めることができた私は、薬を見てもらうために柳燕さんたちとともに部屋を移動しました。
「な、なんですか、これは……!?」
私がつくった薬の成分を機械で確かめた柳燕さんが愕然とします。
どうやってこれをつくったのか!? と問われたため、私は持ってきていた器具を使って実践することに。
新薬の研究をしている場所をお借りして、作業服や薬研、成分抽出キット、小型の反応釜を取り出します。
これらの道具を見た時も、柳燕さんは目を丸くして口をあんぐりと開けていました。
イチ姉がコエちゃんの指導のもと製造した器具たちはこの国のトップを誇る製薬会社の社長をも唸らせる超高性能な造りをしているようです。
コエちゃんの知識があるから、というのはあるのですが、それでも、コエちゃんが求める品質のものを短期間でつくれてしまったイチ姉……すごすぎます。
(……まあ、イチ姉の手先が器用になったきっかけは、私の姿を盗撮する目的で超小型カメラを自作し始めたためなので、まったく褒められたことではないのですが……)
(ちなみにカメラは仕掛けられる前に発見して釘を刺しています)
そして材料を取り出した時にも柳燕さんに驚かれました。
そんなものをそんな組み合わせで使うのか!? と。
これらの材料はマーチちゃんがコエちゃんに教わって仕入れたものになります。
なんでも、マーチちゃんには芸術方面の才能があったらしく、試しにつくった一つの作品が爆発的にヒットした、とのことで大金を得ることになったのだそう。
そのお金を使って世界的なプラントハンターや探検家の方たちに依頼して材料を手に入れてくれていました。
柳燕さんは、見たこともない植物や動物、鉱物(輸入可能なもの)もあったようで固まってしまっていました。
マーチちゃんが集めてくれたものからイチ姉がつくってくれた器具で必要な成分を未来製作のシミュレーションゲームで掴んだ要領で取り出して反応釜へ。
反応、晶析、分離、乾燥を繰り返して、原薬をつくり上げました。
原薬は、医薬品の製造に使用された時に有効成分となるものです。
これに添加物を加えるなどして保存や投与をしやすくする製剤をしてから包装、製品試験をすると出荷できる状態になります。
(これはまだ出荷できるものではありませんが)
私がつくった原薬の成分を確かめた柳燕さんですが、私に得体のしれないものを見るような目を向けてきていました
理解できない、といった様子です。
……無理もないかもしれません。
上市前基礎研究は通常二、三年かかりますから……。
それをコエちゃんの知能ですっ飛ばしてしまっているので、コエちゃんの存在を知らない柳燕さんからしてみれば、私が不気味な存在に映るのは仕方のないことです。
しかも、通常ならこれから新規物質の有効性や安全性を研究する非臨床試験が行われるのですが、この薬はコエちゃん直伝で言われた通りにつくっているため、もう既に完成されています。
非臨床試験に必要と言われている3~5年も端折ることが可能なのです。
それでも、製薬会社として何も確かめずに臨床試験に持っていくことはできないでしょう。
ですから、動物実験が行われることになりました。
動物実験は、動物倫理の観点から問題視されて近く廃止される運びになっているため、もしものことがあればバッシングは避けられないでしょうが、コエちゃんの知識でつくられた薬なら動物に悪い影響を与えることはいはずなので、たぶん大丈夫だと思います。
私がつくった薬がマウスやウサギさん、おサルさんに投与される瞬間を私は見ました。
結果が出るまでには時間を必要としますから、まだ社員になることを認められていない私がその場にい続けるわけにもいかなくて観察は柳燕さん方にお任せすることに……。
この日はもうやれることがなく、家に帰るように言われたため私はそれに従いました。
私はコエちゃんのことを信じています。
ですが、薬を投与された動物たちの経過を見届けられないというのはどうしても不安を掻き立てられました。
結果を言いますと、
びっこを引いていたマウスが普通に歩けるようになるまでは三日
同じように足を引き摺っていたウサギさんの妙な歩き方が改善されるまでに四日
同様に足に異常をきたしていたおサルさんが回復するまでに一週間
かかることが明らかになりました。
今後も観察を続ける必要はあるが今のところ動物たちの身体や行動に異常は見られない、との報告を柳燕さんから受けてホッとしました。
(連絡が社長直々だったことには驚かされましたが)
やっぱりコエちゃんはすごいですね。
柳燕さんたちは人工的につくられた細胞を対象にも試験をしていて、そこでも薬の有効性が認められた、と話してくれました。
動物たちと同様に、今のところは異常は見られず、むしろ最高の状態が保たれているそうです。
この話は電話でしていたのですが、その時近くにコエちゃんもいて、彼女は、当然! と言わんばかりにふんすと鼻息を荒くしていました。
コエちゃんは表情の変化が乏しいので真顔だったのですが、それなのに自慢げな行動をとっていたのはちょっとおかしかったです。
柳燕さんは私のことを年齢で判断していたことを謝罪してきました。
それから、私を特別な社員として迎え入れて、私がつくった薬を認可されるように持っていくことを約束してくれました。
これで、私の目標に向かって大きく前進できた気がします。
ただ、安全性の確認はしっかりやりたい、とのことですぐには臨床試験には移行できないようです。
こればかりは仕方ないですね……。
人知を超えたコエちゃんの知能で原料を厳選しているわけですが、想定外の結果が万が一にも出た場合、その責任を問われるのはこの薬で試験をすることを許可した社長ということになるわけですから。
(そもそも柳燕さんにはコエちゃんのことを話していませんし……)
(コエちゃんは現代科学を超越したこの世に存在していないはずの存在なので、彼女のことを知っている人をあまり増やさない方がいい、とみんなで話し合って決めていました)
とはいえ、改善すべき点が見つけられない薬であるため通常の非臨床試験の期間よりは格段に短くできる、と柳燕さんは言ってくれました。
それが終わって臨床試験のフェーズに移ってくれれば、あの子を救うことができるはず……!
私は、柳燕さんの納得するデータが早く揃ってほしい、と祈っていました。
それから約一カ月後のこと。
あともう少しで柳燕さんが臨床試験に移ることに首を縦に振ってくれるところまで来た時、予想もしていなかったことが起こりました。
――『吾妻製薬は知識のない子どもが考えた薬をヒトで試そうとしている』
そんな記事がネットに出回ったのです。
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