第339話(終・第九章第19話) 「運営」の本気6

「っ!? まずいです! 皆さん、早く『帰還の笛』を――」


 相手を見た瞬間、ライザが鬼気迫る様子で私たちに指示をしてきました。

 どうして彼女がそのような状態になってしまっているのかはまるでわかりませんでしたが、他ならぬライザが言っているのです。

 考えるのはあと。

 兎に角まずはライザの言葉に従おうとしました。

 しかし、「帰還の笛」を取り出した瞬間、



――私の前に半透明の人の形をした何かが現れて……!



 私の視界はぐるりと回されて、気がついた時にはみんながいる場所とは一番離れた壁に背中を打ち付けていました。


「あがっ!?」

「「「「セツ(ちゃん)!?」」」」


 何が起きたのか、考える暇もなく。

 瞬間的に目の前に迫ってくる半透明の何か。

 私にその手を伸ばしてきていて……!

 なんとか身体をひねってその手を躱し、壁を蹴って人型のそれとは離れた地面に着地します。

(これができたのはクロ姉がつくってくれた装備のおかげ)


 距離を取ったことで相手の全容が見えてきました。



――さっきまで私がいた壁の付近で、私が避けたことで壁を殴る形になったのか、痛そうに手をぷらぷらさせている半透明の私の姿が。



 嫌な予感がしてちらっとみんなの方を見てみると、


「な――」


 そこは大変なことになっていました。


――チュドオオオオオオオオンッ!


 『大爆発』を使ったススキさん。

 ですが、それで相手を仕留めることは叶わなかったようです。

 味方を守っている障壁はパインくんによるものでしょう。

 ですが相手も障壁に守られていました。

 それをやったのは半透明のパインくん……!

 半透明の敵は私の姿をしたものだけではなかったのです!


 『火薬類取扱保安責任者』で耐えたススキさんに向けて飛んでくる魔石の弾……!

 やったのは半透明のマーチちゃん……!

 パインくんがススキさんの前に障壁を展開してくれたのでススキさんは事なきを得ましたが……っ。


――チュドオオオオオオオオンッ!


 今度は半透明のススキさんが発した音……!

 パインくんの障壁がみんなを守り、自爆でHPが著しく低下した半透明なススキさんをマーチちゃんがすぐさま狙います。

 けれど、今度はさっきとは逆。

 半透明のパインくんが半透明のススキさんを守りました。


 そこから少し離れたところでは、サクラさんと半透明のサクラさんが睨み合っていて。

 ライザが姿をくらました半透明のキリさんを追い、姿をくらましているキリさんが半透明のライザに追われていて……!


 また別のところでは、増えた「シニガミさん」たちと「半透明のシニガミさんたち」の乱闘が起きていて。

 ベリアさんと半透明のベリアさんがお互いに真っ赤な剣を交わらせていて……!

 アンジェさんと半透明のアンジェさんが彼女らの援護をしていて……っ!


 クロ姉は半透明のクロ姉と。

 コエちゃんとカラメルは半透明のコエちゃんと半透明のカラメルと。


「相手は私たち自身……!?」


 こ、これは……っ。

 私は覚えていました。

 今までにないほどの危機感を。



「っ!?」


 みんなの様子を確認している場合ではありませんでした……!

 死角からゾッとする気配を感じたためその方を確かめることすら省いて避けようとしたのですが、それは追ってきて。

 私は浴びせられました。

 「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」を。


「かはっ!?」


 私のHPは一気に0になって、使用される復活薬。

 相手の半透明な私は、一度私のHPを0にしたからと言って手を緩めることなく、蘇生したばかりの私の腕を掴んできて……!


「ぐ……っ!」


 地面に勢いよく投げて倒して、


「いぎぎぎぎ……っ!?」


 関節技を極めてくる半透明の私。

 い、痛い痛い痛い痛い……っ!


「こ、この……!」


 私は半透明の私の技を解くために「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」をお返しします。

 それで一度ぐったりとしましたが黒い粒子には変わらなかった半透明の私が締めていた私の腕を引き抜いて、反対に半透明の私の腕を掴んで関節技を極めさせてもらいました。

 形勢逆転です。


 相手はまた「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」を私に使おうとしてきました。

 何も根拠はなかったのですが、それを掛けられる寸前、私はそれに向けて自分のスキルを使用していました。

 『有効期限撤廃(自作ポーション限定)+』の、有効期限を設定することができる、という効果を。

 すると、私にかかっても体調に変化は生じなかった「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」。

 どういう原理かはわかりませんが、スキルの効果は発揮していたようです。



 「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」は無効化できる……。

 それに関節技を極めているので行動も制限できている……。

 こちらが優勢と見ていいでしょう。

 ただ、相手が自分の姿をしている、というのは精神的に攻めにくいものがあります……。

 それでも、早く倒してみんなのサポートに回らないと……! と考えて、相手が自分の姿をしていることは忘れるように努めました。


 ステータスも私に準じているのか耐久の値が高いです……っ。

 カンストしている攻撃力で締め付けてなんとかHPを削り切っても、持ち物まで同じものを備えているのか復活薬で体力を回復してきて……!

 他の敵も半透明な私と同じく、スキルやステータス、持ち物まで自分たちとそっくりそのままなのだとしたら……。

 このエリアボス戦、今までの比にならないくらい厄介ですっ!


 私たちはみんな復活薬を持っているので、相手も全員復活する可能性が高い……!

 気づいたことをみんなと共有したかったのですが、意識をそちらに向けられる余裕はありませんでした。

 半透明な私を観察していないと隙をつかれて相手が「デバフ×バステポーション(ULT・Rank:Max)」を使う瞬間を見逃したり、極まっている技を解かれたりして優劣を引っ繰り返され兼ねません。

 ですから、伝えにいくのはこの半透明の敵を確実に倒してから!

 そう決めて、締め付けを強くしました。


 しばらくして、半透明の私はまた僅かな間ぐったりとします。

 あと二回HPを0にすれば復活しなくなるはず……!

 私自身が持っていた復活薬の個数を思い出して、半分を切った! とさらに集中力を高める私。

 ここまで来て形勢を逆転されたら目も当てられませんから。

 それがよくなかったのかもしれません。

 ……既視感を覚えさせられました。



――視界をぐるりと回されて、宙を舞った私は壁に背中を打ち付けられたのです。



 何が起きたのかわからず呆然とする私の目に、衝撃的な光景が飛び込んできました。



――半透明な私が二人いる、という光景が。

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