第357話(終・第九章第37話) 最高のチーム5

「製薬開発者としてここで働きたい……ですか?」

「はい」


 三月三日、日曜日。

 現実。

 私は他県にある吾妻製薬の本社に来ていました。


 目的は私がつくる薬を使えるようにすること。

 現法では許可がないと薬の販売・譲渡が行えないため、今のままではつくっても誰も助けることができません。

 ですが、吾妻製薬で働くことができればその問題を解消するとことができます。


「桜子たちが会ってほしいと言ったから会いましたが……あなた、中学生ですよね? 中学生を製薬会社で働かせるなんて聞いたことがありません……。薬をつくるには専門的な知識が必要なんですよ? ですから、大学を卒業している……可能なら修士号や博士号を取得している人材を求めるケースがほとんどなのです。あなたにその知識があると?」


 私の対面に座り、不審そうに私にそう言ってきたのは吾妻製薬の社長である吾妻柳燕さん。

 サクラさんたちのお父さんです。


 私は柳燕さんの目を見てしっかりと答えました。


「まだ勉強中ですので、完璧に理解している、と言いきることはできません。ですが、助けたい人がいるのです! どうか私を働かせてください!」


 そう言って頭を下げると、私の耳に柳燕さんの唸り声が聞こえてきます。


「うーむ……、弱りましたね……」


 困った様子で頭を掻いている柳燕さん。

 製薬会社で中学生が働きたがっている、という異例の事態にどう対応しようかと悩んでいるようです。

(通常なら子どもの戯言と一蹴するところなのでしょうが、私はサクラさんたちの紹介で来ているため扱いが難しい存在として捉えられているように見えます)


 流れがあまりよくないと感じたのでしょう。

 柳燕さんが座っているソファの後ろにはサクラさんたちがいて、ススキさん……月見さんがすかさず私の援護をしようと柳燕さんに話し掛けました。


「パパ、どう? どうにかしてうちで働かせてあげらんないかな? セツちゃんが勉強してるとこ、うち、いっぱい見てきてるよ?」

「……そうは言いますけどね……」


 ですが、柳燕さんの反応は芳しくありません。


「義務教育はちゃんと受けていただきませんと……。埼京さんはあと一年あるでしょう? 学生の本分は勉強です。それを疎かにしてはいけませんよ。……それに、仮に働くことができたとしても、子どもがつくった薬を使いたがる方がいるとはどうしても思えないのです。本当に効くのか? と疑われて嫌厭される結末になることが手に取るようにわかります。それでは薬をつくった意味がない……。ですからあと数年後、大学を卒業しても働きたいという気持ちが変わらないようでしたらまたこちらに足を運んでください」


 手を叩き、採用する時期は今ではない、しっかりと知識が身に着いたあとでまだ吾妻製薬で働きたいという意思が変わらなければ検討する、ということで手打ちにしようと柳燕さんは言ってきました。

 ですが、それでは……!

 私は食い下がりました。


「そ、それではダメなんです! それでは、あの子につらい思いをさせる期間が延びてしまう……! 今から取りかからないと……!」


 柳燕さんの案では、私が大学を卒業する必要が出てきてしまうため、あと八年もあの子を待たせることになってしまいます。

 それは避けたいことでした。

 あの子は今歩けないため、筋力が失われていくのは速いですが、その失った分を取り戻すのは長い時間を必要としますから。


 しかし、これが柳燕さんの私に対する心象を悪くすることになりました。


「……あなた、本当に薬のことを学んでいるのですか? 今の発言は薬づくりをなめているとしか受け取れない。新薬をつくるには途方もない時間と莫大な資金が必要なのです。それが常識なんですよ。そんなことも知らないあなたがいい薬をつくれるとは思えない。むしろ、一生かけても新薬なんてつくれないでしょう。そんなあなたに大事なお金を振り分けるなんて、お金をどぶに捨てるようなものだ。出直してきてください」


 薬ができるまでのプロセスをよくわかっていない、と認識されてしまったのです。

 慌てて訂正しようとしますが……、


「ま、待ってください! 新薬の開発にお金と時間がかかることは知っています! ですが、私たちにはコエちゃ……すごく物知りな子がいて――」

「お引き取りください」

「っ!」


 取り付く島もありません。

 もう話はしないという強固な姿勢……。

 私は彼の付き人と思しき人に部屋を追い出されそうになりました。

 サクラさんたちが、話を最後まで聞いて! と柳燕さんに掛け合ってくれましたが、柳燕さんの、遊びではないのだからいくら娘たちの頼みでもこれ以上は時間を割けない、という主張は曲がらなくて。

 あの子を一番早く救えそうな吾妻製薬の協力を取り付けるという方法は使えないのか!? と頭が真っ白になりかけていた時。



『待ちやがれってんですよ!』



 突然、特徴的な口調の声が部屋に響きました。


 ライザの声です。


 この部屋には私とサクラさんたち(あとは柳燕さん側の方たち)しかいなかったのに……。

 みんな、どこから聞こえてきたのか!? と辺りを忙しなく見渡していました。

 付き人のような方たちも私を追い出す作業を止めて。

 ですがそこに、ライザ……未来の姿はなく……。

 どうやら誰かのスマホから聞こえてきているようです。


 未来が続けます。


『すみません。話の内容は松里くんのスマホから全て聞かせていただきました』

「ええっ!? あっ、ほんとだ! で、でもボク、電話に出た憶えないよ!?」

『そこは知らない方が二人称なーのためなんで割り切ってください。……さて、私は桜子さんたちとそこにいる埼京刹那の友人の赤羽と申します。我妻社長、単刀直入に言います。刹那は特別です。もう既に新薬のつくり方をマスターしています』

「「「っ!?」」」


 未来の声がどうして聞こえてくるのか、その理由を本人が明かしました。

 確かめた松里くんが目をぱちくりさせています。

 未来……、もしかして松里くんのスマホに何か仕掛けて……っ。

 全く褒められたことではありませんが、彼女のおかげで事態が動きそうなので複雑な感覚です。


 そして柳燕さんは……。


「あ、あり得ない……! 中学生の子が新薬のつくり方を発見しているなんて……!」


 未来の言葉の最後の方に反応していました。

 未来が説明します。


『事実です。私がつくったフルダイブ型の製薬シミュレーションゲームで学びましたから。また、製薬に必要な器具も別の子が製作し、また別の子がネットで材料をかき集めています。もちろん資格がなくても扱えるもののみですが。資金も潤沢にありますので払っていただくつもりは一切ございません』

「つ、ついていけない……! そんなことできるわけないじゃないですか! 私は忙しいのです! 与太話に付き合っている暇はない!」


 未来の言葉を信じてもらえず、部屋から出て行こうとする柳燕さん。

 その背中に、未来は言葉をぶつけます。


『……いいんですか?



――何も見ずに決めつけて、他の製薬会社に手柄を渡しても』



 脅すような未来のその言葉に、柳燕さんの足がぴたりと止まりました。

 そして熟考したあと、振り返って言ってきたのです。


「……わかりました。埼京さんがつくった薬を見ましょう。ただし、私の時間を取る以上、大したものでなかったら許しませんよ?」

『……ふふ』


 こうして私は、つくった薬を柳燕さんに見てもらうことになりました。

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